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◇東大裏で田渕由美子展を観る2021年07月05日 21時38分04秒

田渕由美子展ポスター


2年ぶりに、根津の東大裏にある弥生美術館・竹久夢二美術館に足を運ぶ。
毎年楽しみにしている、70年代少女漫画の原画展に行くためだ。
今年は田渕由美子。りぼんおとめちっく三人衆の一人だけれど、わりとポジティブで少しコンプレックスの陸奥A子に比べて、田渕由美子の主人公はどっぷりコンプレックスだったので、当時はあまり好きではなかった。勉強もできないし色気のないガリガリチビ、ドジで奥手で引っ込み思案という感じ。いつも泣いていて、のっぽで勉強ができる顔の良い彼氏になぐさめられるというのが定石パターンだった。
でも、テーマはわりと深い内容のものが多く、気づくと印象に残る作品ばかりだった。

いつもご一緒する友達は、同居する高齢の母親のことを考え、まだしばらく東京遠征は控えたいというので、今年は1人で根津に行った。
いつもは2人で何かおいしいものを食べようと、あれこれ街を散策するのだが、今年はどうしよう。
地下鉄の根津駅から東大までのゆるい坂道には、めぼしい食べ物屋は少ないので、東大とは反対の不忍通りを千駄木の方向へ足を運ぶ。ここいらは、安くて下町っぽい食べ物屋が多くある通り。でもまだ緊急事態宣言が明けたばかりで東京はまんえん防止期間中。閉めているお店も少なくないかなと思ったり、早めに展示を見て早く帰りたいと思ったりで、13時頃根津についてそのまま一番最初に目についたカレー屋に入ることにした。

根津カレー ラッキー


そこのカレー屋は以前から気になっていたお店だったけれど、なんとなくずっと入らずにいたお店。ひとりにはうってつけ。
お店の名前は、根津カレー Lucky (ラッキー)。
お店の看板と、ウインドウに描かれた食材の絵がレトロでかわいい。

最初に出されるしょうが湯がほっとしておいしい。お店のメニューには、特製ラッキーカレーと、ラッキーカレーの辛口、そして魯肉飯がある。最近カレーと魯肉飯のあいがけというのもやっているというので、それにしてみた。カレーには焼きチーズのトッピングもプラス。
厨房から出たところで、お店の人がチーズをバーナーで焼いてくれる。魯肉飯の台湾っぽい香りと、カレーの香ばしい香り、チーズの焼けた香りが食欲がそそられる。
「こちらもどうぞ」と福神漬けを運んできてくれ、それが昔ながらの赤い福神漬けなのが嬉しかった。この福神漬けはこのカレーにとてもマッチしている。

特製ラッキーカレーと魯肉飯のあいがけ焼きチーズトッピング

特製ラッキーカレーと魯肉飯のあいがけ焼きチーズトッピング

ランチの時間帯もすっかり終わったせいか、お客は私一人。あとで学生さんぽい人が、テイクアウトで来店した。
ふと壁を見ると、一面ずらっと漫画が貼ってある。
絵柄とストーリーは80年代のガロ系っぽい雰囲気。ひとつひとつ絵のスタイルが違うので、お店の人に聞くと一人の作家が書いているのだという。
Twitterに漫画を描いている人で、猫田まんじまるという人の作品らしい。
お店の人は、この人の漫画が好きで応援しているのだと話してくれた。
掲示してある絵を見て、なんだか少し昔を見ているような気がして、タイムスリップしたような気持ちになってしまった。


展示してある猫田まんじまるの漫画
Twitter @nekota_1004 猫田まんじまる

東大裏へ向かうゆるい坂道に戻り、銀杏の木が実をつけているのを仰ぎ見る。
ここは秋になると本当に臭くて閉口するのだが、まだ固くなる前の銀杏の実は秋ぐみのようでかわいらしい。
そういえば、田渕由美子の『フランス窓だより』だったかに、「また秋ぐみ食べ過ぎて お腹こわすわよ」というセリフがあったような記憶(確認していないけど)。
弥生美術館・竹久夢二美術館へ行く途中に、古い小さなお屋敷があって、私はその裏木戸が好きだった。
今回もその裏木戸の前を通ろうと裏道に行くと、そのお屋敷は壊されてマンションが建設中だった。
敷地的にはそれほど大きくはないが、お勝手口があってなんとなくサザエさんちのような雰囲気だった。そうか、ここはなくなってしまったのかと、ちょっと寂しくなる。

田渕由美子展のお客様は、だいたいが50代くらいの女性ばかり。お二人で来ている人も、ぽそぽそと当時の思い出を語ったりしている。何を言っているのかはわからないが、とても楽しそうだ。30代くらいの男女のカップルが一組いたが、ずっと普通の声量で話しているのが耳につく。こちらは何を話しているのかはっきりわかってしまって、興ざめする。
田渕由美子は80年代に入ってりぼんオリジナルに移籍し、私はそのころからりぼんは読まなくなってしまったので、それきり彼女の作品を見ることはなかった。
単行本は近所のお姉さんが持っていたのをいただいたりで、なんでか全巻持っていた。

