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◇東京で神田日勝の思い出にひたる2020年06月14日 22時13分52秒


神田日勝回顧展 大地への筆触

去年の今頃は帯広に帰省して、鹿追町にある神田日勝美術館に足を運んでいた。
すでに、今年からはじまる東京ステーションギャラリー、神田日勝美術館、北海道立近代美術館との巡回展が決まっていて、ふだん道立近代美術館にある新聞紙に囲まれた部屋にいる男の「室内風景」や、門外不出の「半身の馬」を一同に会して観る機会を楽しみにしていた。
その間、鹿追の神田日勝美術館では絵がなくなってしまうので、ふだんあまり出てこない絵を観る機会でもあると知って、今年も何度か帰省して足を運ぶ予定にしていた。

しかし、今回の新型コロナ渦のため4月から東京ステーションギャラリーで予定されていたものが延期、緊急非常宣言が解除となった6月はじめから時間を決めた入場制限つきの観覧ができるようになったが、東京では半月だけの会期となった。
今回、東京で神田日勝と対峙するにあたり、個人的には望郷の念が強く出てしまい、前半は涙があふれてとまらなくなってしまった。

今の状況では実家に帰ることもままならず、鹿追と札幌に観に行くことができるのかどうかは、現段階では定かではない。
都市間移動が推奨されていない状況では、帯広でも札幌でも内地からの客を歓迎してくれるとは思えないからだ。

父は絵が好きで、たまに名もない画家の絵をふらっと買って帰ることがあった。
一時期、かつて私の部屋だったところに、4畳半ほどもあるベニヤに描かれた裏寂しい木造の開拓者住宅の絵をおいてあったことがあり、なぜそんなものを購入したのか聞くと、「それはもらったものだ」と父ははっきりと理由をいわなかった。
その絵はいつのまにか姿を消していて、あの絵はどうしたのか聞くと「別な人にゆずった」と答えていたが、あんな絵をほしがる人がいたのだろうかと疑問に思う。
しかし今から思えば、あの絵は初期の神田日勝の絵の雰囲気に似ていなくもなかったような気がする。


自画像/神田日勝[神田日勝美術館

今から50年くらい前、妹の産まれる少し前のことだ。
駅前から稲田の国道沿いに引っ越したばかりの頃。
国道に面している大きな窓のある家の東側の方から、一人の男性がうちへ訪ねてきた。
玄関は西側にあるのだが、その人は庭からやってきて、ちょうど窓の外を眺めていた子供の私に窓をたたいて開けるよううながし、「とうちゃんはいるか」と聞いてきた。
その人は、鼠色のシャツに黒いズボンに黒い長靴をはいていた。顔は浅黒く日焼けしていて、全体的に黒っぽい印象が少し怖く思えた。
私の家を知る人であれば、私に父のことを「とうちゃん」と聞く人はいない。我が家に「とうちゃん」と呼ばれる人はいないからだ。
父は家の表側にある職場にいて、母はちょうど家にいなかったと思う。
私が「今いない」と答えると、「そうかまた来る」と言ってその人はその場を去ってしまった。
しばらくしてその人は母と一緒に家に来て、庭で二三話していたかと思ったら、家にはあがらずに来た方向に帰っていった。
母に誰が来たのか尋ねると、「絵描きの人だ」と答えた。
この記憶は子供の頃の記憶で、母はまったく覚えていないといい、父に確認しないまま父は亡くなってしまったので今となっては確認のしようもないのだが、私はその時の男の人の顔が神田日勝に似ていたような気がしてならないのだ。

父は蕎麦が好きで、鹿追や新得方面にふらっと蕎麦を食べに行くことがあった。
私が一緒のことはめったになかったが、私が一緒のときは必ず神田日勝の絵を観につれていってくれた。
神田日勝美術館は、今でこそ整備されて綺麗な建物だが、昔は神田日勝のパトロンだった福原氏の美術館の方が見やすいくらいだった。


室内風景/神田日勝[美術手帖

絶筆となった「半身の馬」もさることながら、私は現在は北海道立近代美術館に所蔵されている、新聞紙でうめつくされた部屋の風景が描かれた「室内風景」の圧倒的な世界が印象に残っている。
どこも見ていないようで、こちらをずっと凝視している男の目が怖かった。
横たわる人形が怖かった。
神経質なほど緻密に描かれた新聞の描写が怖かった。
それでも、この絵は強烈な印象として私の中に残っている。
観る機会があるのであれば、必ず対峙したいと思う絵のひとつだ。


