◇IMAX 3DのAlice in Wonderlandを観る ― 2010年04月26日 02時28分23秒
公開前の3D眼鏡の風景
3D映画「アバター」の大ヒットを横目に、「アバター」をまったく観たいと思わなかった私たちは、もともと好きだったティム・バートン監督と今をときめくジョニー・デップの「Alice in Wonderland」を3Dで観ることにしたのだった。
風邪が治りかけの私は、Mサイズのポップコーンと暖かいほうじ茶を注文。旦那はポップコーンとセットのMサイズのカルピス。
ほうじ茶は、お湯にティーパックだけなのに、なぜ250円もするのか。
上映室の入り口で3D眼鏡を配布しており、それを受取って中に入る。
予約でとれた席は、右エリアの中央通路横のちょっと前よりの席。
普通の映画だったらこの程度ならけっこういい席なのだが、3Dトイズストーリーの予告が始まったときに、ちょっとしまったと思った。
画像は立体に見えるのだが、3Dの構造は横並びの視点の焦点を微妙にぼかして立体に見せるようになっているため、乱視の目には3Dはかなりきつい構造になっている。
これがちょっと斜めから見ることで、微妙に焦点がずれて、一番はっきり見える部分に焦点が定まらないのだ。
矯正用の眼鏡を外して見てみたが、乱視がひどくなるため状況は悪くなるだけ。これなら眼鏡をしたまま3D眼鏡をしたほうがましだった。
本編が始まると、画面下にある字幕が飛び出して見える。
ここに焦点をあててしまうと、画面の中の人物に焦点が定まらない。
ものすごくでかくて精度の高いレンチキュラーを見ているような感じ。
見せたい部分が強調されているため、視線が強制的に見るべき場所に固定されてしまう。
全体の色や雰囲気、舞台装置、風景、モブシーンの脇役の人の表情などを細かく見たいのに、そのあたりが微妙にぼかされてしまう。
帰宅して「アリスを見た」という人のブログを読むと、みんな同じように「乱視に3Dは無理」と書いていた。
やっぱりそうだよな…。
Alice In Wonderlandの本編は、パーティシーンや兵隊が並ぶなどのモブシーンが非常に多い。
もっと遠景のシーンなどだと見やすいように思うのだが、あまりにも姑息に仕組まれた仮想世界にリアリティがなく、ティム・バートン監督の独特の風景観を十分に楽しむことができなかったというのが、正直な感想だった。
「シザーハンズ」も「チャーリーとチョコレート工場」も、あの独特の風景観と色使いが好きだったので、今回は楽しみにしていたのに残念でならない。
ティム・バートンの「不思議の国の世界観はこれはこれで面白かったし、背景も舞台芸術もすばらしく、第一級のファンタジーであると思えたが、、3Dで観たばっかりに3Dの効果に気を取られがちだったのは言うまでもない。
作り手の意図した部分のみを誇張して見るのが映画の見方ではないと思うし、少なくとも私はパーティに参加している人一人一人の細かい表情や、動きなんかもじろじろと見たいと思うほうなので、3Dは身体にも心にも満足いかないと思った。
3D映画「アバター」の大ヒットを横目に、「アバター」をまったく観たいと思わなかった私たちは、もともと好きだったティム・バートン監督と今をときめくジョニー・デップの「Alice in Wonderland」を3Dで観ることにしたのだった。
風邪が治りかけの私は、Mサイズのポップコーンと暖かいほうじ茶を注文。旦那はポップコーンとセットのMサイズのカルピス。
ほうじ茶は、お湯にティーパックだけなのに、なぜ250円もするのか。
上映室の入り口で3D眼鏡を配布しており、それを受取って中に入る。
予約でとれた席は、右エリアの中央通路横のちょっと前よりの席。
普通の映画だったらこの程度ならけっこういい席なのだが、3Dトイズストーリーの予告が始まったときに、ちょっとしまったと思った。
画像は立体に見えるのだが、3Dの構造は横並びの視点の焦点を微妙にぼかして立体に見せるようになっているため、乱視の目には3Dはかなりきつい構造になっている。
これがちょっと斜めから見ることで、微妙に焦点がずれて、一番はっきり見える部分に焦点が定まらないのだ。
矯正用の眼鏡を外して見てみたが、乱視がひどくなるため状況は悪くなるだけ。これなら眼鏡をしたまま3D眼鏡をしたほうがましだった。
本編が始まると、画面下にある字幕が飛び出して見える。
ここに焦点をあててしまうと、画面の中の人物に焦点が定まらない。
ものすごくでかくて精度の高いレンチキュラーを見ているような感じ。
見せたい部分が強調されているため、視線が強制的に見るべき場所に固定されてしまう。
全体の色や雰囲気、舞台装置、風景、モブシーンの脇役の人の表情などを細かく見たいのに、そのあたりが微妙にぼかされてしまう。
帰宅して「アリスを見た」という人のブログを読むと、みんな同じように「乱視に3Dは無理」と書いていた。
やっぱりそうだよな…。
Alice In Wonderlandの本編は、パーティシーンや兵隊が並ぶなどのモブシーンが非常に多い。
もっと遠景のシーンなどだと見やすいように思うのだが、あまりにも姑息に仕組まれた仮想世界にリアリティがなく、ティム・バートン監督の独特の風景観を十分に楽しむことができなかったというのが、正直な感想だった。
「シザーハンズ」も「チャーリーとチョコレート工場」も、あの独特の風景観と色使いが好きだったので、今回は楽しみにしていたのに残念でならない。
