◇日本人の知らない日本語/蛇蔵&海野凪子 著(メディアファクトリー) ― 2010年03月27日 23時45分28秒

ロシア語がちっとも上達しない中で、ロシア語を勉強しだしてからずっと考えていたことがある。
「日本語もろくに知らないのに、よその言語なんぞ習得できるのだろうか」
という疑問である。
先日、昔勤めていた会社の先輩に会ったときに、彼女はスペイン語を習っていると話していて、スペイン語とロシア語の共通点なんかを話したりした。
その時に、日本語のことを説明するのが難しいという話になったのだ。
「上野へ行きます」と「上野に行きます」の違いを説明できない。
と彼女は言っていたが、それを聞いて私も説明できないと思った。
調べてみたら、
Yeemar's HOME 「ことばをめぐる に と へ」
http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/k040509.htm
以下『 』内上記ページより引用:
『岩淵匡『日本語反省帳』(河出書房新社)の中に、「に」「へ」の違いを説明しているところがあります。最初に「大学に行く」「大学へ行く」という2文を示し、「この二つの文の意味は同じでしょうか」と問いかけています。
「に」は、時間や空間における場所を表します。〔略〕これを移動の意味の動詞「行く」「移る」「進む」などと一緒に使うと、「郵便局に行く」〔略〕などのように目的地を表すことになります。
いっぽう、「へ」は、本来、「南へ向かう」「あっちへ行け」というように、目的地というよりも、漠然{ばくぜん}とした「方向」を指して用いていました。ところが現代語では、「郵便局へ行く」「南に向かう」とも言うようになったのです。(p.17-18) 』
とあり、現代では曖昧になっているとしながらも、
『・「○○へ続く」の「○○」にはよりおそいものが来る。
・「○○に続く」の「○○」にはより早いものが来ることが多い。』
と結論づけているのを見て、なるほどなと思ったりした。
日本語以外を母国語とする人たちは、日本語は大変難しいといいつつ流暢な日本語で話したりする。
日本語の助数詞や、擬音、助詞の使い方、敬語や謙譲語などが難しく感じるらしい。
しかし、日本人がみんな正しい日本語を話しているかといえばそうでもないし、自分たちが使っている言葉の意味さえ理解していないことの方が多い。
私は日本語よりも、中国語やタイ語などの同じ音の発音の違いで意味が異なることや、ロシア語やその他のヨーロッパの言語にある名詞の性別と、それに関連する動詞や形容詞の語尾の変化の方がずっと難しく感じる。
また、その国々で独特の発音があり、それに慣れていない人には判別さえ難しい音があったりもする。
そんな中、以前から気になっていて読んでいなかった本を、やっと購入した。
現在駅前書店のランキングで、2巻が5位に入っていたが、私が買ったのは1巻目。
日本人の知らない日本語(メディアファクトリー)
蛇蔵&海野凪子 著
日本の外国人向けの日本語学校での、講師と生徒のエッセイ漫画である。
講師は著者の一人である、海野凪子さん。その生徒たちは、黒澤映画を見て日本語を覚えたスウェーデン人の女性、仁侠映画で日本語を覚えたフランス人の上流マダム、ものすごい古いテキストで日本語の謙譲語を覚えているイギリス人の男性、すばらしい表現力の詩を日本語で表現できる能力をもちつつ、それが日常生活で発揮できない中国人の男性などなど、大変個性的である。
この中で私が衝撃を受けたのは、花札の松と梅の赤短に書かれている文字は「あのよろし」ではなく「あかよろし」であるという事実。
「の」だと思っていたのは昔の「可」という文字のかな文字で、「の」の上に横棒がついているらしい。
「あかよろし」は「明らかに良い」という意味とのこと。
そして、「お」と「を」の発音の違いは、現代では「O」に統一されていて、「お」が「O」、「を」が「WO」だったのは奈良時代であったこと。
実はひらがなは昔はたくさん存在していて、明治時代に一音一文字に統一されたこと。
そのとき「を」もなくなる予定だったが、どさくさにまぎれて残ってしまったこと。
ふだん私たちが普通に使っている標準語が、実は標準語ではなかったこと
など、たくさんの勘違いと無知による驚きがつまっていた。
そして何よりこの本の中では、生徒たちの文化の違いによる失敗や憤りをユーモアに包んではいても、嘲笑することはない。
逆に、日本人が当たり前だと思っていることが、世界的視野で見ればまったく当たり前ではないということに、改めて気づく。
言語は、生活に必要のないものは時代とともに淘汰され、また必要なものは様々な形で進化するという、常に変化しつづけてきた文化であると思う。
自分だけの常識にとらわれていては、他国の言語などとうてい理解できない。
それと同じに、自分の国の言語も少し「現在の常識」から離れて見ることで、改めて自分の文化を理解する目が開かれるのかもしれないと思ったりした一冊だった。
しかしこの中で、ちょっと首をかしげるのは「を」の発音である。
個人的には、「を」はやはり「WO」ではないかと思うのだ。
なぜかというと、ヨーロッパの友人の何人かは、「わ」と「ヴァ」は同じに聞こえるというのである。私のロシア語の先生も、区別がつかないと言っていた。
北海道の地名である稚内(わっかない)と抜海(ばっかい)が、どうしても同じに聞こえると言う人もいる。
日本人が苦手なRとLの発音も、日本人は無意識に使い分けていると、別なロシア人の友人も言っていた。
ただ、日本人がRとLの発音が苦手なのは確かで、外国人から使い分けているように聞こえるとすれば、日本人は意識をするとRとLの発音ができないということになるのではないか。
私は、日本人が切り捨ててきた古いかなの名残の発音が、今でも五十音の中に隠されている気がしてならない。
だから、「を」は、やはり「WO」だと思うのだった。
いずれにせよ、いろいろな面で日本語を面白く考えさせる本である。
次に本屋に行ったら、2巻も買ってみよう。

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