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◇トルコ旅行記 〜6月6日 古代東方博物館に行く〜2007年08月26日 19時32分30秒


トプカプ宮殿付近の裏道。

■撮影した写真が消える

前日の夜に写真をいつものとおり一度ホテルのパソコンに移し、メモリを介して自分のパソコンに移したのだが、なんだか様子が変。パソコンに写真を移動した後に急にネットが遮断される事態に陥り、その後ネットが利用できなくなってしまった。それはホテルの全てのパソコンがそういう状況になっていたらしく、パソコンを使用している時にホテルのスタッフが私に様子を聞きに来たが、その状況をうまく説明できず、結局写真は自分のパソコンに移さずにカメラのメモリにそのままにしていたのだ。
この日の朝にはネットは復旧していたが、ホテルのパソコンはどうやらウイルスに感染したらしく、ホテルのパソコンから自分のパソコンに写真を移動することができない。とりあえずできるところまで移動したのだが、その時メモリを初期化するのを忘れてしまったのだ。結局、この日撮影した写真の一部はウイルスに感染していたせいでファイルを消去せざるをえなくなり、多くの写真がなくなってしまったのが残念だ。
ここに掲載している写真は、もちろんウイルス駆除をして安全にしている。





イスタンブールで一番高級なシーフードレストランの入口とそこにいた猫。

■イスタンブールの裏道を歩く

この日は本当だったら新市街に行く予定だったのだが、空は朝から雨模様。朝食から部屋に戻ってきたときには横殴りの激しい雨が降っており、街を散策するのは無理そう。朝食のときにビュユック島に一緒にいったE夫妻が、「古代東方博物館と考古学博物館は大変面白いらしいので、是非行くといい」と勧めてくださったので、新市街は諦め博物館巡りとグランドバザールに行くことにする。
出かける頃には雨はあがっていたが、空は相変わらずどんよりと曇っていていつまた雨が降り出すかわからない。いつも通っていたレストラン街の裏の道を行くと、右手に「イスタンブールで一番美味しくて一番高級な魚料理の店」だとオスマンさんが教えてくれたシーフードレストランがある。赤い魚の看板がかわいくてどんな店なのか入ってみたかったのだが、ちょっと食べると数万円かかることもあると聞いて、入ることができなかった店だ。看板の中を覗いてみると急な階段の先にベンチが並んでおり、外から見るとキャンプ場の休憩所みたいに見える。なんでこんな店がイスタンブールで一番高級なのか。高級ホテルの客もここで食事をするらしいが、ガラタ橋にあったシーフードレストランの方がずっと立派に思えてしまう。

ここのレストランの前に猫の兄弟がいて、魚の看板の下でなんだか営業外の客引きをしているように見えた。




レストランの看板。




古代東方博物館の窓の外で求愛していた鳥。

■古代東方博物館と考古学博物館

トプカプ宮殿の東隣にある古代東方博物館と考古学博物館、陶板博物館は同じ敷地にあり、チケットも共通チケットで一人5YTL(約465円)だった。ゲートを入って左手が古代東方博物館、右手にあるギリシア様式の建物が考古学博物館、古代東方博物館の奥が陶板博物館でその脇にギリシアの彫刻が点在する売店のある公園がある。順路に従って、最初に古代東方博物館に入る。建物の前にまぬけな顔のライオンの石像が置いてあったりして面白い。
中に入ると、ギリシアやエジプトの影響を受けたと思われる石像やタイル絵、古代の土器や道具、遺跡の様子が描かれたパネルなどが展示されている。中は明るく、フラッシュをたかなければ写真撮影も許可されている。
二対で一つの石像になっている小さなスフィンクスや、ライオンの石像が狛犬のように設置されているのが興味深い。土器の文様はバックギャモンの盤のような模様で、このあたりで発生したというバックギャモンはこの土器の模様から生まれたのではないかと思ったりもした(真偽の程は不明)。
タイル画の展示されている絵のところで、空想上の生き物であるという犬なんだか猫なんだかきりんなんだかわからない動物の絵があり、近くにいたスタッフに「これは犬なのか?」と質問したが、「パネルに書いてある説明を読め」と言われて結局わからなかった。

人間を模した石像はみんなひげをはやしていてこけしのような形をしており、手を腹のあたりにおいているものが多い。向かい合わせにおかれた対の人間の石像は、片手に剣を下げている。どこかの神殿か宮殿の前で何かを守っていたのだろうか、なんとなく筑波山神社の門にある古代の兵士の像を思い出してしまった(筑波山神社の門には、通常仁王象があるところに兵士の像が置かれている)。
その他はほとんどが動物を模した石像だったが、ライオンが多いのはエジプトの影響が強いせいかと思った。そのほとんどが対になっており、建物の前に置かれているのを想像すると狛犬のようだと思った。それにしてもライオンがモチーフとして多様されているのにも、日本でいうところの獅子が聖なる動物であるというものと似ていると思ったりする。



 

二対で一つの石像であるスフィンクス。
 
ライオンのタイル絵。
     
 

出土した土器。模様がバックギャモンの盤のよう。
 
遺跡の様子が描かれたパネル。
     
 

謎の空想上の動物。
 
猫の像。これは土で作られた陶器のようだった。
それにしても猫科の動物が多く、猫が神聖な動物として扱われていたのだということが想像できる。
     


剣を持った人の像。
この像は向い側に同じ像が展示されおり、
対になっていることがわかる。



建物の二階の休憩所の窓の外を眺めていると、窓枠の上に鳥がいた。そこに木の枝をくわえたもう一羽の鳥がやってきて、窓枠の上の鳥に木の枝を渡している。どうやら木の枝を渡しているのはオスのようで、メスに求愛している様子。オスが去ってしまうと、メスは受け取った木の枝を下に落としてしまった。オスが再びやってきて木の枝を渡すが、メスはオスが去ると受け取った木の枝をことごとく下に落としてしまう。そのうちオスが戻ってこないうちにメスはどこかに飛び去ってしまった。

つづく

◇トルコ旅行記 〜6月5日 新市街・イスティクラール通りで買い物をする〜2007年08月23日 02時08分33秒

世界一短い地下鉄「テュネル」。

■世界一短い地下鉄に乗る。


トラムヴァイでカバタシュ駅からカラキョイに戻り、カラキョイから出ている「世界一短い地下鉄」テュネルに乗って新市街に行くことにする。テュネルの駅は、トラムヴァイのカラキョイの駅のすぐ近くにあり、入口もホームも古くて薄暗い。この地下鉄が開通したのは1875年のことらしく、当然乗車コイン「ジェトン」の自動販売機はそれよりももっと後に作られたのだろうが、自動販売機もゲートも何もかも古い。まるで地下倉庫の一画に駅のホームがある感じで、ホームには広告もなければ何もなく、ただむきだしのコンクリートの壁がじっとりしているだけだった。
カラキョイ駅からテュネル・メイダス駅までの一区間しかなく、車両は2車両だけで丸の内線の旧車両を更に古くして小さくした感じ。一区間しかないのに、0.9YTL(約84円)と料金はちょっと高めだ。
一円玉よりも小さなジェトンは、注意していないとすぐに落としてなくしそうで、案の定旦那はジェトンをゲートに入れようとして失敗し、薄暗闇の中に落としてしまった。ちょうど地下鉄がホームに入ってきたところでゲートは人の出入りがはげしく、薄暗闇の中で小さなジェトンを探すのは一苦労だった。ゲート脇の乗務員がいる窓口からその様子を見ていた駅のおじさんが親切に探して拾ってくれたため、なんとか買いなおさずにホームに入ることができた。
テュネルは朝7時から夜9時までの運行で、このときすでに8時を回っていたため、帰りは地下鉄を利用できないのが残念だった。

昔の列車のような直角の椅子に座っていると、向かいと隣の席に外国人の8人連れの団体さんが乗り込んできた。私の向かいには、30代くらいのアラブ系のような顔立ちの黒髪の女性が座った。
車両の中は何故か蚊のような小さな虫がとびかっている。手で払っても後から後から周囲をとびかってくるので、壁にとまったのを見て素手で叩き潰したら、向かいに座った女性がそれを見てびっくりして「グレイト」と言って親指を立てて喜んでいた。

地下鉄はあっという間の2分ほどでテュネル・メイダス駅に到着した。





新市街を走る旧式のトラムヴァイ。

■新市街・イスティクラール通り


テュネル・メイダス駅から地上に出ると、目の前に大きな商店街のイスティクラール通りがあり、そこに旧式車両が走る新市街トラムヴァイが走っているのだが、「なんかかわいい路面電車だねー」などとのんきなことを言っていたら、それが目的のトラムヴァイであることに気づいたのは電車が出てしまってからのことだった。新市街の目玉であるタクシム広場は、テュネル・メイダスの駅からトラムヴァイでイスティクラール通りを抜けた3つ目の駅である。歩いていってもいいのだが、空はまだ明るいけどぽつぽつと雨が降り出してきている。それでもにぎやかな商店街はかわいい電飾で装飾されていてそこを歩いていくのも悪くないと思い、折りたたみ傘を取り出して次の駅までイスティクラール通りを探索することにした。

イスティクラール通りのお店は、旧市街と違って建物自体は古いが垢抜けたディスプレイがされている。商品も現代的なものが多く、日本の小さな地方都市の繁華街といった感じ。小さな商店も多いが百貨店風のお店も多い。夜も遅かったこともあり、観光客よりは現地の人やこの界隈をうろうろしている人が目立っている。
大きな壁のある場所にはびっちりとコンサートや映画などのポスターが貼られており、マリリン・マンソンのポスターがあったりして「こんなところでもアメリカ人のロックコンサートをやるのだなあ」とごくあたりまえのことを感心したりした。
道端では楽器を持って弾き語りをする若者などがあちこちに点在しており、中南米の民族衣装を着てペルーの歌を唄っている人や、アコギでスモーク・オン・ザ・ウォーターを熱唱する二人組などがいたりして楽しい。スモーク・オン・ザ・ウォーターの二人組のうちの一人のギターには、何故か漢字で「愛」とでっかく手書きの文字が書かれていた。



 

イスティクラール通り。
 
イスティクラール通りの小さな商店。遅くまで営業しているのは旧市街と変わらない。
     
 

壁にびっしりと貼られたイベントのポスター。
マリリン・マンソンのコンサートがあったらしい(写真右)。
これを撮影していると、通りにいたトルコ人に笑われてしまった。



しばらく歩いていると、右手に綺麗な本屋を見つけたので入ることにする。トルコの楽器の本と料理の本がほしかったので覗いてみると、各国の言語に訳された料理の本がいろいろあって楽しい。トルコの楽器の本がなかなか見つからないので、レジの人に色々と質問して探してもらったが、日本語に訳されたものはなかった。トルコ語のものは当然あったのだが、ものすごく分厚いので購入を断念した。探してくれた店員さんは、ものすごく親切に注文を聞いてくれ、まるでコンシェルジュのよう。日本でもこれくらい親切に本を探すのを手伝ってくれる店員さんが、大きな本屋にいたらいいのにと思ったりした。
ここの店は、本のほかにもCDが売られていたのだが、旧市街の土産物屋で見た価格よりもずっと安い値段で売られている。やはりスルタンアフメットあたりは観光客向けの店が多いので、値段も高めなのだと知り、もう少し値段を調べてから購入すべきだったとちょっとだけ後悔した。

