◇日東醸造の白だし ― 2015年08月18日 15時55分29秒
最近、白だしにはまっている。
特に夏はマストアイテムになっている。
夏場の休日の昼食は麺が多い我が家は、麺つゆは使えば便利なのだが味が画一的になってしまうし、その味から更に味を変えるくらいなら最初からダシをとって味付けした方がおいしかったので、徐々に使わなくなってしまった。
使わない調味料を冷蔵庫に長々とおいておくなら、使う分だけ作ればいい。
夏休みに入ると、夫がダシをとって麺つゆを作ってくれる。
休み中の麺類はこれで十分だ。
そういった理由で、最初は白だしという調味料の存在を知っても触手が伸びなかった。
しかし、数年前に日東醸造の白だしに出会って、この手の出来合いの調味料の概念を覆されてしまった。
出来合いの麺つゆやダシ醤油にありがちな化学調味料の気配は、ここでは見られない。
出来合いの調味料としては非常に完成度が高いと感じたのだった。
日東醸造ホームページ
白醤油の味に感動したのであれば、白醤油自体を購入すればいいのかもしれないが、家族全員北海道出身のわが家では、白醤油自体の活躍度は少ないだろう。
やはり関東の黒い醤油が料理のメインになるだろうことは明白なので、使わない調味料を購入するくらいなら、使う調味料を少量購入する方がいいと思うのだ。
夏は、なすを縦に切って個別にぴっちりラップをしたものを電子レンジで加熱してしんなりさせたものに、おろし生姜と白だしをかけて、容器ごと冷凍庫にぶちこむ。
冷凍庫に入れる時間はせいぜい30分くらいなので、凍ったりすることはない。
冷えたなすに白だしが染み込んだところに、花ガツオをかけて食べるのがおいしい。
夏の素麺も、白だしをのばして麺つゆにしてもいい。
市販の麺つゆよりも、白醤油がさっぱりしている。
この白だしのダシは昆布とシイタケのダシなので、物足りないときはカツオ節を足すとダシが活きてくる。
麺つゆよりも味の足し算がしやすいのもいい。
夏になるとたまに作る、沖縄の汁料理「クーニー」。本当は大根で作るようだが、私は夏の冬瓜で作る。
豚のばら肉を10分煮て、シャトルシェフで一晩置く。
肉を取り出し、スープをそのまま冷やしてラードを取り、更に漉したものに昆布とカツオ節のダシを足す。
冬瓜と煮た豚肉を切ったものをスープで煮て、今年は従姉が送ってくれた早煮え昆布もあったのでそれも足し、白だしと塩で味を調えたものが絶品だった。
実はちょっとしたアクシデントがあり、私は一度日東醸造に電話をしている。
アクシデントというのは、購入していた店とネットの価格に300円近い価格差があり、販売元の方が安いのであれば納得もいったのだが、近所の小売店の方が安かったからだ。
電話で確認し、小売店の方が何かの間違いがあるのではないかという話で一度受話器を置いた10分後に、電話で対応してくれた方の上席の方と思われる男性からお電話をいただいた。
この白だしがどのように大切に作られているのかを話してくださり、そういう理由でこの値段がギリギリのところだから、600円という価格は何かの間違いだろうという説明をしてくれた。
最初はちょっとびっくりしたのだが、その情熱に非常に感激したし、その情熱が味にきちんと繁栄されているのだと納得もできたのだ。
結局その価格差は、小売店の計算違いであることがわかり、私は最初の数本は大変得をした形で落ち着いた。
300円値上がりはしたものの、これだけ大切に作られているのであれば、飽きるまで使ってみようと思った。
残暑が厳しそうな今年の晩夏に、まだまだ活躍してもらおうと思う。
◇レシピ覚書:ホワイトデーの夫の手作りクッキー ― 2015年03月14日 22時46分25秒
夫作ホワイトデーのクッキー
毎年バレンタインデーには、私の食べたいチョコレートを購入して二人で食すというのが、わが家の恒例行事であったが、バレンタイン商戦に参加するのもいい加減面倒くさくなってきたので、今年は妻の手作りチョコレートをプレゼントして二人で食べたのだ。
手作りチョコレートは思いのほか簡単で、余ったチョコレートをフルーツグラノーラにまぶして固めたのは、意外な美味しさだった。
そんなわけで、今年のホワイトデーはちょうど土曜日でお休みだし、プレゼントのクッキーは手作りだよね、と言ってみたら、本当に作ってくれたのだった。
