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◇博雅2006年06月03日 05時47分47秒

1990年前後に、JR総武線平井駅の蔵前橋通り沿いに、博雅というラーメン屋があった。

ワンタン麺が大変おいしく、餃子かと思うような具沢山のワンタンが10個は入っていた。
ワンタンは、店のおやじさんと奥さんが、ふたりで開店前に手作りしているものだった。
ラーメン自体もおいしく、さっぱり濃厚な感じだった。

値段は忘れてしまったが、それほど高いという印象はない。
少なくとも、当時貧乏だった私がしょっちゅう通うことができた値段だった。
地元では有名店だったらしく、いつもお客さんでにぎわっていた。

店のおやじさんが亡くなってお店を閉めてしまい、もうあのワンタン麺を食べることができないのが残念だ。

コメント

_ ぺけぽん ― 2011年07月16日 11時19分57秒

未だに、平井に行くと そこにあったはずの場所へ行ってしまいます。”博雅” 当時ボンビー盛りの一人の若者はほんとうによく通ったものです。息子や嫁にその味を食べさせたくてその場に立ち尽くしたことがありました。ネットでも過去のことは検索できませんからね。

_ makura ― 2011年07月17日 03時22分34秒

ぺけぽんさん、コメントありがとうございます。

博雅、私も今でも夢に見ます。
開店前にお店の前を通ると、おやじさんとおかみさんが二人でワンタンを作っているのをよく覗き見ました。
夜は早く閉まってしまうので、平日になかなか行けないのがくやしかったです。

おやじギャル(死語)だった私としては、一人でラーメン屋に入るのに躊躇はありませんでしたが、博雅のワンタン麺は量的にきついこともあって、ひたすら腹をすかせて通いました。
女子の量としては、ワンタンだけでも十分満腹でしたから。

私が平井を出た後、それまでのルームメイトが「博雅のおやじさん、亡くなったんだって」と知らせてくれました。
92年か93年のことだったと思います。

私も結婚してから旦那と一度、店のあった場所まで行きました。
周囲はほとんど変わらないのに、ぬけたようにお店だけがなくて悲しかったです。

もしかしたら当事、ぺけぽんさんとカウンターで隣り合っていたかもしれませんね。

_ みこぽこ ― 2011年10月18日 15時20分22秒

初めまして、みこぽこと申します。
1988年まで博雅の近くに勤めていて、よく食べにいきました。
釣り好きで、ちょっと無愛想なおやじさんとおかみさんの絶妙なオーダーの通し方…
よく、間違えないな…と、感心して見ていたのを想い出します。

麺のボリュームもさることながら、ワンタンは本当においしかった…
勤めを替えてからも、機会があるごとに食べにいきました。
ワンタンの中のちょっと餡がかった具、私は未だに、博雅を超えるワンタンに出会ったことがありません。
出来ることなら、もう一度、あのワンタンを食べてみたいです。

夏に、注文する、冷やし味噌ワンタン麺が、私の一番のお気に入りでした。

_ makura ― 2011年10月18日 23時15分47秒

みこぽこさん、コメントありがとうございます。

博雅のワンタン麺は、本当に今でも思い出します。
もう食べられない、と思うとよけいですね。

夏の冷やし味噌ワンタン麺は、私も大好きでした。
でも、夏に汗だくでワンタン麺をすするのも良くて、いつも葛藤していました。

私も、あのワンタン以上のものには、未だおめにかかりません。
博雅のワンタンは、スープの添え物程度でしかなかったワンタン感を覆すものでした。
それくらい衝撃的な存在です。
一度自分で作ってみようとチャレンジしてみましたが、やはりうまくできません。
今から思うと、あの皮ももしかしたら手作りだったのでは、と思ってしまいます。
具のとろっとした感じもさることながら、ちょっと甘く感じる皮のつるつるした喉越しも大好きでした。

ああ、なんか思い出してしまいますね。
もう20年以上前のことなのに、おいしい記憶は消えないものですね。

_ owarin ― 2015年04月02日 21時18分33秒

 私は「味噌野菜のメン」命でした。
痩せぎすのご主人の急死で、貼り紙を見てガクゼンとしました。
おかみさんは、小奇麗に化粧して、例の驚異的な記憶力、素晴らしい店でしたね。
ワンタンを模索したんですが、キャベツの芯をみじん切りにしたのを入れたら、博雅っぽくなりましとよ。

_ makura ― 2015年04月06日 20時51分03秒

owarinさん、コメントありがとうございます。
味噌野菜のメン、懐かしい!
私はワンタンメン派だったのですが、お店の常連さんは味噌野菜メン派の人と二分していて、ワンタンメンを頼む隣で味噌野菜メンを注文されると、いつも気になって仕方なかったです。
あのどこにもない感じは、あの後もどこのラーメン屋でもお目にかかれないです。

おかみさんはいつもスカーフをしていて、綺麗にされていましたね。
開店時間前にお店の前を通ると、暗い店内でおやじさんと二人でワンタンの仕込みをしているときでも、きちんと身奇麗にしていたのを思い出します。

私が平井を離れた当時は、おやじさんはまだ中肉中背な感じだったのですが、平井在住の友人から「博雅がなくなった」という知らせを聞いた当時のおやじさんの様子を知らなかったので、そんなに痩せてしまうほど身体を壊していたんだなと、知らなかったとはいえ、平井を離れてからも何度か足を運ぼうと思いつつ行けずにいたことを、今更後悔するばかりです。