本屋を出た頃にはすでに外は真っ暗になっていて、雨も多少はげしくなってきていた。時間もすでに9時をまわっている。不思議とお腹がすいていないが、とてもタクシム広場まではたどりつけそうになく、この日はイスティクラール通りを適当なところまでいって、タクシム広場は次の日に行こうということになった。
しばらく歩いていくと、右手にのびるアイスクリームの店があり店内でも食べることができるようだった。しばらく店の前をうろうろしてアイスクリームがびよんと伸びているのを眺めていたのだが、多少寒かったので腹具合がおかしくなるのを躊躇してしまい、次の日タクシム広場に行ったときにしようと結局食べなかった。今から思えば、次の日は予定を変更して新市街には行かなかったので、この時食べておくべきだったのだ。結局この後もう一軒のびるアイスクリームの店をみかけたのだが、のびるアイスクリームは食べず仕舞いに終ってしまったのだった。ああ、後悔!。



 

お菓子屋のドライフルーツ売り場。いちじく、マンゴー、あんずなどさまざまなドライフルーツがある。
 
お菓子屋のナッツ売り場。日本のでんろく豆のようなものや、春日井のグリーン豆そっくりのものもあったりして面白い。


またしばらく歩いていくと、右手に大きなショーケースが両側にあるお菓子屋を見つけ、入ってみる。そこにはさまざまな種類のナッツやドライフルーツ、ロクムなどが売られている。ロクムは1kgで25YTLと、エジプトバザールよりも旧市街よりも安い価格で店頭表示されていた。お店も明るく綺麗で清潔な雰囲気。お店の店員も異常に明るく、バザールのときのようなあやしげな雰囲気はみじんも感じられなかった。
他の店もそうだが、ここの通りは全体的に旧市街やバザールよりも値段は安めな感じがする。店頭表示価格ですでに安いので、旧市街やバザールがいかに観光客向けに高く値段設定してあるかがうかがえる。お店のお客も観光客よりは現地の人の方が多いようで、たくさん買い物をするのであればこちらの方がよかったのかもしれないと思ったりした。

ロクムはすでにたくさん買っていたので、ナッツを購入しようと色々と試食する。緑豆に塩のコーティングがされている“春日井のグリーン豆”のようなものや、醤油味ではないかと思われる“でんろく豆”風のものまである。もちろん、塩で味付けしただけのピスタチオやピーナッツ、アーモンドなども売られている。ドライフルーツは、ショーケースからはみださんばかりに山積みされており、あんず、ぶどう、バナナなど種類も豊富だ。パッケージも真空パックにしてくれ、湿気の心配のないように包装してくれるのも嬉しかった。
私の父が大変なナッツ好きなので、お土産にしようといろいろとりまぜたものを1kg購入したらものすごいでかい真空パックが出てきてびっくりしてしまう。その他にお土産のお菓子の箱詰めとアンズといちじくのドライフルーツを200gづつ購入し、30ドルというところを25ドルに負けてもらったのだがドル札がちょうど23ドルしかなく、「これしかドルがない」と空の財布を見せると「ノープロブレム」と言って23ドルにしてくれた。私たちが会計している間に、小学生くらいの女の子が5YTLコインを持ってナッツを買いに来ていた。表示価格そのままで購入していったので、私たちが買った価格が安いのか高いのかがちっともわからないが、「ノープロブレム」と笑っていたということはもう少し値下げできたのだろうかと思ってしまった。しかし、これだけ買って2800円弱なのを考えるとかなり格安なので、あまり深く考えないことにしたのだった。




夜のガラタ塔。


通りのお店もちらほらと閉店になり、小さなドラックストアのような商店ばかりになってしまったので、この日はホテルに戻ることにした。雨はすでにあがっているが、テュネル・メイダス駅を過ぎた地下鉄沿いの坂道はけっこう急ですべりやすく、道も暗くて少し怖かった。小さなロカンタは空いているが、そのほかの店はほとんど閉まっている。通りにロカンタもなくなったところには、ハマムなどがちらほらあるばかりで、道は外灯もまばら。たまにすれ違う人がみんな悪い人なのではないかと思ってしまう。途中右手にガラタ塔がライトアップされているのが見え、なんとなくほっとする。
坂道をおりきったところに大きな道が現れ、トラムヴァイのカラキョイの駅が見えてきて本当にほっとする。電車を待つ間「今日の夕飯はどうしようか」と相談するが、なんだか疲れすぎていてあまりお腹がすいていない。トラムヴァイでスルタンアフメットまで戻り、駅の近くのドネルケバブ屋で3.5YTLのドネルケバブとアイランで夕食をすませてしまうことにした。

ホテルまでの帰り道、最初にロクムを買った店でトルコ石の指輪とネックレスを買ってもらった。この手の貴金属を買ってもらうのは、結婚して初めてのことである。
指輪はなかなか合うサイズがなく選ぶのに苦労したが、お店の店員は熱心に選んでくれた。金属部分がシルバーのものだったので、値段もそれほど高価ではない。もしかしたら石も偽物かもしれないが、石がとても綺麗だったのでそんなことはどうでもよくなっていた。二つで75ドルのところを60ドルにしてもらい、お土産用に箱入りロクム500g、15YTLを一つ購入した。ロクムは新市街でナッツを購入した店で買ってもよかったのだが、やはり味がこの店の方がよかったのだ。
指輪を選んでいる最中に一度店の外へ出てディスプレイされている棚をみようとしたら、店の入口に10cmはあろうかというでっかいなめくじがいてびっくりした。

この日は10時すぎにホテルに戻り旦那は疲れてすぐに寝てしまったが、私は写真の整理とネットでメールのチェックをするためにフロントに下りていたので、ホテルの夜のスタッフと夜半すぎまでおしゃべりをしていた。


つづく

◇トルコ旅行記 〜6月5日 ビュユック島からの帰りに〜2007年08月13日 07時44分13秒

カフェでずっと私の隣に座っていた猫。

■ビュユック島のカフェで船を待つ


ビュユック島周遊の後に入ったカフェの前には小さな囲いの芝生があり、そこに猫がたくさん客のおこぼれに預かろうとしている。「猫が見たいので芝生側の席に座りたい」と英語で言うと、「好きな席に座っていい」と言われる。自分のつたない英語がすんなりと相手に伝わることに違和感がなくなってきていることに気づく。
アイスクリームとチャイを注文し、帰りの船の時間まで休むことにする。運ばれてきたアイスクリームはやはり伸びるタイプではなく、ベリーとバナナとチョコ味のトリプルだった。

オープンエアの席に面した芝生の中庭には、さまざまな模様の数匹の猫がいてたまに客が投げてよこす食事のおこぼれをじっと待っている。私たちは猫にあげるようなものは何も頼まなかったのでただ眺めているだけだったのだが、そのうちの白黒の猫が私の座っていたベンチの席の隣に来て、ずっと座っている。たまに顔を覗き込むと「何かくれるの?」という顔で私の顔を見るが、何もくれないことを知ってもやはりずっとそこに座っている。顔の模様は違うが、なんとなくうちの猫に身体の模様が似ている。うちの猫は便秘と年のせいで肝臓と腎臓が弱っているため、毎日投薬が必要で旅行中ずっと病院に預けている。せまいケージでの入院生活なので、今ごろどうしているのかとちょっと心配になってしまう。



 

船の時間を待つ間に利用したカフェ「シャヒン・ビュッフェ」。
 
中庭にたくさんの猫がお客のおこぼれに預かろうと待ち構えている。
     
 

カフェから見える島の入口付近にある時計塔。
 
ここでも、トルコのサッカーチームの優勝を祝う旗が街中に掲げられていた。本当にトルコ人のサッカー熱はすごいらしいことを感じる。


■ビュユック島からの帰路

船の時間が近づいてきたので、船着場に行く。途中水を買いたいと思うが、細かいお金がなく財布には100YTL札しか入っていない。手近な店で「二本買うから大きなお札で払いたい」と言っても断られてしまう。
船着場前の商店街で民族風の洋服や雑貨などを売っている店があり、かわいいパンツを見つける。模様はかわいいのだが、デザインがかなり変わっている。ふんどしのように後の布を股のところで前にもってきて、前の布を後にもっていき、それぞれ腰で紐で縛って着用するというデザイン。女性としてはトイレに大変困る仕様になっている。横のスリット(というか、横が全部前後にわかれている)がすごくて中に何か着けないと外で着ることができないように思うが、値切ってみると希望価格でOKと言われてしまい、28YTL(約2600円)のところを20YTL(約1860円)で購入した。
おかげでお金が細かくなったので、無事乗船コインを購入することができた。



 

帰りのビュユック島の船着場で船を待つ人達。
 
次の船着場では半分の人しか乗船できず、半分の人達は次の船を待つために取り残されてしまった。


帰りの船は来た時以上に人が多かったが、幸い最初から席に座ることができた。次の船着場では待っているお客の半分しか乗船できず、船が出たときは半分の人がとりのこされた状態なのにびっくりする。

しばらくすると、船内の一部から突然物売りの声が聞こえてくる。見ると、一人のトルコ人の男性が新式の皮むき機や日本製の扇子などを売っている。皮むき機は刃のところがセラミックになっていて、日本でもよく見かける野菜の皮が薄くむけるというもの。扇子は扇の部分が布や紙ではなく全て木製(竹製?)のもので、どうみても中国製にしか見えない。皮むき機も扇子も20YTLだというのだが、日本だったら100円ショップでも売られているものだった。それでも、何人かのイスラムの衣装を着た女性が扇子を購入して嬉しそうにしていた。
Eさんご夫婦に「あんな皮むき、日本だったら100円ショップにあるんだけどなあ。ドイツにも100円ショップみたいなお店ってあるんですか?」と聞くと、最近できたということだった。彼らが日本に帰ったときも、100円ショップがいったいなんなのか最初は判らなかったらしい。イスタンブールだと10リラショップになるのだろうが、少なくともスルタンアフメット付近ではそういう店は見かけなかった。10年前に台北に行ったときはこの手の店を夜市でも見かけたので、日本の100円ショップ文化もまだまだヨーロッパ進出は果たしていないらしい。



 

船の座席に密着して備え付けられた、古い温水式のストーブ。
 
救命胴衣の着用方法の説明パネル。日本のものと微妙に違っていて楽しい。
     
   