レシピは、NHKのBSプレミアムで放送している、『グレーテルのかまど』の「桐島かれん・洋子のフローズンクッキー」。
放送を見たとき、忙しい母が子供でも簡単に調理できるという理由で、生地を冷凍して作り置きしていたというもの。
基本のクッキーのレシピは、
NHK BSプレミアム『グレーテルのかまど』「桐島かれん・洋子のフローズンクッキー」より引用
●材料〈基本の生地〉35~40枚 | |
バター(食塩不使用) | 70g |
グラニュー糖 | 60g |
塩 | 一つまみ |
卵黄 | 1個分 |
薄力粉 | 100g |
ベーキングパウダー | 小さじ1/2 |
番組のレシピでは、バジルとかオレンジピールとかでアレンジしていたが、夫が作ったものはくるみのくだいたものと、ココアとチョコ、そして何故かあごダシと昆布の三種類であった。
バターは普段有塩のを使用しているので、それを使うようにお願いしたのだが、有塩バターの塩分を考えずに塩一つまみを投入したようで、できあがったクッキーは甘じょっぱかった。
でも、あごダシと昆布は意外なおいしさで、この甘じょっぱい味がなかなか良かった。
夫はこれまでも、ホットケーキに青汁を入れて私に青汁を食べさせたりと、色々と工夫をこらして謎なものを作ってくれるのだが、あごダシと昆布クッキーもそのうちの一つであろう。
写真はだいぶ食べてしまった後のものである。
右手前のがあごダシ昆布クッキー。
調理時間は金曜の夜に帰宅してから一時間くらいで、一晩冷凍して次の日の朝に焼いてくれた。
クッキーなど私も焼いたことがないのだが、これくらならいつでも作れるくらい簡単だったと言っていたので、きっとまた作ってくれるだろうと信じることにする。
◇たぬきケーキを食べて昔のことを思い出す ― 2014年09月09日 23時39分40秒
たぬきケーキ「ぽんたくん」
昔、町のケーキ屋さんには、いちごショートの他に動物ケーキシリーズが存在していた。
最近、そのうちのたぬきケーキが復活しているとメディアで紹介されてから、むしょうにたぬきケーキが食べたくなったので、近くで探して買ってみた。
そのお店は、昔からある町のケーキ屋さんという雰囲気。おしゃれさはないが、親しみやすいお店だった。
ショーウインドウを見てみると、たぬきケーキは見当らない。
買いに行ったのは金曜日の夕方。お店の人に聞くと、たぬきケーキはだいたい週一ペースで作っているとのこと。
バタークリームのケーキなので日持ちがするため、一度作ると大量購入する常連さんで週の初めにはなくなってしまう。一度に50個買っていく人もいるらしい。
仕方がないので別の日に買いに行くと、ショーウインドウにたぬきケーキが並んでいた。名前は「ぽんたくん」。
さっそく2個購入し、夫と2人で食べることにした。
私が昔食べたたぬきケーキは、顔がでかくて胴体と同じくらいの大きさであった。
全体にチョコレートがコーティングされているが、顔の部分はバタークリームで、胴体がスポンジだった。
顔から先にかぶりつくと、濃厚なクリームだけ先に食べてしまい、後に残された胴体はクリームなしで食べなければならず、食べ方が非常に難しいケーキであった。
頭がクリームだけというのは鉄則であったが、クリームの種類はお店によって異なっていた。
くどいバタークリームよりも生クリームが好まれてくると、頭の部分は生クリームにするお店もあった。
胴体はスポンジだったり、チョコクリームだったりとお店によって異なっていた。
たぬきではなくクッキーの首をつけたスワンケーキという、同じような仕様のケーキも存在していた。
今回購入したたぬきケーキ「ぽんたくん」は、手が作られている。
顔は思ったよりだいぶ小さい。等親のよいたぬきだ。
この店の仕様を確認するため半分に切ってみると、頭の部分はバタークリームで、胴体の部分はバターチョコクリームのようで、スポンジは使用されていない。それを全体にチョココーティングしてある。
たぬきケーキを食べたことがないという夫は、ちょっと期待していたようだったが、一口食べてびっくり。
バタークリームのこれでもかというくどさに「何これ」と面食らっていた。
