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◇トルコ旅行記 〜6月6日 考古学博物館に行く〜2007年08月28日 03時06分51秒

考古学博物館。

■考古学博物館

近代的で明るい雰囲気の東方美術館のまん前に、それと対照的な重厚なギリシア様式の建物の考古学博物館があり、そこに移動する。
中に入ると、鬼の形相の石像や苦しげな表情の人の首などが展示されており、なんだかとても重苦しい。古代東方博物館に展示されていた石像が黒っぽい石が多かったのに対して、ここの石像は石灰のように白っぽいものが多く、ギリシア神殿のイメージが強い。黒っぽいものもあるにはあるが、その多くは棺おけだったりする。

ここの一階の展示は古代の棺おけやミイラ、神殿のリレーフや石像などが中心になっており、宗教的な展示物が強い。イスラムというと宗教的な偶像物を否定しているイメージがあったのだが、政教分離体制をとるトルコでは古代の別な宗教下にあった時代のものもきちんと保存しているようで、そのあたりは非常に興味深かった。イスラム教というと、日本では非常に遠い宗教の一つのような感覚があったので、聞きかじりの宗教的イメージでは全ての他宗教を否定しているように思っていたのだった。

それにしても、展示されている石像の多くはどうしても苦悶している表情が多いのが気にかかる。苦悶していなければ、たいていは怒っているように見える。神殿などにあったものなのだから、満面の笑みをうかべているものはないにしても、ちょっと笑みを浮かべているのは入口の鬼のような石像くらいで、ちょっとぞっとしてしまう。怒っているのは、日本の神社にいる仁王様や不動明王などは怒っている顔をしているので、なんとなく理解はできるのだが。
棺おけの多くは人型になっており、頭部にはエジプトのミイラが入っていた棺おけと同じような人の顔が彫刻されている。その表情は無表情なのだが、モナリザのような曖昧な薄笑いを浮かべているようにさえ見え、生きているときは苦悶し死してやっと安楽できるということを示唆しているようにさえ思えた。


 

考古学博物館の入口正面に展示されている像。鬼のような顔をしており、首をはねた動物を逆さ釣りにして持っている。
 
苦悶するような人の顔。
     
 

遺跡の様子を示したパネル。
 
ミイラ。
     
 

ヒエログリフに覆われた棺おけ。
 
エジプト風の彫刻が施された棺おけの頭部。
     
 

神々が彫刻された棺おけを入れる箱(?)。この手のものは、戦いの様子を彫刻したものなど、さまざまなものがあった。
 
日本の家屋の屋根にある鬼瓦を彷彿させる、棺おけを入れる箱の屋根の彫刻。


古代東方博物館にあった彫刻の多くは、稚拙なものが多く形もかなりデフォルメされているのだが、ここの彫刻は大変写実的で細かい。特に棺おけを入れる箱と思われるものに彫刻されているものは、今にも動き出しそうである。
興味深かったのは、箱の蓋の部分の彫刻。ただの四角い蓋のものもあるのだが、ある時代のものは神殿を模しているのか建物の形をしている。屋根の部分が三角になっており、日本の瓦屋根のような彫刻がほどこされているものもある。鬼瓦にあたる部分には人の顔や魔よけと思われるモチーフが彫刻されており、日本の鬼瓦の魔よけに意味を持っているので、意味的には似ているのではないかと思ったりした。
階段のところにライオンの対の石像があったのだが、これも阿吽の形を示している。古代東方博物館でも思ったが、ギリシアの文化の中にも中国や日本の文化と共通するものが存在していることが不思議に思った。以前日本書紀にある話がギリシア神話に共通点が多いという話を聞いたことがあり、どういう経緯でギリシアと日本の宗教的文化の交流があったのだろうかというのに、興味をそそられた。

