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◇NHK北海道の顔に?2010年03月27日 04時12分52秒



2007年の10月に、「あるNHKアナウンサー」という記事を書いた。
「NHKの登坂淳一というアナウンサーが、毎日見るたびにどんどんと白髪が増えて気になる」と書いたのだが、気になっていたのは私だけではなく、国内外でも注目されていたようで、私が書いたときにはすでにネットでは話題になっていた。

登坂淳一アナウンサーは、毎日正午や18時のニュースなどに登場していた。
ニュースの内容によって声のトーンや表情を微妙に変え、ニュース終了後のモニターを見つめる姿など、いつも一定の姿勢を保っていて、夜中の単発ニュースのアナウンサーよりもずっとずっと好感が持てた。
しかし、人気があるわりには番組を担当するわけでもなく、ただただまじめな一面を、ニュースを読む姿で見ることしかかなわなかったのだ。

白髪がどんどん増えて気になる要因のひとつに、当初NHKのアナウンスルームの自己紹介の写真に、髪を黒く染めてスーツの姿の写真を掲載していた。毎日画面で見る彼とのギャップが大きく、ネットでここまで話題になっているのになぜ差し替えないのだろうと思っていたのだ。
しかしちょっと前から、写真が私服のラフな笑顔の写真に差し替えられたので、それまでの皇室担当の固いイメージから、全国ニュースを担当する親しい感じにしたのだろうかと思っていた。
だが、今から考えると、それは今回の大変身への序章だったのだろうか。

この春から、登坂淳一アナウンサーはNHK札幌放送局に異動になり、しかも夕方の「ネットワークニュース北海道」を担当するらしい。
NHK北海道のHPは、「まるで登坂淳一アナウンサーのファンサイトのようである」と、ネットですっかり話題になっている。

ITMediaNews『“VIP待遇”にネット騒然 イケメンNHKアナ札幌異動のワケ』2010年03月26日 09時41分 更新


ネタりか『登坂淳一アナが大活躍!NHK北海道の新年度番組ラインナップ発表』2010/3/24 14:15


正午のニュースで見せる顔以外の、さわやかな笑顔や、にこやかな挨拶など、今まで見たこともない登坂淳一アナウンサーの顔がNHK札幌放送局にあふれている。
NHK札幌放送局の新番組のCMも、今までの登坂淳一アナウンサーとは違う、アクティブで明るい一面を見せている。
白髪騒動のときにあった「病的に痩せてきている」という印象も、ここではまったく感じさせないくらい健康的だ。

正午のニュースなどを担当していて、担当番組をもったアナウンサーで私が印象的だったのは、現在NHK総合の14時5分から放送している、「お元気ですか日本列島」谷地健吾アナウンサーである。
彼も以前は、正午や18時などの全国ニュースを担当していた。ニュースを読むときは無表情に近い感じで黙々とニュースを伝えていたのだが、バラエティ色の強い帯番組を担当したとたん、スーツはカジュアルで明るい感じに変わった。
また、当初はニュースのイメージが強く、ちょっとこわばった笑顔で、視聴者からのお便りの対応もなんだかいた痛いしい印象的だったが、今ではすっかり笑顔も板につき、視聴者からのお便りにも気さくに対応している。

夕方からの首都圏放送センター「ゆうどきネットワーク」山本哲也アナウンサーも、昔はそんな感じだったが、今ではラーメンレポートが板についたくだけた印象である。

登坂淳一アナウンサーも、札幌での看板番組のメインキャスターとして、劇的な変身をとげるのだろうか。
首都圏の「ゆうどきネットワーク」は、NHKの情報・報道番組としてはかなりバラエティ色の強い番組なので、地方放送局の番組もたぶんそういう要素が含まれてくるのだろう。
それを見ることができないのがなんともくやしいが、北海道に帰省したときに見るのを楽しみにしたい。

ITMediaNewsの記事では、異動の理由として「NHKは、局を支える看板アナウンサーを数年間、札幌や福岡などの地方の基幹局に出す。ステップアップのためだが、ずっと東京に置いておくと民放の引き抜き工作のターゲットになる。それを防ぐ意味もある」とある。

登坂淳一アナウンサーのプロフィールには、「わたしの心身リフレッシュ術」に「仕事の後に親しい先輩と思いっきり飲むビール!」とあるが、首都圏に戻ってくるまでに北海道のビールと食べ物にすっかりはまって、今の華奢でストイックなイメージが一掃しないことを願うばかりである。


NHK北海道平成22年番組ラインナップ
http://www.nhk.or.jp/sapporo/new_nhk/


NHK札幌 キャスター・リレー・ブログ 登坂淳一
http://www.nhk.or.jp/sapporo-blog/025/

◇日本人の知らない日本語/蛇蔵&海野凪子 著(メディアファクトリー)2010年03月27日 23時45分28秒

日本人の知らない日本語

 
ロシア語がちっとも上達しない中で、ロシア語を勉強しだしてからずっと考えていたことがある。

「日本語もろくに知らないのに、よその言語なんぞ習得できるのだろうか」

という疑問である。

先日、昔勤めていた会社の先輩に会ったときに、彼女はスペイン語を習っていると話していて、スペイン語とロシア語の共通点なんかを話したりした。
その時に、日本語のことを説明するのが難しいという話になったのだ。