船から見えたブルーモスクとアヤソフィア(たぶん)。
   


Eさんご夫婦ととりとめのない話をしながら、船から見える風景や船内の備品に興味を覚える。特に救命胴衣の着用方法の説明パネルと、冬になったら活躍するのだろう座席に密着して備え付けられた温水式の古いストーブが見ていてなんとなく面白かった。救命胴衣のパネルは、日本だと朱色が主に使用されているが、オレンジと青の配色は新鮮に映る。イラストの男性の顔も日本のものとはちょっと違っている。ストーブは長い年月を経て味のある雰囲気があり、古い船の窓の木わくにマッチしている。
帰りの船は行きと違い、海鳥にエサをあげる人もいなければ歌を歌って陽気にしている人達もいない。みんな静かに談笑しながら、港に着くのを待っている。船の窓からブルーモスクが見えてきて、ガバタシュの船着場が近いことを告げている。

カバタシュの船着場に到着し、私たちは新市街に行くことにしていたので「今日は本当に楽しかった、またホテルで会いましょう」と挨拶をして、カバタシュのトラムヴァイの改札でEさんご夫妻と別れた。



 

カバタシュ駅コンコースの非常口案内板。“非常な人”が日本の人とは違っており、非常さも微妙に違う。
 
車椅子優先エレベーターの案内板。車椅子に座っている人がなんだかうなだれている。
     
 

カバタシュ駅への階段を示す案内板。下りであることがはっきり理解でき、軽快に階段を下りる人が素敵だ。
 
カバタシュ駅前の駐車場の案内板。料金がトルコリラで書かれているが、通貨単位が「YTL」ではなく「TL」なので古い貨幣単位なのだとしたらものすごく格安なのでないかと思ったりした。


カバタシュの駅はトラムヴァイと新しい地下鉄の二つの路線がある大きな駅なのでコンコースも広く、そこに掲示されている日本のものとは微妙に違うアイコン掲示に興味を示し撮影をすることにする。特に面白かったのは、非常口のアイコンだ。この非常口のアイコンはもともと日本でデザインされたものが世界標準になろうとしているのだが、微妙にその国によってデザインが違う。“非常な人”の非常さがだいぶ違うのだ。
ここの駅の非常口のアイコンは、ホテルのものともちょっと違っておりかなり筋骨逞しい人のように見受けられた。その他、車椅子優先のエレベータの“車椅子の人”がなんだかうなだれているように見えたりと、人の目も気にせずばしばし撮影してしまった。
一度船着場に戻ってトイレを探すがなかなか見つからない。誰かに聞きたかったが、みんな忙しそうにしているのでなかなか声をかけられない。船着場の若い係員を見つけて話し掛けると、彼は英語が話せないとのこと。旦那が立小便をするジェスチャーをすると、彼はやっと理解してくれてそのジェスチャーを笑って旦那の肩を叩きながらトイレの場所を教えてくれた。

無事トイレもすませ、世界で一番短いという地下鉄に乗って夜遅くまで賑わっているという新市街に繰り出すことにする。それまで良かった天気も曇ってきて、一雨きそうな雰囲気。傘は持ってきているができればなんとかもってほしいと思いつつ、私たちもトラムヴァイの改札に向かった。


つづく

◇トルコ旅行記 〜6月5日 ビュユック島でのサイクリング〜2007年08月11日 04時23分17秒


ビュユック島地図。全部周ると自転車で3時間~5時間くらいかかりそう。
※画像をクリックすると大きな画像で見られます(800x1158)。

■ビュユック島での昼食

ビュユック島に到着した時間は、ちょうどお昼の12時15分。食事をしようと船着場を出て左手の海沿いのレストラン街を歩く。街中に入れば手ごろなロカンタなどがあるようだったが、船着場でも船の中でも親切にしてもらったことだし、だまされたと思って「アリババ」に行こうということになった。お昼時なので途中のレストランでも熾烈な客引き合戦があったが、目的地は決まっていたので笑顔で誘いを断る。途中で向こうから馬に荷物をひかせているおじさんが来たので「馬だ馬だ」と言って近づいていったが、子供の頃家の前を馬車が通っているとき(私の子供の頃は、まだ馬車が道を通っていたのだ!!)、馬子のおじさんが「荷物をひいている馬にさわると、突然あばれるかもしれないので危ないから触ってはいけない」と注意された記憶が瞬時に頭をよぎり、馬に触る一歩手前で触るのを辞めてしまった。すると馬をひいていたおじさんが私にハイタッチをしてきて、それがとても嬉しかった。
目的のレストラン「アリババ」に到着し席に着くとさまざまな魚を見せてくれ、手ごろな大きさの魚を選んで焼いてもらった。その他にぶどうの葉のドルマ、タコとオリーブのサラダ、ナスとトマトのサラダ、魚のケバブと選んだ魚をグリルにしてもらったのを堪能した。私達は食後にチャイを、Eさんご夫妻はトルココーヒーを注文し、ビュユック島での行動について話し合った。料金は全部で90YTL(約8370円)ちょっと高めだったが、久しぶりに二人以上で食べた料理は大変美味しかった(写真は撮り忘れてしまったが)。




ビュユック島中央にある休憩所の馬車の駐車場。

■ビュユック島周遊

私たちはレンタサイクルを借りて周遊するつもりだということを改めてEさんご夫妻に告げると、彼らもそれに同意してくれたので更にご一緒することになった。本当だったら楽に馬車に乗って優雅に周遊する方が楽だしそれもまた楽しそうで、Eさんご夫妻はどちらかというとそちらに興味がありそうだったのでちょっと申し訳なく思ったが、自転車で周ると小さな発見をすることができるのが楽しみだった。

船着場からまっすぐ時計塔のある街中へ歩いてちょっとすると、レンタサイクルの看板が見えたのでさっそくそこで自転車を借りる。私の中のレンタサイクルのイメージでは、しょぼいママチャリでペダルが異常に重かったりするのかと思っていたが、そんなことはまったくなく立派な前後輪ギアチェンジ付きのマウンテンバイクが店先に並べられている。サドルの高さもある程度調節できるが、西洋人向けのバイクが多いので背の高いEさん以外は小さめのバイクを選ぶのに一苦労だった。利用料金は1時間で一台3YTL(約279円)。
この時の馬車の料金はまったくわからないが、後でネットで調べたところ2005年の夏の馬車の料金は短いコースで25YTL、長いコースで35YTLだったらしい。2005年の春にはもう少し安かったらしいので、今はもっと高いのだろうと思う。旅行会社のオプショナルツアーなどだと、ビュユック島馬車での周遊観光が船代、食事付きで一人25000円するものもあったので、それから考えるとフリーで来るのはそれほど難しくないし、ちょっと贅沢して馬車に乗ったとしても格段に安いといえるかもしれない。

どこの島でもそうだが、島の道は急な坂道が多くギアチェンジしてもけっこう辛い。結局上り坂のほとんどは自転車を押して歩くことになるのだが、古い小さな教会や道端に咲く花を愛でながら自転車をこいだり歩いたりするのはなかなか楽しかった。自転車など乗るのは本当に数年ぶりのことだったが、下り坂を風を切って疾走するのは気持ちがいい。車が通らないので空気がとても綺麗だし、ふだんまったく運動しない私でも身体を動かすことが心地よく感じる。海に面した道に沿った建物は綺麗な色で塗られた壁が素敵なリゾート風の建物が多く、防風のために松の木が植えられていて、松という木はどこでもこういう活躍をしているのだなと思ったりする。
途中馬車に乗る観光客が私たちを横目で見ながら走り去っていく。

島の地図はイスタンブールでは入手できず、唯一Eさんがレンタサイクル屋でもらった絵地図が頼りだ。途中で案内地図の立て看板はあるのだが、絵地図と微妙に違っていたりするので案内地図にある現在地と道が本当に正しいのかちょっと不安になってしまうが、島の道は単純なので帰れないことはないだろうと道を進んでいく。私達が案内地図の前にいたとき、アジア人のカップルが後ろからやってきて英語で「今どこですか?」と訪ねられたが、私達もはっきりとわからないので場所を指差し「メイビー…」と言ったら、そこは地図上にある現在地と書いてある場所とは違う場所だったので、かえってその人の不安をあおる結果になってしまった。しかし、それ以上説明できる英語のボキャブラリーは私にはないので困ってその場から離れると、Eさんが親切に彼等に説明をしてくれた。彼等は韓国人のご夫婦のようだった。

ぽつんと一軒ある売店で水を買うのにトルコ語に挑戦して笑われたり、大きなお屋敷の前でここがどんなところなのかじろじろと眺めて推測したりと色々なわくわくを体験する。途中の松林の公園の中では、同じように自転車で周る人や歩いて周る人が休憩をしており、ビーチボールで遊んだり、歌を歌ったり、木陰で昼寝をしていたりする。こういうのは、馬車では絶対に味わえないものだと思ったりした。



 

レンタバイク屋。(紙の看板の奥がお店)
 
街外れにあったギリシア正教の教会(跡?)。十字架の横棒が二本あるのがギリシア正教の印だと教わった。
     
 

上り坂は歩いて行く。
 
松林の公園で休む人達。


途中でやはり現在地が確認できない不安と、昔ここの島に島流しにされていた偉い人のお屋敷跡がどこにあるのかを知るため、営業していない売店を見つけそこに人がいたので聞いてみる。その人は英語が話せなかったが、地図を見せて指差すと、トルコ語で現在地と行き方を指で地図をなぞって教えてくれた。
島の中央部に位置する休憩所に着くと、旅行ツアーなどのオプショナルを申込むとここで休憩することになっているのか馬車がたくさん停車している。その近くの案内板を見ようと近づくと、そこだけ土の色が違うのでよくよく見てみるとそれは全て馬糞だった。私は馬糞の山の中に思いきり足を踏み入れていて、旦那に「これ全部馬糞だよ」と言われて初めてあわててしまう。馬糞はほとんど草なので水はけをよくするためにここにまいているようで、全て乾いていたのがせめてもの救いであった。
Eさんの持っていた地図で現在地を確認し、そこから島を周遊する長いコースと街へ戻る短いコースを選択しなければならなかったが、ここまでくるのに一時間かかっているので帰りの船を心配し短いコースで街に戻ることにした。当初の目的地だった昔のえらい人がいたという建物は、もう少し手前の細い路地に入らなくてはならなかったらしく、この休憩所からだと更にきつい上り坂をのぼった先にあることが判明。帰りの体力を考え、結局見ないで過ぎてしまった。

下りの続く道をしばらく行くと農場があり、オリーブの木の畑があったりゆるい草地の丘に馬が放牧されているのが見える。もう少し行くと島の墓地が見えてきて、入口の門のそばの建物の屋根に海鳥の子供が立っているのを発見する。このあたりは馬車のルートから外れているのか、馬車があまり通らない。
しばらくしてまた馬車の通る道に出て、花の咲くゆるい上り坂を自転車を押して歩いていく。このあたりは島の東側にあたり、古く朽ち果てたリゾート風やギリシア風の建物が多く、さらにそれらを修理して売り出しているのが多く見られた。こんなところでのんびり余生を送るという選択も悪くないのだろうなとちょっと思ったりした。



