◇ベトナム旅行記03 ~旅の注意~ ― 2012年04月21日 01時23分47秒
人民委員会庁舎とホーチミン銅像
■ベトナム旅行の注意とわたしたちの対策
ベトナム旅行に際して、詐欺やひったくり、スリなどに十分注意喚起する文章を頻繁に目にした。
ベトナム旅行に関する注意喚起のサイト
ベトナム雑記帳「ベトナムでのちょっとした注意」
在ホーチミン日本国総領事館「ホーチミン市安全情報」
ベトナム観光口コミ情報「ベトナムゴー」
ベトナム旅行に関するサイトでは、カメラやスマートフォンなどの携行品には、十分注意が必要であると書かれていた。
カメラを首から提げていたものを、刃物で紐を切られて盗られることもしばしばとのこと。
カメラの注意事項として「人通りの少ないところで出すように」と書かれてあるものもあり、写真を撮りたいところはたいてい人のたくさんいるところではないのだろうかと、疑問を持ったりもした。
カバンもショルダーをたすきがけにしていた人が、バイクに引っ張られてそのままひきずられたという話もあり、少し脅かしすぎではないかと思った。
これまで行った中国圏やトルコなどでも、この手の注意喚起はたくさんあったが、常識的な行動を心がければ大丈夫といつも思っていたので、必要以上に気にすることもなかった。だが、刃物で切られたりバイクで引きずられるなどは初めて聞いたので、行く前はちょっとびびってしまった。
どこの国でも日本人はウルトラ・イージー・ターゲットであることにはかわりない。
特に狙われるのは女性とのことだが、体力のない中年女性である私は、かっこうのターゲットだろうと思った。
おしゃれな街並で綺麗な服を着て歩くのも一興だが、服装はできるだけ簡素なものに。
とにかくお金をあまり持っていなさそうな服装の方がいいと思った。
街歩きにはウエストポーチを採用。 財布やカメラなどは、常に身体につながった状態に。
靴はスニーカーで、帽子は大きめのもの。
まるで山歩きでもするような、街のおしゃれとは程遠いいでたちだが、旅先で被害に遭うよりはましである。
心配だったのは、スマートフォンだった。
メールなどは無視してもいいのだが、私はスマートフォンに翻訳アプリを入れて、それを買物に利用しようと思っていた。リアルタイムの地図としてgoogleマップも利用したかった。
しかし、現地の注意では「スマートフォンなど高価なものは、人前で見せないように」と書かれている。特にiPhoneなどの価格は日本よりも高額なので、ベトナムでは非常に高級品。特にひったくりの被害にあいやすいらしい。
そこで、スマートフォンにはカメラについていた手首にホールドできるストラップをつけ、人前で利用する場合でも手首からはずれないようにすることにした。
ふだんは、ウエストポーチの腹と接する外ポケットに入れるようにした。
ネットでは、「女性の海外一人旅でホーチミン」という旅行記も見かけるのだが、ベトナムに行きなれている人などは、やはり一様にベトナムでの注意喚起がなされている。
ここまで注意が必要なところに行って、楽しめるのだろうか…と、行く前のナーバスな気持ちに拍車がかかってしまった。
しかし、実際に接したホーチミンの人々は、シャイだけど明るくて親切だった。
だれかれかまわず話しかけるということはなかったが、目が合えば笑顔で応じてくれるし。道に迷って地図を見ていると、「どこに行くのか」と聞いてくれる人もしばしば。「しんかむおん(ありがとう)」とベトナム語で言うと、みんな嬉しそうに「Xin cam on」と返してくれる。
観光地では、マッサージなどの勧誘なども多かったし、店に入って値段を聞いて「買わない」と言うと、どんどん値段を下げてくるという不確かさはあるが、こちらがはっきりした態度で応じれば、必要以上に追いかけてくることはない。
結局は、旅先の油断がいけないのだと感じたのだった。
どこに行くのでもそうだが、日本人はどこでも日本のように安全だと思いがちだし、自分だけは危険な目にはあわないと、どこかで思っているとこるがあるように思う。
過剰に緊張する必要はないのだろうが、十分注意するにこしたことはないのだろうと、今回の旅では痛感したのだった。
■ベトナム旅行の注意とわたしたちの対策
ベトナム旅行に際して、詐欺やひったくり、スリなどに十分注意喚起する文章を頻繁に目にした。
ベトナム旅行に関する注意喚起のサイト
ベトナム雑記帳「ベトナムでのちょっとした注意」
在ホーチミン日本国総領事館「ホーチミン市安全情報」
ベトナム観光口コミ情報「ベトナムゴー」
ベトナム旅行に関するサイトでは、カメラやスマートフォンなどの携行品には、十分注意が必要であると書かれていた。
カメラを首から提げていたものを、刃物で紐を切られて盗られることもしばしばとのこと。
カメラの注意事項として「人通りの少ないところで出すように」と書かれてあるものもあり、写真を撮りたいところはたいてい人のたくさんいるところではないのだろうかと、疑問を持ったりもした。
カバンもショルダーをたすきがけにしていた人が、バイクに引っ張られてそのままひきずられたという話もあり、少し脅かしすぎではないかと思った。
これまで行った中国圏やトルコなどでも、この手の注意喚起はたくさんあったが、常識的な行動を心がければ大丈夫といつも思っていたので、必要以上に気にすることもなかった。だが、刃物で切られたりバイクで引きずられるなどは初めて聞いたので、行く前はちょっとびびってしまった。
どこの国でも日本人はウルトラ・イージー・ターゲットであることにはかわりない。
特に狙われるのは女性とのことだが、体力のない中年女性である私は、かっこうのターゲットだろうと思った。
おしゃれな街並で綺麗な服を着て歩くのも一興だが、服装はできるだけ簡素なものに。
とにかくお金をあまり持っていなさそうな服装の方がいいと思った。
街歩きにはウエストポーチを採用。 財布やカメラなどは、常に身体につながった状態に。
靴はスニーカーで、帽子は大きめのもの。
まるで山歩きでもするような、街のおしゃれとは程遠いいでたちだが、旅先で被害に遭うよりはましである。
心配だったのは、スマートフォンだった。