陸奥A子、太刀掛秀子、田渕由美子のおとめちっく三人衆。陸奥A子はごくごく平均的な少女の夢見がちでハッピーな日常がテーマ。太刀掛秀子はドラマ性があって、幸せだった主人公が逆境に立たされることが多い。
それと比較すると、田渕由美子は前述したように、主人公は常に自分のコンプレックスを卑下し、それを理由に恋を諦めようとしたりする。でも、そんなドジっ子が好きなハンサムな彼氏が、「何をばかなことを言っているんだ」と言ってハッピーエンドというパターンなのだ。
三人とも非現実的ではあっても、田渕由美子の主人公のコンプレックスは、形は違えどどんな女の子にも共通するもの。誰だった「自分なんて」という感情は多かれ少なかれあるじゃないか。違うのは、それをなぐさめて包んでくれる優しいのっぽでハンサムな男子などは皆無だということだ。
田渕由美子のファンタジーは、現実的すぎる。改めて作品を一同に並べてみて、そう思った。

会場のショップで、私が知る絵柄とは少し違う、『地上の楽園』という最後だという最近の単行本が売られていた。


地上の楽園 / 田渕由美子 / 集英社
試し読みはこちら

彼女が出産を機に漫画制作から遠ざかり、その後レディースコミックで復帰したことは知らなかった。復帰後の作品は、りぼんの頃の面影は残しつつも、どこか岩舘真理子風な画風に変わっていた。
主人公のタイプも、チビで奥手で引っ込み思案のガリガリチビから、タバコをくわえてそれなりにおしゃれもする顔もわりとかわいめな女の子に変わっていた。そういえば、彼女の主人公の友達にはたいていバッチリ化粧でくわえタバコの「まゆこ」という女の子がいたが、どちらかというとそれが主人公になった感じ。
私にも、「わたしなんて」とわりとどうにもならないことを絶望的に思っていた時期があった。それを理由に恋をしないなんてことはなかったけれど、恋がうまくいかないのはそれが理由かもしれないと思ったりする。
『地上の楽園』の主人公たちのは、「わたしなんて」以前の話だ。それでも、自分ではどうすることもできない境遇であることにはかわりない。
主人公はコンプレックスで泣いて何もできないようなことはなく、それをバネにしたたかに生きている。もともとテンポが軽快なラブコメディ的な作風だったので、その軽快さはレディースコミックに移籍後も残っていて、主人公はわりと不遇でも重い感じはしない。りぼんの頃の主人公は、大学生が多くて生活に困っている風でもなかった。学生三人で都内の一軒家をシェアできるほどの金銭感覚である。彼女たちに貧乏の臭いはしない。なのに、彼女の作風はコメディなのにどこかシニカルな匂いがする。
レディースコミックの主人公は、親に捨てられたり会社が倒産したりと、生きていくのにギリギリの生活をしていたりする。ベースがコメディだからなのだと思うが、やはりシニカルな匂いはしても重い感じがしないのは、彼女の特徴なのかもしれない。
それにしても、大学時代に「わたしなんて何もとりえがないし」と泣いていた女の子が、世に出てわりと腹黒くエネルギッシュにがんばる姿のようにも感じて、結局女ってのはそういうものなのかもねと、ゆみこたんカプチーノを併設のカフェですすってちょっとだけ当時の大学生気分を想像してみたりする。

ゆみこたんカプチーノ


そんなことを思いながら、「最後の単行本」と銘打たれた『地上の楽園』を会場で購入する。
いつも重くなるので会場で本は買わないのだが、帰りの電車で読もうと購入したのだ。
購入して、電車の中と家に帰って3回続けて読んだ。
読んで少しだけ泣けてしまった。

東大近くで、昔自分が触れていた漫画に出会う。
ひとつはカレー屋で、ひとつは美術館で。
自分の青春時代がここにあるわけではないし、お気に入りの風景はかわってしまうけれど、1年に一度くらいはやはりここに来て懐かしい気持ちになりたいと思ってしまう。

田渕由美子展ポスター

◇講談社版「つげ義春大全」の第一回刊行物にふれて2020年05月10日 19時00分28秒


復刊ドットコム つげ義春大全 第一巻 白面夜叉 涙の仇討

つげ義春の久しぶりの全集が刊行されるとあり、非常に楽しみにしていた。
幻とされていたデビュー作「白面夜叉」の完全掲載もさることながら、同じ講談社から刊行された水木しげるの全集の貸本時代のリマスター技術の期待感、価格も水木しげる全集と同程度のものだったせいもあり、やはりそれなりの内容を期待しないではいられなかった。

しかし、その仕上がりは疑問をもつばかり。
表紙の紙質、デザイン、今回復刻された「白面夜叉」のオリジナルとの写植の再現度、どれをとっても「大全」と呼ぶには残念すぎるものだと感じる。
同じ作品が何度も書籍として出ており、その内容はそらでセリフを再現できるほど読み込んでいる読者も多いだろうから、新しい資料的価値として、せっかくの作品を期待しない形でいじられることを歓迎するわけにはいかない。
また、幻の作品の生原稿が見つかったのであれば、それをオリジナルに近い形で目にしたいというのは、マニヤとしては共通する要望なのではないかと思う。