私は、バタークリームのケーキ自体が懐かしいと最初は思ったが、頭部の白いバタークリームよりも、胴体のチョコクリームの方がくどく感じた。
ああ、そういえば昔、クリスマスケーキが生クリームではなかった時代、バタークリームがくどくてホールで買っても嬉しく思えなかったことを思い出した。
最初はケーキとはそういうものだと思っていたのだが、生クリームの高級なケーキを一度食べたら、そちらの方がいいに決まっているのだ。
しかし、当時ホールのケーキは小さいサイズでも20cmくらいあり、バタークリームのケーキと生クリームのケーキでは数千円の価格差があった。
大人はあまりバタークリームのケーキが好きではないし、家族の人数も20cmのケーキでは大きすぎるため、日持ちのするバタークリームは人気があったが、そのうちケーキには生クリームが一般的になり、バタークリームのケーキは店頭ではあまり見かけることはなくなった。
たぬきケーキも最初はよかったが、だんだんと食べなくなっていったのを思い出した。
そういう意味では、このぽんたくんは、なつかしいバタークリームのケーキがきちんと継承されている。
バタークリームのケーキが好きだという人には、これとない一品だろう。
くどいと思うバタークリームだが、この店のバタークリームは昔よりは洗練されているようにも思う。
いろんな意味で、昔いろいろなものが高級で、いろいろなことを我慢させられた時代のことを思い出した。
昔、町のケーキ屋さんには、いちごショートの他に動物ケーキシリーズが存在していた。
最近、そのうちのたぬきケーキが復活しているとメディアで紹介されてから、むしょうにたぬきケーキが食べたくなったので、近くで探して買ってみた。
そのお店は、昔からある町のケーキ屋さんという雰囲気。おしゃれさはないが、親しみやすいお店だった。
ショーウインドウを見てみると、たぬきケーキは見当らない。
買いに行ったのは金曜日の夕方。お店の人に聞くと、たぬきケーキはだいたい週一ペースで作っているとのこと。
バタークリームのケーキなので日持ちがするため、一度作ると大量購入する常連さんで週の初めにはなくなってしまう。一度に50個買っていく人もいるらしい。
仕方がないので別の日に買いに行くと、ショーウインドウにたぬきケーキが並んでいた。名前は「ぽんたくん」。
さっそく2個購入し、夫と2人で食べることにした。
私が昔食べたたぬきケーキは、顔がでかくて胴体と同じくらいの大きさであった。
全体にチョコレートがコーティングされているが、顔の部分はバタークリームで、胴体がスポンジだった。
顔から先にかぶりつくと、濃厚なクリームだけ先に食べてしまい、後に残された胴体はクリームなしで食べなければならず、食べ方が非常に難しいケーキであった。
頭がクリームだけというのは鉄則であったが、クリームの種類はお店によって異なっていた。
くどいバタークリームよりも生クリームが好まれてくると、頭の部分は生クリームにするお店もあった。
胴体はスポンジだったり、チョコクリームだったりとお店によって異なっていた。
たぬきではなくクッキーの首をつけたスワンケーキという、同じような仕様のケーキも存在していた。
今回購入したたぬきケーキ「ぽんたくん」は、手が作られている。
顔は思ったよりだいぶ小さい。等親のよいたぬきだ。
この店の仕様を確認するため半分に切ってみると、頭の部分はバタークリームで、胴体の部分はバターチョコクリームのようで、スポンジは使用されていない。それを全体にチョココーティングしてある。
たぬきケーキを食べたことがないという夫は、ちょっと期待していたようだったが、一口食べてびっくり。
バタークリームのこれでもかというくどさに「何これ」と面食らっていた。
私は、バタークリームのケーキ自体が懐かしいと最初は思ったが、頭部の白いバタークリームよりも、胴体のチョコクリームの方がくどく感じた。
ああ、そういえば昔、クリスマスケーキが生クリームではなかった時代、バタークリームがくどくてホールで買っても嬉しく思えなかったことを思い出した。
最初はケーキとはそういうものだと思っていたのだが、生クリームの高級なケーキを一度食べたら、そちらの方がいいに決まっているのだ。