 

島中央の休憩所前の案内板の下は馬糞の山。茶色く見えるのは全て馬糞であるが、私は知らずに平気でそこに足を踏み入れてしまった。
 
島の墓地の入口。大きな鉄の門が周囲と隔絶するように据え付けられており。「犬に注意」の標識が貼られている。
     
 

墓地の入口にあった建物の屋根にいた海鳥の子供。
 
道端に咲いていた綺麗な花。Mさんが名前を言っていたが失念してしまった。
     
 

島の東側で見られた、木造のリゾート風の廃墟。
 
同じく島の東側で見られた、ギリシア風の廃墟。こちらは石造り。もしかしたら教会か集会所のようなものだったのかもしれない。


街に戻り、自転車はちょうど2時間で返却することができた。Eさんと支払いに行き、Eさんは20YTL札で支払いたいと言っていたので私たちの分12YTLをEさんに渡そうとするが、全部で24YTLと言われたことにEさんは納得できない様子でお店の人に抗議している。一人一時間3YTLで4人で2時間借りたのでお店の人の言うことは間違っておらず、Eさんは疲れのあまり勘違いして計算ができなくなってしまっていたのだ。とりあえず会計は別々にすることにし、私は先に支払いをすませてお店を出たが、自転車に誘ってしまったことを気の毒に思い申し訳なかった。しかし、今回の島での旅で私たちと一緒だったのがとても楽しかったと言ってもらえたのでほっとし、私たちも同じように思っていたのでとても嬉しかった。

つづく

◇トルコ旅行記 〜6月5日 プリンス諸島行き定期船に乗る〜2007年08月09日 05時44分59秒


2007年6月5日現在のプリンス諸島行きの船の時間表。Eさんがトラベルインフォメーションでもらったのを撮影させてもらった。
※ クリックすると大きく表示します。

■ビュユック島に行く


この日はイスタンブールから船で一時間半ほどのところにある、プリンス諸島に行くことにする。この諸島の存在は、NHKのトルコ語講座で案内人が行ったのを見て知った。テレビの中では馬車に乗り、トルココーヒーを注文するというのを紹介しており、のんびりとしたその風景が大変印象深かった。
プリンス諸島は、マルマラ海にあるイスタンブールから一番近いリゾート地。9つある島のうち、船で行けるのはクナル島、ブルガズ島、ヘイベリ島、ビュユック島の4つ。
前の日にオスマンさんにどの島がお勧めか聞くと、彼はビュユック島がいいと言う。そして、彼が大事にしているというプリンス諸島の案内小冊子を貸してくれた。

朝7時半にいつものようにホテルの地下食堂で朝食を食べていると、「日本人ですか?」と日本語で声をかけられた。その人は私たちよりも少し早くから滞在していたアジア人の女性で、いつも西洋人の男性と二人で食事をしている人だった。これまで何度か食堂でお会いしていたが、軽く朝の挨拶を英語でする程度で話をしたのは初めてのことだった。「そうです」と返事をすると、「いつも日本人かなあと思っていたのだけど、確信がもてなかったので今まで声をかけられなかった」と話してくれた。彼女はM・Eさんと言う日本人だが、ドイツ人のご主人E・Eさんと結婚されて現在はドイツに住んでいるとのこと。これまでどこに行ったなどと話しているうちに、彼女達もその日プリンス諸島に行く予定だということを知った。
これまでイスタンブールからプリンス諸島に行く場合どこの港から船に乗るのか、聞く人によってエミノニュからという人もいればカバタシュからという人もいたが(ガイドブックにはエミノニュから船が出ていると書いてある)、Mさん達がインフォメーションで聞いたところによると、エミノニュは船着場が多くプリンス諸島航路の船着場は駅からも少し歩かなければならないが、新市街にあるカバタシュからだと乗るのが判りやすくいいらしいことが判り、私たちもそこから船に乗ることにした。Mさん達は、どこの島に行くかまだ悩んでいるとのこと。もし途中でお会いしたらご一緒しましょうと、特に約束もせずに食堂を引き上げた。

朝9時40分頃スルタンアフメットからトラムヴァイに乗り、ガラタ橋を通って15分ほどでカバタシュに到着する。駅のまん前に桟橋があり、船着場の入口には人がごった返している。時間と料金をはっきり調べていなかったので時刻表を確認していると、旦那がトルコ人の男性につかまっている。この人はビュユック島のレストラン「アリババ」の客引きで、観光客を捕まえては名刺を渡している様子。旦那が時間や値段を聞くと「40」と言うので旦那はそれを船の料金だと勘違いし、またぼったくりだと思って「高すぎる!」と抗議したが、それは次の船が10時40分に出港するという説明を勘違いしていたことが判明。「料金じゃなくて船の時間だよ」と笑われていた。そして、切符を購入する場所や名刺に帰りの船の時間などを親切に書いて教えてくれ、もし島に来たらぜひレストランに寄ってくれと言った。



 

カバタシュの船着場。ここからのプリンス諸島行きの船は定期船なので、観光客と地元の人でごった返している。
 
乗船コイン。
     
   

カバタシュの船着場に隣接するカフェのテラスから見た風景。

   


切符売り場で乗船コインを購入し、出航までにはまだ少し時間があるので隣接するカフェでお茶をしながら待つことにする。船の料金はビュユック島まで一人2YTL(約186円)。乗船コインはトラムヴァイのコインに似ている。トルコの乗り物は、紙の切符ではなく大抵このコインを自動改札機のような機械に挿入して入口のゲートが開く仕組みになっている。紙だと使い捨てだが、コインだと回収してまた使用できるので経済的だと思った。

カフェに入るが店の人が案内してくれる様子はないので、勝手に海を眺めるテラスの席を陣取り注文を取りにきてくれるのを待つが、なかなか注文を取りに来てくれない。旦那がカウンターまで「注文したいのでメニューをくれ」と言いに行くと、「席で待つように」と言われもどってくる。しばらくして愛想のないギャルソンがやってきて注文を聞くのでチャイを二つ注文する。
船着場の入口は人でごった返していたが、店の中は人があまり利用していない様子。船着場側の席では外で売っているドネルケバブで朝食を取る人などがいるが、私たちのいた海側のテラス席はお茶をしながらぼーっと海を眺める西洋人が数人いるだけだった。
この日のイスタンブール地方は雨の予報だったが、薄曇りではあっても大変良い天気で安心する。暑すぎることもなく寒いこともない。




船から乗客が投げるエサを目当てに船についてくる海ネコ。彼らのエサをとる技術は大変高いが、乗客のエサを投げる技術はあまり高くないので、多くのエサが海にうかんでいた。エサは街中で売られているパン。

■Eさんご夫妻との再会


出航の時間がせまり船着場に戻ると、改札の前は人で更にごった返している。日本だと整然と列を作って順番を待つが、トルコではその列は大変曖昧だが、気にする人は誰もいない。その列の中にEさんご夫妻いるのが見えて声をかける。
ゲートにコインを入れて船に乗り込むが、席はどこもうまっていて立っているしかない。Eさんご夫妻はまだどこの島に行くか迷っている様子だったが、ビュユック島にご一緒することになった。ビュユック島は車の乗り入れが禁止されており、交通手段は自転車か馬車しかないらしい。だが、私たちが島で自転車を借りて周るつもりだと言うと、ちょっと躊躇されている様子でもあった。

船の中では、一杯1YTLのチャイのサービスがある。お盆にチャイを乗せて売りに来るのだが、たまたまカバタシュの船着場でEさんご夫妻が会ったレストラン「アリババ」の客引きがその係で、彼らにチャイをフリーサービスしてくれたついでに私たちもご相伴に預かった。
立ったままチャイを飲みながら窓の外を見ていると、乗客が外に向かってパンを投げ、それを船と一緒に飛んでいる海ネコが見事にキャッチしている。仙台に行ったとき松島巡りの船でも同じような光景を見たが、細かい島を眺めるマルマラ海の風景も松島とちょっと似ているような気がしてしまう。海ネコの数はどんどん増えていってちょっと怖いくらい。海の中を見るとくらげが浮かんでいて、こんなところにもくらげがいるのだなあと、あたり前のことを思ってしまう。



 

海におちたエサも海面をとびながらゲットしている海ネコ。
 
仙台松島を彷彿させる風景。


ビュユック島はプリンス諸島航路の終点なので、途中で下船する人がいて空いた席に移動すると、奥の方から楽しそうな歌声が聞こえてくる。Mさんと二人で様子を見に行くと、地元の高校生が小さなジャンベを演奏しながら踊り歌っている。あまりに楽しそうなので一緒に踊りたかったが、ちょっと恥ずかしいので遠くで見ていると、高校生の一人がにっこり笑って手を振ってくれた。船の中での大騒ぎにそれを戒める人は誰もいない。演奏も歌も踊りもとても上手なので、逆にその光景をみんな楽しそうに眺めているのだ。日本だったら「うるさい」と思う光景も、旅先では楽しい光景に変わっているのが不思議に思える。
Eさんご夫妻とお話をしているうちに一時間半はあっという間に過ぎてしまい、船はビュユック島の船着場に到着した。


つづく

◇トルコ旅行記 〜6月4日 カザフスタンスタイルのトルコ料理で夕食〜2007年08月02日 03時44分03秒


レストラン「BUHARA」。
ここの料理はカザフスタンスタイルで、トルコ料理よりはスパイシーだったが本当に美味しかった。

■レストラン「BUHARA」


GREENSで買い物をすませ、さっきまでチャイを飲んでいたレストランに戻ると、店の前では先ほど私たちに親切にしてくれたギャルソンがまだ立っており、私たちが本当に食事をしに戻ったので大変驚きそして喜んでくれた。さっそく店の中に案内されると、中には地元の人達ばかりが談笑をしながら食事をしている。観光客は私たちだけのようだ。
使い古して写真もぼけ気味のメニューが運ばれてきて、お勧めは何かと訊ねると羊がお勧めだと言う。イスタンブールに来てから毎日のように羊を食べているので違ったものが食べたかったが、ここの料理はカザフスタンスタイルなので、トルコのものよりスパイシーでヨーグルトソースととても合うという。トルコの料理はヨーグルトがふんだんに使用されていると聞いていたのだが、イスタンブールではまだヨーグルトソースのものを食べていなかったのでメインは羊のヨーグルトソース、前菜にスパイシーサラダを注文する。
その他に何か変わったものはないかとメニューを見ていると、「Humus」と書かれた料理がある。このまま読めば「フムス」と読めるのだが、ギャルソンの言っているのを聞くと「ホムス」と聞こえる。「フ? ホ?」と発音を確認するが、どう聞いても「ホムス」としか聞こえない。私達の中では「ホムス」とは口琴のことなので、その名前だけで私たちはその料理がなんなのか確認もせずに注文した。

