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◇計画停電二十五日目。計画停電打切り宣言と、「消えた原子力災害用ロボット開発」の記事。2011年04月11日 00時57分38秒

2011年4月8日金曜日 計画停電二十五日目。

前日の4月7日は、自治体の防災有線が、計画停電について二度情報を流した。
お昼頃の放送では、明日も計画停電を行わないということ。そして、夕方暗くなってから、計画停電を10日まで行わないことを放送した。
その深夜、やっと電気や水道が通り始めた東北を、再びM7.4という地震が襲った。
それまでの余震だと、神奈川あたりでは体感しているんだか判らないくらいだったのが、この日の地震ははっきり横にゆれて、窓ガラスがゴトゴトと音を立てていた。

そして次の日の、4月8日に東京電力と政府は、実質6月3日まで計画停電を行わないことを発表した。

『計画停電の原則不実施と今夏に向けた需給対策について』
平成23年4月8日 東京電力株式会社プレスリリース
http://www.tepco.co.jp/cc/press/11040802-j.html

『東電、6月3日まで原則打ち切り 』
2011.4.8 12:09 MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110408/trd11040812100005-n1.htm


3月14日から開始された計画停電で、私の住む第1グループで実際に停電になったのは10日ほどのことだ。
今振り返ってみると、停電や節電自体はたいしたことはないのだが、あの大きな地震の後の不安の中の停電というのは、不安ともなんとも説明のつかない感情に支配されていたような気がする。
その感情が今はなくなったかというとそうでもなく、感情の起伏が激しかったり、被災地の情報を直視できない状況は今も続いている。
そういう精神状態の中での停電は、苦痛だった。

みんなが「自分のできること」を探している中で、「自分のできること」を強制されているような気がしたりもした。
ACの「今、わたしができること」というCMも、なんだか「できること」ではなく、「しなければならない」「しないのはおかしい」みたいな風潮に代わってきて、自分が本当にできることってなんだろうと考えることすら嫌になっていった。
いまだに避難を強いられている人たちがいて、停電はあっても普通に生活できている自分が、こんな風に思うこと自体がだめなことなのではないかと思ったりもした。

でも、停電がしばらくは行われず、夏場のピーク時の電力確保については、様々な人が様々な見方はしているけれども、とりあえずは、暗い部屋で不安な気持ちで過ごす日々からは開放されるようだ。
地震自体はまだ予断は許さず、今回の地震で別な地域での地震の懸念なども、新聞などで目にするようにもなってきたが、とりあえずは自己の情報統制を続けることで、少し落ち着いた気持ちで過ごすことができるのではないかと思う。
もし梅雨時期に、やはり計画停電を行うということになっても、次回は今のような気持ちではなく、停電自体を楽しめるくらいの気持ちになっていたいと思う。

地震や計画停電が、自分にこんなに大きな影響を与えるなんて思ってもみなかったので、最初は停電という未曾有の経験を記しておけたらという気軽な気持ちから書き始めたのだが、それがそれだけにとどまらなくなってしまったことに、自分自身戸惑いを感じた。
しばらくは、停電という自分の生活に直結した問題とは離れて、考えることができればと思う。


これを書いている4月10日日曜日、統一地方選挙の投票日だった。
投票会場で選挙公報を眺めながら、最後まで誰に入れるか逡巡した。
誰も投票したと思う人が、いなかったからだ。
投票所の横のポスター掲示板の前には、ぶつぶつと独り言を言う若い男性がいて、10分以上迷っている様子だった。
私たちもさんざん迷って投票した。
私が投票した人は、知事も県議も落選したようだったが、かえってこんな気持ちで投票した人に当選してほしくないとさえ思っていたので、内心複雑な気持ちだった。

帰宅して日本経済新聞のWeb版を読んでいて、こんな記事を見つけた。

『原発「安全神話」に葬られた日本製災害ロボット』
編集委員 滝順一
2011/4/10 16:17 日本経済新聞 電子版
http://www.nikkei.com/biz/focus/article/g=96958A9C93819499E2EBE2E2978DE2EBE2E6E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;p=9694E3E6E2E7E0E2E3E2E0E7E3E5