しかし、当時ホールのケーキは小さいサイズでも20cmくらいあり、バタークリームのケーキと生クリームのケーキでは数千円の価格差があった。
大人はあまりバタークリームのケーキが好きではないし、家族の人数も20cmのケーキでは大きすぎるため、日持ちのするバタークリームは人気があったが、そのうちケーキには生クリームが一般的になり、バタークリームのケーキは店頭ではあまり見かけることはなくなった。
たぬきケーキも最初はよかったが、だんだんと食べなくなっていったのを思い出した。
そういう意味では、このぽんたくんは、なつかしいバタークリームのケーキがきちんと継承されている。
バタークリームのケーキが好きだという人には、これとない一品だろう。
くどいと思うバタークリームだが、この店のバタークリームは昔よりは洗練されているようにも思う。
いろんな意味で、昔いろいろなものが高級で、いろいろなことを我慢させられた時代のことを思い出した。
◇今年の手作りラーメン〈醤油味〉 ― 2014年05月04日 12時54分31秒
今年の手作りラーメン醤油味
我が家の手作りラーメン。二日目は醤油味にしてみた。
チャーシューの漬け汁と魚醤(昨日しょっつると書いたが、しょっつるはハタハタの魚醤で、今回使用したのは地元のシコイワシで作られたもの)、濃い口醤油で味付け。
塩味がちょっと薄味だったので、気持ち濃い味に作ると、麺を入れてちょうどいい味に。
醤油にすると、ダシがちょっと上品すぎる印象があったのが今後の課題か。
今回はさっぱり鶏ダシスープを目指したので、ダシを取るときに鶏ガラの油をいかに維持するか、それとも別な油脂を足すとかすると、もう少し香り高いスープができるかも。
味卵とチャーシュー、メンマは三日目で味がさらに良くなっていた。コクを出す意味で、メンマを油で炒めなおして入れるのもいいかもしれない。
小松菜は、NHK「ためして合点」の冷凍小松菜。生のまま冷凍したものを、スープを茹でたお湯でさっと戻して投入。
小松菜の香りと味が濃厚でラーメンに負けないおいしさ。
冷凍小松菜は便利なので、買ってきたのを洗って適当に切ってジップロックでストックしてある。
自分でスープから具材まで手作りした達成感は、満足以上のものであった。
ちょっと面倒くさいけど、また休みの日にチャレンジしたい。
我が家の手作りラーメン。二日目は醤油味にしてみた。
チャーシューの漬け汁と魚醤(昨日しょっつると書いたが、しょっつるはハタハタの魚醤で、今回使用したのは地元のシコイワシで作られたもの)、濃い口醤油で味付け。
塩味がちょっと薄味だったので、気持ち濃い味に作ると、麺を入れてちょうどいい味に。
醤油にすると、ダシがちょっと上品すぎる印象があったのが今後の課題か。
今回はさっぱり鶏ダシスープを目指したので、ダシを取るときに鶏ガラの油をいかに維持するか、それとも別な油脂を足すとかすると、もう少し香り高いスープができるかも。
味卵とチャーシュー、メンマは三日目で味がさらに良くなっていた。コクを出す意味で、メンマを油で炒めなおして入れるのもいいかもしれない。
小松菜は、NHK「ためして合点」の冷凍小松菜。生のまま冷凍したものを、スープを茹でたお湯でさっと戻して投入。
小松菜の香りと味が濃厚でラーメンに負けないおいしさ。
冷凍小松菜は便利なので、買ってきたのを洗って適当に切ってジップロックでストックしてある。
自分でスープから具材まで手作りした達成感は、満足以上のものであった。
ちょっと面倒くさいけど、また休みの日にチャレンジしたい。
◇今年の手作りラーメン〈塩味〉 ― 2014年05月03日 16時06分52秒
今年の手作りラーメン塩味。
連休である。
今年の連休はどこにもでかけないので、せめて手作りラーメンなどを作ろうと張り切った。
旦那はスープのダシを鶏がらベースで作成。今年は鯖節やソーダ節なども使用し、鶏ベースの魚ダシにした。
その他、人参の茎、セロリ、玉ねぎ、長ねぎの青いところなどを使用した。
私はチャーシューとメンマととろとろ味卵を作成。レシピはCookpadを参考にした。
あぐー豚の肩ロースが安かったので、これでチャーシュー作り。レシピは けいちょんさんの「☆最強チャーシュー☆」
を参考にした。