表紙のデザインに関していえば、第一巻の目玉である貸本時代のイメージは、この表紙からはみじんも感じ取れない。本編とは関係のない作品のコマを切り取ってならべただけで、タイトルを見なければこれが貸本時代の希少な作品が掲載されているとは誰もわからないだろう。
なぜ貸本時代の巻に、同時発刊の第十六巻にある「ねじ式」や「ゲンセンカン主人」のイラストなのだろうか?
第三巻の「片腕三平/戦雲のかなた/熊祭の乙女」に、どうして「李さん一家」の奥さんがドラム缶風呂に入ってるイラストなのか?
今後刊行予定の表紙を見ても、なぜこの巻にこのコマのイラストが出てくる必要があるのか、首をかしげるばかり。

発行順もよくわからない。

2. 編年体(発表年代順)を基本として編集。 その時、つげ義春が何を考え作品を描いていたかが伝わる巻組!
講談社コミックプラス

とあるのだから、前期と後期をセレクトするにしても、順番に刊行すればいいのにと思う。
それをわざわざ第一巻と第十六巻を一緒に発送し、第十五巻は二回目の配送になる。
わざわざ第十五巻と第十六巻を入れ替えるのは、意図的なのだろうか。

「白面夜叉」の写植の打ち直しひとつとっても、当時のイメージを保全するという意識にかける仕事であるように感じられる。
古い生原稿のため、写植が剥がれ落ちているのは仕方がない。しかし、今のデジタル技術であれば、印刷物からリマスターして利用することだって可能だったはずだ。

確かに巻末の高野慎三氏の解題は、その時の意識的なものや影響を受けたものなど、照らし合わせて読むと興味深い。しかし、高野氏が作者と当時交流した記憶をもとにしたものが主で、本人の考えや詳細年表は最後の別巻に収録されるので、それを楽しみにするという企画なのだろう。
読者は最後の別巻をまたないと、作品の詳細を知ることができない。
これまでつげ義春の作品に対する考えをつづったインタビューやエッセイは、いろいろな形で発表されている。
今回、それを超える情報が出てくるのか? それともこれまでの集大成的な内容になるのか?
そのあたりは楽しみだが、このあたりも現段階の仕事をみると期待できなくなってしまうのが心情だ。

これがムック本レベルの簡易的な全集であるなら理解できるが、「大全」と銘打ちこの価格で刊行するのであれば、それに相応するデザインと内容でなければ納得がいかない。
水木しげる全集が、例え水木しげるを追悼する形で総力をあげたものだったとしても、書籍を編纂するあまりある愛情を感じる仕上がりなのに対して、これではあまりにもやっつけ仕事すぎて閉口してしまう。
全巻予約をしたけれど、この内容でこの価格であれば、今後の予約を検討しなければならないと逡巡してしまうのだ。

◇カフカの「変身」を改めて考える2020年04月01日 19時54分16秒


カフカ ポケットマスターピース 01 (集英社文庫ヘリテージシリーズ) Amazon

カフカの「変身」を読んだのは、中学生の頃だっただろうか。
小難しい小説が好きな頃だったが、「変身」は思ったほど小難しい小説ではなかった。
内容はいたって簡単だが、そこに内在している“感情”は簡単なものではなかったと、今でも思う。

最近になって、カフカの「変身」について調べていたら、5年前のこんな記事を見つけた。

exciteニュース
「新訳でびっくり。カフカ『変身』の主人公は、本当に「毒虫」に変身したのか」
米光一成
2015年4月8日 10:50
https://www.excite.co.jp/news/article/E1428432525544/

冒頭の主人公の身の上におきたショッキングな出来事が、実はこれまで私たちが思っていたものとは少し違うのではないかという記事である。

グレゴールが朝起きて自分の身に感じた変化が、実は虫ではなかったら。

私たちはずっと、彼が虫に変身したのだと思っていた。
いつもと違う身体の変化と、いつも通りに生活を始めようとする主人公の感覚とのギャップ。
そして、それを目にして恐れおののく家族の反応。

日本語に訳された小説の中では、グレゴールが虫になってしまったために、身体の感覚を推し量りながら生活をする描写がいくつも出てくる。
触覚の感触を発見し、位置が変わり増えてしまった足の動かし方を工夫する描写も生々しい。

しかし、それが虫ではなかったら。

私はカフカの「変身」を、山下肇訳・岩波文庫で読んでいる。
それは何度も何度も繰り返し読んだもので、私の中の「変身」は山下肇訳で固定されている。
しかし、この記事が書かれて5年も経ってはいるものの、私の興味をひくには十分すぎるものだった。