家/神田日勝[神田日勝デッサン集表紙

そして、父の好きだった世界は、神田日勝の初期のモノクロームの世界だったのではないだろうかと思う。
板うちされた貧しい家は、北海道の開拓者住宅の一般的な姿で、今でもその姿をあちこちで見ることができる。
それは北海道に移住した人間の原風景でもあるような気がする。
今回の東京ステーションギャラリーでは、最初の展示でこれらの絵を観ることができる。
私は、祖父母から聞いた開拓時代の話や、今は帰ることのできない実家のことを思い、涙があふれて泣きながらこれらを観た。

華々しい都会にあこがれつつ、それでもこの貧しい風景から離れることができない。
情報の伝達が遅かった昔に、できる限りの情報を入手して表現しようとする情熱が、神田日勝からは感じられる。
それは、私が上京する前に感じた、このままここにいて何も知らず、何も見ずに生きていくことの恐怖と似ているのではないかと思えてならない。
あの頃は、ちょうど一番の親友を交通事故で亡くしたばかりで、将来に不安を感じ、このまま何もせずに生きることは死ぬことと同じなのではないかと思えてならなかった。
そんな狂気にも似たものを、私は神田日勝の絵から感じ取る。

絵が好きで、音楽が好きで、一人でそれを楽しんでいた父が、同じようなことを感じていたかどうかはわからない。
父が神田日勝と知り合いで、昔うちに訪ねてきた黒い絵描きの人が神田日勝だったかどうかもわからない(現実のことかも定かではないのだけど)。
いつの間にかなくなったベニヤの暗い木造の家の絵が、神田日勝の絵だったかどうかもわからない(これはたぶん違うだろう)。

自分の産まれた土地で、土地を思いながら表現することをやめなかったこの人の絵を、今後もおいかけずにはいられないだろうと思う。
半身の馬は、約束どおり東京に来てくれた。
もし秋までに都市間移動ができるようになるのであれば、私は約束どおり北海道にまた会いに行こうと思う。

◇ミッシェル・ルグランとヌーヴェルヴァーグの監督たち2020年06月08日 00時53分45秒


デジタル・リマスター版 特集上映「ミシェル・ルグランとヌーヴェルヴァーグの監督たち」予告編

コロナ渦の前に行こうと思いつつ、行くことがかなわなかった「ミシェル・ルグランとヌーヴェルヴァーグの監督たち」。
緊急非常宣言が解除となった横浜で上映が決定され、2日続けて4本一気に観に行った。
最初の日はジャン=リュック・ゴダールの「女と男のいる舗道」と「女は女である」。
次の日は、ジャック・ドゥミの「シェルブールの雨傘」と「ロシュフォールの恋人たち」。

本当は全部観たいけれど、6月から新しい仕事がはじまったので、今までのように平日に行くことができない。
この4本、どれも恋愛映画でフランスの結婚制度を知らないとよく理解できないところもあるけれど、決定的に日本の感覚と違うところは「子供ができたから自立する」という女性の価値観が存在するというところ。
夫はあくまで自分のパートナーで、子供の父親とイコールではないということ。
これは少し衝撃的だった。

自立したフランス女性というのは、フランス映画ではわりとよくあるテーマのように思うけれど、テーマとして取り上げるくらいだからそれはある意味「特別なこと」なのだろう。
ただ、その感覚はやはりフランスの文化のベースがあってこその感覚だろう。
それは日本の女性と比較して考えた場合、フランス人にとっては当たり前に受け止められることでも、日本人からすると少し理解が遠いものがあるようにも感じる。
戦争が終わって十数年のこの時代。自由を謳歌し、自己を主張し自分の人生を見つめる女性というのが当たり前であるというのは、21世紀になった今でもまだまだ果たせえない感覚。
女性の社会参加があたり前の現代の日本でも、やっぱり日本人のそれとは違うように感じる。

それにしても、ミシェル・ルグランという音楽家のすばらしさを改めて感じる。
どの曲をもってしても、必ず耳にしている。
そして、この曲はだれだれのどの曲とそっくり、これはあの曲にそっくりがたくさん出てくる。

それはゴダールの映像もドゥミの映像も同じで、この時代の文化やファッションが、その後の時代に大きな影響をもたらしたのかが理解できる。
「ロシュフォールの恋人たち」なんか、まんま70年代の少女漫画の世界だ。

