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◇十勝の風景2006年07月29日 02時27分03秒

北海道の風景の夏のイメージとしては、広大な牧草地に青い空とかそういったものがあると思うが、十勝の風景は北海道の風景そのものだと思う。
十勝に限らず、牧草地だとか畑が延々と続く風景は、北海道の郊外であればどこにでもあるが、十勝の空はいつまでも眺めていてあきない。
十数年前のAERA(朝日新聞社)に、十勝という土地は晴れが大変多い土地だという記事が載っていた。私が子供の頃は、確かに長雨といっても数日降るのがせいぜいで、数週間も晴れのない日が続くことは考えられなかった。最近では、気象の変化のせいか、長く晴れがない日もあるようだが、十勝の晴れの日は空が広く広がっていて、雲がさまざまな時間帯で色々な表情を見せてくれる。
自分の生まれた土地の風景であれば、誰でもそう思うのかもしれないが、十勝の晴れの風景は特別なのだと思っているのだ。

帰省したときは、帯広市内から空港までの間に続く田園風景を眺めていくのだが、ここの景色が私はとても好きだ。
なだらかに広がる丘陵地帯には畑が延々と続き、道をはさんだ反対側には広く畑が広がり、遠くには日高山脈が見える。
春の夜であれば、凍る月の光が青く落ちてきて、しんとした暗闇からきしきしとどこからともなく聞こえる音は、月光の音のようにさえ感じる。
夏の夕刻であれば、低い場所にある雲がその影を落としている。
秋の日暮れには、日高山脈がどこまでも赤く照らし出され、東の空には大きな月が顔を出している。
冬の朝には、延々と続く白い大地に湯気が立ち篭めている。

上京した当時は、東京の大きさを新鮮にも感じたが、空の狭さと空気の汚さには辟易し、半年で身体の具合が悪くなった。澄んだ帯広の空気が懐かしく思った。
今では、帯広の人にとって私は「内地の人」あるいは「東京の人」(帯広の人に限らないかもしれないが、東京近郊に住んでいる人のことを帯広の人は「東京の人」という呼び方をする)であり、すでにここは私のいた場所であっても、私のいる場所ではないのだとつくづく感じてしまうのだが、この景色を見ると、今でも自分は風に吹かれてここに立っているような感覚に襲われてしまう。

◇カメ虫の恐怖2006年07月29日 02時44分23秒

先日、栃木の大学病院に入院している叔父の見舞いに行った帰りのことだ。
東北自動車道を走っているとき、普段であればすいすいと流れている(あるいは、ほとんど車が走っていない)道なのに、事故のため30分ほど渋滞していたのだ。
事故現場を過ぎ、やっと車が流れ出したが、車は60〜80kmのスピードがせいいっぱいで、車間を適当にとって走っており、3車線ある道はどの路線も車でいっぱいだった。
そのとき、後から黄色いカメ虫状の車がものすごいスピードで走ってきて、まん中の道を走っていた私の車の横をぎりぎりのところで車線変更して通り過ぎていったのだ。車の後のロゴを見ると「Lamborghini」と書いてある。その車はあちこちの車をすり抜けるようにして、走り去っていった。
旦那と「すごいねー あの車一台でこのへんだと家が何件買えるのかね」などと話していたら、今度は紺色のカメ虫が近付いてくる。黄色のカメ虫「Lamborghini」と同じようにして走り去った車の後には、ポルシェの馬のエンブレムがついていた。
その後、両側の車線から私の車を挟むようにして、黄色のカメ虫「Lamborghini」が2台近付いてきて、ぎりぎりのところで私の車を追い越し、私の車の前の車間に入ってきて、またすぐに他の車をすり抜けて去っていった。
ぶつかるのではないかという恐怖で、思わず左足はアクセルから離れて、ブレーキを踏みそうになってしまう。
その後3台の馬とか猫とかのエンブレムのついたカメ虫が去っていったが、いったいあれはなんだったのだろうか。こんな沢山のスーパーカーを一度に見たことはない。それ以前に、家を何件も買えそうな車に乗っていて、こんな無茶な運転するなよな(#−"−) と怖くて泣きそうになってしまったのだ。