最初に運ばれてきたのはやはりパンだったのだが、ここのパンはインドのナンのようなものがふくらんで出てきた。ふくらんだパンに出会うのはイスタンブールでは二度目だったが、ここのは巨大なパンがふくらんでいたので驚いた。味は濃い目のナンのような感じ。小麦の味が濃いのだが、これがスパイシーなサラダや羊によく合う。
Humusは何か穀物をディップしたもののようで、ゴマの風味がきいて美味しかった。最初はジャガイモだと思っていたが、帰国して調べてみたらひよこ豆をディップしたものらしい。ごま油がたくさん使用されているようでこってりしている。これも肉やパンにつけて食べると、また違った味わいで美味しい。すっかりHumusのファンになってしまい、帰国してからも自分で作ったりトルコ料理店やギリシア料理店などでメニューにあるのを発見したりしている。



   

レストラン「BUHARA」のメニュー。
価格改正があったのか、値段がマジックで手書きで書かれている。
   
     
 

スパイシーサラダ。ちょっと辛いが、色々な野菜が香辛料で味付けされていて意外にさっぱり味。
 
ふくらんだパン。
     
 

Humus。ひよこ豆とゴマとゴマ油の風味が美味しい。油がけっこうたく使われているのでこってりしている。
 
スパイシー羊のヨーグルトソース。スパイシーな味付けにヨーグルトソースがぴったり。ヨーグルトソースは肉の下にひかれている。


食事が終ってチャイを注文して飲んでいると、ギャルソンのおじさんが「食事はどうだったか?」と聞いてきたので「とても美味しかった」というボディランゲージをすると大変喜んでいた。英語で「私のwebサイトで紹介したいので、店の外の写真を撮っていいか」と聞くと、「もちろん」と言って店の名刺をくれた。

イスタンブールの食事はシンプルでさっぱりしているけれど、ここの料理は基本的にスパイシー。でも辛いというのではなく、香辛料がふんだんに使用されていて複雑な味と香りが美味しかった。何よりギャルソンのおじさんの親切とサービスのよさは、私たちのイスタンブール滞在の中ではビカ一だった。古い店内は地元の人達で賑わっているけれど、余計なBGMもないしゆっくりゆったりと食事をすることができる。この日は非常に疲れた一日だったし、嫌なことも嬉しいこともいっぱいあった日だったので、最後の食事で気持ちよく過ごせたことが嬉しかった。
後で、ホテルで友達になったご夫婦にこのレストランのことを話したところ、彼らもここを発見することができ、食事をして大変美味しかったと喜んでいた。イスタンブールにもう一度行くことがあったら、またここで食事をしたいと思った。

帰り道は、スルタンアフメットまでの下り坂を歩いていく。途中、イスタンブールで数えるほどしか見かけない犬が道ばたで寝ていた。この犬はいつも同じところで同じポーズで寝ていて、起きているのを見たことがない。近付いてみたが死んでいるのかと思うくらいぐっすり寝ている。トプカプ宮殿で見た犬と同じように耳に認識票のようなものをつけているので、後でオスマンさんに聞いてみたら「あれは虫よけの薬を投与しているという印」だと教えてくれた。イスタンブールでは、犬にはそ虫よけの薬を投与するのが義務付けられていて、耳に認識票のない犬は危険らしい。また、イスラムの宗派の中には犬に直接触ってはいけないものもあるとのことで、それでも触りたいときは服の袖をのばして服の上からさわるのだという。それでも、道ばたでぐっすり熟睡できる犬や、車がばんばん通る街中でも普通に暮らしていける犬や猫を見るにつけ、イスタンブールの野良犬・野良猫達はなんて幸せなのだろうと感心してしまう。オスマンさんは、「イスタンブールは猫のパラダイスだ」と言っていたのが印象的だった。



道ばたで熟睡していた犬。耳の白いのが認識票で、ピアスのように耳に穴をあけてつけられている。


つづく

◇トルコ旅行記 〜6月4日 スーパーマーケットに買い物に行く〜2007年07月27日 02時57分51秒

トラムヴァイの車内の路線図。

■民族楽器屋に行く


ボスポラスクルーズから戻った頃にはすでに夕方になっていたので、地下宮殿はあきらめ違う日にしようということにし、来る途中スィルケジからエミノニュまでの間にトラムヴァイから見えた民族楽器屋と、オスマンさんから教えてもらった地元の人たちが利用するスーパーマーケットに行くことにした。楽器屋はちょうどスィルケジ駅のすぐ近くだったが、ちょうど帰宅ラッシュなのかエミノニュのトラムヴァイの駅は人だかりがしている。スィルケジ駅までは歩いてもそう遠くない距離だが、その後行く予定になった場所までは歩くかタクシーを利用するしかなかったので、とりあえずトラムヴァイでスィルケジまで行く事にする。

トラムヴァイのスィルケジ駅前は、国鉄の駅も隣接する大きな商店街のある通りである。国鉄の駅はレンガ造りの重厚なもので、なんとなく東京駅の丸の内側を彷彿させる。外には昔の蒸気機関車が展示されている。



   

帰宅ラッシュでごったがえすエミノニュ駅。人と同じくらいの数の鳥が電線に停まっていた。
   
     
 

レンガ造りの国鉄スィルケジ駅。
 
スィルケジ駅前に展示されていた、蒸気機関車。
     
   
   
スィルケジ商店街で撮影した“歩く”人用信号機。
クリックすると別ウインドウでAVI形式のムービーを見ることができます(一部の機種とソフトのバージョンでは、正常に見ることができない場合もあります)。


スィルケジ駅前の商店街の一角に、小さな楽器屋がある。「トルコの古い楽器の店」と表の看板には書いてあるが、店頭には楽器の他にエアガンやアーミーナイフなども展示されている。そう広くない店の中は天井にも棚にもところせましと楽器が飾られていて、身動きとるのも一苦労。店に入ると、店主が「ひやかしはごめんだよ」といいたげな表情でこちらを見ている。店主に口琴を見せて「こういう楽器を探している」と言うと、「ここはトルコとアフリカの楽器しか置いていない」と言う。店の中には、アフリカの太鼓やトルコの擦弦楽器「ケマンチェ」、弦鳴楽器「ウード」などが多い。
ケマンチェは、形はちがうがモンゴルの馬頭琴と大変似ている。本体の部分が馬頭琴よりも細長く、大きさも50cmくらいから1m50cmくらいのものと色々ある様子。
お土産物だという60YTL(約5580円)のケマンチェを触らせてもらうが、昔少しだけ二胡をいじったことがあるものの弓で演奏するのは久しぶりで上手に音が出せない。100YTL(約9300円)のものを見せてもらうと、こちらの演奏技術を見切ったのか「それはプロ用だから」と言われるが、「買うなら80YTL(約7440円)にしてもいい」と言われる。楽器としてはそう高くはないしもう少しねばれば安くもしてくれるのだろうが、店主の態度があまりにも「どうせ買わないんだろう」と言いたげだったのと、楽器はハードケースがないと機内持ち込みになってしまい、取り扱いが難しい。大変興味はあったが、他の客が店に入ってきたのを機会に「また来ます」と言って店を出てしまった。
ふだんだったら買っていたかもしれないのだが、なんとなくエジプトバザールの毒気にあてられて疲れてしまい、購買意欲がまったくわかないのだ。

※こちら↓でトルコの民族楽器を見ることができます。
音楽文化総合研究所楽器資料室
http://www1.kcn.ne.jp/~omori/MCRC/inst.html


店を出た後、深夜に失敗した“歩く”人用信号機の撮影に成功した。




一杯のチャイはトルコでの癒しのひととき。

■スーパーマーケット「Greens」


この後の目的のスーパーマーケットは、ちょうどスィルケジとその次のギュルハーネ駅の中間地点に位置する。かなり疲れていてタクシーに乗りたかったが、トルコのタクシーは危険と聞いていたのと、そこの通りはトラムヴァイと普通の車が行き交う細い道でタクシーを停めるには向かない様子。旦那が「歩いていこう」というのでしぶしぶ同意するが、地図では確かに近そうな位置にあるものの実際は急な坂道が続く丘の上にその店はあり、疲れた身体にむち打ちながらの歩行は大変に疲労が増す行為であった。

スィルケジから南東の方角へ坂道を登っていくと、地元の人たちが利用する文房具店や小さなスーパーがある商店街があり、その先にはまたドミトリーなどの安宿が並ぶ通りがあったりする。どんどん坂を登っていくと、イスタンブール高校が見えてきてその西の先に「Greens」という名前のスーパーマーケットが見えてくる。そこまでくると私たちはくたくたになってしまいお茶でも一杯飲んで休みたいと思うが、通りのお店はどこもレストランで“ちょっと”休むくらいですむような雰囲気ではない。エジプトバザールの前に行ったレストランで「チャイだけの客なんて…」と言われたことが気になり、気軽に入ることができないのだ。
「Greens」の二つ隣の古い小さなレストランで通りに席を設けていて、店先に店員が出ていた。私と目が合ったので、何か言われる前に「チャイを飲む」というボディランゲージをすると、店員はちょっと笑って「OK」と言ってくれた。時間はちょうど6時頃で夕食の時間帯。やはりチャイだけというのは断られるだろうと思っていたので、この「OK」は本当に嬉しかった。
お金を支払うときに「ここのレストランは食事も美味しいから、是非帰りによっていってね」と声をかけられた。レストランでチャイだけを頼むといつもこのセリフを言われるが、この時は本当に疲れていたので「帰りによってもいいかな」と心底思った。



 

クノール「ピラウの素」。
 
ヤプラク・サルマの缶詰(開封直後)。


オスマンさんに紹介してもらったスーパーマーケットは、本当に「地元の人たち」のためのものだった。店員のほとんどは英語が話せないし、イスタンブールに来て一番「不親切」な店だった。観光客相手の人たちは必要以上に観光客にかまってくるが、ここではまるでそれがない。日本のスーパーマーケットと同じように、店員は自分の仕事をもくもくとこなしているだけだ。店頭にクッキーなどの詰め合わせが山と詰まれており、その向かいにはおいしそうな野菜がものすごく安い値段で売られている。
買い物の目的は、トルコの食材と綿棒を買うことだった。お店の奥に綿棒を探しに行くが見当たらないので、品出しをしていた若い店員に声をかけるが彼は英語が話せないと言うのであきらめる。あちこち探して綿棒を無事発見。その後食材コーナーに行き、ヤプラク・サルマと書かれたぶどうの葉のドルマの缶詰と、めちゃくちゃ濃厚と噂のトマトピューレ、オリーブオイル、クノールのピラウの素、蘭の球根から採った粉の飲み物でトルコの冬の定番だというサーレップのインスタント、それとトルコチャイの茶葉を購入した。