日本酒が少し足りなかったので、三河みりんを足して砂糖を気持ち少なめにし、一晩寝かせた。
メンマは、市場に朝掘りのたけのこがあったので、米ぬかで一日アク抜きし、一番太い部分を使用。こちらは さるぼんさんの「手作りメンマ」を参考に、タカのツメをちょっと入れて冷蔵庫で一日寝かせたもの。
とろとろ味卵は、 クッキングSパパさんの「半熟味玉子」。漬け汁は作らず、チャーシューを寝かせるときに、殻をむいて一緒に漬け込んだもの。
麺も手作りしたかったが、こちらはスーパーで購入。北海道風のちぢれ卵麺を使用した。
スープはあっさりさっぱりで、最後に魚のダシを調理したせいか、鶏よりも魚よりの風味。
最後のスープを飲み干すと、すっきりした味の向こうに鶏がひょっこり顔を出す一品。
具材はどれもしっかり味がしみこんでいて最高。
チャーシューは味が甘めの深い味わい。
メンマはたけのこの固い部分でもしっかり味がしみて、お店で食べるよりも数段美味しいものに。
黄身がとろとろの味卵は、黄身の味とチャーシューのタレの味がベストマッチで、ものすごく美味しいものに仕上がりました。
レシピを参考にさせてくださった皆様に感謝です。
夜はしょっつるを足して醤油味で楽しむ予定。楽しみです。
連休である。
今年の連休はどこにもでかけないので、せめて手作りラーメンなどを作ろうと張り切った。
旦那はスープのダシを鶏がらベースで作成。今年は鯖節やソーダ節なども使用し、鶏ベースの魚ダシにした。
その他、人参の茎、セロリ、玉ねぎ、長ねぎの青いところなどを使用した。
私はチャーシューとメンマととろとろ味卵を作成。レシピはCookpadを参考にした。
あぐー豚の肩ロースが安かったので、これでチャーシュー作り。レシピは けいちょんさんの「☆最強チャーシュー☆」
を参考にした。
日本酒が少し足りなかったので、三河みりんを足して砂糖を気持ち少なめにし、一晩寝かせた。
メンマは、市場に朝掘りのたけのこがあったので、米ぬかで一日アク抜きし、一番太い部分を使用。こちらは さるぼんさんの「手作りメンマ」を参考に、タカのツメをちょっと入れて冷蔵庫で一日寝かせたもの。
とろとろ味卵は、 クッキングSパパさんの「半熟味玉子」。漬け汁は作らず、チャーシューを寝かせるときに、殻をむいて一緒に漬け込んだもの。
麺も手作りしたかったが、こちらはスーパーで購入。北海道風のちぢれ卵麺を使用した。
スープはあっさりさっぱりで、最後に魚のダシを調理したせいか、鶏よりも魚よりの風味。
最後のスープを飲み干すと、すっきりした味の向こうに鶏がひょっこり顔を出す一品。
具材はどれもしっかり味がしみこんでいて最高。
チャーシューは味が甘めの深い味わい。
メンマはたけのこの固い部分でもしっかり味がしみて、お店で食べるよりも数段美味しいものに。
黄身がとろとろの味卵は、黄身の味とチャーシューのタレの味がベストマッチで、ものすごく美味しいものに仕上がりました。
レシピを参考にさせてくださった皆様に感謝です。
夜はしょっつるを足して醤油味で楽しむ予定。楽しみです。
◇帯広の砂糖の話 ― 2012年08月20日 14時39分55秒
私の生まれたのは北海道帯広市だが、帯広では十勝毎日新聞(かちまい)をみんな読んでいる。北海道新聞や大手の朝日、毎日、読売などの新聞をとっていても、必ず別にかちまいをとっているのだ。
北海道では7割の家庭で北海道新聞をとっているらしいが、道内では唯一十勝でだけはトップシェアをうばえないでいるらしい(Wikipedia「十勝毎日新聞」より)。
その十勝毎日新聞では、道外在住者でも登録すれば十勝の主要記事を閲覧でき、メールでお知らせしてくれる「十勝メール」というサービスを行なっている。
http://www.tokachimail.com/
見たい地域のニュースを一覧にしてくれているので、「ああ、今地元ではこんなニュースがあるのだな」とか、「お祭りが終ったのだな」とか、地元のニュースに触れることができる。
先日届いたニュースの中に、こんなニュースがあった。
以下「十勝メール」帯広版より抜粋-----------
http://www.tokachimail.com/obihiro/
2012年8月15日の記事
フレンチドッグは砂糖?ケチャップ?