5年前に新訳された多和田葉子訳では、グレゴールが変身したものは原書にある「Ungeziefer/ウンゲツィーファー(生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫)」と訳されているらしい。
Ungezieferを自動翻訳にドイツ語→日本語で訳してみたところ、いくつかの翻訳サイトでは「害虫」と出てくるのだが、exciteなどでは「バグ」とでてくる。 試しにドイツ語→英語で訳してみると、UngezieferはBugsと出てくる。
コンピュータ用語の「バグ」も、もともとは「虫」である。

これについて私は、「バグ」について考えた。
個人的感覚ではあるが、「バグ」という言葉には、「正しくない」というニュアンスを感じる。大きなものの中の小さな何か(虫)が原因で、全体的な狂いが生じるという感じ。
朝起きて虫になっているのと、身体にバグ=正しくない変化が起きているのとでは、感覚的に大きな違いがある。
人間、ある程度の年になってくると、身体のバグなどしょっちゅう経験する。まして、グレゴールのようにストレスにさらされた毎日を送っていれば、朝起きて身体にバグがあることなど珍しいことでもないよう気持ちになってしまう。
しかし、もしグレゴールの身に「虫になるくらい大きなバグ」が起こっていたのだとしたら。

それを夫と話したところ、夫は以前浮世絵の展示にあった、江戸時代の病気=お腹の虫を思いだしたらしい。
江戸時代の病気は、お腹にいる「虫」が悪さをしていると考えられていたようで、その手の書籍がかわいい。

和楽 日本文化の入り口マガジン
このゆる?い虫たちが病気の原因? 戦国時代の医学書が可愛いすぎるってウワサ
https://intojapanwaraku.com/culture/51691/


事実、日本語には身体の調子が悪いときに「虫」がでてくる言葉がたくさんある。
1568年に作られた「針聞書(はりききがき)」という本には、そのような身体の虫がたくさん出てくる。
人間の身体は虫によってコントロールされ、虫によって体調も悪くなれば機嫌も悪くなるのだというものだ。

この考え方でいうと、グレゴールは虫によってひどい病気になってしまい、その姿を見て勤め先の支配人も、家族さえも近寄りがたい存在になってしまったのではないか。
昔は寄生虫の影響で人間の姿が変わったりすることもある。
そうなるとグレゴールの変身は、あながちありえない話でもないのだろうか。

姿かたちはかわらなくとも、今このときに世界中が震撼している新型コロナウイルスへの罹患を家族が知ったとしたら、この時代であればあるうる反応なのではないかとさえ思ってしまう。
自分たちへの影響、世間体、家族一人の病気のためにさまざまな困難を背負う可能性を示唆している。
そんな想像がかりたてられてしまう。

私はまだ、新訳の多和田葉子訳のものを読んでいない。
多和田葉子訳を読むにあたり、もう一度山下肇訳を読んでいる。
私の勝手な想像は別にして、今まで考えていたグレゴールと新しいグレゴールはどのように違うのか。
久しぶりにわくわくして本を読んでいる。

◇追悼 巴里夫2016年12月15日 02時02分14秒


「5年ひばり組」傑作選 / 巴里夫(復刊ドットコム)

今年の7月に、巴里夫という漫画家が亡くなった。
私はりぼんで掲載されていた「陽気な転校生」などで知ったが、最初はあまり好きな作家ではなかった。
絵が古臭いのと、少し幼いストーリーが馴染めなかったからだ。
時は70年代初頭。小学生女子もこまっしゃくれていた時代だった。
しかし、どこか共感が持てるところがあったりして、なんとなく印象に残る作品も多くあった。
友達とささいなことで仲たがいしたり、しゃれっ気が出てきてみたり、親に反抗したり。
作品の中の少女達も、時代が進むにつれてクラスの中で大きな貧富の差があったりするのはなくなってきて、少しずつおしゃれで活発な少女達が登場するようになると、テンポのいい作品に親しみを持つようになった。
しかし、私も中学生になり、高校生になるにつれ、巴里夫の作品は読まなくなった。
そして、しばらくは忘れていたのだ。

20年くらい前に、古本屋で「5年ひばり組」の単行本がセットで売られているのを見て、思わず購入した。
あまりにも懐かしい絵柄と印象深いストーリー。
個性豊かな5年ひばり組のクラスメイトとやさしい大ユリ先生。そして生徒と共に成長するお母さんやお父さん。
ぷっくりしたくちびると大きな目、ちょっと上を向いた鼻は、巴里夫の作品に共通して登場する主人公の特徴だ。
悲しい物語も楽しい物語も、主人公はだいたいこのタイプ。


巴里夫先生 おまけ

ここ数年、彼がどうしているかが気になって調べてみたら、ご自身で自分の作品を復刻し公式サイトで通販し、コミケなどにも参加されていたというので驚いていた。
セットで購入したと思っていた「5年ひばり組」は全8巻のうち6巻までしかなく、最後の2巻を購入すべきかどうか逡巡していた。
ちょくちょく公式サイトは覗いていたのだが、しばらくみないうちに訃報が発表されていたらしい。
朝日新聞でもニュースになっていたが、私のところにそのニュースは届かなかった。