缶詰等の食材はとにかくどれもでかい。普通サイズで500mlくらいある。オリーブオイルも一斗缶に近いものが普通に売り場にある。思えば、昔は日本のスーパーでも醤油が一斗缶で普通に売られていて、よく冬にボブスレーをひきずって買いに行かされたのを思い出す。オリーブオイルも一斗缶で欲しかったが、帰りにどうやって運ぶのかという問題が生じ小さい缶で断念した。

店の奥にはサラミやソーセージ、チーズなどが売られていて、エジプトバザールなんかよりもずっと安い。品物が違うといわれればそれまでなのだが、普通にみんなが食べている食材で十分なんじゃないかと思えば、スーパーマーケットを利用した方がずっといいと思ったりした。

旦那が会社のお土産にお菓子の詰め合わせが欲しいというのでそのコーナーに行ってみると、箱詰めのお菓子は棚の上の方にある。私の旦那も手が届かないので、近くにいた背の高い店員さんに「パルドン(すみません)」と声だけかけて棚まで来てもらいあれが欲しいとボディランゲージで伝えると、それまで「なんなんだ」といぶかしげな顔をしていた彼は、旦那をちらっと見た後くすっと笑って一箱取ってくれたのだった。

レジで並んでいると、イスラムの黒いかぶりものをしている女性が列に横入りしてくる。だが、それを戒めるボキャブラリーは私にはないので、そのままむっとしていたがレジの店員はそんなことはおかまいなしに事務的に仕事をしている。無事にお金を払って店を出ると、今度は疲れた身体に重い荷物が大変辛い。お腹もすいてきたし食事をとって帰ることにした。


つづく

◇トルコ旅行記 〜6月4日 ガラタ橋散策とボスポラスクルーズ〜2007年07月23日 17時42分35秒

ボスポラスクルーズの観光船から見た港周辺の景色。

■ガラタ橋散策


エジプトバザールをあとにして、スルタンアフメットに戻り地下宮殿を見ようと思ったが、せっかく来たのでガラタ橋を散策することにする。一階のレストランが並ぶ通路に入ると、金色の大きな箱が置かれている。何かと思ったら、コイン体重計である。ガイドブックに「街中で体重を量るおじさんがいる」と書かれていて、確かに二日目の朝スルタンアフメットで道に迷ったときに、道端に体重計を置いて椅子に腰掛けているおじさんを見かけた。こんなところで体重を量って何をするのだろうと不思議に思うが、コイン体重計まであるとは驚きである。しかもこの体重計は、ガラタ橋の通路の入口の両脇にそれぞれ置かれているのだ。こんな人通りの多いところでおおっぴらに自分の体重を量りたいと思うのだろうか。
ふと上を見ると、車が通る二階のところから釣りざおがたくさん糸をたらしている。中には魚を釣りあげている人もいたりして、のどかな風景である。
橋の中間あたりまでくると上にあがる階段があり、そこの踊場でなんとなくぼーっと新市街の方を眺めて休んでいると、通りすがりの西洋人が飲み終わったペットボトルを海を投げ捨てた。水面を見ると、観光客がかもめにやるために海へ投げ入れたパンが浮かんでいたりする。船がたくさん入る港にしては水はそれほど汚くないが、やはり観光客の心無い行為が海をきたなくしているのが悲しかった。



 
コイン体重計。   新市街に向かって左側のガラタ橋の通路。ここはレストランの裏側になるので、比較的静かだ。
     
 
橋の上から釣りをしている。   水面にうかんだパン。海水は比較的綺麗なのに、こういったゴミが多かった。


ぼーっとしていると、通りすがりのトルコ人がなにやら私に話し掛けている。指差すところを見ると、かばんにひっかけていたサングラスが落ちそうになっていて、それを教えてくれたのだ。その人は私がそのことに気づくと、さっとその場を立ち去ってしまった。

気を取り直して橋の反対側の通路を通って旧市街へ戻ることにする。今まで通ってきた通路はレストラン街の裏側だったようで大変スムーズに歩いてくることができたが、反対側はレストラン街の表側なのでレストランの客引きがたくさん店の前にいて、通りかかる人に声をかけている。お腹をさすって「お腹がいっぱいだ」というボディランゲージをしながら歩いていく。声をかけてきた店の人は「フィニッシュ?」と聞いてくるので、「フィニッシュ」と答えるとそれ以上は突っ込んでこない。たまに「夕食のときにでもよっていってよ」と言う人もいるが、こういうときは笑顔でにっこり「機会があったらね」と答える。レストランの前では、「お腹がいっぱいだ」ということを伝えればいいのだということを学んだ。




観光船から見たボスポラス大橋。

■ボスポラスクルーズの観光船に乗る


ガラタ橋の旧市街側に戻り駅に向かおうとすると、船着場では観光船がもうすぐ出航するといって客引きをしている。なんとなく疲れたのとせっかく来たので船にも乗ってみたくなり、観光船に乗ることを旦那に提案するが、旦那は「料金が高い」と渋い顔をする。船着場に書かれている料金は一人20YTL(約1860円)と書かれている。
念のため旦那がチケット売りに値段を聞くと、やはり20YTLだという。ガイドブックを見るとボスポラス海峡の船は7.57YTL(約698円)だと書いてあるので、これが本当だとするとかなりのぼったくりだ。しかし、船着場の看板に書いてある料金と同じことを係員は言っているので、この係員が嘘を言っているようには思えない。旦那は「ぼったくりだよ」と憤慨しているが、ガイドブックをよく見てみると7.5YTLなのはボスポラス海峡の定期船で観光船とは別のようだ。係員は「もう船が出てしまうから、乗るなら早く」と急がせる。確かにボスポラスクルーズは値段を交渉した方がいいとガイドブックには書かれているが、それは漁船のような個人でやっている船の場合のようなことも聞いた。ここの船はけっこう大きめな船なのだ。旦那は係員と何やら話してはいるが、値段の交渉をしているわけではない。ぼったくりだと思うなら自分で値段の交渉をすればいいのにと思うのだが、なにやららちのあかない話をしているようでいらいらする。私はこの時、トイレにも行きたかったのだ。
私は
「トイレに行きたいから、乗るのか乗らないのか早く決めてくれ」と訴える。旦那は係員に「妻がトイレに行きたがっている」と言って断ろうとするが、係員は「トイレなら船にあるよ。もう出るから早く乗れ!」と言うので、はっきりしない旦那を尻目に私はそのまま船に乗り込み、旦那はそれを見てしぶしぶ二人分40YTLを払った。

船に乗り込み一番最初に「トイレはどこ?」と船員に聞くと、「地下だ」と言われて急いで地下に駆け下りる。地下は真っ暗で電灯のスイッチがどこにあるのかわからない。仕方ないので真っ暗なまま用をすませる。
後から男の人が降りてきて、私に「電灯のスイッチはどこだ?」と聞くが「知らない」と答えると、その人はなんだか何か言ってるようだが何を言っているのかわからない。表情を見ると「だったらおまえはどうやってトイレをしたのだ」と言っているようにも思えたが、それは答えるわけにもいかないのでそそくさと客室に戻ってしまった。

船の甲板の席はすでにいっぱいで、中側の空いている席に腰掛ける。船はまもなく出港した。船は、イスタンブールのヨーロッパ側とアジア側の間を航行して、ボスポラス大橋でUターンして戻ってくる。
途中で小型のクルーズ船が観光船をさっそうと追い越していくのが見える。中には少人数の人しか乗っておらず、個人で船を所有する金持ちのようだ。岸辺にイスタンブールの美しい建物や町並みが流れていき、遠くなる港には大きな船や小さな船がたくさん停泊している。市街地から離れると、山肌に住宅がぎっしりと建てられているのが見えてくる。アジア側の建物は別荘のような雰囲気で、個人用のクルーズがたくさん停泊しているのが見える。


 
港のあたりに停泊する船。   山肌に建てられた別荘(?)。個人用のクルーズが並んでいる。
     
 
スルタン用の建物らしき白亜のお城(?)。実際、これが何かは失念した。   クズ塔。軍事用の施設らしいが、今はレストランもあるらしい。


途中、向かいの席にトルコ人の年輩のおじいさんとその子供(おじさん)が来る。彼らは英語が話せないので私たちが何を言っているのかわからないらしく、私たちが地図を見ながら「あそこに見えるのはこれかなあ」などと話していると、地図を覗き込みながら場所を指差しながらトルコ語で「ここはこれで、あそこはあれだ」と説明してくれた。そして、ボスポラス大橋までくると「これは日本人が作った橋だ」と教えてくれた。
トルコ語はほとんどわからないが、NHKのトルコ語講座の本に書いてあったトルコのボディランゲージ一覧を見せると、彼らは大変嬉しそうにして一つ一つの意味を教えてくれたりした。
帰路の最後方でボスポラス海峡のアジア側の小島にあるクズ塔(乙女の塔)が見えてくると、「あれはとても古い灯台だ」ととても熱を入れて説明してくれた。
彼らはトルコの田舎の方からイスタンブールの観光に来たらしい。途中、今はドイツに住んでいるというおじいさんのもう一人の息子だというおじさんが来て、その人は英語が話せるのでやっとある程度の会話が成り立つようになったが、ガイドブックに書かれているトルコ語と英語である程度会話をすることができて、楽しいひとときを過ごした。おじいさんは「日本人に会えて話ができたことが嬉しい」
と言ってくれたので、私たちも楽しいひと時を過ごせたことを感謝し片言のトルコ語で「サイェニズデ イイ ザマン ゲチルディム(おかげでとても楽しかったです)」と言いながらガイドブックに書かれているその文字を指差すと、ととても感激してくれた。
思いがけない現地の人との交流がとても楽しく嬉しかったので、旦那も一人20YTLが高くてぼったくられたかもしれないことを忘れることができたようだった。


つづく

◇トルコ旅行記 〜6月4日 エジプトバザールと問屋街〜2007年07月20日 02時17分48秒

エジプトバザール。ここでもサッカーチームの優勝を祝う旗がかかげられている。

■エジプトバザール


腹ごしらえをして、エジプトバザールに向かうために再び地下道に入る。トイレに行きたかったが、どこにあるのか判らずエジプトバザールに入ってからにすることにする。地下道の反対側の出口の階段のところで、年輩の女性がポケットティッシュやライターなどを売っている。こんなものでもここでは商売になるのだ。
地下道を抜けるとモスクがあり、銀行やレストランがある商店街に出る。お茶が飲みたいのでバザールに行く前に一服しようとレストランに入ると、店員がオープンエアーの席に誘導してくれる。別な若い店員からメニューを渡される前にチャイを2杯注文すると、大きいのか小さいのか聞かれたので大きいのを注文する。すると、席を誘導した店員が若い店員に私たちの目の前でトルコ語で何か怒っているのだ。言葉は判らないが、どうやら「チャイだけの注文なんて受けるな」というようなことを言っている様子。若い店員は困った顔をして私を見るが、私も困った顔をして彼と怒っている店員を交互に見ていたので、彼は仕方なくその場を離れた。確かに昼時でここはレストランだからチャイだけというのはいささか乱暴な注文だったのかもしれないが、誘導したのは自分なのになんでそんなことでいちいち注文担当者を怒らなければならないのか解らず再び嫌な気持ちになり、チャイを飲んで5YTLの料金を支払いトイレにも行かずにさっさと店を出た。


