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◇東大裏で田渕由美子展を観る2021年07月05日 21時38分04秒

田渕由美子展ポスター


2年ぶりに、根津の東大裏にある弥生美術館・竹久夢二美術館に足を運ぶ。
毎年楽しみにしている、70年代少女漫画の原画展に行くためだ。
今年は田渕由美子。りぼんおとめちっく三人衆の一人だけれど、わりとポジティブで少しコンプレックスの陸奥A子に比べて、田渕由美子の主人公はどっぷりコンプレックスだったので、当時はあまり好きではなかった。勉強もできないし色気のないガリガリチビ、ドジで奥手で引っ込み思案という感じ。いつも泣いていて、のっぽで勉強ができる顔の良い彼氏になぐさめられるというのが定石パターンだった。
でも、テーマはわりと深い内容のものが多く、気づくと印象に残る作品ばかりだった。

いつもご一緒する友達は、同居する高齢の母親のことを考え、まだしばらく東京遠征は控えたいというので、今年は1人で根津に行った。
いつもは2人で何かおいしいものを食べようと、あれこれ街を散策するのだが、今年はどうしよう。
地下鉄の根津駅から東大までのゆるい坂道には、めぼしい食べ物屋は少ないので、東大とは反対の不忍通りを千駄木の方向へ足を運ぶ。ここいらは、安くて下町っぽい食べ物屋が多くある通り。でもまだ緊急事態宣言が明けたばかりで東京はまんえん防止期間中。閉めているお店も少なくないかなと思ったり、早めに展示を見て早く帰りたいと思ったりで、13時頃根津についてそのまま一番最初に目についたカレー屋に入ることにした。

根津カレー ラッキー


そこのカレー屋は以前から気になっていたお店だったけれど、なんとなくずっと入らずにいたお店。ひとりにはうってつけ。
お店の名前は、根津カレー Lucky (ラッキー)。
お店の看板と、ウインドウに描かれた食材の絵がレトロでかわいい。

最初に出されるしょうが湯がほっとしておいしい。お店のメニューには、特製ラッキーカレーと、ラッキーカレーの辛口、そして魯肉飯がある。最近カレーと魯肉飯のあいがけというのもやっているというので、それにしてみた。カレーには焼きチーズのトッピングもプラス。
厨房から出たところで、お店の人がチーズをバーナーで焼いてくれる。魯肉飯の台湾っぽい香りと、カレーの香ばしい香り、チーズの焼けた香りが食欲がそそられる。
「こちらもどうぞ」と福神漬けを運んできてくれ、それが昔ながらの赤い福神漬けなのが嬉しかった。この福神漬けはこのカレーにとてもマッチしている。

特製ラッキーカレーと魯肉飯のあいがけ焼きチーズトッピング

特製ラッキーカレーと魯肉飯のあいがけ焼きチーズトッピング

ランチの時間帯もすっかり終わったせいか、お客は私一人。あとで学生さんぽい人が、テイクアウトで来店した。
ふと壁を見ると、一面ずらっと漫画が貼ってある。
絵柄とストーリーは80年代のガロ系っぽい雰囲気。ひとつひとつ絵のスタイルが違うので、お店の人に聞くと一人の作家が書いているのだという。
Twitterに漫画を描いている人で、猫田まんじまるという人の作品らしい。
お店の人は、この人の漫画が好きで応援しているのだと話してくれた。
掲示してある絵を見て、なんだか少し昔を見ているような気がして、タイムスリップしたような気持ちになってしまった。


展示してある猫田まんじまるの漫画
Twitter @nekota_1004 猫田まんじまる

東大裏へ向かうゆるい坂道に戻り、銀杏の木が実をつけているのを仰ぎ見る。
ここは秋になると本当に臭くて閉口するのだが、まだ固くなる前の銀杏の実は秋ぐみのようでかわいらしい。
そういえば、田渕由美子の『フランス窓だより』だったかに、「また秋ぐみ食べ過ぎて お腹こわすわよ」というセリフがあったような記憶(確認していないけど)。
弥生美術館・竹久夢二美術館へ行く途中に、古い小さなお屋敷があって、私はその裏木戸が好きだった。
今回もその裏木戸の前を通ろうと裏道に行くと、そのお屋敷は壊されてマンションが建設中だった。
敷地的にはそれほど大きくはないが、お勝手口があってなんとなくサザエさんちのような雰囲気だった。そうか、ここはなくなってしまったのかと、ちょっと寂しくなる。