メールなどは無視してもいいのだが、私はスマートフォンに翻訳アプリを入れて、それを買物に利用しようと思っていた。リアルタイムの地図としてgoogleマップも利用したかった。
しかし、現地の注意では「スマートフォンなど高価なものは、人前で見せないように」と書かれている。特にiPhoneなどの価格は日本よりも高額なので、ベトナムでは非常に高級品。特にひったくりの被害にあいやすいらしい。
そこで、スマートフォンにはカメラについていた手首にホールドできるストラップをつけ、人前で利用する場合でも手首からはずれないようにすることにした。
ふだんは、ウエストポーチの腹と接する外ポケットに入れるようにした。
ネットでは、「女性の海外一人旅でホーチミン」という旅行記も見かけるのだが、ベトナムに行きなれている人などは、やはり一様にベトナムでの注意喚起がなされている。
ここまで注意が必要なところに行って、楽しめるのだろうか…と、行く前のナーバスな気持ちに拍車がかかってしまった。
しかし、実際に接したホーチミンの人々は、シャイだけど明るくて親切だった。
だれかれかまわず話しかけるということはなかったが、目が合えば笑顔で応じてくれるし。道に迷って地図を見ていると、「どこに行くのか」と聞いてくれる人もしばしば。「しんかむおん(ありがとう)」とベトナム語で言うと、みんな嬉しそうに「Xin cam on」と返してくれる。
観光地では、マッサージなどの勧誘なども多かったし、店に入って値段を聞いて「買わない」と言うと、どんどん値段を下げてくるという不確かさはあるが、こちらがはっきりした態度で応じれば、必要以上に追いかけてくることはない。
結局は、旅先の油断がいけないのだと感じたのだった。
どこに行くのでもそうだが、日本人はどこでも日本のように安全だと思いがちだし、自分だけは危険な目にはあわないと、どこかで思っているとこるがあるように思う。
過剰に緊張する必要はないのだろうが、十分注意するにこしたことはないのだろうと、今回の旅では痛感したのだった。
◇ベトナム旅行記04 ~空港と行きの飛行機~ ― 2012年04月21日 03時14分16秒
■出発ロビーで
行きの飛行機は、成田からホーチミンのタンソンニャット国際空港への直通便で、17時50分発。到着は現地時間で22時20分の予定だ。
出発が遅いので、家を出るのもお昼頃。旅行日程の一日目は、移動だけで終了だ。
成田エクスプレスの中で、駅で購入した崎陽軒のシウマイ弁当を昼食にする。
成田エクスプレスは非常にすいていて、空席が目立つ。
3時頃成田空港へ到着する。
JRから出発ロビーに行く途中の両替屋で、ベトナムドンへの両替が可能という立て看板に出会う。日本国内ではベトナムドンには両替できないと聞いていたのだが、ここでは可能な様子。
以前トルコへ行ったときに、荷物受け取りの時や、送迎のガイドさん達にチップを渡したかったのに、お金を持っていなくて困ったことことを思い出す。
それに、現地の到着時間が遅いため両替ができないかもしれないと、レートは少し高めだが、1万円だけ両替する。
しかし、空港からホテルまでは旅行会社の送迎バスが来ていて、他のツアー客もたくさんいたし、チップも不要で、これはまったくの懸念に終った。
現在ベトナムでは、ベトナムドン以外の通貨が政府の方針で使いにくくなっているため、空港からタクシーでの移動の場合は、あらかじめ替えていったほうがいいのかもしれないが。
喘息の吸入薬
チェックインはすでにWEBですませているので、荷物カウンターへ。出発の飛行機がないためなのか、出発ロビーは人がまばらだ。
念のため、機内持ち込みする喘息の発作時の吸入器の持ち込みについて確認する。機内はスプレー缶などは持ち込み禁止だが、医療器具等は例外が認められている。
…はずなのだが、カウンターであちこちに確認されてしまい時間をとられ、10分ほど待たされてやっと許可がおりた。
しかし、いざ買物へと出かけると、館内放送で呼び出しがかかっている。
再度カウンターへ行くと、すでにホーチミン行きのお客がごった返していて、空いているスタッフがいない。呼び出しておいて、それはないだろうとイライラしていると、名前を呼ばれてやっと対応してもらえた。
呼び出された理由は、医療機器の場合は現物を荷物係に確認しなければならないのに、それが完了されていなかったからだとのこと。
さっき10分待たされたのは、いったいなんだったのか。
「こういうのを持ち込む人ってめずらしいのですか?」と聞くと、「そうではないのですが、こちらの不手際で申し訳ございません」との返事。
「ホーチミンでもいろいろと面倒ですか?」と聞くと、本当に危ないと判断された場合は止められるので、向こうでは申告しなくていいと言われた(マジ?(^^;))。
成田空港出発ロビー内のスタンプ
免税店はいつも楽しみだが、今回は服装が服装のせいか、化粧品などの売り場に行くと、店員がぎょっとした目で見ている。
唯一、アナスイの店員さんが接客に力を入れてくれたが、ようじやで紙石鹸を買うだけにした。
乾燥しているせいか爪が割れてしまったので、インフォメーションのお姉さんに爪切りを借りたいと申し出るが、成田の中では刃物は厳禁。それは爪切りも同じらしい。爪ヤスリもないといわれ、しかたないのでそのままにする。
搭乗まで時間があるので、カフェで一服する。
後ろで誰かが「日本に戻ってきたら、地震で日本が沈没していたりして~」と大声で話していて、非常に不快な気分になる。
■行きの飛行機
行きの機内食。
手前左から、あられミックスのお菓子、野菜サラダ、チキンの照り焼きと雑穀ごはん。
真ん中左、テトラパック入りのドレッシング。
奥左から、サーモンマリネ、ハムとポテトのサラダ、ハーゲンダッツのアイスクリーム、コンソメスープ。
アイスの上に乗っているのは、食後の飲み物のカップ。
飛行機は、ほぼ定刻通りに出発。
座席には一人ひとつづつモニターがついているが、あまりにも座席の奥行きが狭くてうんざりする。
しかしモニターのメニューは豊富で、映画や音楽の他、ゲームやテレビ番組の視聴もできる。今どのあたりを飛んでいて、気温はどれくらいでなどの情報も、もちろん確認できる。コントローラーが裏表で使用でき、クレジットカードの利用で機内電話が使えるようにもなっている。