「上野へ行きます」と「上野に行きます」の違いを説明できない。

と彼女は言っていたが、それを聞いて私も説明できないと思った。
調べてみたら、

Yeemar's HOME 「ことばをめぐる に と へ」
http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/k040509.htm

以下『 』内上記ページより引用:
岩淵匡『日本語反省帳』(河出書房新社)の中に、「に」「へ」の違いを説明しているところがあります。最初に「大学に行く」「大学へ行く」という2文を示し、「この二つの文の意味は同じでしょうか」と問いかけています。

「に」は、時間や空間における場所を表します。〔略〕これを移動の意味の動詞「行く」「移る」「進む」などと一緒に使うと、「郵便局に行く」〔略〕などのように目的地を表すことになります。
 いっぽう、「へ」は、本来、「南へ向かう」「あっちへ行け」というように、目的地というよりも、漠然{ばくぜん}とした「方向」を指して用いていました。ところが現代語では、「郵便局へ行く」「南に向かう」とも言うようになったのです。(p.17-18)


とあり、現代では曖昧になっているとしながらも、

・「○○へ続く」の「○○」にはよりおそいものが来る。
 ・「○○に続く」の「○○」にはより早いものが来ることが多い。


と結論づけているのを見て、なるほどなと思ったりした。

日本語以外を母国語とする人たちは、日本語は大変難しいといいつつ流暢な日本語で話したりする。
日本語の助数詞や、擬音、助詞の使い方、敬語や謙譲語などが難しく感じるらしい。
しかし、日本人がみんな正しい日本語を話しているかといえばそうでもないし、自分たちが使っている言葉の意味さえ理解していないことの方が多い。

私は日本語よりも、中国語やタイ語などの同じ音の発音の違いで意味が異なることや、ロシア語やその他のヨーロッパの言語にある名詞の性別と、それに関連する動詞や形容詞の語尾の変化の方がずっと難しく感じる。
また、その国々で独特の発音があり、それに慣れていない人には判別さえ難しい音があったりもする。

そんな中、以前から気になっていて読んでいなかった本を、やっと購入した。
現在駅前書店のランキングで、2巻が5位に入っていたが、私が買ったのは1巻目。


日本人の知らない日本語(メディアファクトリー)
蛇蔵&海野凪子 著



日本の外国人向けの日本語学校での、講師と生徒のエッセイ漫画である。
講師は著者の一人である、海野凪子さん。その生徒たちは、黒澤映画を見て日本語を覚えたスウェーデン人の女性、仁侠映画で日本語を覚えたフランス人の上流マダム、ものすごい古いテキストで日本語の謙譲語を覚えているイギリス人の男性、すばらしい表現力の詩を日本語で表現できる能力をもちつつ、それが日常生活で発揮できない中国人の男性などなど、大変個性的である。

この中で私が衝撃を受けたのは、花札の松と梅の赤短に書かれている文字は「あのよろし」ではなく「あかよろし」であるという事実。
「の」だと思っていたのは昔の「可」という文字のかな文字で、「の」の上に横棒がついているらしい。
「あかよろし」は「明らかに良い」という意味とのこと。

そして、「お」と「を」の発音の違いは、現代では「O」に統一されていて、「お」が「O」、「を」が「WO」だったのは奈良時代であったこと。
実はひらがなは昔はたくさん存在していて、明治時代に一音一文字に統一されたこと。
そのとき「を」もなくなる予定だったが、どさくさにまぎれて残ってしまったこと。
ふだん私たちが普通に使っている標準語が、実は標準語ではなかったこと

など、たくさんの勘違いと無知による驚きがつまっていた。
そして何よりこの本の中では、生徒たちの文化の違いによる失敗や憤りをユーモアに包んではいても、嘲笑することはない。
逆に、日本人が当たり前だと思っていることが、世界的視野で見ればまったく当たり前ではないということに、改めて気づく。

言語は、生活に必要のないものは時代とともに淘汰され、また必要なものは様々な形で進化するという、常に変化しつづけてきた文化であると思う。
自分だけの常識にとらわれていては、他国の言語などとうてい理解できない。
それと同じに、自分の国の言語も少し「現在の常識」から離れて見ることで、改めて自分の文化を理解する目が開かれるのかもしれないと思ったりした一冊だった。

しかしこの中で、ちょっと首をかしげるのは「を」の発音である。
個人的には、「を」はやはり「WO」ではないかと思うのだ。
なぜかというと、ヨーロッパの友人の何人かは、「わ」と「ヴァ」は同じに聞こえるというのである。私のロシア語の先生も、区別がつかないと言っていた。
北海道の地名である稚内(わっかない)と抜海(ばっかい)が、どうしても同じに聞こえると言う人もいる。
日本人が苦手なRとLの発音も、日本人は無意識に使い分けていると、別なロシア人の友人も言っていた。
ただ、日本人がRとLの発音が苦手なのは確かで、外国人から使い分けているように聞こえるとすれば、日本人は意識をするとRとLの発音ができないということになるのではないか。
私は、日本人が切り捨ててきた古いかなの名残の発音が、今でも五十音の中に隠されている気がしてならない。
だから、「を」は、やはり「WO」だと思うのだった。

いずれにせよ、いろいろな面で日本語を面白く考えさせる本である。
次に本屋に行ったら、2巻も買ってみよう。




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