今は公式サイトも見ることができなくなっているが、Little Spot NEWSによると、

「巴里夫(本名・磯島重二)は、平成28年7月1日に永眠いたしました。ファンの皆さま、これまでのご厚情に厚くお礼申し上げます。本サイトは、今月一杯で閉鎖しますが、近々、巴里夫マンガを伝承するサイトを立ち上げる予定です」


と書かれていたとのこと。
復刊ドットコムからも「5年ひばり組」の傑作集が発売された。
もうこんな気持ちになる漫画に出合うことも少ないだろう。
近々立ち上げる予定という伝承サイトが、予定通り立ち上がることを願うばかりである。
巴里夫さん、安らかにお休みください。

◇魔法のけむりの漫画小冊子 ミステリーマガジン3冊2016年11月03日 03時36分50秒

魔法のけむりブックレット表

魔法のけむりについていた漫画小冊子【クリックで拡大】

前回でも書いたが、私の実家の押入れに眠り続けていたお宝(ガラクタ)の中でも、多分一番歴史があって、しかも一番価値のわからないものがこれだろうと思う。
私が水木しげるなどの妖怪漫画にはまり、貸本漫画などの存在を意識したのは上京してからのことなのだが、何故これを後生大事にとっておいたのかは自分でも解らない。

この小冊子、駄菓子屋で売られていた魔法のけむりについていたと記憶しているのだが、私の周囲の人達は記憶にないらしい。
魔法のけむりとは、時代や地方によって名称が違うようで、「妖怪けむり」とか「ふしぎなけむり」とか呼ばれていることもあるらしいが、仕様は全て同じである。
厚紙にねちゃねちゃしたものがついていて、それを指につけて指をつけたり放したりすると、煙のような何かが指から発生するというシロモノである。
よく見ると繊維質のふわふわしたものなのだが、これは樹脂ゴムらしい。
指から煙が出て不思議な気分にさせてくれるのだが、当時は煙=謎のものというイメージがあり、怪物や幽霊などは煙的な何かを伴って登場したりする描写が多かった。


ようかいけむり / asabacco

種明かしはこちら。
博物館レポ...と理科っぽいなにか 2015年08月26日
火のないところに「ようかいけむり」は立つ!

私の母の実家の近くにどんぐり屋という駄菓子屋があり、いつも和服のおじさんが店番をしていた。
これはそこで購入した魔法のけむりについていたもの。
当時は、幼稚園か小学生低学年だったので、1970年代初頭から中ごろに購入したものと思われる。
魔法のけむりは最近でも駄菓子屋などにあるらしいが、現在はミステリーマガジンはついていないらしい。

私が持っているのは3冊。

『ミステリーマガジン』
 きゅうけつきドラキュラー
 フランケンシュタイン
 あくまムン

である。

貸本漫画家の研究家でもある唐沢なをき氏のブログを見ると、これらの小冊子のことについて触れている記事があった。
からまんブログ 2009年12月11日 「ゆうれいのちかい」

唐沢氏は当時、角川書店の『怪』で「妖怪図鑑図鑑」という連載の中でこれらの小冊子のことを取り上げていたらしい。
記事の中では、小冊子はやはり魔法のけむりなどについていたもので、写真のタイトルの他に「のろいのミイラ」「ゆうれいのちかい」というものがあるらしいことが判る。

「のろいのミイラ」はなんとなく記憶にあるのだが、「ゆうれいのちかい」は記憶にない。
作者がどこにも書かれていないのだが、絵柄から見て少なくとも3冊とも同じ作者ではないかと思われる。
ページ数は全て中身は11ページ。セリフなどの文字は全てひらがなとカタカナで統一されている。
フォントは、当時としては珍しい丸ゴシ系が使用されているのが興味深い。

きゅうけつきドラキュラー

きゅうけつきドラキュラー【クリックで拡大】

「きゅうけつきドラキュラー」
“人里はなれた一軒の家に住む女(西洋人の風貌)のもとへ、夜突然に鍵をかけたはずのどわー(ドア)が開き、吸血鬼ドラキュラーがやってくる。
女は哀れドラキュラーの餌食に。
そこへかけつけた女の兄(どうみてもアジア人)がドラキュラーに拳銃をはなつが、ドラキュラーはびくともしない。
兄は持っていた十字架を見せると十字架から煙が発生し、ドラキュラーは煙に飲まれて溶けてしまう。
後には一匹のこうもりが残り夜明けの空へ消えていった。”
吸血鬼ドラキュラのストーリーをこれでもかと凝縮してあらすじだけかいつまみ、11ページに収めたものである。

フランケンシュタイン

フランケンシュタイン【クリックで拡大】

「フランケンシュタイン」
“ある古いヨーロッパの町に住む博士が何かの研究をしていた結果、完成したのはフランケンシュタインだった。
博士は自分をバカにした町の人間に復讐するため、フランケンシュタインをけしかけるが、町の人達は博士をバカにしたのは間違いだと主張する。
そこへ神父が出てきて博士を説得しようとするが、博士の怒りは収まらない。
そのやりとりを聞いていたフランケンシュタインは、博士に襲いかかる。
博士をやっつけたフランケンシュタインはどこからともなくただよってきた煙の中に消えていった。”
こちらも、フランケンシュタインのストーリーをこれでもかと凝縮してあらすじだけかいつまみ、11ページに収めたものである。

