Copyright & 2006 by makura GEKIDAN Shirakaba. All Rights Reserved.
 無断転載を禁ず
Google
WWW を検索 げきだんしらかば を検索


◇帯広の砂糖の話2012年08月20日 14時39分55秒

私の生まれたのは北海道帯広市だが、帯広では十勝毎日新聞(かちまい)をみんな読んでいる。北海道新聞や大手の朝日、毎日、読売などの新聞をとっていても、必ず別にかちまいをとっているのだ。
北海道では7割の家庭で北海道新聞をとっているらしいが、道内では唯一十勝でだけはトップシェアをうばえないでいるらしい(Wikipedia「十勝毎日新聞」より)。

その十勝毎日新聞では、道外在住者でも登録すれば十勝の主要記事を閲覧でき、メールでお知らせしてくれる「十勝メール」というサービスを行なっている。
http://www.tokachimail.com/

見たい地域のニュースを一覧にしてくれているので、「ああ、今地元ではこんなニュースがあるのだな」とか、「お祭りが終ったのだな」とか、地元のニュースに触れることができる。

先日届いたニュースの中に、こんなニュースがあった。

以下「十勝メール」帯広版より抜粋-----------
http://www.tokachimail.com/obihiro/

2012年8月15日の記事
フレンチドッグは砂糖?ケチャップ?

 お祭りの露店などでつい食べたくなるのがフレンチドッグ。十勝では砂糖を付けて食べる人が大半だが、実は全国的には「アメリカンドッグ」の名でケチャップやマスタードを付けて食べるのが一般的だ。砂糖を付ける“風習”も主に道東圏のようだが、実際はどうなのか探ってみた。

 親の代からフレンチドッグを扱って約40年という北海道街商協同組合の泉聖一理事長代理補佐(50)=美唄市=によると、砂糖を付けるのは十勝をはじめ釧路、根室など主に道東。この地域では8割近くが砂糖で、妻の美雪さん(54)は「1日で1キロ以上は使う」という。

 なぜ道東圏で砂糖が多いかについては定かではないが、「十勝はお菓子が豊富だから。(釧路、根室など)浜の人は甘い物を好むからと聞いた」と美雪さん。しかし、港があっても苫小牧や小樽、稚内などで砂糖文化はないという。

(中略)

 アメリカンとフレンチ。いずれもソーセージに小麦粉ベースのミックスを付けて揚げるものだが、同組合十勝帯広地区の村田絹枝代表によると魚肉ソーセージがフレンチで、豚肉などのソーセージがアメリカン。全道に魚肉ソーセージをフレンチ用として出荷する小樽市の玉屋食品でも「創業者の代から半世紀以上そう扱ってきている」という。

 起源は定かではないものの、十勝など道東で根強い砂糖のフレンチドッグ。あなたは砂糖派? ケチャップ派? (高田敦史)
---------------

すでに帯広から離れて暮す年数が、帯広で生活した年数を超えたが、フレンチドックの摂取に関しては、帯広で生活していた時期の方が多いと断言する。
しかし、私は砂糖をつけて食べるのは初めて聞いて、ショックを受けた。
しかも、それが帯広や釧路など、道東の定番であるとまで書いてあるのだ。

いや、初めてではないかもしれない。
幼い頃から「夜店のフレンチドックにはケチャップ」が当り前であると思っていた私の中に、平原祭りでフレンチドックの屋台の店頭に、紙箱に盛られた砂糖がおいてあるのを記憶しているからだ。
当然ケチャップと思っているところに、当然のように砂糖をぴっしりまぶされて、泣いて母親に抗議したような記憶がフラッシュパックのようによみがえるが、今私の頭の中で作り上げたものかもしれないし、真偽は定かではないが、なんとなくそんな記憶があるようなないような。

ああ、そういえばケチャップは当時高級品だったので、夜店ではおいていない店も多く、砂糖以外の選択肢がないと「なにもつけない」フレンチドックを食べることになっていた。
私は砂糖はありえなかったので、いつも何もついていない寂しいフレンチドックを食べていたような気がする。
ケチャップが普通に夜店に常備されたのは1970年代に入ってからのことで、それでもからしはフレンチマスタードではなく練った和辛子だったから、ケチャップに非常にあわなくていやだった記憶がある。

フレンチドック自体それほど大昔からある食べ物ではなく(いや、十分大昔だろうけど、100年とかそういう年月ではないという意味で)、家庭で簡単にドーナツが作れるような時代の産物であろうから、最初の頃は夜店で買っても「砂糖つけますか?」と聞かれたのであろうと思う。
砂糖が“常識”ではなく、砂糖という選択肢があり、ケチャップの登場まではそれが基本形だったということか?

