◇計画停電二十一日目。被災の感覚と距離、暗さに慣れる必要性。 ― 2011年04月05日 01時52分23秒
2011年4月4日月曜日 計画停電二十一日目。
3月24日の停電以降、ずっと計画停電は実施されず。
暖房需要が減ったことと、火力発電所が動き始めたからとの理由だった。
停電がしばらくなくなったことで、停電が自分の気持ちにかなりの負担になっていたことを知る。
停電になれば、お店も美容院も病院も営業しない。その時間だけというところもあるし、停電が日中に行われる日は営業そのものがなくなるところもある。
停電も朝方や昼ならいいのだが、旦那の帰宅時間に停電時間が重なると、帰路の半分くらいは信号がストップしているので、事故が心配で落ち着いていられない。
一人、真っ暗な中で心配しながら帰りを待つのは、精神的にも良くない。
そういう夜から開放されるということだけでも、計画停電がない期間が続くのは嬉しい。
先週に、自分の状態があまりにも不安定なので、パソコンをつけるのを辞めた。情報が多すぎて、自分で処理しきれなくなったからだ。
友達から携帯に心配のメールをいただいたりもしたが、その返事を入力するのに数時間かかる。状況を伝えようとするとものすごい長文になり、かといって「大丈夫、心配しないで」と配慮できる状態でもなかったらしい。
後で自分の返信を見て、あまりのひどさにさらに落ち込んだりもした。
一週間近くパソコンをつけなかったことで不便も感じたが、特に支障はなかった。地震以来仕事は入れていないし、パソコンをつける必要性もない。
停電もなかったし、必要な情報も必要でない情報も入らないことは、不安よりも開放感の方が大きかったかもしれない。
それでも、テレビのニュースは見ていたので、情報を完全に遮断していたわけではない。
どんどんと露呈される東電の事故対応の鈍さと、日本には本当の意味で原子力設備の専門家などいないのだろうか、という気持ちがいつもテレビの前にあった。
毎日テレビに出てくる原子力の専門家や、私たちがつくばで出会った原子力関連の研究者など、こんなときに何故知恵を出すような動きがないのかが不思議だ。
水を止めるのに、吸水性ポリマーと一緒におがくずと新聞紙というお粗末な顛末を見て、「順番が違うだろう」と家の中で怒号が響く毎日だ。
しかし、避難所の様子や被災者のドキュメントなどは、平静に見ていることができない。旦那も「最近、ああいうのを見ると涙が出てくる」という。
自分は被災していないつもりでも、実際に地震のゆれを感じ、地震の影響を生活に受けている私たちの気持ちは、阪神淡路や中越、奥尻島の地震のときとは明らかに違う。
被災の現実感と中途半端な距離が、心のバランスにつながっているような感覚。
こういう気持ちでいるのは、私たちだけではないような気がする。
阪神淡路のとき、私はパソコン通信(インターネットの前身のネット環境)のチャットをよく利用していて、そこでよく会う人の中には関西の人も多かった。
当時、関西の人たちは関東で地震などがあると、口をそろえて「関西は地震が少ないから、よくわからない」と言い、中には顰蹙を買う人もいた。
しかし、阪神淡路大震災の起きた後、当然のことながら状況は一変した。
つい先日まで「地震の怖さをわからない」と言っていた人も、地震がいかに怖いか、あんな大きな地震は体験してみないとわからない、というようなことを言ったりしていた。
中には、地震のオーソリティみたいになっている人もいて、関東の地震の多い地域の人から失笑を買ったりもしていた。
それでも、どうしても、あの恐怖を伝えないではいられない、という感じだった。
時間が経って、被害の大きかった地域の人がネットに戻ってきたとき、地震のことを聞いても「大変だった」「怖かった」とは言うが、あまり多くを語ろうとする人は少なく、被害の大きかった地域の人たちよりも、その周辺の人たちの方が地震の恐怖について語ることが多かった。
こういうのは、被災が大きかった人は、語る言葉をなくしてしまい、その周辺で現状をある意味客観的に肌で感じた人は、語らずにはいられないのかもしれない。
あの時はそのギャップに驚いたりもしたが、自分もその渦中にいて「あれはこういうことだったのかもしれない」と思ったりする。
この日曜日は、一週間ぶりに買い物に行った。
妹が先々週に野菜を送ってくれたので、買い物に行く必要がなかったからだ。