あくまムン

あまくムン【クリックで拡大】

「あまくムン」
“アマゾンの奥深いジャングルにボンドとビリーの2人のアメリカ人探検家がやってきた。
現地人は彼等にこれ以上は先に行けないと忠告する。
彼等の目の前には洞穴があり、そこには悪魔ムンがいるから入るとたたりがあると現地人は言う。
しかしボンドは銃で現地人を殺し、2人は洞穴に潜入する。
洞窟の奥には2人が目指すお宝があり、その奥には悪魔が埋められている。
山の様なお宝を目の前にし、欲に目がくらんだボンドはビリーを銃で殺してしまう。
ボンドがお宝に手をかけたとき、悪魔ムンが「ムン」と蘇りボンドを一撃にして殺してしまう。
果たして洞窟のお宝は守られ、悪魔ムンは再び土に埋まるのであった。”
こちらはオリジナルのストーリーなのだろうか。この冊子だけ「カイキスリラー」と表紙に書いてある。
スリラーとあるがスリラーではないし、ムンもお宝を守る守護神で悪魔ではないように思えるのは気のせいか。
他のふたつは魔法のけむりのおまけらしく怪物は最後に煙をまとっていなくなるが、悪魔ムンは煙が出てこない。
このあたりもなかなか興味深いところである。
いずれにしても、この3冊の中では一番ストーリーがまとまっていて面白かった。

以上が、手元にある3冊のミステリーマガジンのあらすじである。
作者名はどこにも書いていないのでわからないが、唐沢氏が書いた「妖怪図鑑図鑑」が掲載されている『怪』は中古で入手できるようなので、購入してみようと思ったりする。

◇日本人の知らない日本語/蛇蔵&海野凪子 著(メディアファクトリー)2010年03月27日 23時45分28秒

日本人の知らない日本語

 
ロシア語がちっとも上達しない中で、ロシア語を勉強しだしてからずっと考えていたことがある。

「日本語もろくに知らないのに、よその言語なんぞ習得できるのだろうか」

という疑問である。

先日、昔勤めていた会社の先輩に会ったときに、彼女はスペイン語を習っていると話していて、スペイン語とロシア語の共通点なんかを話したりした。
その時に、日本語のことを説明するのが難しいという話になったのだ。

「上野へ行きます」と「上野に行きます」の違いを説明できない。

と彼女は言っていたが、それを聞いて私も説明できないと思った。
調べてみたら、

Yeemar's HOME 「ことばをめぐる に と へ」
http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/k040509.htm

以下『 』内上記ページより引用:
岩淵匡『日本語反省帳』(河出書房新社)の中に、「に」「へ」の違いを説明しているところがあります。最初に「大学に行く」「大学へ行く」という2文を示し、「この二つの文の意味は同じでしょうか」と問いかけています。

「に」は、時間や空間における場所を表します。〔略〕これを移動の意味の動詞「行く」「移る」「進む」などと一緒に使うと、「郵便局に行く」〔略〕などのように目的地を表すことになります。
 いっぽう、「へ」は、本来、「南へ向かう」「あっちへ行け」というように、目的地というよりも、漠然{ばくぜん}とした「方向」を指して用いていました。ところが現代語では、「郵便局へ行く」「南に向かう」とも言うようになったのです。(p.17-18)


とあり、現代では曖昧になっているとしながらも、

・「○○へ続く」の「○○」にはよりおそいものが来る。
 ・「○○に続く」の「○○」にはより早いものが来ることが多い。


と結論づけているのを見て、なるほどなと思ったりした。

日本語以外を母国語とする人たちは、日本語は大変難しいといいつつ流暢な日本語で話したりする。
日本語の助数詞や、擬音、助詞の使い方、敬語や謙譲語などが難しく感じるらしい。
しかし、日本人がみんな正しい日本語を話しているかといえばそうでもないし、自分たちが使っている言葉の意味さえ理解していないことの方が多い。

私は日本語よりも、中国語やタイ語などの同じ音の発音の違いで意味が異なることや、ロシア語やその他のヨーロッパの言語にある名詞の性別と、それに関連する動詞や形容詞の語尾の変化の方がずっと難しく感じる。
また、その国々で独特の発音があり、それに慣れていない人には判別さえ難しい音があったりもする。

そんな中、以前から気になっていて読んでいなかった本を、やっと購入した。
現在駅前書店のランキングで、2巻が5位に入っていたが、私が買ったのは1巻目。


日本人の知らない日本語(メディアファクトリー)
蛇蔵&海野凪子 著



日本の外国人向けの日本語学校での、講師と生徒のエッセイ漫画である。
講師は著者の一人である、海野凪子さん。その生徒たちは、黒澤映画を見て日本語を覚えたスウェーデン人の女性、仁侠映画で日本語を覚えたフランス人の上流マダム、ものすごい古いテキストで日本語の謙譲語を覚えているイギリス人の男性、すばらしい表現力の詩を日本語で表現できる能力をもちつつ、それが日常生活で発揮できない中国人の男性などなど、大変個性的である。