これらの映画はもう何度も再上映されているし、ブルーレイでも販売されているので、観ようと思えばいつでも観ることができる。
でも、やっぱりスクリーンで観たかった。
そんな話を2月に友達としていて、ミッシェル・ルグランの企画はとても楽しみだった。
しかし、その友達とはもう話をすることができなくなってしまい、こういう映画を共有できる友人はいないので、それだけが残念でならない。

◇来訪カウンター 禁煙ブログパーツ2020年05月11日 14時27分40秒

私のブログに貼っていたアクセスカウンターが動いていないので確認してみたら、システムの配給元で3月いっぱいでサービスが中止されていた。
ブログというツールじたい時代遅れな感もあるので、仕方がないのか。
もっとも、どれだけの人が来訪したかなんて、今はそれほど気にもとめていなかった。

今日見てみると、ブログの右横の下の方に設置してあった禁煙カウンターも消えていた。
こちらも配給元のサイトがなくなっている。
このカウンターは二代目で、一代目もずいぶん以前になくなっていた。

新しいカウンターを探して設置してみたが、当の私がブログを放置してあったことを考えると、ブログというツールに付加価値をつけて発信する意味が少ないような気がしてくる。

禁煙をしてすでに10年以上の月日がたつし、元喫煙者ということでその影響はこれからも身体にでたりするのだろうけれど、今の段階で喫煙者に戻るということは自分でも考えにくいので、ブログパーツをとることにした。

2008年12月1日から禁煙して4179日。

◇講談社版「つげ義春大全」の第一回刊行物にふれて2020年05月10日 19時00分28秒


復刊ドットコム つげ義春大全 第一巻 白面夜叉 涙の仇討

つげ義春の久しぶりの全集が刊行されるとあり、非常に楽しみにしていた。
幻とされていたデビュー作「白面夜叉」の完全掲載もさることながら、同じ講談社から刊行された水木しげるの全集の貸本時代のリマスター技術の期待感、価格も水木しげる全集と同程度のものだったせいもあり、やはりそれなりの内容を期待しないではいられなかった。

しかし、その仕上がりは疑問をもつばかり。
表紙の紙質、デザイン、今回復刻された「白面夜叉」のオリジナルとの写植の再現度、どれをとっても「大全」と呼ぶには残念すぎるものだと感じる。
同じ作品が何度も書籍として出ており、その内容はそらでセリフを再現できるほど読み込んでいる読者も多いだろうから、新しい資料的価値として、せっかくの作品を期待しない形でいじられることを歓迎するわけにはいかない。
また、幻の作品の生原稿が見つかったのであれば、それをオリジナルに近い形で目にしたいというのは、マニヤとしては共通する要望なのではないかと思う。

表紙のデザインに関していえば、第一巻の目玉である貸本時代のイメージは、この表紙からはみじんも感じ取れない。本編とは関係のない作品のコマを切り取ってならべただけで、タイトルを見なければこれが貸本時代の希少な作品が掲載されているとは誰もわからないだろう。
なぜ貸本時代の巻に、同時発刊の第十六巻にある「ねじ式」や「ゲンセンカン主人」のイラストなのだろうか?
第三巻の「片腕三平/戦雲のかなた/熊祭の乙女」に、どうして「李さん一家」の奥さんがドラム缶風呂に入ってるイラストなのか?
今後刊行予定の表紙を見ても、なぜこの巻にこのコマのイラストが出てくる必要があるのか、首をかしげるばかり。

発行順もよくわからない。

2. 編年体(発表年代順)を基本として編集。 その時、つげ義春が何を考え作品を描いていたかが伝わる巻組!
講談社コミックプラス

とあるのだから、前期と後期をセレクトするにしても、順番に刊行すればいいのにと思う。
それをわざわざ第一巻と第十六巻を一緒に発送し、第十五巻は二回目の配送になる。
わざわざ第十五巻と第十六巻を入れ替えるのは、意図的なのだろうか。

「白面夜叉」の写植の打ち直しひとつとっても、当時のイメージを保全するという意識にかける仕事であるように感じられる。
古い生原稿のため、写植が剥がれ落ちているのは仕方がない。しかし、今のデジタル技術であれば、印刷物からリマスターして利用することだって可能だったはずだ。