お祭りの露店などでつい食べたくなるのがフレンチドッグ。十勝では砂糖を付けて食べる人が大半だが、実は全国的には「アメリカンドッグ」の名でケチャップやマスタードを付けて食べるのが一般的だ。砂糖を付ける“風習”も主に道東圏のようだが、実際はどうなのか探ってみた。
親の代からフレンチドッグを扱って約40年という北海道街商協同組合の泉聖一理事長代理補佐(50)=美唄市=によると、砂糖を付けるのは十勝をはじめ釧路、根室など主に道東。この地域では8割近くが砂糖で、妻の美雪さん(54)は「1日で1キロ以上は使う」という。
なぜ道東圏で砂糖が多いかについては定かではないが、「十勝はお菓子が豊富だから。(釧路、根室など)浜の人は甘い物を好むからと聞いた」と美雪さん。しかし、港があっても苫小牧や小樽、稚内などで砂糖文化はないという。
(中略)
アメリカンとフレンチ。いずれもソーセージに小麦粉ベースのミックスを付けて揚げるものだが、同組合十勝帯広地区の村田絹枝代表によると魚肉ソーセージがフレンチで、豚肉などのソーセージがアメリカン。全道に魚肉ソーセージをフレンチ用として出荷する小樽市の玉屋食品でも「創業者の代から半世紀以上そう扱ってきている」という。
起源は定かではないものの、十勝など道東で根強い砂糖のフレンチドッグ。あなたは砂糖派? ケチャップ派? (高田敦史)
---------------
すでに帯広から離れて暮す年数が、帯広で生活した年数を超えたが、フレンチドックの摂取に関しては、帯広で生活していた時期の方が多いと断言する。
しかし、私は砂糖をつけて食べるのは初めて聞いて、ショックを受けた。
しかも、それが帯広や釧路など、道東の定番であるとまで書いてあるのだ。
いや、初めてではないかもしれない。
幼い頃から「夜店のフレンチドックにはケチャップ」が当り前であると思っていた私の中に、平原祭りでフレンチドックの屋台の店頭に、紙箱に盛られた砂糖がおいてあるのを記憶しているからだ。
当然ケチャップと思っているところに、当然のように砂糖をぴっしりまぶされて、泣いて母親に抗議したような記憶がフラッシュパックのようによみがえるが、今私の頭の中で作り上げたものかもしれないし、真偽は定かではないが、なんとなくそんな記憶があるようなないような。
ああ、そういえばケチャップは当時高級品だったので、夜店ではおいていない店も多く、砂糖以外の選択肢がないと「なにもつけない」フレンチドックを食べることになっていた。
私は砂糖はありえなかったので、いつも何もついていない寂しいフレンチドックを食べていたような気がする。
ケチャップが普通に夜店に常備されたのは1970年代に入ってからのことで、それでもからしはフレンチマスタードではなく練った和辛子だったから、ケチャップに非常にあわなくていやだった記憶がある。
フレンチドック自体それほど大昔からある食べ物ではなく(いや、十分大昔だろうけど、100年とかそういう年月ではないという意味で)、家庭で簡単にドーナツが作れるような時代の産物であろうから、最初の頃は夜店で買っても「砂糖つけますか?」と聞かれたのであろうと思う。
砂糖が“常識”ではなく、砂糖という選択肢があり、ケチャップの登場まではそれが基本形だったということか?