私達の後ろの席は、4人連れの中年女性の客だったのだが、モニター機能を見てキャーキャー騒いでいる。この時点では、まだ旅が楽しみなのだと黙認できる状況だった。
しかし、ちょうど私の真後ろの席の人が、ヘッドフォンをしながら隣の人と話しているので、声が非常にでかくなっているが本人は気づかない。
あげくの果てに、音楽チャンネルの「なつかしのフォークソング」か何かを聞いてるのか、「なつかしー」とか言いながら大声で歌い出しはじめた。
周囲の客が、みんな彼女に注目しているのにも気づかない。耳栓をしてみたが、まったく効果をはっきしない。
「ここはカラオケボックスじゃないぞ!」と、たまりかねてCAを呼ぼうかと思ったときに、飲み物の配給になったので彼女の歌も収まってくれた。
この日の機内食は、チキンとあと何か二種類あったが、CAが提示しているメニューがはっきり見えず、無難にチキンにする。
ごはんはちょっとやわらかすぎだが、機内食としては美味しい方だと思った。
食後の飲み物は、ベトナムコーヒーを期待してコーヒーにしようかと思ったが、日本からの機内食は日本食が基本なので、あわせて暖かい日本茶を頼んだ。
飛行機から見た街灯り。左が日本のどこか(たぶん関東圏と思われる)、右がホーチミン近郊(ピンボケ)
飛行機はあまり上空を飛ばなかったのか、電子機器使用許可が下りても、日本のどこかの都市の灯りをはっきり見ることができた。
ここがどこだか確認はしなかったが、非常に広範囲にとても明るい灯りが広がっている。
去年の震災の後から、電気が足りないだのと言っているのが嘘のようだ。
食後、機内の明りが落とされたが、語学ゲームのロシア語などをやりながらずっと起きていた(ベトナム語は残念ながらなかったので)。
ホーチミンが近づいてくると、ちらちらと灯りの塊が見えてくるが、日本の比ではない。
日本は本当に明るすぎるのだと思った。
約6時間のフライトで、ホーチミンのタンソンニャット国際空港へ到着する。定刻に出発できたので到着時刻がちょっと早く、22時5分くらいだった。
途中揺れもなく、座席が狭いのと後ろの女性が騒いでいたほかは、快適な機内だった。
つづく
行きの飛行機は、成田からホーチミンのタンソンニャット国際空港への直通便で、17時50分発。到着は現地時間で22時20分の予定だ。
出発が遅いので、家を出るのもお昼頃。旅行日程の一日目は、移動だけで終了だ。
成田エクスプレスの中で、駅で購入した崎陽軒のシウマイ弁当を昼食にする。
成田エクスプレスは非常にすいていて、空席が目立つ。
3時頃成田空港へ到着する。
JRから出発ロビーに行く途中の両替屋で、ベトナムドンへの両替が可能という立て看板に出会う。日本国内ではベトナムドンには両替できないと聞いていたのだが、ここでは可能な様子。
以前トルコへ行ったときに、荷物受け取りの時や、送迎のガイドさん達にチップを渡したかったのに、お金を持っていなくて困ったことことを思い出す。
それに、現地の到着時間が遅いため両替ができないかもしれないと、レートは少し高めだが、1万円だけ両替する。
しかし、空港からホテルまでは旅行会社の送迎バスが来ていて、他のツアー客もたくさんいたし、チップも不要で、これはまったくの懸念に終った。
現在ベトナムでは、ベトナムドン以外の通貨が政府の方針で使いにくくなっているため、空港からタクシーでの移動の場合は、あらかじめ替えていったほうがいいのかもしれないが。
喘息の吸入薬
チェックインはすでにWEBですませているので、荷物カウンターへ。出発の飛行機がないためなのか、出発ロビーは人がまばらだ。
念のため、機内持ち込みする喘息の発作時の吸入器の持ち込みについて確認する。機内はスプレー缶などは持ち込み禁止だが、医療器具等は例外が認められている。
…はずなのだが、カウンターであちこちに確認されてしまい時間をとられ、10分ほど待たされてやっと許可がおりた。
しかし、いざ買物へと出かけると、館内放送で呼び出しがかかっている。
再度カウンターへ行くと、すでにホーチミン行きのお客がごった返していて、空いているスタッフがいない。呼び出しておいて、それはないだろうとイライラしていると、名前を呼ばれてやっと対応してもらえた。
呼び出された理由は、医療機器の場合は現物を荷物係に確認しなければならないのに、それが完了されていなかったからだとのこと。
さっき10分待たされたのは、いったいなんだったのか。
「こういうのを持ち込む人ってめずらしいのですか?」と聞くと、「そうではないのですが、こちらの不手際で申し訳ございません」との返事。
「ホーチミンでもいろいろと面倒ですか?」と聞くと、本当に危ないと判断された場合は止められるので、向こうでは申告しなくていいと言われた(マジ?(^^;))。
成田空港出発ロビー内のスタンプ
免税店はいつも楽しみだが、今回は服装が服装のせいか、化粧品などの売り場に行くと、店員がぎょっとした目で見ている。
唯一、アナスイの店員さんが接客に力を入れてくれたが、ようじやで紙石鹸を買うだけにした。
乾燥しているせいか爪が割れてしまったので、インフォメーションのお姉さんに爪切りを借りたいと申し出るが、成田の中では刃物は厳禁。それは爪切りも同じらしい。爪ヤスリもないといわれ、しかたないのでそのままにする。
搭乗まで時間があるので、カフェで一服する。
後ろで誰かが「日本に戻ってきたら、地震で日本が沈没していたりして~」と大声で話していて、非常に不快な気分になる。
■行きの飛行機
行きの機内食。
手前左から、あられミックスのお菓子、野菜サラダ、チキンの照り焼きと雑穀ごはん。
真ん中左、テトラパック入りのドレッシング。
奥左から、サーモンマリネ、ハムとポテトのサラダ、ハーゲンダッツのアイスクリーム、コンソメスープ。
アイスの上に乗っているのは、食後の飲み物のカップ。
飛行機は、ほぼ定刻通りに出発。
座席には一人ひとつづつモニターがついているが、あまりにも座席の奥行きが狭くてうんざりする。
しかしモニターのメニューは豊富で、映画や音楽の他、ゲームやテレビ番組の視聴もできる。今どのあたりを飛んでいて、気温はどれくらいでなどの情報も、もちろん確認できる。コントローラーが裏表で使用でき、クレジットカードの利用で機内電話が使えるようにもなっている。