久しぶりに買い物に行っても、暗い店内を見回して必要なものを購入するが、なんとなく買い物をしたい気分になれない。
店内が暗いと、人が多くても活気が感じられないのだ。
ふだん家にいても、使わない部屋や廊下の電気を切ったり、居間の電灯を半分にしたりして、ふだんよりも暗い場所で生活している。
それでも、スーパーマーケットに行くと、いかに自分がそれまで明るい場所に慣れ切っていたのかが、身にしみて自覚させられてしまう。
節電自体は良いことだと思うので、停電があってもなくてもこれくらいの明るさでいいと思う反面、心のどこかで暗い気持ちになってしまう。
自分自身、早くこの暗さになれたいと思う。
ふだんは買い物しない百貨店の食品売り場で、茨城県産のロメインレタスとリーフレタスが、2把で100円で売られていた。
地震前、ロメインレタスなどはそこの売り場で、1把で300円近い値段で売られていた。
風評被害のために仕入れ値自体が安くなっているのだと思うが、この値段には素直に喜べなかった。
この値段では、たぶん農家にはいくらも収入にはならないだろうからだ。
それでも、茨城県産の野菜が百貨店で取り扱いがあるということは、とてもうれしかった。
売り場の一番目立つ場所に山積みされていたが、半分ほどなくなっていて、購入する人もいることが実証されていた。
この状態であれば、今週ももしかしたら計画停電が実施されないかもしれない。桜の季節から梅雨くらいまでは、気候が良ければ暖房も冷房も必要ないからだ。
しかし、計画停電がない期間も、たぶんそう長くは続かないだろうと思う。
政府と経済界は、夏の計画停電に備えて時差出勤や、休日を持ち回り制にして、平日に集中する電力の分散を検討するということらしいが、いろいろと案はあっても決定するまでには難航もありえそうだ。
『政府・経済界が今夏の計画停電回避で一致、制限めぐり調整難航も』
asahi.com 2011年4月4日18時15分
http://www.asahi.com/business/news/reuters/RTR201104040073.html
また、エネルギー関連の化学工学会の試算では、工場や学校などの操業時間を工夫したり、電力ピーク時に休み時間を長くとる、在宅勤務を多くするなどの工夫をすることで、夏場の計画停電を回避できると発表したらしい。
『「夏の計画停電は避けられる」 化学工学会の提言が大反響 』
JCASTニュース 2011/4/ 4 21:06
http://www.j-cast.com/2011/04/04092164.html
福島の原発に代わる電力供給は、一時的に火力発電に頼るということにはなっているようだが、首都圏にある火力発電が恒久的に活動できるという見方は、CO2削減などの見地から長期化は難しいのではないかと思う。
それでも、火力発電所が動かなければ、福島の原発に代わる電力の確保は難しい状況だ。
東京に本社が集中しているという理由で、現在東京に計画停電が行われないということであれば、夏に向けて経済界やエネルギー関連団体などの協力は必須だと思う。
化学工学会の記事にもあるが、インターネットが整備されている状態であれば、この機会に在宅勤務がもっと普及してもいいのではないかと思った。
地震のあった直後も思ったが、交通機関が復旧するまで、在宅勤務で仕事をしている人が知り合いにも何人かいた。
それで仕事を回せるのであれば、出勤日数自体を減らすのも一つの方法だと思う。
在宅勤務や、時間交代制勤務については、ヨーロッパではすでに実践されている国もあるし、日本でもエネルギー削減に向けて検討の声も20年も前からあがっていた。
にも関わらず、「いろいろと難しい」などと言い訳ばかりで、ちっとも実施に移行する気配がなかった。
原発の地震や津波に対する見解だって、言い訳ばかりでちっとも対策を練らなかった結果がこれだ。
太陽力にしても風力にしても、実際にはうまく稼動できていない例も多く、日本のエネルギー対策はこれまで「使う」のを補う方向ばかりで、節電には目を向けてこなかったのではないか。
原発事故のお粗末さを見本に、日本のエネルギー対策を国をあげて取り組む必要があるのだと思う。
福島原発の復旧が見込めないのであれば、首都圏は今後数年単位で、大幅な電力供給の削減になるだろう。
原子力に頼らない電力供給というのも必要だろうが、実践的節電というのも、私がスーパーマーケットの暗さになれるのと同じように、現実的に必要に迫られているのではないか。