商店街を抜けてエジプトバザールに向かう。商店街は銀行がよく目につき、バザールで買い物する前に銀行でお金を用意しろと言われているみたい。エジプトバザールは食べ物関係のお店が多いらしく、地元のトルコ人もよく利用すると聞く。バザールの周辺は問屋街のようになっていて、同じものでもバザールよりもずっと安く売られていたりする。
バザールの中は、ロクムやナッツなどのお菓子やエッセンシャルオイルのお店の多い場所と、鍋などの料理器具のお店の多い地域、チーズや肉、魚などの食料品を売るお店の地域とおおざっぱに区分けがある様子。入ってすぐのところはお菓子やオイルのお店が多く、ロクムを売る店をのぞくと店の中に入れと強引に引っ張り込まれる。ロクムの値段を聞くと1kgで30YTL(約2790円)だという。これは以前購入したロクム屋と同じ値段だったのだが、旦那はそこのロクムは500gで1YTLだったと勘違いしていてここの店が異常に高いと憤慨している。私たちが「それは高すぎる、別な店では500gで1YTLだった」と主張すると、若い店員は店主の顔色をうかがい「それはわかっているが、頼むから大きな声で言わないでくれ。店主に聞こえる」と困った顔をする。「なら300gで色々入れるから8YTL(約744円)でどうだ」と提案する。何度も帰ろうとするが買うまで店から出しもらえない雰囲気で、結局その提案を受け入れることにした。ロクムは味見をさせてもらったが、味はなかなか悪くなく、結局300gと言っていたところ400g近く入れてくれた。店員は明るい人で悪い感じはしなかったが、スルタンアフメットのお店よりもずっと強引なのに腰がひけてしまう。


 
エジプトバザールで買ったのロクム屋の袋。
がさがさの質感だが、質素な感じがかわいい。
  購入した胡椒ミル。後岩塩をひいたら金属も一緒にひけてしまい、塩が黒くなってしまった。後で調べたら胡椒ミルで塩をひいてはいけなかったらしいが、胡椒をひいても金属がでてくるのではないかと怖くて使えなくなってしまった。


次の店で小さな手動のハンドルのついた胡椒ミルが目にとまり、価格を聞くと愛想のない店員が3個で21YTL(約1953円)だと言う。他のタイプを聞いたが、他のはけっこう高いので一個は家で使いあとはお土産にすることにして値段の交渉をするが、18YTL(約1670円)まで下げてそれからは一向に応じない様子。1個560円くらいならそれほど高くないと考え18YTLで応じて中で清算しようとすると、エッセンシャルオイルの並ぶカウンターに案内されオイルの説明をされる。
トルコのエッセンシャルオイルは非常に精度が高く質もいいと聞いているが、私は興味がない。断るがここでもやはり強引である。旦那は「妻はアレルギーがあるから使えないのでいらない」と言うと、「だったら普段はどうしているんだ」と聞いてくる。それを聞いて私がむっとして「私はサロンで専門にブレンドしたオイルでエステしてもらっている。ほら腕もつるつるでしょ」と嘘を言う。あまりしつこいので向こうが“金持ち日本人”を相手にしているのなら、こちらもそれを逆手にとることにしたのだ。もともと体毛も少なく色白なので、綺麗に見えないこともないのだ。それを見て相手も諦めた様子だったので、これは成功したと心の中ではちょっと喜んだりした。
ところが、ミルのお金を20YTL札で払うと、それは空港で換金したしわひとつない新札だったので、店主が「こんな綺麗なお札見たことがない。日本人が持っているお札だし、コピーしたんじゃないか」と笑いながら嫌味を言い、お金をひったくって店を出たい衝動にかられたがお金はすぐにレジに入れられてしまったので諦めた。

まったく、エミノニュに来てからろくなことがない。それまで“トルコ人は親切”と思っていたのが、商売がからむと根性が悪くなることに辟易してしまう。日本でも観光地の商売人がしつこかったり、根性が悪かったりして嫌な気持ちになることはあるが、普段のトルコ人の親切な顔とのギャップには面喰ってしまう。観光ツアーでこんなところばかり周り、嫌な気持ちになって「二度とトルコには行きたくない」という人もいる話を聞くが、その気持ちは解らないでもないと思ったりする。
結局、ここは観光地で観光客相手にたくましく商売している人を相手にしても嫌な気持ちになるだけと判断し、あとはお店を眺めるだけ眺めてバザールの先にある問屋街に行くことにした。




問屋街の一区画。エジプトバザールより人通りが多く、その中を車が平気で通り抜けていく。

■問屋街

エジプトバザールを抜けると、すぐに食器や調理器具などの問屋街がある。調理器具のお店が並ぶ先には裁縫用品などのお店があり、調理器具のお店では鍋やチャイポットが山と詰まれ、裁縫用品のお店ではレースや糸、生地、ボタン、ビーズなどが束で売られている。道の真中に布をひいて洋服などを売る人もいるが、車が通るたびに店をたたんで移動して歩いている。食器などはエジプトバザールよりもだいぶ価格は安く、観光客もこちらまで流れて買い物をしているがだいたいは地元のトルコ人でごった返している。観光客相手ではないのでお店の人も必要以上に話しかけてはこないし、客引きもないので安心して買い物ができる。
ホテルで友達になったご夫妻は、皮のスカートのファスナーが壊れてしまったのでトラベルインフォメーションに聞いたところ、ここの問屋街で直してくれると教えてもらったらしい。後でそのスカートを見せてもらったが、直したことがわからないくらい綺麗に直っていた。

目的のチャイポットを見ると、エジプトバザールでは40YTL(約3720円)くらいしていたものが、18YTL(約1674円)から売られている。ホーローでお花の模様などが入ったものは35YTL(約3255円)くらいするが、それでもバザールよりはずっと安い。最初に見かけたお店でステンレスのを見ていると、店員が「13.5YTL(約1256円)でいい」と言ったきり他の客の相手をするために離れていってしまった。数年前に友達のトルコからの留学生が「チャイポットは600円くらい」と言っていたのだか、トルコはそれからデノミが行われたりしているので価格が倍だったとしても不思議ではない。店員が離れたので他の店ものぞきに行く。
いくつかの店を回ったが、相手が観光客だとここではなかなか相手をしてもらえない。最初の店はバザールから一番近かったせいもあるのかお客でいっぱいだったのに、他の店にはあまり客がいない様子。値段を聞いてやっと接客してもらえたが、どこも最初の店より高いことを言ってくる。「あそこの店ではもっと安かったけど」と言っても値引きにはなかなか応じてもらえない。
結局最初の店に戻ると、違う店員が同じ価格を言ってきたので13.5YTLで購入することに決めた。お客があまりにもごった返しているので、値引き交渉をする余地もなかった。同じようなものが横浜中華街で6000円で売られていることを考えると、安い買い物だったと思う。



 
問屋街の入口(?)。ここにもサッカーチームの優勝を祝う旗がかかげられていて、トルコ人の熱狂的なサッカー熱が感じられる。   一番お客が入っていた食器店。ここでチャイポットを購入した。
     
 
秋葉原デパートのような雰囲気のデパート。
アクセサリー用品などのお店がある。
  デパートの一画に置かれていた、荷物を背負う道具。年輩のおじさんがこれで大きな荷物を運ぶ姿があった。


バザールや問屋街に入ればトイレがあると思い込んでいたのだが、トイレがなかなか見つからない。洋品店街に入ると交通量も多くなってきて、狭い道では歩いているのもやっとだったりする。途中道端に大きなトラックが停まっている横を車が通りすぎようとしていて、歩行者は商店のショーウインドウに押し付けられるようによけなければならなかった。私が車をよけた場所は結婚式用のディスプレイ用の飾りを売る店で、ショーウインドウには綺麗なレースに鳥や花などの飾りがディスプレイされていてメルヘンチック。その奥に小さな5歳くらいの男の子が座ってこちらの様子を見ていた。ウインドウのディスプレイがあまりに綺麗で、その男の子はまるで天使のようだった。ウインドーに押し付けられながらもあまりのかわいさに見とれてしまい、目が合ったので小さく手をふると、その子も嬉しそうに手をふりかえしてくれた。

その通りの角にカフェがあったのでそこに入ろうと提案するが、旦那は疲れていてなかなか返事をしてくれない(疲れたからといって聞いたことに返事がないのは困ったものである)。しばらく歩くがトイレが限界に近くなってきたので、カフェに戻って休むことにして強引に道を戻る。カフェに入って一番にトイレを聞くと、トイレはバザールの入口にあるモスクまで行かなければないと言われる。仕方ないのでそこで休憩をするためにアイランを注文すると、店員さんが地下のトイレを使ってもいいと言ってくれた。あまりにも嬉しかったので、トイレから戻ってチャイも注文する。トルコ語で「イキ チャイ リュトフェン(チャイをふたつお願いします)」と注文してみたが発音が悪いようで最初は通じなかったものの、一人判ってくれた店員さんがいて無事にチャイにありつくことができた。
私たちがチャイで和んでいると、さっき手をふってくれた男の子が両替のためにその店に入ってきて、私を見て「わー、さっきの人だ(と言ったのだと思うが不明。トルコ語だったし)」と言ってまた笑顔で手をふってくれた。それが嬉しくて、さっきまでのナーバスな気分を一新することができた。

 
バザール前の広場。
掃除が行き届いているので、ゴミひとつ落ちていない。
 
   
カフェを出て、デパートのような建物に入ってアクセサリーなどを物色した後、買い物も終ったしスルタンアフメットに戻って地下宮殿でも見ようということにして、エジプトバザールをあとにした。
エジプトバザールの出口では、チーズやハム、魚や肉などを売る店が軒を並べていて、ここは本当に秋葉原から浅草、上野アメ横のようだと思った。白チーズは欲しかったが検閲を通るか不安だったので購入を断念。地下道前の広場で一度腰をおろし、バザールの様子を眺めたりして少し休むことにした。
売店でタバコを購入し一服して火を消して捨てる場所を探していると、街の清掃員のおじさんが「ゴミ箱に捨てていいよ」と教えてくれた。彼は私が火を念入りに消しているところをずっと見ていたのだ。

イスタンブールは本当に綺麗な町で、ゴミ箱もあちこちに設置されているしゴミ箱もあふれて汚いということは少ない。清掃員の人がまめに掃除をしているし、街路樹を剪定する光景もあちこちで見ている。観光の街ということもあるのだろうが、色々な国の人が色々な常識で歩いているにも関わらず町中が綺麗に保たれているというのには感心してしまう。かえってガラタ橋あたりでは、買ったパンをかもめにやるふりをして海に捨てている観光客もいたりする。ついでにペットボトルなどを捨てたりするので、港はけっこうゴミが浮かんでいた。観光にくるところは綺麗なほうが絶対にいい。それには訪れる人がそれぞれで気をつけることも大事だと思うのだが。