ところで、私たちがこの旅行のために購入したデジタルカメラは、顔が綺麗に撮影できるという顔撮影モードというのがついている。人の顔を自動的に検知するという機能なのだが、人の顔でないものにその機能を使っても反応しないのだ。ただし、人の顔のようなものには反応するので、ライオンの石像などには反応していたのが面白く、そのまま撮影を続けていたのだ。すると、とうてい人の顔でないようなところ、例えば建物の壁などにその機能を使って撮影したところ、ちょっと見た限りでは何もないのに人の顔としてカメラが感知するのである。よくよく見ても人の顔のようなシミもなければ、そういう造形をしているわけでもない。何もない壁の一画が顔であると判断してしまうらしいのだ。場所を少しずらすと顔検知は行われない。その位置に戻すと顔であるとカメラは言い張るのである。
ミイラや棺おけが展示されている建物なだけに、これはぞっとしなかった。

一階展示室の奥には、トルコ正教時代のタイル絵や真っ白い大理石の十字架をあしらった扉なども展示されている。石像が展示されている部屋では、美術学校の生徒がおのおの石像の前に座ってデッサンしていたり。トルコの小学生も見学に来ていて、すれ違うたびに「こんにちは」と挨拶してくれたりする。


 

阿吽のライオン像。
     
 

怒ってる?
 
とても怒ってる!
     
 

修復中のキリスト教のタイル絵。十字架やマリアの姿が描かれている。
 
星座をあしらったタイル絵。
     
 

口琴のような形の石塔。
 
十字架のある大理石の扉。


二階には、遺跡から発掘された太古の道具などが展示されており、素焼きの壷や矢じりなどが展示されているのだが、その一つ一つが口琴のような形をしていて楽しい。
トルコには口琴の文化はないようだが(一部のごく限られた地域にだけあるらしい)、シベリアなどで口琴を意味する「ホムス」という名前の料理に出会ったり(しかしもともとこれはトルコの言葉ではないようだが)、口琴に似た模様や形に出会ったりするのはなかなか興味深い。もちろんこれは口琴を模しているわけではまったくないだろうし、何か違う意味のあるものなのだろうと思うが、何かに酷似した形のまったく違うものを見立てて楽しむのも一興だった。



 

二階に展示されていた、口琴のような形の素焼きの道具。
 
古代の矢じりなどの道具。真中の道具がベトナム口琴のような形をしている。


しかし、ここの博物館もフラッシュをたかなければ写真撮影は許可されているのだが、韓国からの団体客が部屋に入ってきたとき、子供が展示室で騒いでいてスタッフに注意されているにも関わらず、子供と一緒に遊んでいる親や、フラッシュ厳禁と書かれているのに思い切りフラッシュをたいて展示物の前で記念撮影する人など、マナーが最悪でうんざりしてしまった。
二階にあがると、観光客が減って静まり返っていてほっとする。
階段のところには、地元の小学生が描いた博物館の展示物をイメージして作成された絵画が展示されていたが、日本の小学生の描く造形との違いに興味を覚える。



地元の小学生の絵画の展示。


こちらの博物館はあまりに広くて、途中で飽きてしまう。二階の休憩所で休憩し、入口付近の吹き抜けになったところにあるトロイの木馬の実物大模型を見ていると、西洋人のカップルが写真をとろうとしているが、カメラの操作がうまくできないようでなかなか撮影できなかった。



一枚の絵のような女性。窓の外には陶板博物館が見える。

■写真が消えてしまう


向かいの陶版博物館に入り、すばらしいタイルや皿などを楽しむ。その後、敷地内にある公園でジュースを飲んで一休みしてお昼を食べに行くことにした。お昼は朝にE夫妻から教えてもらった、地元の人達が利用するというデパートの食堂に行くことにした。敷地内の一番奥にある管理事務所でトイレを借りようと建物に入ると、入口に核廃絶などのイラストのポスターが貼られていて、写真を撮る。
外に出て旦那がトイレから戻ってくるのを待っていると、しゃれた鉄の飾り枠のついた事務所の窓に猫が座っていて、中で働いている人の様子をずっと眺めている。それを眺めていると、中にいる事務のおじさんが気が付いてこちらをじっと凝視していたので、軽く会釈すると向こうにちょっと笑って会釈を返してくれた。
庭には薔薇の花が咲いていたり、紫陽花の花が咲いていたりとさまざまな写真を撮ったのだが、陶板博物館からこの日のお昼までの写真が消失してしまった。ポスターの写真や道ばたの石の壁の中に巣を作っていた鳥の写真など、気に入っていたものも多かったので、本当に残念でならない。




陶板博物館


つづく



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