3月24日の停電以降、ずっと計画停電は実施されず。
暖房需要が減ったことと、火力発電所が動き始めたからとの理由だった。
停電がしばらくなくなったことで、停電が自分の気持ちにかなりの負担になっていたことを知る。
停電になれば、お店も美容院も病院も営業しない。その時間だけというところもあるし、停電が日中に行われる日は営業そのものがなくなるところもある。
停電も朝方や昼ならいいのだが、旦那の帰宅時間に停電時間が重なると、帰路の半分くらいは信号がストップしているので、事故が心配で落ち着いていられない。
一人、真っ暗な中で心配しながら帰りを待つのは、精神的にも良くない。
そういう夜から開放されるということだけでも、計画停電がない期間が続くのは嬉しい。
先週に、自分の状態があまりにも不安定なので、パソコンをつけるのを辞めた。情報が多すぎて、自分で処理しきれなくなったからだ。
友達から携帯に心配のメールをいただいたりもしたが、その返事を入力するのに数時間かかる。状況を伝えようとするとものすごい長文になり、かといって「大丈夫、心配しないで」と配慮できる状態でもなかったらしい。
後で自分の返信を見て、あまりのひどさにさらに落ち込んだりもした。
一週間近くパソコンをつけなかったことで不便も感じたが、特に支障はなかった。地震以来仕事は入れていないし、パソコンをつける必要性もない。
停電もなかったし、必要な情報も必要でない情報も入らないことは、不安よりも開放感の方が大きかったかもしれない。
それでも、テレビのニュースは見ていたので、情報を完全に遮断していたわけではない。
どんどんと露呈される東電の事故対応の鈍さと、日本には本当の意味で原子力設備の専門家などいないのだろうか、という気持ちがいつもテレビの前にあった。
毎日テレビに出てくる原子力の専門家や、私たちがつくばで出会った原子力関連の研究者など、こんなときに何故知恵を出すような動きがないのかが不思議だ。
水を止めるのに、吸水性ポリマーと一緒におがくずと新聞紙というお粗末な顛末を見て、「順番が違うだろう」と家の中で怒号が響く毎日だ。
しかし、避難所の様子や被災者のドキュメントなどは、平静に見ていることができない。旦那も「最近、ああいうのを見ると涙が出てくる」という。
自分は被災していないつもりでも、実際に地震のゆれを感じ、地震の影響を生活に受けている私たちの気持ちは、阪神淡路や中越、奥尻島の地震のときとは明らかに違う。
被災の現実感と中途半端な距離が、心のバランスにつながっているような感覚。
こういう気持ちでいるのは、私たちだけではないような気がする。
阪神淡路のとき、私はパソコン通信(インターネットの前身のネット環境)のチャットをよく利用していて、そこでよく会う人の中には関西の人も多かった。
当時、関西の人たちは関東で地震などがあると、口をそろえて「関西は地震が少ないから、よくわからない」と言い、中には顰蹙を買う人もいた。
しかし、阪神淡路大震災の起きた後、当然のことながら状況は一変した。
つい先日まで「地震の怖さをわからない」と言っていた人も、地震がいかに怖いか、あんな大きな地震は体験してみないとわからない、というようなことを言ったりしていた。
中には、地震のオーソリティみたいになっている人もいて、関東の地震の多い地域の人から失笑を買ったりもしていた。
それでも、どうしても、あの恐怖を伝えないではいられない、という感じだった。
時間が経って、被害の大きかった地域の人がネットに戻ってきたとき、地震のことを聞いても「大変だった」「怖かった」とは言うが、あまり多くを語ろうとする人は少なく、被害の大きかった地域の人たちよりも、その周辺の人たちの方が地震の恐怖について語ることが多かった。
こういうのは、被災が大きかった人は、語る言葉をなくしてしまい、その周辺で現状をある意味客観的に肌で感じた人は、語らずにはいられないのかもしれない。
あの時はそのギャップに驚いたりもしたが、自分もその渦中にいて「あれはこういうことだったのかもしれない」と思ったりする。
この日曜日は、一週間ぶりに買い物に行った。
妹が先々週に野菜を送ってくれたので、買い物に行く必要がなかったからだ。
久しぶりに買い物に行っても、暗い店内を見回して必要なものを購入するが、なんとなく買い物をしたい気分になれない。