ティム・バートンの「不思議の国の世界観はこれはこれで面白かったし、背景も舞台芸術もすばらしく、第一級のファンタジーであると思えたが、、3Dで観たばっかりに3Dの効果に気を取られがちだったのは言うまでもない。
作り手の意図した部分のみを誇張して見るのが映画の見方ではないと思うし、少なくとも私はパーティに参加している人一人一人の細かい表情や、動きなんかもじろじろと見たいと思うほうなので、3Dは身体にも心にも満足いかないと思った。
◇Alice in Wonderlandを観に行く ― 2010年04月26日 04時08分27秒
「不思議の国のアリス」は昔から好きで何度も読み返した本だが、今回好きな監督の一人でもあるティム・バートン監督の「不思議の国」が公開になると知って、ずっと楽しみにしていた。
そして、映画を見るにあたり偕成社文庫の芹沢 一訳のものを読み返した。
「チョコレート工場の秘密」もそうだったが、イギリスのこの手の小説は、イギリス独特の教訓詩や歌やことわざなどが、韻を踏んでふんだんにちりばめられているので、訳者はそのあたりをどれだけ日本語で表現するかが腕の見せ所となる。
特にアリスの作者であるルイス・キャロルは、言葉遊びが大変好きだったので、一連の「~国のアリス」の中には、様々な言葉遊びやなぞなぞがちりばめられている。
イギリスのこの手の言葉遊びの感覚は、昔からけっこう好きだった。
マザーグースなどもそうだが、イギリスの古くからある道徳や伝承、常識などがこれらの文章の中にはたくさんあって、日本語の常識の中で暮らし、訳者のフィルターを通して読むこれらの文章は、理解不能なものもけっこう存在する。
それでも、これらの文章に共通している“理解してもしなくてどちらでもいいような突き放した感じ”は、登場する生き物が同じ場面にいつつも、常に“みんなばらばらの方向を見ている”ような感じがして、面白かった。
また、ヨーロッパにありがちな“善と悪”の二元論的な感覚とは違い、“善の中にも悪があり、悪の中にも善がある”というようなあいまいな感覚が存在していたように感じていた。
それは、私だけの勝手な感覚なのかもしれないし、それを他人に確認したことはないので、みんなが私と同じように思っているのかはわからないのだが。
また、「不思議の国のアリス」や「鏡の国のアリス」は、今では通常使ってはいけないような言葉が、昔の訳本には平然と使用されていたので、今の本を読むとちょっと毒気が抜かれているような気分になる。
そして、この言葉遊びの感覚やちょっと乱暴ともいえる言葉の選び方が、お話の雰囲気作りに一役買っていると言っても過言ではないようにも思うのだ。
ティム・バートン監督の「Alice in Wonderland」を観るにあたり、いろいろとこころの準備をしてきたのだが、公開前のプレミア番組を見て、ちょっと気になる印象を持った。
今まで読んだ「不思議の国のアリス」の世界を期待していると、しっぺ返しを食らうかも。
そして挑んだ、「Alice in Wonderland」。
観て思った一番のしっぺ返しは、登場人物がとても「まとも」だったことだった。
私の知っている「不思議の国」は、アリス以外の登場人物(?)は全て「変」だった。
しかし、ティム・バートンの世界では、チェシャ・ネコも帽子屋も三月うさぎもヤマネも白ウサギも青い芋虫も、赤の女王さえも「変な人」ではなかった。
みんなひとつの目標に向かっていて、それが“善と悪”で語られ、そこにアリスが巻き込まれていく。
どちらかといえば、最初に登場したパーティ会場のリアルな世界の人たちの方が“みんなばらばらの方向を見ていて”「変な人」ばかりに見えた。
これは、原作には存在しない(と私が思っている)、欧米人の大好きなはっきりした“善と悪”のテーマを不思議の国に持ち込んだためなような気がする。
ティム・バートン監督も、来日インタビューで「小説と映画の世界はちがう」と語っており、この世界を描くに当たって“善と悪”を作り出す必要があったと名言しているが、私が読んだいくつかの訳本に共通してあった、“善悪のあいまいさ”や“みんなばらばらの方向を見ている感じ”がまったくないように感じたのだ。
いや、もしかしたら原本には存在していたものが、日本語に訳される段階で薄まってしまったり、日本語訳であるが故にそう感じていただけなのか。
または、私だけが感じていた勝手な感覚だったのか。
ティム・バートンの世界観は、これはこれで面白かったし、背景も舞台芸術もすばらしく、第一級のファンタジーであると思えた。
しかし、公開前のプレミア番組にあったとおり、ルイス・キャロルの世界観そのままの感覚を期待したため、まったくしっぺ返しを食らった気分だった。
ところで、『カラスと書き物机が似ているのはなぜか?』。
マッドハッターとアリスの間で、何度も交わされるなぞなぞだが、この答えはWikipediaの「不思議の国のアリス」の項目に説明されている。
しかし、答えを見ても英語力の乏しい私には、まったく理解に苦しむ内容だったが、このあたりもイギリスらしいといえばらしいといえる。
欲を言えば、芋虫に鍵を多く持たせすぎな気がした。グリフォンとかカメモドキなんかも登場して、彼らにも鍵を持たせてほしかった。
Alice in Wonderland公式HP http://www.disney.co.jp/movies/alice/index.html
Wikipedia「不思議の国のアリス」

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