私達の後ろの席は、4人連れの中年女性の客だったのだが、モニター機能を見てキャーキャー騒いでいる。この時点では、まだ旅が楽しみなのだと黙認できる状況だった。
しかし、ちょうど私の真後ろの席の人が、ヘッドフォンをしながら隣の人と話しているので、声が非常にでかくなっているが本人は気づかない。
あげくの果てに、音楽チャンネルの「なつかしのフォークソング」か何かを聞いてるのか、「なつかしー」とか言いながら大声で歌い出しはじめた。
周囲の客が、みんな彼女に注目しているのにも気づかない。耳栓をしてみたが、まったく効果をはっきしない。
「ここはカラオケボックスじゃないぞ!」と、たまりかねてCAを呼ぼうかと思ったときに、飲み物の配給になったので彼女の歌も収まってくれた。
この日の機内食は、チキンとあと何か二種類あったが、CAが提示しているメニューがはっきり見えず、無難にチキンにする。
ごはんはちょっとやわらかすぎだが、機内食としては美味しい方だと思った。
食後の飲み物は、ベトナムコーヒーを期待してコーヒーにしようかと思ったが、日本からの機内食は日本食が基本なので、あわせて暖かい日本茶を頼んだ。
飛行機から見た街灯り。左が日本のどこか(たぶん関東圏と思われる)、右がホーチミン近郊(ピンボケ)
飛行機はあまり上空を飛ばなかったのか、電子機器使用許可が下りても、日本のどこかの都市の灯りをはっきり見ることができた。
ここがどこだか確認はしなかったが、非常に広範囲にとても明るい灯りが広がっている。
去年の震災の後から、電気が足りないだのと言っているのが嘘のようだ。
食後、機内の明りが落とされたが、語学ゲームのロシア語などをやりながらずっと起きていた(ベトナム語は残念ながらなかったので)。
ホーチミンが近づいてくると、ちらちらと灯りの塊が見えてくるが、日本の比ではない。
日本は本当に明るすぎるのだと思った。
約6時間のフライトで、ホーチミンのタンソンニャット国際空港へ到着する。定刻に出発できたので到着時刻がちょっと早く、22時5分くらいだった。
途中揺れもなく、座席が狭いのと後ろの女性が騒いでいたほかは、快適な機内だった。
つづく
◇ベトナム旅行記05 ~タンソンニャット国際空港とホテル・ニッコー・サイゴン~ ― 2012年04月24日 02時24分27秒
■ホーチミン到着
ホーチミンのタンソンニャット国際空港に到着して、荷物を受け取り、イミグレーションの列に並ぶ。時間が遅いせいか、列に並ぶ人の数も多くない。
フランスからの飛行機も同じ頃到着したのか、フランス人の姿も目立つ。
イミグレーションの係員は、だいたい無表情に事務的に事をすませていくのはどこの国でも同じだが、国によっていろいろとチェックされるポイントが違うように思う。
中国などでは事細かくパスポートをチェックされたし、トルコでは私が間違えてトルコ人用の窓口に入ってしまったので、係員とも笑顔のやりとりがあったりもした。
ここベトナムも共産圏の国なのでじっくりチェックされるのだろうかと思ったが、イミグレーションに要した時間はほとんど数秒だった。
私のパスポートの写真はメガネなしなので、メガネをとるよう促されたのが、唯一のコミュニケーションだった。
到着ロビーは非常に狭く、お店もみんなしまっている。空港の規模自体が小さく、日本の地方都市の空港くらいの大きさだ。
外に出ると、出口の手すりにそって、ずらっと出迎えの人がひしめきあっている。
ほとんどが旅行会社の人で、ツアーの名前を書いた紙を持っている。出てくる人が早く自分に気づくよう、必死な形相だ。
夜のホーチミンの道路。
この画像は帰りの空港行きのバスの様子。しゃべっているのは、旅行会社のガイドさん。
(写真をクリックすると、動画(mp4)が立ち上がります。音声注意。)
私達の旅行会社の送迎担当はTHAO(タオ)さん。名前を確認され、「もう間違えない」と言われた。
同じ旅行会社の別なツアーの人も一緒の送迎のようで、ホテルはみんなバラバラだった。
バスの中で、旅行前に何度も注意喚起された、カメラやバッグなどの携行品に関する注意を受ける。何かあったときの注意や、連絡先なども教えてもらう。
バスから見えるホーチミンの夜の景色は、石造りの古い建物が暗闇の中でひっそりと息をひそめている感じ。町全体は薄暗いが、商店などは11時近いといのにまだ開いているところも多い。街はまだまだ人が起きて、活動している息吹があふれている。
道路はバイクと車であふれている。バイクは、バスや車の細い隙間を縫って侵入してくる。ヘルメットは着用しているが、二人乗り、三人乗りも多く、日本人の感覚としての秩序は感じられない。
街燈などは薄暗いが、信号機はLEDが採用されていてやけに明るく目立っていたが、バイクの人などは赤信号でも行けるときは交差点に突進していくので、信号はあまり役にたっているようには見えなかったが、それでもないと困るのだろうと思った。
■ホテル・ニッコー・サイゴン
ホテル・ニッコー・サイゴンのエントランス
空港から30分ほどで、ホテル・ニッコー・サイゴンへ到着する。
このホテルは、2010年10月にオープンしたばかりのホテルで、ネットの口コミなどではあまり悪い評価は見当らなかった。
ホーチミンの中心地からはだいぶ離れてはいるが、中心地のホテルは便利だが夜遅くまで騒がしいという評価もちらほらあり、夜はゆっくりできるというのが理想的だった。
館内にはスパやジム、プールなども併設されており、ホテルから隣りの新進のショッピングモールには直結している。
旅行前のナーバスな気分や、旅行の注意勧告があまりにきつく感じて窮屈になっていたせいもあり、もし街を楽しめなくてもホテルを楽しめばいいというのに相応しいホテルだった。
ガイドのタオさんがチェックインを手伝ってくれ、ルームキー代わりのカードを渡された。
このカードは、部屋に入るとき以外に、エレベーターに乗るときにも使用する。エレベーターの中にあるカードリーダーにカードをかざさないと、エレベーターは動かない仕組みになっている。
ウエルカムカードとチョコレート。