確かに巻末の高野慎三氏の解題は、その時の意識的なものや影響を受けたものなど、照らし合わせて読むと興味深い。しかし、高野氏が作者と当時交流した記憶をもとにしたものが主で、本人の考えや詳細年表は最後の別巻に収録されるので、それを楽しみにするという企画なのだろう。
読者は最後の別巻をまたないと、作品の詳細を知ることができない。
これまでつげ義春の作品に対する考えをつづったインタビューやエッセイは、いろいろな形で発表されている。
今回、それを超える情報が出てくるのか? それともこれまでの集大成的な内容になるのか?
そのあたりは楽しみだが、このあたりも現段階の仕事をみると期待できなくなってしまうのが心情だ。

これがムック本レベルの簡易的な全集であるなら理解できるが、「大全」と銘打ちこの価格で刊行するのであれば、それに相応するデザインと内容でなければ納得がいかない。
水木しげる全集が、例え水木しげるを追悼する形で総力をあげたものだったとしても、書籍を編纂するあまりある愛情を感じる仕上がりなのに対して、これではあまりにもやっつけ仕事すぎて閉口してしまう。
全巻予約をしたけれど、この内容でこの価格であれば、今後の予約を検討しなければならないと逡巡してしまうのだ。

◇自分のブログを読み返す2020年05月10日 01時40分20秒

新型コロナウイルスの影響でどこにも出かけられないので、ずいぶんと放置していたブログに手を加えようと、自分のブログを読み返してみる。
自分の書いた文章が最高だなんて人は、たとえプロの物書きでも少ないだろうと思うが、例にもれず私の文章はだらだらと長ったらしいばかりで、自分で読んでいてもうんざりする。

それでも、あの時はこんなことを考えていたのだとか、2011年の震災の時期、2010年の飼い猫を亡くした時期、映画の感想、テレビの感想、いろんな自分がそこにあって、なかなか面白いと思ってしまう。
当時の社会情勢の違いによる考え方の違いはあるものの、基本的に自分の考えが今もぶれていないところも興味深い。

コメントをくださる方も真摯に私の文章に触れていてくださって、SNSのようにいいね!がついているわけではないものの、それなりに楽しみにしてくださってり方も多いのかもしれないと思ったりする。

それにしても、毎年毎年よく風邪をひいたり、病気になったりしているものだ。
SNSをはじめたのも一因なのだけど、手術をして身体が軽快になってから、ブログを書かなくなってきた。
この機会に、このブログの最初の原点にかえてみようかと画策している。
うまくいくかどうかは、まだわからないけれど。

◇白い暴動を観る2020年04月20日 06時43分42秒


白い暴動 予告

白い暴動をAmazon Primeで見る。
本当は映画館に足を運ぶ予定だったが、コロナウイルスの影響で映画館には行くことができないからだ。

The Clashの映画だと思っていたが、自然にピーター・バラカンのラジオで詳細を知る。
70年代後期の不況にあえぐイギリスの、有色人種と白人至上主義の攻防。
あらゆる差別と出口の見えない閉塞したイギリスに対する、反抗と暴行。
パンクの存在が、ただのファッションではないことを本当の意味で理解する。

40年前に知っていたら、パンクのとらえ方も違っていたかもしれないけれど、バブル前夜の日本の社会情勢では、たとえ知ったとしても肌で感じることは難しいだろう。
例え仕掛け人が同じでも、ニューヨークパンクとロンドンパンクが違うように、日本のパンクはどこまでもヘタレだ。

新型コロナウイルスの影響で、世界中の経済がストップしている。
例えウイルスが落ち着いたとしても、世界がひっくり返るくらいの変化があるかもしれない。
見えない敵と戦う不安は、わかりやすいターゲットに向かうだろう。
あらゆる差別を目の当たりにすることになるような気がして、これから訪れるであろう暗い未来を考えないではいられなかった。

◇英断するも後悔先にたたず2020年04月19日 05時55分48秒

この3月の初めに、あくまでも個人的な用事で2週間帯広へ帰省する予定だった。
いろいろなことに出会うため、相手と場所と交渉し、日程を調整して楽しみにしていた。
自分だけの用事で帰省することは、結婚してからはほとんどなかったので、本当に楽しみにしていた。

新型コロナの騒ぎが一般的になったのは、2月の始め頃だっただろうか。
ここ20年くらいは自宅で仕事をしていたのに、心機一転外に仕事を求め、2月からバスと電車で通勤していた。
職場には外国人もいて、花粉や風邪の季節ということもあり、咳やくしゃみをしている人も多い。
当初は若い人は症状がでにくく、老人に感染すると重篤化しやすいといわれていた。
自分が陽性かどうか判断がつかない中、実家に帰って年老いた母や周辺の老人に移すかもしれないという危機感がぬぐえなかった。