何もついていない寂しいフレンチドックの当時、母はホットケーキミックスにプロセスチーズを入れて、丸いドーナツに揚げたおやつをよく作ってくれた。
大通りに住んでいた頃も、西二条の帯広千秋庵(現在の六花亭)の喫茶室でこっそりピザを食べるような母であった。
まだ1960年代後半頃の話であるので、母は非常に新し物好きであったのであろうと思う。

よその家で似たようなドーナツを食べたとき、中に何も入っておらず、周囲に砂糖がびっしりとまぶされたものが出されて、非常に違和感を持った。
当時のホットケーキミックスは、いまのものよりもずっと甘い味がついていたので、いつもは甘い生地にしょっぱいチーズの味が定番だった私には、甘いだけのドーナツは考えられなかった。
まして、生地が甘いのに、さらにそこに砂糖を加えるのが不思議だった。
あんぱんもあんドーナツは嫌いだったし、なんでも砂糖をつけるということに小さい頃から抵抗があった記憶があるので、この記事は非常に衝撃をもって読んだのだ。

この文化が帯広から釧路など道東に集中したものであることから、「浜の人は甘いものが好きだから」と、この取材された人は分析しているようだが、十勝は砂糖の生産もある土地なので、砂糖をつける文化はそこからきたのではないだろうかと私は推測する。
十勝は西隣が日高山脈でさえぎられているため、日高山脈を境に文化の断絶がしばしば見られる。
帯広名物と言われる豚丼だって、ほんの数十年前までは札幌の人に聞いても「なに?それ、しらな~い」としか言われなかった。
内陸の帯広は、海のものはおのずと釧路や根室と交流をもつことになる。
しかし釧路で砂糖を作る文化はあまり聞かないので、帯広独自のものであると私は感じる。十勝で産出された砂糖が、浜で働く人の身体を温めるためそのまま定着したと考えるほうが自然だろう。

同じ道内でも官庁が違い、距離としては帯広から東京~仙台ほどの距離のある稚内生まれの私の旦那は、たぶん100%の確率で「えー(;゚д゚)」と言うだろう。
もしかしたら「気持ち悪い」「浜とか一緒にしないでほしい(゚ε゚)」とさえ言うかもしれない。

昔は砂糖は高級品だったし、その高級品の砂糖をたっぷりつけて食べる外国文化の象徴のようなフレンチドックは、なんとなく豊かな文化に見えたのではないだろうか。その名残なのか、帯広にはそういう風習がけっこう多い。
上京した当初、他県出身の友人と集まって食事をする機会のときに、煮物や鍋の味付けで大喧嘩したことも何度かある。
我が家は比較的甘くない味付けであったが、それでも他県の人間には甘く感じたらしい。青森や秋田出身の友人でも、甘すぎると言われてショックだった。

特に十勝の人が甘いもの好きであるというのは、地元を離れて初めて痛感したものである。煮物でもすきやきでも、ラーメンのスープでも、十勝の食べ物は甘い味付けのものが多いようにも思う。
冬は零下20℃以上になることも頻繁にあったし、夏は30℃超えもしばしばあったから、砂糖の甘みは生命線であったのだろう。

しかし、今はそうでもないが、砂糖大根(ビート)からとった砂糖は、当時は上白糖とグラニュー糖では、その味わいに雲泥の差があった。
上白糖は今よりもべったりと重く、胸が焼けるように強烈に甘かった。グラニュー糖は上品な甘さだったが高級品だった。
子供のおやつにチーズドーナツを食べさせるような母でも、家ではコーヒーにグラニュー糖ではなく上白糖を入れて飲んでいた。喫茶店ではグラニュー糖が普通においてあるので、なぜグラニュー糖にしないのかと聞いたら、「高いから」という答えが返ってきたのを覚えている。
かわいい砂糖壷に上白糖が普通に入っている家庭も多く、よその家で紅茶などを出されて、喫茶店のような感覚でスプーンに2つ砂糖を入れると、喫茶店の紅茶よりも格段に甘くなっていやだった。
単純に砂糖の量を減らしても、上白糖の味とグラニュー糖の味はまったく別物だったので、紅茶も当然別な飲み物になっていた。