私達の部屋は14階。
まず部屋の広さにびっくり。私達の部屋は40m2のデラックスルーム。
落ち着いた色調の部屋に、ベッドはダブルサイズのツイン。トイレとバスルーム、シャワールームが別々になっている。LANも室内に常備。トイレはシャワー付き。テレビは衛星対応。
携帯電話の設定などを行い、23時30分頃ロビーラウンジでビールを飲む。残念ながらラストオーダーで、一杯しか楽しめなかった。おつまみについていたミックスナッツがおいしい。
0時頃部屋に戻り、窓から見える夜景を眺める。中心地が遠くの方に見えるが、飛行機から見た景色よりは、ずっと都会な雰囲気だった。
ホテルの窓から見た夜景。
ホーチミンのタンソンニャット国際空港に到着して、荷物を受け取り、イミグレーションの列に並ぶ。時間が遅いせいか、列に並ぶ人の数も多くない。
フランスからの飛行機も同じ頃到着したのか、フランス人の姿も目立つ。
イミグレーションの係員は、だいたい無表情に事務的に事をすませていくのはどこの国でも同じだが、国によっていろいろとチェックされるポイントが違うように思う。
中国などでは事細かくパスポートをチェックされたし、トルコでは私が間違えてトルコ人用の窓口に入ってしまったので、係員とも笑顔のやりとりがあったりもした。
ここベトナムも共産圏の国なのでじっくりチェックされるのだろうかと思ったが、イミグレーションに要した時間はほとんど数秒だった。
私のパスポートの写真はメガネなしなので、メガネをとるよう促されたのが、唯一のコミュニケーションだった。
到着ロビーは非常に狭く、お店もみんなしまっている。空港の規模自体が小さく、日本の地方都市の空港くらいの大きさだ。
外に出ると、出口の手すりにそって、ずらっと出迎えの人がひしめきあっている。
ほとんどが旅行会社の人で、ツアーの名前を書いた紙を持っている。出てくる人が早く自分に気づくよう、必死な形相だ。
夜のホーチミンの道路。
この画像は帰りの空港行きのバスの様子。しゃべっているのは、旅行会社のガイドさん。
(写真をクリックすると、動画(mp4)が立ち上がります。音声注意。)
私達の旅行会社の送迎担当はTHAO(タオ)さん。名前を確認され、「もう間違えない」と言われた。
同じ旅行会社の別なツアーの人も一緒の送迎のようで、ホテルはみんなバラバラだった。
バスの中で、旅行前に何度も注意喚起された、カメラやバッグなどの携行品に関する注意を受ける。何かあったときの注意や、連絡先なども教えてもらう。
バスから見えるホーチミンの夜の景色は、石造りの古い建物が暗闇の中でひっそりと息をひそめている感じ。町全体は薄暗いが、商店などは11時近いといのにまだ開いているところも多い。街はまだまだ人が起きて、活動している息吹があふれている。
道路はバイクと車であふれている。バイクは、バスや車の細い隙間を縫って侵入してくる。ヘルメットは着用しているが、二人乗り、三人乗りも多く、日本人の感覚としての秩序は感じられない。
街燈などは薄暗いが、信号機はLEDが採用されていてやけに明るく目立っていたが、バイクの人などは赤信号でも行けるときは交差点に突進していくので、信号はあまり役にたっているようには見えなかったが、それでもないと困るのだろうと思った。
■ホテル・ニッコー・サイゴン
ホテル・ニッコー・サイゴンのエントランス
ウエディングスペースのウインドウディスプレイ | エレベーターホールのトラッシュボックス。 砂で、ホテル・ニッコーのマークを形作っている。 |
空港から30分ほどで、ホテル・ニッコー・サイゴンへ到着する。
このホテルは、2010年10月にオープンしたばかりのホテルで、ネットの口コミなどではあまり悪い評価は見当らなかった。
ホーチミンの中心地からはだいぶ離れてはいるが、中心地のホテルは便利だが夜遅くまで騒がしいという評価もちらほらあり、夜はゆっくりできるというのが理想的だった。
館内にはスパやジム、プールなども併設されており、ホテルから隣りの新進のショッピングモールには直結している。
旅行前のナーバスな気分や、旅行の注意勧告があまりにきつく感じて窮屈になっていたせいもあり、もし街を楽しめなくてもホテルを楽しめばいいというのに相応しいホテルだった。
ガイドのタオさんがチェックインを手伝ってくれ、ルームキー代わりのカードを渡された。
このカードは、部屋に入るとき以外に、エレベーターに乗るときにも使用する。エレベーターの中にあるカードリーダーにカードをかざさないと、エレベーターは動かない仕組みになっている。
ウエルカムカードとチョコレート。
私達の部屋は14階。
まず部屋の広さにびっくり。私達の部屋は40m2のデラックスルーム。
落ち着いた色調の部屋に、ベッドはダブルサイズのツイン。トイレとバスルーム、シャワールームが別々になっている。LANも室内に常備。トイレはシャワー付き。テレビは衛星対応。
部屋の様子。 | LANとコンセント。 | |
ドリンクサービス。 湯沸かし器のほかに、コーヒーメイカーがある。 | バスルー正面。 バスルームと通路の間には、引き戸が設けられている。 |
|
洗面台。 | シャワー室。 |
携帯電話の設定などを行い、23時30分頃ロビーラウンジでビールを飲む。残念ながらラストオーダーで、一杯しか楽しめなかった。おつまみについていたミックスナッツがおいしい。
0時頃部屋に戻り、窓から見える夜景を眺める。中心地が遠くの方に見えるが、飛行機から見た景色よりは、ずっと都会な雰囲気だった。
ホテルの窓から見た夜景。
◇ロジャー・ダルトリー横浜公演「ROGER DALTREY PERFORMS THE WHO'S TOMMY AND MORE」 ― 2012年04月28日 04時09分05秒
「ROGER DALTREY PERFORMS THE WHO'S TOMMY AND MORE」の購入したオフィシャルグッズ。
旅行記の途中だが、ちょっと閑話休題。
The Whoのヴォーカリストロジャー・ダルトリーの単独「TOMMY」完全ライブ「ROGER DALTREY PERFORMS THE WHO'S TOMMY AND MORE」に行ってきた。会場は、神奈川県民大ホール。
