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◇来訪カウンター 禁煙ブログパーツ2020年05月11日 14時27分40秒

私のブログに貼っていたアクセスカウンターが動いていないので確認してみたら、システムの配給元で3月いっぱいでサービスが中止されていた。
ブログというツールじたい時代遅れな感もあるので、仕方がないのか。
もっとも、どれだけの人が来訪したかなんて、今はそれほど気にもとめていなかった。

今日見てみると、ブログの右横の下の方に設置してあった禁煙カウンターも消えていた。
こちらも配給元のサイトがなくなっている。
このカウンターは二代目で、一代目もずいぶん以前になくなっていた。

新しいカウンターを探して設置してみたが、当の私がブログを放置してあったことを考えると、ブログというツールに付加価値をつけて発信する意味が少ないような気がしてくる。

禁煙をしてすでに10年以上の月日がたつし、元喫煙者ということでその影響はこれからも身体にでたりするのだろうけれど、今の段階で喫煙者に戻るということは自分でも考えにくいので、ブログパーツをとることにした。

2008年12月1日から禁煙して4179日。

◇講談社版「つげ義春大全」の第一回刊行物にふれて2020年05月10日 19時00分28秒


復刊ドットコム つげ義春大全 第一巻 白面夜叉 涙の仇討

つげ義春の久しぶりの全集が刊行されるとあり、非常に楽しみにしていた。
幻とされていたデビュー作「白面夜叉」の完全掲載もさることながら、同じ講談社から刊行された水木しげるの全集の貸本時代のリマスター技術の期待感、価格も水木しげる全集と同程度のものだったせいもあり、やはりそれなりの内容を期待しないではいられなかった。

しかし、その仕上がりは疑問をもつばかり。
表紙の紙質、デザイン、今回復刻された「白面夜叉」のオリジナルとの写植の再現度、どれをとっても「大全」と呼ぶには残念すぎるものだと感じる。
同じ作品が何度も書籍として出ており、その内容はそらでセリフを再現できるほど読み込んでいる読者も多いだろうから、新しい資料的価値として、せっかくの作品を期待しない形でいじられることを歓迎するわけにはいかない。
また、幻の作品の生原稿が見つかったのであれば、それをオリジナルに近い形で目にしたいというのは、マニヤとしては共通する要望なのではないかと思う。

表紙のデザインに関していえば、第一巻の目玉である貸本時代のイメージは、この表紙からはみじんも感じ取れない。本編とは関係のない作品のコマを切り取ってならべただけで、タイトルを見なければこれが貸本時代の希少な作品が掲載されているとは誰もわからないだろう。
なぜ貸本時代の巻に、同時発刊の第十六巻にある「ねじ式」や「ゲンセンカン主人」のイラストなのだろうか?
第三巻の「片腕三平/戦雲のかなた/熊祭の乙女」に、どうして「李さん一家」の奥さんがドラム缶風呂に入ってるイラストなのか?
今後刊行予定の表紙を見ても、なぜこの巻にこのコマのイラストが出てくる必要があるのか、首をかしげるばかり。

発行順もよくわからない。

2. 編年体(発表年代順)を基本として編集。 その時、つげ義春が何を考え作品を描いていたかが伝わる巻組!
講談社コミックプラス

とあるのだから、前期と後期をセレクトするにしても、順番に刊行すればいいのにと思う。
それをわざわざ第一巻と第十六巻を一緒に発送し、第十五巻は二回目の配送になる。
わざわざ第十五巻と第十六巻を入れ替えるのは、意図的なのだろうか。

「白面夜叉」の写植の打ち直しひとつとっても、当時のイメージを保全するという意識にかける仕事であるように感じられる。
古い生原稿のため、写植が剥がれ落ちているのは仕方がない。しかし、今のデジタル技術であれば、印刷物からリマスターして利用することだって可能だったはずだ。

確かに巻末の高野慎三氏の解題は、その時の意識的なものや影響を受けたものなど、照らし合わせて読むと興味深い。しかし、高野氏が作者と当時交流した記憶をもとにしたものが主で、本人の考えや詳細年表は最後の別巻に収録されるので、それを楽しみにするという企画なのだろう。
読者は最後の別巻をまたないと、作品の詳細を知ることができない。
これまでつげ義春の作品に対する考えをつづったインタビューやエッセイは、いろいろな形で発表されている。
今回、それを超える情報が出てくるのか? それともこれまでの集大成的な内容になるのか?
そのあたりは楽しみだが、このあたりも現段階の仕事をみると期待できなくなってしまうのが心情だ。