母と妹は、もし感染するとしたら私がいてもいなくても関係ないだろう。
私から感染するのならそれはそれと言っていた。
しかし、その他に約束していた人は、年齢が高い人が多かったせいかキャンセルされた。
35年ぶりに会う約束をしていた友人だけが、気にしないので来たらいいと言ってくれていた。
当初帯広は1名の感染者が報告されているだけで、母も友人も対岸の火事を見るような雰囲気だった。

北海道は、2月の終わりに日本で最初に緊急事態宣言が発令され、北海道行きの飛行機が飛ばないのではないかという噂がたった。
約束をしていた友人も、はっきりは言わないものの、日を追うごとに難色を示すようになってきた。
妹に相談し、本音としてはやはり心配だということで、私は3月の帰省を断念した。
帰る口実も理由もなくなってしまったからだ。

あれから1か月半。
コロナの猛威はすでに国をゆるがす大事になっている。
東京の知人が3月の始めに帯広入りしたときは、自分は感染しないようなことを言っていた。
しかし、いざ首都圏に具体的な危機感が走り出した途端、毎日のようにFBに危機を煽る記事を引用するようになった。

無理をしても、口実なんてなくても、3月の始めに帰ればよかったのかもしれないと、頭の片隅で自問する。
少なくとも、友人に会うだけでもよかったじゃないかと思う。
ずっと会いたくて、やっと再会にこぎつけた人だった。
私がいかないことを告げた後、理由は別にあったのかもしれないが、なんとなく距離をおかれて疎遠になってしまった。もう会うこともないだろう。

例えウイルスの蔓延が収束したとしても、感染のリスクが収束するのはまだ先の話だろう。
特効薬の臨床が進んでいるとはいえ、今後私が実家に帰ることができるのは、たぶん数年後のことだろう。
11月には父の三回忌がある。
母は出席できなくても気にしなくていいと言っているが、あれだけ長女だからと言われて育ったのに、父の三回忌にその責任を果たせないだろうことが、母の簡単な言葉ではぬぐい切れないほど無念でならない。

テレビでは、ベルリンの壁崩壊のドキュメンタリーをやっている。
私はまるで、ウイルスという壁にはさまれて会いたい人に会えないベルリン市民のようだと思った。
気分転換に映画館に行ったり、美術館や博物館に行くこともできない。
楽しみにしていた上映や企画展は、会期中誰も足を運ばないまま終了している。
大昔、ペストが流行したときには、経済の変化に伴い常識も大きく変化した。
誰もが楽しみを謳歌し気軽に移動する時代は、この3月で終了したのかもしれない。

そんなことしか考えられないほど、現在の私の中の絶望は大きい。

◇カフカの「変身」を改めて考える2020年04月01日 19時54分16秒


カフカ ポケットマスターピース 01 (集英社文庫ヘリテージシリーズ) Amazon

カフカの「変身」を読んだのは、中学生の頃だっただろうか。
小難しい小説が好きな頃だったが、「変身」は思ったほど小難しい小説ではなかった。
内容はいたって簡単だが、そこに内在している“感情”は簡単なものではなかったと、今でも思う。

最近になって、カフカの「変身」について調べていたら、5年前のこんな記事を見つけた。

exciteニュース
「新訳でびっくり。カフカ『変身』の主人公は、本当に「毒虫」に変身したのか」
米光一成
2015年4月8日 10:50
https://www.excite.co.jp/news/article/E1428432525544/

冒頭の主人公の身の上におきたショッキングな出来事が、実はこれまで私たちが思っていたものとは少し違うのではないかという記事である。

グレゴールが朝起きて自分の身に感じた変化が、実は虫ではなかったら。

私たちはずっと、彼が虫に変身したのだと思っていた。
いつもと違う身体の変化と、いつも通りに生活を始めようとする主人公の感覚とのギャップ。
そして、それを目にして恐れおののく家族の反応。

日本語に訳された小説の中では、グレゴールが虫になってしまったために、身体の感覚を推し量りながら生活をする描写がいくつも出てくる。
触覚の感触を発見し、位置が変わり増えてしまった足の動かし方を工夫する描写も生々しい。