この中で私が衝撃を受けたのは、花札の松と梅の赤短に書かれている文字は「あのよろし」ではなく「あかよろし」であるという事実。
「の」だと思っていたのは昔の「可」という文字のかな文字で、「の」の上に横棒がついているらしい。
「あかよろし」は「明らかに良い」という意味とのこと。

そして、「お」と「を」の発音の違いは、現代では「O」に統一されていて、「お」が「O」、「を」が「WO」だったのは奈良時代であったこと。
実はひらがなは昔はたくさん存在していて、明治時代に一音一文字に統一されたこと。
そのとき「を」もなくなる予定だったが、どさくさにまぎれて残ってしまったこと。
ふだん私たちが普通に使っている標準語が、実は標準語ではなかったこと

など、たくさんの勘違いと無知による驚きがつまっていた。
そして何よりこの本の中では、生徒たちの文化の違いによる失敗や憤りをユーモアに包んではいても、嘲笑することはない。
逆に、日本人が当たり前だと思っていることが、世界的視野で見ればまったく当たり前ではないということに、改めて気づく。

言語は、生活に必要のないものは時代とともに淘汰され、また必要なものは様々な形で進化するという、常に変化しつづけてきた文化であると思う。
自分だけの常識にとらわれていては、他国の言語などとうてい理解できない。
それと同じに、自分の国の言語も少し「現在の常識」から離れて見ることで、改めて自分の文化を理解する目が開かれるのかもしれないと思ったりした一冊だった。

しかしこの中で、ちょっと首をかしげるのは「を」の発音である。
個人的には、「を」はやはり「WO」ではないかと思うのだ。
なぜかというと、ヨーロッパの友人の何人かは、「わ」と「ヴァ」は同じに聞こえるというのである。私のロシア語の先生も、区別がつかないと言っていた。
北海道の地名である稚内(わっかない)と抜海(ばっかい)が、どうしても同じに聞こえると言う人もいる。
日本人が苦手なRとLの発音も、日本人は無意識に使い分けていると、別なロシア人の友人も言っていた。
ただ、日本人がRとLの発音が苦手なのは確かで、外国人から使い分けているように聞こえるとすれば、日本人は意識をするとRとLの発音ができないということになるのではないか。
私は、日本人が切り捨ててきた古いかなの名残の発音が、今でも五十音の中に隠されている気がしてならない。
だから、「を」は、やはり「WO」だと思うのだった。

いずれにせよ、いろいろな面で日本語を面白く考えさせる本である。
次に本屋に行ったら、2巻も買ってみよう。

◇ムーンライダーズの思い出2007年03月22日 05時23分38秒

ムーンライダーズの30年: ミュージックマガジン増刊
ムーンライダーズの30年: ミュージックマガジン増刊

書店で「ムーンライダーズの30年: ミュージックマガジン増刊」という本を見つけたので購入した。

ムーンライダーズは、劇団白樺のメンバーの一番のお気に入りのバンドで、当時メンバーの溜まり場だったY姉弟の家でレコードをかけては一緒に歌ったりした。当時洋楽にどっぷりはまっていた私としては、10代後半の日本のバンドの中では一番印象深いバンドである。

当時は、音楽は常に自分のそばにあるものと思っていて、自由に好きなレコードを買えるほどお金があったわけではないけれど、なんとなくいつも音楽を聴いていることが普通だと思っていた時期だった。
ムーンライダーズは、自分から好きになったわけではなく、そんな生活の中でなんとなくいつもそばにあったようなバンドだった。

東京に出てきてからは、自分から聞いたりすることもなくなってしまったが、20年近く前にパソコン通信をはじめて、参加したフォーラム(当時は、各パソコン通信会社が運営する中で、それぞれテーマに沿ったフォーラムというものがあり、決められた場所で思い思いの意見を発表したりするのが主だった)で親しくなった人たちも、何故かみんなムーンライダーズが大好きだった。私より年上の人たちは、はちみつぱいの頃からのファンの人も多かった。
「最後の晩餐」が前のアルバムから6年経過した後に発表された1991年頃、そのフォーラムの仲間とみんなでムーンライダーズのライブを見に行ったこともある。

当時はレコードからCDに入れ替わって久しかったが、CDプレイヤーを購入するお金もなかったので、自分から音楽を追及したりすることから少し離れていた時期だった。自分が生涯で一番好きな音楽家のコンサートがあっても、それに足を運ぶこともできずにいた。
パソコン通信をはじめて音楽好きな仲間とめぐり合い、そこにいた人たちの知識量のすごさに影響され、CDプレイヤーを購入し、その中にあったたくさんの情報と、自分の中にあった枯渇した音楽への欲求が爆発するように、ありとあらゆる音楽を聴きまくっていた時期でもあった。
当時見たムーンライダーズの最後の晩餐ライブは、やっぱり自分は音楽と共に生活したいという気持ちを再確認するものだったのだろうと思う。
60年代~70年代の日本の音楽が好きだったこともあって、はちみつぱいを勧められて聞いたりもした。
いつも自分からは求めないでも、何かしらムーンライダーズは誰かがそっとそばに置いていってくれる届け物のような形で私のそばにあったのだ。