今の上白糖は昔のと比較しても、甘さがかなり軽減されている。べったりした食感も少なくなっている。グラニュー糖にいたっては、甘みがさっぱりしすぎているくらい。
料理研究家の人の中では、きびの砂糖よりもてんさい糖は甘さが控えめとか言う人もいるくらいだ。
この記事の写真の砂糖は、今のグラニュー糖がたっぷりまぶっている。
これも昔は上白糖だったはずだから、今のものと昔のものとでは味が違うのだろうと推測する。
砂糖の甘さは変わってきているけど、砂糖をつけて食べるという行為だけは定着して残ったということなのだろう。

それにしても、今はそうでもないが、昔は十勝のおはぎは甘すぎて嫌いだった。どこの家庭でも上白糖や三温糖が大量に使用されていて、べったりと甘くて胸が焼ける。
当時は、帯広名物の甘納豆も甘すぎて嫌いだった。
北海道のお赤飯は、ささげのかわりに甘納豆を入れる家庭も多い。
甘い味付けのお赤飯に追い討ちをかけるような甘納豆の応酬に、閉口することもあった。
今から考えれば、あそこまで甘くする必要はどこにあったのだろうと思うが、いま食べたら「懐かしい」と思うのかもしれない。


豚肉ソーセージがアメリカンで、魚肉ソーセージはフレンチというのは、かなり無理やりだが多少は納得できるものでもある。
私はコッペパンを縦に割いて、そこに豚肉ソーセージとキャベツやレタスなどの野菜をはさんだのが「アメリカンドック」で、ソーセージの種類は別にしてソーセージを衣で全体をくるんで油で揚げたものが「フレンチドック」だと思っていた。
夜店ではフレンチドックが主流で、アメリカンドックを売るお店は当時はなかったはず。

私の思う「アメリカンドック」に、さすがの帯広の人でも砂糖をぶちまけて食べる人は少ないだろうと思うが、実際のところはどうなのだろうか。
だいたい、魚肉ソーセージ単体を食べるときには砂糖はつけないのに、何故フレンチドックになると砂糖なんだろう。
なんとなくだが、アメリカンドックは「食事」と「おやつ」の中間みたいな感じで、「フレンチドック」はあくまで「おやつ」な感じだからだろうか。
あくまで推測だが、この答えはみんなが子供の頃食べていた、ホットケーキミックスの揚げドーナツにヒントがあるような気がする。

まだ帯広にファーストフードのお店がなかった頃、改装前の昔の帯広の駅ビルの地下に、スタンド方式で軽食を供してくれるお店があった。
そこのアメリカンドックはコッペパンを縦に割いて、そこにキャベツの千切りを入れてマヨネーズをのせ、その上にソーセージをせてオーブントースターで軽く焼き、ケチャップとマスタードをのせてくれるというものだった。
当時マヨネーズとケチャップを一緒に食べるという発想がなく、しかもマヨネーズを温めて食べるという発想もなかったので、衝撃的に美味しかったのを覚えている。
帯広の古い駅がなくなる前に、大人になってから一度食べてみたが、その時は最初の感動が不思議に思うようなものだった。
当時はなんとなく、洋風なものがかっこよく美味しいと思い込んでいた。

上京当時に他県の人たちと喧嘩してからは、料理をしても砂糖を使うことは少なかったが、今は隠し味や味にふくらみを出すために常備している。
さとうきびの砂糖、黒糖、砂糖大根のてんさい糖と常備し、用途ごとに使い分けている。
しかし、作ったものに砂糖をまぶして食べることは、やはりすることはない。
逆に、ケチャップもマヨネーズもうちの冷蔵庫にはない。いつの間にか使わなくなったので、買うのを辞めたからだ。
食材の幅が広がったせいで、マヨネーズもケチャップも、私にとっては心躍るものではなくなってしまった。

今もしフレンチドックを食べるとしたら、フレンチマスタードだけたっぷりつけて、まっきっきにして食べるだろうと思う。



Copyright ©2006 by makura GEKIDAN Shirakaba. All Rights Reserved.
無断転載を禁ず