これがムック本レベルの簡易的な全集であるなら理解できるが、「大全」と銘打ちこの価格で刊行するのであれば、それに相応するデザインと内容でなければ納得がいかない。
水木しげる全集が、例え水木しげるを追悼する形で総力をあげたものだったとしても、書籍を編纂するあまりある愛情を感じる仕上がりなのに対して、これではあまりにもやっつけ仕事すぎて閉口してしまう。
全巻予約をしたけれど、この内容でこの価格であれば、今後の予約を検討しなければならないと逡巡してしまうのだ。

◇自分のブログを読み返す2020年05月10日 01時40分20秒

新型コロナウイルスの影響でどこにも出かけられないので、ずいぶんと放置していたブログに手を加えようと、自分のブログを読み返してみる。
自分の書いた文章が最高だなんて人は、たとえプロの物書きでも少ないだろうと思うが、例にもれず私の文章はだらだらと長ったらしいばかりで、自分で読んでいてもうんざりする。

それでも、あの時はこんなことを考えていたのだとか、2011年の震災の時期、2010年の飼い猫を亡くした時期、映画の感想、テレビの感想、いろんな自分がそこにあって、なかなか面白いと思ってしまう。
当時の社会情勢の違いによる考え方の違いはあるものの、基本的に自分の考えが今もぶれていないところも興味深い。

コメントをくださる方も真摯に私の文章に触れていてくださって、SNSのようにいいね!がついているわけではないものの、それなりに楽しみにしてくださってり方も多いのかもしれないと思ったりする。

それにしても、毎年毎年よく風邪をひいたり、病気になったりしているものだ。
SNSをはじめたのも一因なのだけど、手術をして身体が軽快になってから、ブログを書かなくなってきた。
この機会に、このブログの最初の原点にかえてみようかと画策している。
うまくいくかどうかは、まだわからないけれど。

◇白い暴動を観る2020年04月20日 06時43分42秒


白い暴動 予告

白い暴動をAmazon Primeで見る。
本当は映画館に足を運ぶ予定だったが、コロナウイルスの影響で映画館には行くことができないからだ。

The Clashの映画だと思っていたが、自然にピーター・バラカンのラジオで詳細を知る。
70年代後期の不況にあえぐイギリスの、有色人種と白人至上主義の攻防。
あらゆる差別と出口の見えない閉塞したイギリスに対する、反抗と暴行。
パンクの存在が、ただのファッションではないことを本当の意味で理解する。

40年前に知っていたら、パンクのとらえ方も違っていたかもしれないけれど、バブル前夜の日本の社会情勢では、たとえ知ったとしても肌で感じることは難しいだろう。
例え仕掛け人が同じでも、ニューヨークパンクとロンドンパンクが違うように、日本のパンクはどこまでもヘタレだ。

新型コロナウイルスの影響で、世界中の経済がストップしている。
例えウイルスが落ち着いたとしても、世界がひっくり返るくらいの変化があるかもしれない。
見えない敵と戦う不安は、わかりやすいターゲットに向かうだろう。
あらゆる差別を目の当たりにすることになるような気がして、これから訪れるであろう暗い未来を考えないではいられなかった。

◇英断するも後悔先にたたず2020年04月19日 05時55分48秒

この3月の初めに、あくまでも個人的な用事で2週間帯広へ帰省する予定だった。
いろいろなことに出会うため、相手と場所と交渉し、日程を調整して楽しみにしていた。
自分だけの用事で帰省することは、結婚してからはほとんどなかったので、本当に楽しみにしていた。

新型コロナの騒ぎが一般的になったのは、2月の始め頃だっただろうか。
ここ20年くらいは自宅で仕事をしていたのに、心機一転外に仕事を求め、2月からバスと電車で通勤していた。
職場には外国人もいて、花粉や風邪の季節ということもあり、咳やくしゃみをしている人も多い。
当初は若い人は症状がでにくく、老人に感染すると重篤化しやすいといわれていた。
自分が陽性かどうか判断がつかない中、実家に帰って年老いた母や周辺の老人に移すかもしれないという危機感がぬぐえなかった。