恐怖が過ぎた頃、旦那が「あんな車に乗って渋滞はまっていたら、オーバーヒートしちゃうんだろうな」と言っていた。渋滞だと言っても、普通に40kmくらいでは走っていたのだから、「だったら一般道ではああいう車はどうやって走るの?」と私が聞くと、「ああいう車は一般道は走らないんだよ」と旦那は答えた。一般道を走らないで、どうやって高速道路に乗ったのだろうか。あの人達は高速道路に住んでいるのだろうか。それともSAなどに駐車場を借りているのだろうか。色々謎は深まるが、自分には縁のないことなので、深く追求しないことにした。

東北自動車道を抜けたあたりで、旦那に「あんなカメ虫みたいに平べったい車を運転するには、寝て運転するのかい?」と聞くと、「ほとんど寝て運転するんだろうね」と笑っていた。
バブルの頃、男の車はポルシェがいいとかBMWがいいとか言う女共を尻目に、「車なんて動けばOK。一番便利なのは軽トラック」とのたまっていた私は、カメ虫の価値など解らないが、一般道であんな車には遭遇したくないと心から思った。

◇幸せな渋滞2006年07月29日 03時26分41秒

2006年7月16日横浜みなと祭の花火。
ベイブリッジ走行中に撮影。
7月16日は、横浜みなと祭の日で、山下公園あたりはものすごい人だかりだったらしい。

その日の19時ちょっと前に、私達は首都高の湾岸線を走っていた。その日長時間の運転に疲れ、運転は旦那に変わってもらっていた。
「そういえば、今日は横浜の港祭で花火があるらしいよ。 うまくすれば、大黒のSAで見れるかもね」と私が言うと、旦那が何時からなのか聞くが判らない。携帯で調べるものの、なかなか情報が捕まらない。

羽田を過ぎたあたりで19時を回ったが、花火はまだ見ることができない。高速道路の案内掲示板には、大黒のSAは満車であると案内が掲示されている。
「大黒、満車だってさ。 みんな花火見物で早くから場所抑えてるんだろうね。考えることはみんな一緒か」と私が言うと、旦那が「ベイブリッジあたりで、みんな車を降りて見てるかもね」と言った。

予想は大当たりだった。つばさ橋にかかったあたりで、目の前を花火がぽんぽんとあがっている。ベイブリッジあたりでは、道路に停止する車を抑制するために、一番外側の車線を封鎖して警備員が配置されているため、おのずと渋滞になっていたのだ。

まん中の車線はほぼ数メートルおきに停止をくり返しており、早く過ぎ去りたい人は中側の車線を通り過ぎていく。
 ベイブリッジのまん中あたりでは、目の前に花火があがっていて、警備員もぼーっと花火を見つめているのがおかしい。中側の車線を走っていた車も、わざわざ渋滞しているまん中の車線に移ってくるほどだ。

こんな間近に花火を見るのは初めてで、本当に橋の高さで目の前に上がるのである。渋滞はイライラするが、こういう渋滞なら大歓迎だ。
残念ながら、15分ほどでベイブリッジを通過してしまい、横浜方面に一度曲がるあたりで、また大きく花火が見えたが、そのあたりはすでに道路封鎖はしておらず、ところどころにある緊急停止エリアに車を止めて花火見物する車がしばらく点々としていた。そうか、こういう手もあったのか…って、これも立派な違反なはずだけど、ここまでは警察も手を回していないようだった。

後でラジオを聞いたら、その日の花火見物は物凄い人で、車で見物に来て駐車場に困る人、駅から山下公園まで行く途中で花火が終わってしまった人など、残念な人も多かった中、花火の後の山下公園はゴミの山だったらしい。そういう意味では、意図せず目の前で絶景の花火見物ができたのはラッキーだった。

車の中から走行中に花火を撮影した。うちのデジカメはシャッターが降りるタイミングが遅いので、夜景モードで撮るとぶれぶれになってしまう。上はズームし忘れたが、比較的ピントがあっている写真。下は目の前に花火が上がりズームはしたものの、車が動き出してぶれぶれになったもの。

どちらも失敗と言えば失敗だが、高速道路から撮った花火の雰囲気が出ているような気がして、ちょっと気に入っている。



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