ネタバレも少し含むので、これから観るという人はご注意願いたい。
この日は連休前の最後の就業日なので、旦那は定時ギリギリまで仕事である。
私は午前中に病院に行き、午後から少し仕事をして先に横浜に向った。
天気は朝から雨。肌寒く、コートを着るかどうか迷うくらい。
6時30分開場だったが、会場に到着したのは30分ちょっと過ぎ。
チケット持参者の入り口はちょっとだけ列があったが、たいした混雑もなくスムーズに入館できた。
入口の真横、スタッフの目の前で堂々とタバコを吸っているやつがいて、副流煙で喘息の発作を起しかける。
神奈川県の条例では、ここは禁煙区域であり、副流煙が禁煙区域内に流れることも禁止されているはずなのに、横浜県民ホールの職員もUDOのスタッフも見て見ぬふり。「神奈川県民」ホールなはずなのに聞いてあきれる。
チケットのもぎりを通ると、他のコンサートのチラシを渡されたのだが、エイジアと東京のBUNKAMURAで行なわれる女性シンガーのコンサートのチラシ2枚のみ。
今回ギターで参加している、ピート・タウンジェントの実弟のサイモンのニューアルバムの小さなチラシが、申し訳なさそうにホチキスで止められていた。
配布されていた、サイモン・タウンジェントのニューアルバム告知のチラシ。
グッズを買おうとまずCD売り場に行ってみると、だいぶ前に再発されたThe WhoのアルバムとライブDVDのみの販売。TOMMYの公演だから、先日発売された四重人格のスペシャルボックスとかそういうのはないかもとは思ったが、肝心のTOMMYの映画のDVDもない。
チラシにあったサイモンのニューアルバムもない。
あまりのラインナップの少なさにやる気のなさを感じ、軽いショックを受ける。
オフィシャルグッズ売り場も、3列に並ぶようにうながされるが、たいした混雑もなくすぐに購入できた。
今回はオフィシャル・パンフレットの販売もない。
あるのは、今回のロジャーのツアーの開催地の一覧の入ったTシャツや、TOMMYの中の曲名でもある「We're Not Gonna Take It」のTシャツ、TOMMYのロゴ入りトートバッグ、キーホルダーなどが販売されているのみ。
何もないので、Tシャツ2枚とトートバッグを購入したが、Tシャツが一枚4000円(!?)。お金を払うときに、映画の「TOMMY」の中で最初にグッズを放り出したヘルズエンジェルの気分にちょっとだけなった。
男性のトイレ前にホワイエがあり、ワインなどが販売されている。
あらかじめThe WhoのTシャツを着て来ている人もいたが、男性の多くは購入したTシャツに着換える人が多かった。
モッズコートを着ている人が多く、「四重人格じゃなくてTOMMYの公演なんだけどなあ」と、ちょっと違和感を感じたりもした。
そんな中で、リーゼントに革ジャンといういでたちと、襟とポケットカバーがヒョウ柄の革のロングコートを着たテディボーイ風の人がいたりして、こういうところは横浜ならではなのか。
客層は、ほとんどが40代以上と見られる。The Whoのときにもそうだったのだが、たまに70代以上かと思うような方もおられて、しかも女性一人で来ている風な人もいたので、これはちょっと驚く。
客席は2階席に人はなく、一階席もちらちらと空席が目立っていた。
開演はほぼ定刻どおりの7時。
ドラムの前に透明のプラスチックの屏風がある。「The Kids Are Alright」の中でキース・ムーンが「観客が野菜を投げつけ、ロジャーがそれをマイクでぶった切る。ぼくはそれをシンバルで受け止めてドレッシングをかけて、イタリアンサラダの出来上がり」と言っていたのを思い出してしまった。
横浜公演では、「OVERTURE」からぶっちぎりでみんな総立ちになる。
最初はPAが悪すぎ。サイモンもギターの調子が悪いのか、曲の途中でしょっちゅうギターを取り替えていた。
音がやっと安定したのは「I'M FREE」くらいからで、それでも後半ロジャーがハモニカをふいている音は、私の席ではほとんど聞き取れなかった。
どちらかといえば、「TOMMY」の内容よりも「and MORE」の方が良かったように思う。
ロジャーの声は、最初はちょっと疲れているようにも聞こえたが、だんだんと調子を取り戻した感じ。後半の「and MORE」の方が楽しく歌っているようにさえ感じた。
それでも、「従兄弟のケビン」の極悪な歌詞の曲などはトーンを落として歌ったり、映画の中でキース・ムーンが担当した曲は、ちょっと似せて歌っているようにも思えた。
「AMAZING JOURNEY」や「PINBALL WIZARD」、「We're Not Gonna Take It」などで盛り上がるのは、お約束か。 曲調は、オリジナルの曲そのものではなく、どちらかというと映像を意識したアレンジ。
バックに流れるアニメーションも、TOMMYの映画を見たことがない人でもその世界観を感じられるような工夫もされていた。
特に「SALLY SIMPSON」で流れるアニメーションは、なかなか秀悦かもとも思う。
演奏された曲は、たぶんロッキンオン社のブログのライブレポートにある曲順と同じ。
アンコールもなく、予定通り終了したという感じ。
ロジャー自身、TOMMYのアルバムを発表した当時からも、映画でTOMMYを演じた当時からも、ずいぶんと歳を重ねているのだが、歌っている姿を見ていると、ふっと映画の中で見せる笑顔とだぶる瞬間があったりする。
68歳にして27歳の頃の面影を今も保ち、その頃に負けない声量で歌い、しかも体型もまったく老齢を感じさせないのは、この人は本当のパフォーマーなのだと思う。
途中のMCで、横浜に来る途中、工場がたくさん並んでいるのを見て、ロジャーが14歳の頃に工場で働いていたことを思い出したという話をしてくれたことが印象的だった。
それを、サポートメンバーの日本人のギターの人が通訳をしてくれたのだけど、途中だいぶはしょって通訳していたりして、それで笑いを誘ったりと、「and MORE」は非常にアットホームな雰囲気だった。
しかし、当のロジャーがだんだん元気になるのに反して、高齢組の観客は少しづつ手があげられなくなり、揺れも少なくなっていく。