母と妹は、もし感染するとしたら私がいてもいなくても関係ないだろう。
私から感染するのならそれはそれと言っていた。
しかし、その他に約束していた人は、年齢が高い人が多かったせいかキャンセルされた。
35年ぶりに会う約束をしていた友人だけが、気にしないので来たらいいと言ってくれていた。
当初帯広は1名の感染者が報告されているだけで、母も友人も対岸の火事を見るような雰囲気だった。

北海道は、2月の終わりに日本で最初に緊急事態宣言が発令され、北海道行きの飛行機が飛ばないのではないかという噂がたった。
約束をしていた友人も、はっきりは言わないものの、日を追うごとに難色を示すようになってきた。
妹に相談し、本音としてはやはり心配だということで、私は3月の帰省を断念した。
帰る口実も理由もなくなってしまったからだ。

あれから1か月半。
コロナの猛威はすでに国をゆるがす大事になっている。
東京の知人が3月の始めに帯広入りしたときは、自分は感染しないようなことを言っていた。
しかし、いざ首都圏に具体的な危機感が走り出した途端、毎日のようにFBに危機を煽る記事を引用するようになった。

無理をしても、口実なんてなくても、3月の始めに帰ればよかったのかもしれないと、頭の片隅で自問する。
少なくとも、友人に会うだけでもよかったじゃないかと思う。
ずっと会いたくて、やっと再会にこぎつけた人だった。
私がいかないことを告げた後、理由は別にあったのかもしれないが、なんとなく距離をおかれて疎遠になってしまった。もう会うこともないだろう。

例えウイルスの蔓延が収束したとしても、感染のリスクが収束するのはまだ先の話だろう。
特効薬の臨床が進んでいるとはいえ、今後私が実家に帰ることができるのは、たぶん数年後のことだろう。
11月には父の三回忌がある。
母は出席できなくても気にしなくていいと言っているが、あれだけ長女だからと言われて育ったのに、父の三回忌にその責任を果たせないだろうことが、母の簡単な言葉ではぬぐい切れないほど無念でならない。

テレビでは、ベルリンの壁崩壊のドキュメンタリーをやっている。
私はまるで、ウイルスという壁にはさまれて会いたい人に会えないベルリン市民のようだと思った。
気分転換に映画館に行ったり、美術館や博物館に行くこともできない。
楽しみにしていた上映や企画展は、会期中誰も足を運ばないまま終了している。
大昔、ペストが流行したときには、経済の変化に伴い常識も大きく変化した。
誰もが楽しみを謳歌し気軽に移動する時代は、この3月で終了したのかもしれない。

そんなことしか考えられないほど、現在の私の中の絶望は大きい。

◇カフカの「変身」を改めて考える2020年04月01日 19時54分16秒


カフカ ポケットマスターピース 01 (集英社文庫ヘリテージシリーズ) Amazon

カフカの「変身」を読んだのは、中学生の頃だっただろうか。
小難しい小説が好きな頃だったが、「変身」は思ったほど小難しい小説ではなかった。
内容はいたって簡単だが、そこに内在している“感情”は簡単なものではなかったと、今でも思う。

最近になって、カフカの「変身」について調べていたら、5年前のこんな記事を見つけた。

exciteニュース
「新訳でびっくり。カフカ『変身』の主人公は、本当に「毒虫」に変身したのか」
米光一成
2015年4月8日 10:50
https://www.excite.co.jp/news/article/E1428432525544/

冒頭の主人公の身の上におきたショッキングな出来事が、実はこれまで私たちが思っていたものとは少し違うのではないかという記事である。

グレゴールが朝起きて自分の身に感じた変化が、実は虫ではなかったら。

私たちはずっと、彼が虫に変身したのだと思っていた。
いつもと違う身体の変化と、いつも通りに生活を始めようとする主人公の感覚とのギャップ。
そして、それを目にして恐れおののく家族の反応。