田渕由美子展のお客様は、だいたいが50代くらいの女性ばかり。お二人で来ている人も、ぽそぽそと当時の思い出を語ったりしている。何を言っているのかはわからないが、とても楽しそうだ。30代くらいの男女のカップルが一組いたが、ずっと普通の声量で話しているのが耳につく。こちらは何を話しているのかはっきりわかってしまって、興ざめする。
田渕由美子は80年代に入ってりぼんオリジナルに移籍し、私はそのころからりぼんは読まなくなってしまったので、それきり彼女の作品を見ることはなかった。
単行本は近所のお姉さんが持っていたのをいただいたりで、なんでか全巻持っていた。

陸奥A子、太刀掛秀子、田渕由美子のおとめちっく三人衆。陸奥A子はごくごく平均的な少女の夢見がちでハッピーな日常がテーマ。太刀掛秀子はドラマ性があって、幸せだった主人公が逆境に立たされることが多い。
それと比較すると、田渕由美子は前述したように、主人公は常に自分のコンプレックスを卑下し、それを理由に恋を諦めようとしたりする。でも、そんなドジっ子が好きなハンサムな彼氏が、「何をばかなことを言っているんだ」と言ってハッピーエンドというパターンなのだ。
三人とも非現実的ではあっても、田渕由美子の主人公のコンプレックスは、形は違えどどんな女の子にも共通するもの。誰だった「自分なんて」という感情は多かれ少なかれあるじゃないか。違うのは、それをなぐさめて包んでくれる優しいのっぽでハンサムな男子などは皆無だということだ。
田渕由美子のファンタジーは、現実的すぎる。改めて作品を一同に並べてみて、そう思った。

会場のショップで、私が知る絵柄とは少し違う、『地上の楽園』という最後だという最近の単行本が売られていた。


地上の楽園 / 田渕由美子 / 集英社
試し読みはこちら

彼女が出産を機に漫画制作から遠ざかり、その後レディースコミックで復帰したことは知らなかった。復帰後の作品は、りぼんの頃の面影は残しつつも、どこか岩舘真理子風な画風に変わっていた。
主人公のタイプも、チビで奥手で引っ込み思案のガリガリチビから、タバコをくわえてそれなりにおしゃれもする顔もわりとかわいめな女の子に変わっていた。そういえば、彼女の主人公の友達にはたいていバッチリ化粧でくわえタバコの「まゆこ」という女の子がいたが、どちらかというとそれが主人公になった感じ。
私にも、「わたしなんて」とわりとどうにもならないことを絶望的に思っていた時期があった。それを理由に恋をしないなんてことはなかったけれど、恋がうまくいかないのはそれが理由かもしれないと思ったりする。
『地上の楽園』の主人公たちのは、「わたしなんて」以前の話だ。それでも、自分ではどうすることもできない境遇であることにはかわりない。
主人公はコンプレックスで泣いて何もできないようなことはなく、それをバネにしたたかに生きている。もともとテンポが軽快なラブコメディ的な作風だったので、その軽快さはレディースコミックに移籍後も残っていて、主人公はわりと不遇でも重い感じはしない。りぼんの頃の主人公は、大学生が多くて生活に困っている風でもなかった。学生三人で都内の一軒家をシェアできるほどの金銭感覚である。彼女たちに貧乏の臭いはしない。なのに、彼女の作風はコメディなのにどこかシニカルな匂いがする。
レディースコミックの主人公は、親に捨てられたり会社が倒産したりと、生きていくのにギリギリの生活をしていたりする。ベースがコメディだからなのだと思うが、やはりシニカルな匂いはしても重い感じがしないのは、彼女の特徴なのかもしれない。
それにしても、大学時代に「わたしなんて何もとりえがないし」と泣いていた女の子が、世に出てわりと腹黒くエネルギッシュにがんばる姿のようにも感じて、結局女ってのはそういうものなのかもねと、ゆみこたんカプチーノを併設のカフェですすってちょっとだけ当時の大学生気分を想像してみたりする。

ゆみこたんカプチーノ


そんなことを思いながら、「最後の単行本」と銘打たれた『地上の楽園』を会場で購入する。
いつも重くなるので会場で本は買わないのだが、帰りの電車で読もうと購入したのだ。
購入して、電車の中と家に帰って3回続けて読んだ。
読んで少しだけ泣けてしまった。

東大近くで、昔自分が触れていた漫画に出会う。
ひとつはカレー屋で、ひとつは美術館で。
自分の青春時代がここにあるわけではないし、お気に入りの風景はかわってしまうけれど、1年に一度くらいはやはりここに来て懐かしい気持ちになりたいと思ってしまう。

田渕由美子展ポスター



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