私は肩が四十肩っぽくなって、足はこむら返りを起し、手をたたきすぎて腕が痛くなっている。
予定の曲目を終了し、袖にいったん下がったに見えたが、下がる方向を間違えて退場しなおしたりのハプニングも。もう一度出てきてくれるかと思ったが、すぐに会場の明かりがともされてしまった。
メンバーのうちの半分がいなくなってしまったThe Whoだが、常にサポートしてきたサイモン・タウンジェントが参加していたのと、私の記憶にちがいがなければ2008年の単独来日公演のときに参加したドラマーだったのは、よかったと思う(ザック・スターキーでなかったのはちょっとだけ残念だったけれど)。
ひとつだけ残念なのは、やっぱりペースがどうしても物足りなく感じること。
今回参加したベースも決して下手なわけではないのだが、やっぱりジョンが特殊すぎるのだと思う。こればかりは、ないものねだりなのだけど。
UDO主催のThe Who関連の公演では、2004年オデッセイのときにも、グッズ販売で並ぶ列でデオドラントスプレーを風上で使用する女に思い切りスプレー剤をかけられたり、2008年の横浜公演でも開場を待って並ぶ列の中で、堂々とタバコを吸うやつがいても、スタッフは無視を決め込んだりと、会場で常にひどい目にあってきた。
今回も会場前でタバコをふかすやつは、公演の前後で出入り口正面に存在していたが、まったく気にかけるそぶりもない。
喫煙場所を設けていたらしいが、その場所が他の客に影響があるのであれば、それはすでに配慮ではない。完全禁煙してほしいというわけではないが、せめて神奈川県の禁煙の条例に沿った措置をしてほしいと思う。
それに、パンフレットがなければせめてサポートメンバーの紹介や。曲目が決まっているのならその紹介を、ワープロプリントでもいいから用意するのが客への礼儀じゃないかとさえ思ったりした(公演のチラシさえもらえなかった)。
2年おきにUDOの催しに参加する度に同じような嫌な思いをするのだから、これはもう主催者に客に気持ちよく来てもらいたいという努力がないものと判断するしかないだろう。
客席には70年代ばりの警備員が配置され、ちょっとでも通路にでようものならすぐに飛んできて客席に戻るよううながされる。「SALLY SIMPSON」じゃあるまいし、「We're Not Gonna Take It」という気分。
もう二度とUDO主催の公演は行きたくないと思うが、いつも公演自体は最高なので、やっぱり次のThe Who関連の公演がUDOの主催でも、足を運んでしまうのだろうなと思った。それだけがちょっと残念で悔しい。
入りの悪かった客席でも、最大限のサービスを見せてくれたロジャー達が気の毒だとも思った。
追記: ロッキンオン社のブログの記事を見ていたら、こんな記事があって笑った。
実現したら、すごいだろうなあ。
「英オリンピック委員会、故人のキース・ムーンにオファー?」
旅行記の途中だが、ちょっと閑話休題。
The Whoのヴォーカリストロジャー・ダルトリーの単独「TOMMY」完全ライブ「ROGER DALTREY PERFORMS THE WHO'S TOMMY AND MORE」に行ってきた。会場は、神奈川県民大ホール。
ネタバレも少し含むので、これから観るという人はご注意願いたい。
この日は連休前の最後の就業日なので、旦那は定時ギリギリまで仕事である。
私は午前中に病院に行き、午後から少し仕事をして先に横浜に向った。
天気は朝から雨。肌寒く、コートを着るかどうか迷うくらい。
6時30分開場だったが、会場に到着したのは30分ちょっと過ぎ。
チケット持参者の入り口はちょっとだけ列があったが、たいした混雑もなくスムーズに入館できた。
入口の真横、スタッフの目の前で堂々とタバコを吸っているやつがいて、副流煙で喘息の発作を起しかける。
神奈川県の条例では、ここは禁煙区域であり、副流煙が禁煙区域内に流れることも禁止されているはずなのに、横浜県民ホールの職員もUDOのスタッフも見て見ぬふり。「神奈川県民」ホールなはずなのに聞いてあきれる。
チケットのもぎりを通ると、他のコンサートのチラシを渡されたのだが、エイジアと東京のBUNKAMURAで行なわれる女性シンガーのコンサートのチラシ2枚のみ。
今回ギターで参加している、ピート・タウンジェントの実弟のサイモンのニューアルバムの小さなチラシが、申し訳なさそうにホチキスで止められていた。
配布されていた、サイモン・タウンジェントのニューアルバム告知のチラシ。
グッズを買おうとまずCD売り場に行ってみると、だいぶ前に再発されたThe WhoのアルバムとライブDVDのみの販売。TOMMYの公演だから、先日発売された四重人格のスペシャルボックスとかそういうのはないかもとは思ったが、肝心のTOMMYの映画のDVDもない。
チラシにあったサイモンのニューアルバムもない。
あまりのラインナップの少なさにやる気のなさを感じ、軽いショックを受ける。
オフィシャルグッズ売り場も、3列に並ぶようにうながされるが、たいした混雑もなくすぐに購入できた。
今回はオフィシャル・パンフレットの販売もない。
あるのは、今回のロジャーのツアーの開催地の一覧の入ったTシャツや、TOMMYの中の曲名でもある「We're Not Gonna Take It」のTシャツ、TOMMYのロゴ入りトートバッグ、キーホルダーなどが販売されているのみ。
何もないので、Tシャツ2枚とトートバッグを購入したが、Tシャツが一枚4000円(!?)。お金を払うときに、映画の「TOMMY」の中で最初にグッズを放り出したヘルズエンジェルの気分にちょっとだけなった。
男性のトイレ前にホワイエがあり、ワインなどが販売されている。
あらかじめThe WhoのTシャツを着て来ている人もいたが、男性の多くは購入したTシャツに着換える人が多かった。
モッズコートを着ている人が多く、「四重人格じゃなくてTOMMYの公演なんだけどなあ」と、ちょっと違和感を感じたりもした。
そんな中で、リーゼントに革ジャンといういでたちと、襟とポケットカバーがヒョウ柄の革のロングコートを着たテディボーイ風の人がいたりして、こういうところは横浜ならではなのか。