1998年か1999年に、つくばで糸井重里と鈴木慶一があるイラストレーターのイベント応援に駆けつけた時も、やはりそのライブハウスの常連さんの一人が熱狂的なムーンライダーズファンで、最初は最近の曲を演奏したりしていた鈴木慶一も、私たちが古い作品のCDを持ち出し(常連さんは火の玉ボーイを、私はマニラマニエラを)、サインをねだったりしたものだから、後半はマニラマニエラにある糸井重里と鈴木慶一の作品である「花咲く乙女よ穴を掘れ」を歌ってくれたり、はちみつぱい時代の曲を演奏してくれ、感激でふだんはあまり仲良くもないその常連さんと、手を取り合って歓んだりしたのだ。

パソコン通信からインターネットに移行するにつれ、パソコン通信のフォーラムにもいかなくなり、そこにいた友人達も少しづつそこから離れていって会わなくなってしまったが、参加していたフォーラムで最後に見たのは「ムーンライダーズ20周年記念特設会議室」だったように記憶している。
あれから10年。そのフォーラムで知り合った人と結婚し、つくばのライブハウスで鈴木慶一と会ってから、ムーンライダーズからもなんとなく離れていたけれど、思えばムーンライダーズはずっと私のそばにあったのだなあと、購入した本を読むとその時期その時期の出来事とオーバーラップして思い出されたりする。

◇田中宥久子の「肌整形メイク」2006年07月09日 06時03分36秒

7年前の顔になる「肌整形」メイク/田中宥久子/講談社
7年前の顔になる「肌整形」メイク/田中宥久子/講談社

最近、肌の衰えが顕著なので、マッサージを勧められ、いつになく励んでいる。それまでマッサージなど無意味だと思っていたのだが、化粧品屋に行ってマッサージをしてもらうと、格段に肌質に変化があるので、自分でもやっているのだ。
しかし、経路マッサージやリンパの流れから考えると、従来のマッサージは、どこか疑問が残ったりする。

ある日、本屋に行くと、田中宥久子という人の「肌整形メイク」という本があったので、購入してみた。
これまで第一線で映画などのメイクを手がけてきた田中宥久子という人が、SUQQUという化粧品のプロデュースをしたということで、PRも兼ねているらしい。
本には、マッサージの方法とメイクの方法が書かれており、DVDもついていてマッサージの方法が詳しく説明されている。

この本に書かれているマッサージ方法が従来のものと最も違うのは、従来のものはやさしく指を動かすというものが多かったのに対して、かなり強く皮膚を動かすのだ。マッサージというよりは、顔のストレッチに近い。皮膚とその下にある筋肉を動かすというのが、この方法の大きな特徴らしい。
DVDに出てくるモデルの人も、モデルなのにこんな顔をさらしていいのだろうかと思うくらい、顔の筋肉を動かしている。

別にSUQQUのマッサージクリームでなくても、マッサージすることに意味があるのであれば、どこのメーカーでもいいのだろうと考え、3日間朝晩マッサージを実践したところ、最初は顔がしびれた感じになるが、次の日からまず顔のむくみがとれ、顔がほっそりした。そして、肌がたるんで毛穴が流れて見えた頬のたるみが改善された(もちろん、比較の問題であるが…)。
このマッサージをする前の日に、いつも行ってる化粧品屋で、肌を拡大して肌質チェックをしてもらったが、一週間後に行くと肌質がかなり改善されていると言われ、嬉しくなった。
汗をかく季節になると、洗顔しても肌がざらざらしたりすることもあるのだが、このマッサージをはじめてから洗顔後肌をさすっても、ひっかかるものが何もなくすべすべするようになった。それまでは、クレンジング、洗顔後に化粧水をコットンでつけると、コットンに顔の汚れがつくことが多かったが、それがなくなったのだ。
そして、何より顔色が良くなったことで、ちょっとした外出時には、下地の上に粉をはたくだけで十分だし、化粧崩れも少なくなったように思う(重ねて言うが、比較の問題である)。

普段はマッサージクリームを使用しているが、旅行中大きなクリームボトルを持ち歩くのがいやだったので、無印良品のスクワランオイルで試してみたが、肌がつるつるになってその後しばらく何もつけなくても十分なくらいだった。
でも、マッサージ後にオイルを十分に落とさない時があり、その後にきびになって失敗してしまった。

最近はちょっとさぼって毎日はしていないが、それでも化粧をする前にこのマッサージをすると、化粧のりが格段に良くなるので、少し続けてみようと思う。

SUQQUのHP
http://www.suqqu.com/japan.html



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