しかし、それが虫ではなかったら。

私はカフカの「変身」を、山下肇訳・岩波文庫で読んでいる。
それは何度も何度も繰り返し読んだもので、私の中の「変身」は山下肇訳で固定されている。
しかし、この記事が書かれて5年も経ってはいるものの、私の興味をひくには十分すぎるものだった。

5年前に新訳された多和田葉子訳では、グレゴールが変身したものは原書にある「Ungeziefer/ウンゲツィーファー(生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫)」と訳されているらしい。
Ungezieferを自動翻訳にドイツ語→日本語で訳してみたところ、いくつかの翻訳サイトでは「害虫」と出てくるのだが、exciteなどでは「バグ」とでてくる。 試しにドイツ語→英語で訳してみると、UngezieferはBugsと出てくる。
コンピュータ用語の「バグ」も、もともとは「虫」である。

これについて私は、「バグ」について考えた。
個人的感覚ではあるが、「バグ」という言葉には、「正しくない」というニュアンスを感じる。大きなものの中の小さな何か(虫)が原因で、全体的な狂いが生じるという感じ。
朝起きて虫になっているのと、身体にバグ=正しくない変化が起きているのとでは、感覚的に大きな違いがある。
人間、ある程度の年になってくると、身体のバグなどしょっちゅう経験する。まして、グレゴールのようにストレスにさらされた毎日を送っていれば、朝起きて身体にバグがあることなど珍しいことでもないよう気持ちになってしまう。
しかし、もしグレゴールの身に「虫になるくらい大きなバグ」が起こっていたのだとしたら。

それを夫と話したところ、夫は以前浮世絵の展示にあった、江戸時代の病気=お腹の虫を思いだしたらしい。
江戸時代の病気は、お腹にいる「虫」が悪さをしていると考えられていたようで、その手の書籍がかわいい。

和楽 日本文化の入り口マガジン
このゆる?い虫たちが病気の原因? 戦国時代の医学書が可愛いすぎるってウワサ
https://intojapanwaraku.com/culture/51691/


事実、日本語には身体の調子が悪いときに「虫」がでてくる言葉がたくさんある。
1568年に作られた「針聞書(はりききがき)」という本には、そのような身体の虫がたくさん出てくる。
人間の身体は虫によってコントロールされ、虫によって体調も悪くなれば機嫌も悪くなるのだというものだ。

この考え方でいうと、グレゴールは虫によってひどい病気になってしまい、その姿を見て勤め先の支配人も、家族さえも近寄りがたい存在になってしまったのではないか。
昔は寄生虫の影響で人間の姿が変わったりすることもある。
そうなるとグレゴールの変身は、あながちありえない話でもないのだろうか。

姿かたちはかわらなくとも、今このときに世界中が震撼している新型コロナウイルスへの罹患を家族が知ったとしたら、この時代であればあるうる反応なのではないかとさえ思ってしまう。
自分たちへの影響、世間体、家族一人の病気のためにさまざまな困難を背負う可能性を示唆している。
そんな想像がかりたてられてしまう。

私はまだ、新訳の多和田葉子訳のものを読んでいない。
多和田葉子訳を読むにあたり、もう一度山下肇訳を読んでいる。
私の勝手な想像は別にして、今まで考えていたグレゴールと新しいグレゴールはどのように違うのか。
久しぶりにわくわくして本を読んでいる。

◇新型コロナウイルスで2020年03月13日 00時04分51秒

ここ一か月のニュースは、新型コロナウイルスばかり。
イベントはもちろん、ふだんの生活にまで支障が出る状況に、世界中が対応し、翻弄され、株価も一気に急降下している。
各国政府の対応が正しいのか否か、たぶんジャッジがくだるのは数年先の話。
今はこの状況に冷静に対処する姿勢が必要だと感じる。
不安なのは自分だけじゃなくて、たぶん世界中の人が不安。
個々が騒いだからといって、この不安から逃げられるわけでもないことだけは自明の理かと。

◇キース リチャード タバコをやめる2020年02月08日 02時47分17秒


ローリング・ストーンズのキース リチャーズといえば、タバコをくわえてステージに立ち、ギターを演奏する姿がトレードマークのようなものだった。
少なくとも、私はそんな印象をもっていた。
そのキース リチャーズがタバコをやめたというニュース。
もうタバコがかっこいい時代は終わりをつげた。
ロックのアイコンも、いまやタバコは除外される世の中を歓迎したい。




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