この記事は、日本経済新聞の電子版の会員でなければ読むことができないので、全文紹介ができないが、概要はこういうことだ。

日本のロボット技術は最高峰と言われているのに、いざ原子力災害があったときに、なぜ日本のロボット技術が活躍の場を得られないのか。
それは、11年前の東海村の臨界事故の後に、国が30億円の予算をかけて原子力対応のロボット開発プロジェクトに着手したのにも関わらず、「原子力災害ロボットが必要になる事態は日本では起きないから、必要ない」という電気業界の一言で開発が打ち切られ、その時開発されたロボットは現在、東工大の玄関モニュメントと化している。

という話である。
コンピュータの回路は放射能に弱く、原子力対応の事故に通常の災害用ロボットが使用できないのは、そのためらしい。
原発からもれる水をせき止めるのに、おがくずや新聞紙まで用いたという話を聞いて、誰もが「ハイテク日本の技術がなぜこのような場で活かされないのか」と疑問に思っただろうということも書かれている。

我が家でも、日本の先進技術を紹介する番組などで、再三日本の災害対応ロボットの話題が取り上げられたり、毎年ロボット甲子園として未来の技術者を育てる取り組みがされているにも関わらず、なぜそういった話題がいっさい聞こえてこないのか不思議だった。
そしてこの記事を見て、愕然としてしまった。

「原子力災害ロボットが必要になる事態は日本では起きないから、必要ない」
という決め付けは、原子力施設で働く人に共通して存在する意識だ。
原子力に限らず、きわめて日本人的意識であるともいえるかもしれない。

日本は地震が多く、首都圏を襲う巨大地震や富士山噴火などの話が絶えないのに、「絶対安全」という感覚がどこから生まれてきていたのか。
「いつかは今ではない」、「そのうち誰かがやるだろう」、「よく話には聞くけど、自分の身にふりかかるような気がしない」というのは、日本人の三大寝言だ。
安全神話と言われた日本の原子力設備の神話がやぶられ、それが虚構であったことがさらけ出された今、「絶対安全」など存在しないということを身をもって知ることになった。

東海村のJOCの臨界事故だって、原子力事故としては小さいものではない。
科学プロジェクトに30億という予算が組まれるということも、本来なら内容の重要性を物語っている。
しかし、研究というのは、それ自体を実用化させるため、検証にこぎつけるまでには、大変なお金と時間がかかる。

東海村の事故が、東京電力の原子力発電所でおきたものであれば、たぶん話は別だっただろうと思う。
だがあれは、東京電力とは違う核燃料施設でおきた事故だった。
福島の原子力発電所から近い場所で起きた事故として、東京電力としては思い出したくないことだったかもしれない。

だからそこよけい、国がやっと原子力施設の危機管理の第一歩として、東海村の事故を活かして次に進もうとしたものを、電力会社の寝言で全て終わらせてしまったことや、プロジェクトをたちあげたはずの国が、そのことをたいして重要に考えない事実は、民主党の仕分けで「来るかどうかわからない地震にお金をかけられない」と言った発言に直結していると思った。
プロジェクトを立ち上げておしゃかにしたのは自民党だが、結局は政治家や官僚の目は、原発に限らず、全ての危機管理にその程度の意識しか持ち合わせていないということだ。

今回の原発の事故で、それがそのまま「安全」の基準になっていた現実に、はっきりと目を向けなければならなくなった。
しかも、福島原発の答えは、急を要している。

対応が後手後手に回り、フットワークの悪さと責任回避ばかりが表立って見える今の政府が、総理得意の理系の計算能力を発揮してくれるのはいつのことなのか。
管総理には是非、出身大学の玄関に飾られているロボットを見て、もう一度襟を正してほしいと思う。
民主党が崩壊してしまうその前に。



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