日本語に訳された小説の中では、グレゴールが虫になってしまったために、身体の感覚を推し量りながら生活をする描写がいくつも出てくる。
触覚の感触を発見し、位置が変わり増えてしまった足の動かし方を工夫する描写も生々しい。

しかし、それが虫ではなかったら。

私はカフカの「変身」を、山下肇訳・岩波文庫で読んでいる。
それは何度も何度も繰り返し読んだもので、私の中の「変身」は山下肇訳で固定されている。
しかし、この記事が書かれて5年も経ってはいるものの、私の興味をひくには十分すぎるものだった。

5年前に新訳された多和田葉子訳では、グレゴールが変身したものは原書にある「Ungeziefer/ウンゲツィーファー(生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫)」と訳されているらしい。
Ungezieferを自動翻訳にドイツ語→日本語で訳してみたところ、いくつかの翻訳サイトでは「害虫」と出てくるのだが、exciteなどでは「バグ」とでてくる。 試しにドイツ語→英語で訳してみると、UngezieferはBugsと出てくる。
コンピュータ用語の「バグ」も、もともとは「虫」である。

これについて私は、「バグ」について考えた。
個人的感覚ではあるが、「バグ」という言葉には、「正しくない」というニュアンスを感じる。大きなものの中の小さな何か(虫)が原因で、全体的な狂いが生じるという感じ。
朝起きて虫になっているのと、身体にバグ=正しくない変化が起きているのとでは、感覚的に大きな違いがある。
人間、ある程度の年になってくると、身体のバグなどしょっちゅう経験する。まして、グレゴールのようにストレスにさらされた毎日を送っていれば、朝起きて身体にバグがあることなど珍しいことでもないよう気持ちになってしまう。
しかし、もしグレゴールの身に「虫になるくらい大きなバグ」が起こっていたのだとしたら。

それを夫と話したところ、夫は以前浮世絵の展示にあった、江戸時代の病気=お腹の虫を思いだしたらしい。
江戸時代の病気は、お腹にいる「虫」が悪さをしていると考えられていたようで、その手の書籍がかわいい。

和楽 日本文化の入り口マガジン
このゆる?い虫たちが病気の原因? 戦国時代の医学書が可愛いすぎるってウワサ
https://intojapanwaraku.com/culture/51691/


事実、日本語には身体の調子が悪いときに「虫」がでてくる言葉がたくさんある。
1568年に作られた「針聞書(はりききがき)」という本には、そのような身体の虫がたくさん出てくる。
人間の身体は虫によってコントロールされ、虫によって体調も悪くなれば機嫌も悪くなるのだというものだ。

この考え方でいうと、グレゴールは虫によってひどい病気になってしまい、その姿を見て勤め先の支配人も、家族さえも近寄りがたい存在になってしまったのではないか。
昔は寄生虫の影響で人間の姿が変わったりすることもある。
そうなるとグレゴールの変身は、あながちありえない話でもないのだろうか。

姿かたちはかわらなくとも、今このときに世界中が震撼している新型コロナウイルスへの罹患を家族が知ったとしたら、この時代であればあるうる反応なのではないかとさえ思ってしまう。
自分たちへの影響、世間体、家族一人の病気のためにさまざまな困難を背負う可能性を示唆している。
そんな想像がかりたてられてしまう。

私はまだ、新訳の多和田葉子訳のものを読んでいない。
多和田葉子訳を読むにあたり、もう一度山下肇訳を読んでいる。
私の勝手な想像は別にして、今まで考えていたグレゴールと新しいグレゴールはどのように違うのか。
久しぶりにわくわくして本を読んでいる。

◇新型コロナウイルスで2020年03月13日 00時04分51秒

ここ一か月のニュースは、新型コロナウイルスばかり。
イベントはもちろん、ふだんの生活にまで支障が出る状況に、世界中が対応し、翻弄され、株価も一気に急降下している。
各国政府の対応が正しいのか否か、たぶんジャッジがくだるのは数年先の話。
今はこの状況に冷静に対処する姿勢が必要だと感じる。
不安なのは自分だけじゃなくて、たぶん世界中の人が不安。
個々が騒いだからといって、この不安から逃げられるわけでもないことだけは自明の理かと。