店内が暗いと、人が多くても活気が感じられないのだ。
ふだん家にいても、使わない部屋や廊下の電気を切ったり、居間の電灯を半分にしたりして、ふだんよりも暗い場所で生活している。
それでも、スーパーマーケットに行くと、いかに自分がそれまで明るい場所に慣れ切っていたのかが、身にしみて自覚させられてしまう。
節電自体は良いことだと思うので、停電があってもなくてもこれくらいの明るさでいいと思う反面、心のどこかで暗い気持ちになってしまう。
自分自身、早くこの暗さになれたいと思う。
ふだんは買い物しない百貨店の食品売り場で、茨城県産のロメインレタスとリーフレタスが、2把で100円で売られていた。
地震前、ロメインレタスなどはそこの売り場で、1把で300円近い値段で売られていた。
風評被害のために仕入れ値自体が安くなっているのだと思うが、この値段には素直に喜べなかった。
この値段では、たぶん農家にはいくらも収入にはならないだろうからだ。
それでも、茨城県産の野菜が百貨店で取り扱いがあるということは、とてもうれしかった。
売り場の一番目立つ場所に山積みされていたが、半分ほどなくなっていて、購入する人もいることが実証されていた。
この状態であれば、今週ももしかしたら計画停電が実施されないかもしれない。桜の季節から梅雨くらいまでは、気候が良ければ暖房も冷房も必要ないからだ。
しかし、計画停電がない期間も、たぶんそう長くは続かないだろうと思う。
政府と経済界は、夏の計画停電に備えて時差出勤や、休日を持ち回り制にして、平日に集中する電力の分散を検討するということらしいが、いろいろと案はあっても決定するまでには難航もありえそうだ。
『政府・経済界が今夏の計画停電回避で一致、制限めぐり調整難航も』
asahi.com 2011年4月4日18時15分
http://www.asahi.com/business/news/reuters/RTR201104040073.html
また、エネルギー関連の化学工学会の試算では、工場や学校などの操業時間を工夫したり、電力ピーク時に休み時間を長くとる、在宅勤務を多くするなどの工夫をすることで、夏場の計画停電を回避できると発表したらしい。
『「夏の計画停電は避けられる」 化学工学会の提言が大反響 』
JCASTニュース 2011/4/ 4 21:06
http://www.j-cast.com/2011/04/04092164.html
福島の原発に代わる電力供給は、一時的に火力発電に頼るということにはなっているようだが、首都圏にある火力発電が恒久的に活動できるという見方は、CO2削減などの見地から長期化は難しいのではないかと思う。
それでも、火力発電所が動かなければ、福島の原発に代わる電力の確保は難しい状況だ。
東京に本社が集中しているという理由で、現在東京に計画停電が行われないということであれば、夏に向けて経済界やエネルギー関連団体などの協力は必須だと思う。
化学工学会の記事にもあるが、インターネットが整備されている状態であれば、この機会に在宅勤務がもっと普及してもいいのではないかと思った。
地震のあった直後も思ったが、交通機関が復旧するまで、在宅勤務で仕事をしている人が知り合いにも何人かいた。
それで仕事を回せるのであれば、出勤日数自体を減らすのも一つの方法だと思う。
在宅勤務や、時間交代制勤務については、ヨーロッパではすでに実践されている国もあるし、日本でもエネルギー削減に向けて検討の声も20年も前からあがっていた。
にも関わらず、「いろいろと難しい」などと言い訳ばかりで、ちっとも実施に移行する気配がなかった。
原発の地震や津波に対する見解だって、言い訳ばかりでちっとも対策を練らなかった結果がこれだ。
太陽力にしても風力にしても、実際にはうまく稼動できていない例も多く、日本のエネルギー対策はこれまで「使う」のを補う方向ばかりで、節電には目を向けてこなかったのではないか。
原発事故のお粗末さを見本に、日本のエネルギー対策を国をあげて取り組む必要があるのだと思う。
福島原発の復旧が見込めないのであれば、首都圏は今後数年単位で、大幅な電力供給の削減になるだろう。
原子力に頼らない電力供給というのも必要だろうが、実践的節電というのも、私がスーパーマーケットの暗さになれるのと同じように、現実的に必要に迫られているのではないか。
最近のコメント