ラーメンは、いまや私の夫がゴールデンウィークに自作してくれる料理になっているので、今年は野菜味噌をリクエストしてみようと思います。
ワンタンは、広東出身の友人に皮の作り方を教わったので、ちょうどキャベツのシーズンですし、今度キャベツの芯を大目に入れてチャレンジしてみようと思います。
ありがとうございました。

_ 機械屋 ― 2015年04月29日 15時18分41秒

きょうは、博雅のワンタンを再現しようとレシピをネットで調べていたところです(笑)
みそのメンをもう一度食べたいですねー
あの甘い味噌ラーメンと、ワンタンの味が忘れられません
娘が親父さんの息子と同級生だったので、よくしてもらいました
レシピ聞いておけば良かったなぁ
まさか亡くなるとは(T_T)

_ makura ― 2015年04月29日 18時02分00秒

機械屋さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
私は北海道の生まれなのですが、博雅の味噌メンは北海道の味噌ともちがっていて、あの味は衝撃でした。
お弟子さんがいたという話もあまり聞かないし、あの味は門外不出だったのでしょうか。
平井は総武線の中でも観光地でもなく、商店街も古い通りで地味目の駅ながら、なかなか名店が多かった地域だと思います。
駅の建物の中にあった焼きそばやや、駅前の蕎麦屋、テイクアウトもできる焼き鳥屋、コロッケがおいしいお肉屋と、その隣のカツ屋、蔵前橋通りに出る道にあったサンドイッチ屋など、お世話になったお店は数知れません。
でも、亀戸までは餃子を食べに行っても、あと一駅がなかなか足を運べない。

五月連休は毎年ラーメンを作るのですが、今年はやることがいっぱいあって残念ながら夫の気が乗らないようです。
あの餃子とみまごうほどのびちびちのワンタンだけでも、一人で研究してみようかと思ったりしています。

_ 向島工業卒業生 ― 2019年10月15日 22時21分31秒

高校生の時、クラスの仲間に紹介したら皆はまってしまい土曜日の昼に食べて帰るのが定番でした。味噌ワンタンチャーシューがおいしかった。味噌ラーメンにはキャベツと玉ネギが入っており、それだけでも美味しかった。ワンタンも旨かったけど、チャーシュー、メンマも旨かったですよ。タンメンは醤油味、醤油と味噌だけでした。野菜は一斗缶に入っていておじさんの手際の良さが素晴らしかった。
夏の冷やし中華は、胡麻味噌でしたよ。途中つけ麺も始めましたけど、麺の量が多かった。大盛はきつかったのを覚えてます。当然ワンタンを添えて。
今はいろんなラーメン屋さんがあってそれなりに美味しいけど、個人的には、博雅が一番美味しいです。中学の同級生の親戚だったような気がします。あと弟の同級生のお父さんだったかも。亡くなった時、跡は継がないと聞いた気がします。
もったいないですよね。もし復活したら、人気店になりますよ。

_ makura_ ― 2019年10月21日 01時44分19秒

向島工業卒業生さん、コメントありがとうございます。

すごく詳細におぼえてらっしゃるんですね。
ふつうでも量が多めだった上に、野菜もワンタンもボリュウム満点だったので、大盛にするという選択肢はありませんでした。
今だと二郎系が野菜も肉もたっぷりというイメージだけど、博雅はもっと丁寧なラーメンのイメージですね。
本当に、いまあったら江戸川区の名店だったでしょうね。

_ g-kat ― 2021年06月27日 22時36分38秒

博雅は、35年前から食べてました
初めてのラーメンの金額は
300円消費税からは、350円
自分が食べに行ってる時は、
タンメンワンタン入り
味噌ラーメンワンタン最高
そして夏の冷やし中華ワンタン入り
最高でした、

_ makura_ ― 2021年07月05日 16時30分44秒

g-katさん、コメントありがとうございます。

35年前だと同じ時期です。私もそのころ平井に住んでいました。
ラーメン300円でしたか。当時としても安かったように思います。しかもあのボリウム。
平井には5年住んでいましたが、夏の冷やし味噌ワンタン入りは最高でしたが、汗だくでタンメンという選択肢も捨てきれず、いつも迷っていました(^^;
店の中の「1万円、5千円お断り」の貼り紙とか見ると、すごい頑固おやじっぽいんですけど、全然そんなことなかったでした。
ああ、また食べたいですね
当時からの友達と平井・新小岩散策をしようと画策していたところに、新型コロナの影響が出てしまって、まだ実現できていません。Googleストリートビューで見ると、建物自体はまだ健在なのですね。
1人でもいいから、言ってみようかなとちょっと考えています。行ってもないのはわかっているんですけど。

_ もしもし ― 2021年10月27日 22時51分05秒

250円の頃もありました。新聞配達のアルバイトにいつもご馳走してました、ご主人。常連になると、ラーメンがチャーシュー麺になりました。

_ makura ― 2021年10月29日 04時49分27秒

もしもしさん、コメントありがとうございます。
博雅、250円は驚異的な価格ですね。しかもあのボリウム。
おやじさんはちょっと怖い雰囲気のある人でしたが、苦労人にはやさしい人だったのですね。私もチャーシュー麺はめったに食べられませんでした。よく通っていたけど、常連さんと認識してもらうほどではなかったということですね~😂残念。
やっぱり思いだすと、もう一度食べたくなってしまいます。

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