それにしても、エミノニュに来てから嫌な気持ちと嬉しい気持ちが交互にあって、とても複雑に気分になってしまった。トルコ人はとても気さくで陽気で親切なのだが、観光地で商売している人は嫌な人が多い。これはどこでも同じなのだろうし日本だってそういうことが多い。基本的にはトルコ人は親切で人懐っこいのだと考え、エジプトバザールをあとにしたのだった。


つづく

◇トルコ旅行記 〜6月4日 ガラタ橋のサバサンドと地下道で失敗する〜2007年07月18日 03時38分48秒

ガラタ橋周辺。ガラタ橋は、イスタンブールの旧市街と新市街を結ぶ大きな橋。橋周辺はトルコの人が日常利用するシーバスや観光船などの発着所にもなっており、名物サバサンドを売る売店もある。港前の地下道で大きな道路を渡ると、エジプトバザールがある。

■ガラタ橋へ行く

 
トラムヴァイの乗車コイン「ジェトン」。  
   
この日はガラタ橋に行き、エジプトバザールでチャイポットを買うのとサバサンドを食べるのが目的だった。
スルタンアフメットのトラムヴァイ通りまで行き、トルコの古い音楽をかけている店でトルコの民族音楽のCDを一枚衝動買いする。あとで色々なところで見ると、20YTL(約1860円)を18YTL(約1674円)に値切ってはみたもののそれでも高かったことがわかり、この買い物はちょっと後悔した。トラベルインフォメーションの裏にいつもいるパン売りのおじさんからプリッツを一個買う。一個0.5YTL。これは持って歩くが、結局その日は一口味見しただけで食べなかった(食べずに、日本に持ち帰ったのだ!!)。
スルタンアフメット駅から路面電車トラムヴァイに乗って、エミノニュに向かう。エミノニュはスルタンアフメット駅から3つめだ。

トラムヴァイの料金は一律1.3YTL(約121円)で安い。駅近くにある小さな小屋でジェトンと呼ばれる乗車コインを購入し、路上中央にあるプラットホームの機械にコインを入れるとゲートが開く仕組み。入口と出口ははっきりとわかれている。
イスタンブール滞在中、このトラムヴァイは私たちの重要な足となってくれた。利用客は観光客より地元の人が多く乗っている。みんな静かにしていて談笑している人は少なく、たまに中で携帯電話をかけて大声で話している人がいるが、周囲の人はそれを冷たい目で見て苦笑したりしている。トルコでも公共の乗り物の中で携帯電話をかけるのはあまりマナーが良くないらしい。雑誌や新聞などを読んでいる人は皆無だし、飲食している人もいない。私が水を一口飲むと、それを見ていたトルコ人があまり良い顔をせずに睨んでいたので、トラムヴァイの中での飲食もマナーが良くないようだ。
私たちを含めて観光客であることがわかる人も見かけるが、トラムヴァイの中で客引きに会うということもない。トラムは静かにイスタンブールの町中をすいすいと進んでいく。
ガイドブックでは車内の駅アナウンスはないと書かれていたが、駅が近くなると車内の天井の中央にある電光掲示板に駅の名前が表示され、女性の声で次の駅がどこかきちんとアナウンスされる。出入り口のドアの上には駅の一覧表も掲示されている。一駅の区間は数百メートルほどしかないので乗り越してしまってもそれほど心配ではないのだが、注意して乗っていれば乗り越すことは稀である。それよりも駅のゲートが道の中央にある場合が多く、観光地の駅付近の道路は交通量が非常に多いので、信号もあってないがごとしで非常に車の運転が荒いイスタンブールの道路では、ゲートにたどり着くまでが大変だったりする。車両のドアには自分で開くことができるボタンが着いているが、ドアは概ね自動で開閉してボタンを押してもドアが開かないところを何度も見た。

トラムヴァイから見るイスタンブールの町並みはとても綺麗で活気がある。国鉄の駅が隣接するスィルケジの駅を過ぎると車窓から海が見えてくる。スィルケジの次がガラタ橋やエジプトバザールのあるエミノニュ駅だ。
駅から降りると目の前に大きな橋があり、観光客や地元の人でごったがえしている。ガラタ橋はイスタンブールの旧市街と新市街を結ぶ大きな橋。橋は二重構造になっており、上はトラムヴァイや車が行き交い、下は人の通行路になっていてイスタンブールの魚料理を供するレストランがたくさんある。車の走っている上の通りにも歩道はあって、そこから釣りをする人の姿も多く見かける。下の商店街では釣り道具をレンタルするお店もあったりする。
ガラタ橋周辺では、トルコ人の足となるシーバスや観光船などの発着所になっているので、地元の人や観光客で賑わっている。名物のサバサンドやケバブ、パンなどを売る店があちこちにある。



 
ガラタ橋。向こうに新市街が見える。   エミノニュ駅からエジプトバザールへ向かう地下道。


洗濯をしていてホテルを出るのが遅かったので、着いた頃は昼近かった。エジプトバザールに行くには、地下道を通って大きな道路の向こう側に行かなければならないのだが、サバサンドを先に食べるか後に食べるか迷いつつ、地下道に入ってしまう。地下道では両側に商店が建ち並び、下着、服、カバン、靴、おもちゃ、携帯電話などが売られていて、ちょっとしたアメ横な雰囲気。

おもちゃ屋ではバックギャモンが売られていて、小さなボードのものは最初見た店では26YTL(約2418円)と値段がつけられていた。次に見たお店では同じようなものが最初30YTL(約2790円)と言われ、電卓を出してきて28YTLにするという。ここで私は大きな勘違いをし、最初見た店では28YTL(約2604円)だったと思い込んでいたのだ。電卓に表示された28から3ひいて25YTLを提示すると、お店の人が非常に渋い顔をして左腕を大きくこちら側に振ったので「向こうへ行け」と言われたのかと思って店を出ようとすると、何か声をかけている。振り返ると、先ほどまで渋い顔をしていた店員が不思議そうな顔をしてこちらを見ているので、25YTLでいいのだと思い店に戻りそれを購入してしまった。本当はもう少し値引きしたかったのだが、それで投了になってしまいちょっと悔しい。お店の人のギャモン勝ちである。

隣の洋服屋では、スカートが5YTL(約465円)でたくさんハンガーにかけられている。ちょっと丈が長いかなと思い試着したいと言うと、一個しかない試着室はトルコ人のおばさんが四人がかりで使用中。お店の人が「向こうの人が使いたいと言っている」と話してくれたが、おばさん達はにっこりこちらに笑みを返しただけでいっこうに空けてくれる気配はない。急いでいるので店の隅でズボンの上から試着ていると、後から入ってきたトルコ人の男性が非常に嫌な顔をしてこちらを見ていた。女性が人前で例え服の上からといっても着替えをするのを苦々しく思ったらしい。ちょっとまずかったかなと思って、手にとっていた二着を購入して値切りもしないでそそくさとその店を出てしまった。

トルコでは値引きが基本。それは空港からのバスの中でも案内人セフギさんからも言われたことだし、ガイドブックにも書かれていた。日本でも電気屋や車のディーラーではぎりぎりまで粘って値切りするのだが、言葉がうまく伝わらないのと、値切るだけ値切って買わなかったり無理な値切りをする日本人にトルコ人が苦々しく思っていることを耳にして、なんとなく値切ることにナーバスになってきている。もともと日本で買うよりは安いが、それほど劇的に安いというわけではないので、相場がよくわからないというのもある。これが高価な宝石だったら私も気合を入れるのだが、数百円の値切りにエネルギーを使い果たすのもばかばかしく思えてくるのだ。
値切りが得意なはずの私があまり値切らないので、旦那が「値切りが得意なはずなのにどうしたんだ」と文句を言う。説明したかったが、この微妙なニュアンスを説明できるだけの考えがうかばず「そうだねぇ」とお茶を濁してしまう。
なんだかむしゃくしゃしてお腹がすいてきたので、エジプトバザールの前にサバサンドを食べようと提案し、ガラタ橋に戻ることにした。


サバサンドを売る売店。

地下道から出ると、魚を焼く香ばしい匂いがただよってくる。地下道から一番近い売店に行くと、店の横で網の上にたくさん三枚におろしたサバを焼いていて、焼いた先からパンにはさんでお客に渡していく。
サバサンドは大変楽しみだったのだが、実を言うと私はサバアレルギーである。ものすごく新鮮なサバなら大丈夫だったり、火が通っていれば大丈夫だったりすることはあるのだが、旅行先でじんましんに襲われると面倒である。旦那から一口もらうことにして、旦那はサバサンド、私はケバブサンドを注文する。
サバサンドは3YTL(約279円)、ケバブサンドは3.5YTL(約326円)だったのだが、ここで私たちは大きな間違いをおかすことになる。この価格はドリンクとセットのものらしく、サンドを受け取った後ドリンクをカウンターからもらうように言われるのだが、お店の人があまり英語が上手でなかったことや、同じ店ながらサバサンドとケバブサンドの係の人が違っていて、サバサンドとケバブサンドは別々に支払うように言われ支払いに手間取ったりして、ドリンクを受け取らなかったのだ。しかも、私はレモンジュース0.5YTLをあとから別に購入したりしている。後で旦那が「ドリンクついていたらしい」と言うが、その時はホテルに戻ったときだったので後の祭りである。ここではまったくついていない。

売店前のベンチは、日陰がいっぱいで日向しか空いていない。他に座るところもないのでイスラムの黒い服を着た年輩の女性の横に腰掛ける。ベンチには日本の台所用洗剤のような容器に入ったレモン果汁が置かれていて、サンドに自由にかけていいらしい。日向に置いてあるのでちょっと躊躇したが、ケバブサンドにかけて食べたらレモン果汁が大変美味しくてびっくりした。ケバブサンドもサバもものすごくでかく、一個食べたら満足する。
ふと前を見ると、トルコ人らしい青年が私の足元を指差している。見ると携帯電話が落ちているが、これは私のではない。それを拾い上げ教えてくれた青年に「さーおる(トルコ語で「ありがとう」のくだけた言い方らしい)」と言ってお礼を言い、私の隣にいたイスラムの黒い服を着た女性の肩を叩いて携帯電話を差し出すと、彼女はそれを見て「これはものすごく私にとって大切なものなのよ。ありがとう、ありがとう」と英語まじりのトルコ語で何度もお礼を言い、私が青年が拾ってくれたことを言うと彼らにも「テシェッキュレデリム」とトルコ語でお礼を言った。その後英語で「どこから来たのか?」と彼女に聞かれたので「日本からです」と英語で答えると、「あなたに神のご加護がありますように、良い旅を」と言ってくれた。それを聞いてそれまでのちょっとナーバスになった気持ちが少しだけ晴れた気がした。


つづく



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