客層は、ほとんどが40代以上と見られる。The Whoのときにもそうだったのだが、たまに70代以上かと思うような方もおられて、しかも女性一人で来ている風な人もいたので、これはちょっと驚く。
客席は2階席に人はなく、一階席もちらちらと空席が目立っていた。
開演はほぼ定刻どおりの7時。
ドラムの前に透明のプラスチックの屏風がある。「The Kids Are Alright」の中でキース・ムーンが「観客が野菜を投げつけ、ロジャーがそれをマイクでぶった切る。ぼくはそれをシンバルで受け止めてドレッシングをかけて、イタリアンサラダの出来上がり」と言っていたのを思い出してしまった。
横浜公演では、「OVERTURE」からぶっちぎりでみんな総立ちになる。
最初はPAが悪すぎ。サイモンもギターの調子が悪いのか、曲の途中でしょっちゅうギターを取り替えていた。
音がやっと安定したのは「I'M FREE」くらいからで、それでも後半ロジャーがハモニカをふいている音は、私の席ではほとんど聞き取れなかった。
どちらかといえば、「TOMMY」の内容よりも「and MORE」の方が良かったように思う。
ロジャーの声は、最初はちょっと疲れているようにも聞こえたが、だんだんと調子を取り戻した感じ。後半の「and MORE」の方が楽しく歌っているようにさえ感じた。
それでも、「従兄弟のケビン」の極悪な歌詞の曲などはトーンを落として歌ったり、映画の中でキース・ムーンが担当した曲は、ちょっと似せて歌っているようにも思えた。
「AMAZING JOURNEY」や「PINBALL WIZARD」、「We're Not Gonna Take It」などで盛り上がるのは、お約束か。 曲調は、オリジナルの曲そのものではなく、どちらかというと映像を意識したアレンジ。
バックに流れるアニメーションも、TOMMYの映画を見たことがない人でもその世界観を感じられるような工夫もされていた。
特に「SALLY SIMPSON」で流れるアニメーションは、なかなか秀悦かもとも思う。
演奏された曲は、たぶんロッキンオン社のブログのライブレポートにある曲順と同じ。
アンコールもなく、予定通り終了したという感じ。
ロジャー自身、TOMMYのアルバムを発表した当時からも、映画でTOMMYを演じた当時からも、ずいぶんと歳を重ねているのだが、歌っている姿を見ていると、ふっと映画の中で見せる笑顔とだぶる瞬間があったりする。
68歳にして27歳の頃の面影を今も保ち、その頃に負けない声量で歌い、しかも体型もまったく老齢を感じさせないのは、この人は本当のパフォーマーなのだと思う。
途中のMCで、横浜に来る途中、工場がたくさん並んでいるのを見て、ロジャーが14歳の頃に工場で働いていたことを思い出したという話をしてくれたことが印象的だった。
それを、サポートメンバーの日本人のギターの人が通訳をしてくれたのだけど、途中だいぶはしょって通訳していたりして、それで笑いを誘ったりと、「and MORE」は非常にアットホームな雰囲気だった。
しかし、当のロジャーがだんだん元気になるのに反して、高齢組の観客は少しづつ手があげられなくなり、揺れも少なくなっていく。
私は肩が四十肩っぽくなって、足はこむら返りを起し、手をたたきすぎて腕が痛くなっている。
予定の曲目を終了し、袖にいったん下がったに見えたが、下がる方向を間違えて退場しなおしたりのハプニングも。もう一度出てきてくれるかと思ったが、すぐに会場の明かりがともされてしまった。
メンバーのうちの半分がいなくなってしまったThe Whoだが、常にサポートしてきたサイモン・タウンジェントが参加していたのと、私の記憶にちがいがなければ2008年の単独来日公演のときに参加したドラマーだったのは、よかったと思う(ザック・スターキーでなかったのはちょっとだけ残念だったけれど)。
ひとつだけ残念なのは、やっぱりペースがどうしても物足りなく感じること。
今回参加したベースも決して下手なわけではないのだが、やっぱりジョンが特殊すぎるのだと思う。こればかりは、ないものねだりなのだけど。
UDO主催のThe Who関連の公演では、2004年オデッセイのときにも、グッズ販売で並ぶ列でデオドラントスプレーを風上で使用する女に思い切りスプレー剤をかけられたり、2008年の横浜公演でも開場を待って並ぶ列の中で、堂々とタバコを吸うやつがいても、スタッフは無視を決め込んだりと、会場で常にひどい目にあってきた。
今回も会場前でタバコをふかすやつは、公演の前後で出入り口正面に存在していたが、まったく気にかけるそぶりもない。
喫煙場所を設けていたらしいが、その場所が他の客に影響があるのであれば、それはすでに配慮ではない。完全禁煙してほしいというわけではないが、せめて神奈川県の禁煙の条例に沿った措置をしてほしいと思う。
それに、パンフレットがなければせめてサポートメンバーの紹介や。曲目が決まっているのならその紹介を、ワープロプリントでもいいから用意するのが客への礼儀じゃないかとさえ思ったりした(公演のチラシさえもらえなかった)。
2年おきにUDOの催しに参加する度に同じような嫌な思いをするのだから、これはもう主催者に客に気持ちよく来てもらいたいという努力がないものと判断するしかないだろう。
客席には70年代ばりの警備員が配置され、ちょっとでも通路にでようものならすぐに飛んできて客席に戻るよううながされる。「SALLY SIMPSON」じゃあるまいし、「We're Not Gonna Take It」という気分。
もう二度とUDO主催の公演は行きたくないと思うが、いつも公演自体は最高なので、やっぱり次のThe Who関連の公演がUDOの主催でも、足を運んでしまうのだろうなと思った。それだけがちょっと残念で悔しい。
入りの悪かった客席でも、最大限のサービスを見せてくれたロジャー達が気の毒だとも思った。
追記: ロッキンオン社のブログの記事を見ていたら、こんな記事があって笑った。
実現したら、すごいだろうなあ。
「英オリンピック委員会、故人のキース・ムーンにオファー?」
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