◇キース リチャード タバコをやめる2020年02月08日 02時47分17秒


ローリング・ストーンズのキース リチャーズといえば、タバコをくわえてステージに立ち、ギターを演奏する姿がトレードマークのようなものだった。
少なくとも、私はそんな印象をもっていた。
そのキース リチャーズがタバコをやめたというニュース。
もうタバコがかっこいい時代は終わりをつげた。
ロックのアイコンも、いまやタバコは除外される世の中を歓迎したい。

◇携帯電話のコールバック2019年09月18日 13時38分26秒

昨年(2018年)の11月に父が亡くなった。
父が亡くなってからしばらくの間は父の携帯電話をそのままにしていたのだが、死亡証明などの書類の有効期限が失効されるのを懸念し、亡くなって2か月ほどで解約した。

その後、私も携帯を変えるなどしたので、アドレス帳の整理をしていたときのこと。
間違えて父の携帯に電話をしてしまったのだ。
解約してすぐの頃は、「おかけになった電話番号は現在使われておりません」とアナウンスされていた。
しかし、父の携帯を解約して半年以上が経ったこの時、父の携帯番号は普通に呼び出し音が鳴った。
驚いてすぐに電話を切ったのだが、電話の向こうの人は律儀にコールバックしてきたのだ。

「もしもし?」という声は比較的若い男性の声だったが、それは当然の父の声ではない。
向こうも見知らぬ番号から電話がきたのでコールバックしたけど、私が誰だかわからないので、それ以上の言葉は発しない。
父の番号からかかってきた父ではない男性の声に、どのように対処していいのかわからなかった私は、「○○さん(旧姓)のお電話ですか?」と聞いてしまった。
相手は少し警戒した感じで「違います」と返事をしたので、「大変申し訳ございませんでした」と謝罪して電話を切った。

携帯電話が普及し始めた頃は、解約したばかりのときは間違って電話をしてしまう場合があるので、携帯電話の番号は最低でも3年間あけるという話だった。
しかし、携帯電話の普及で番号の割り当てが足りなくなり、今では半年足らずで別なユーザーに割り当てられるようだ。
半年くらいであれば、それが周知されていなければ別な人に電話をしてしまう可能性は大きいだろうと思う。
商用で使っていたものだったら、そういう間違い電話も多いのではないかと思ったりもする。

母にこのことを話すと、妹も少し前に父の携帯に電話をしてしまい、呼び出し音が鳴ったので驚いたらしいという話をしていた。
私の電話の着信履歴には、父の死から数か月して父から電話があったことになっている。
父にこの話をしたら、「俺の番号はいい番号だからな。すぐに貰い手がつくだろうな」と笑いながら言ったような気がする。

いずれにしても、父の番号を現在使用している方には、大変失礼なことをしてしまって申し訳ない。
妹が電話をしたときにコールバックがあったかどうかは知らないが、少なくとも私がかけてすぐにかけ直してきたことを考えると、商用の電話なのかもしれない。
ただ、電話の相手は「もしもし」としか言わなかったので、やっぱり個人用の電話なのだろうか。

父は私が電話をして出られなかったとしても、必ずかけ直してきてくれた。
それは病院に入院しているときでもそうだった。
病室では通話禁止だったので、決まった場所でしか通話ができなかったのだが、多少具合が悪くても時間がかかっても必ずその場所に移動してコールバックしてくれた。
父の番号の今の持ち主も、知らない番号からかかってきてもかけ直してくれるような律儀な方のようで、そういうところは父に似た気質の持ち主なのかもしれないと勝手な想像をしたりする。

◇コーヒーが飲めない2018年10月21日 01時58分18秒

最近コーヒーが飲めない。
いや、飲もうと思えば飲めるし飲んでもいるのだが、飲むと後で必ず気持ち悪くなるのだ。
作り置きのまずいコーヒーでも、自家焙煎で入れたてのおいしいコーヒーでもかわらない。
飲んだときにはおいしくても、少しすると胃がむかむかしてきて、下手をすると吐いてしまう。

今年は暑さですっかり胃をやられていて、秋になってすっかり身体が弱っているのを感じる。
いきつけの病院の医師は、それはあなただけではないから安心しろと言う。

みんながそうだからって、身体の不調は安心できるものでもないと思うのですが、せんせい。



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