何もついていない寂しいフレンチドックの当時、母はホットケーキミックスにプロセスチーズを入れて、丸いドーナツに揚げたおやつをよく作ってくれた。
大通りに住んでいた頃も、西二条の帯広千秋庵(現在の六花亭)の喫茶室でこっそりピザを食べるような母であった。
まだ1960年代後半頃の話であるので、母は非常に新し物好きであったのであろうと思う。
よその家で似たようなドーナツを食べたとき、中に何も入っておらず、周囲に砂糖がびっしりとまぶされたものが出されて、非常に違和感を持った。
当時のホットケーキミックスは、いまのものよりもずっと甘い味がついていたので、いつもは甘い生地にしょっぱいチーズの味が定番だった私には、甘いだけのドーナツは考えられなかった。
まして、生地が甘いのに、さらにそこに砂糖を加えるのが不思議だった。
あんぱんもあんドーナツは嫌いだったし、なんでも砂糖をつけるということに小さい頃から抵抗があった記憶があるので、この記事は非常に衝撃をもって読んだのだ。
この文化が帯広から釧路など道東に集中したものであることから、「浜の人は甘いものが好きだから」と、この取材された人は分析しているようだが、十勝は砂糖の生産もある土地なので、砂糖をつける文化はそこからきたのではないだろうかと私は推測する。
十勝は西隣が日高山脈でさえぎられているため、日高山脈を境に文化の断絶がしばしば見られる。
帯広名物と言われる豚丼だって、ほんの数十年前までは札幌の人に聞いても「なに?それ、しらな~い」としか言われなかった。
内陸の帯広は、海のものはおのずと釧路や根室と交流をもつことになる。
しかし釧路で砂糖を作る文化はあまり聞かないので、帯広独自のものであると私は感じる。十勝で産出された砂糖が、浜で働く人の身体を温めるためそのまま定着したと考えるほうが自然だろう。
同じ道内でも官庁が違い、距離としては帯広から東京~仙台ほどの距離のある稚内生まれの私の旦那は、たぶん100%の確率で「えー(;゚д゚)」と言うだろう。
もしかしたら「気持ち悪い」「浜とか一緒にしないでほしい(゚ε゚)」とさえ言うかもしれない。
昔は砂糖は高級品だったし、その高級品の砂糖をたっぷりつけて食べる外国文化の象徴のようなフレンチドックは、なんとなく豊かな文化に見えたのではないだろうか。その名残なのか、帯広にはそういう風習がけっこう多い。
上京した当初、他県出身の友人と集まって食事をする機会のときに、煮物や鍋の味付けで大喧嘩したことも何度かある。
我が家は比較的甘くない味付けであったが、それでも他県の人間には甘く感じたらしい。青森や秋田出身の友人でも、甘すぎると言われてショックだった。
特に十勝の人が甘いもの好きであるというのは、地元を離れて初めて痛感したものである。煮物でもすきやきでも、ラーメンのスープでも、十勝の食べ物は甘い味付けのものが多いようにも思う。
冬は零下20℃以上になることも頻繁にあったし、夏は30℃超えもしばしばあったから、砂糖の甘みは生命線であったのだろう。
しかし、今はそうでもないが、砂糖大根(ビート)からとった砂糖は、当時は上白糖とグラニュー糖では、その味わいに雲泥の差があった。
上白糖は今よりもべったりと重く、胸が焼けるように強烈に甘かった。グラニュー糖は上品な甘さだったが高級品だった。
子供のおやつにチーズドーナツを食べさせるような母でも、家ではコーヒーにグラニュー糖ではなく上白糖を入れて飲んでいた。喫茶店ではグラニュー糖が普通においてあるので、なぜグラニュー糖にしないのかと聞いたら、「高いから」という答えが返ってきたのを覚えている。
かわいい砂糖壷に上白糖が普通に入っている家庭も多く、よその家で紅茶などを出されて、喫茶店のような感覚でスプーンに2つ砂糖を入れると、喫茶店の紅茶よりも格段に甘くなっていやだった。
単純に砂糖の量を減らしても、上白糖の味とグラニュー糖の味はまったく別物だったので、紅茶も当然別な飲み物になっていた。
今の上白糖は昔のと比較しても、甘さがかなり軽減されている。べったりした食感も少なくなっている。グラニュー糖にいたっては、甘みがさっぱりしすぎているくらい。
料理研究家の人の中では、きびの砂糖よりもてんさい糖は甘さが控えめとか言う人もいるくらいだ。
この記事の写真の砂糖は、今のグラニュー糖がたっぷりまぶっている。
これも昔は上白糖だったはずだから、今のものと昔のものとでは味が違うのだろうと推測する。
砂糖の甘さは変わってきているけど、砂糖をつけて食べるという行為だけは定着して残ったということなのだろう。
それにしても、今はそうでもないが、昔は十勝のおはぎは甘すぎて嫌いだった。どこの家庭でも上白糖や三温糖が大量に使用されていて、べったりと甘くて胸が焼ける。
当時は、帯広名物の甘納豆も甘すぎて嫌いだった。
北海道のお赤飯は、ささげのかわりに甘納豆を入れる家庭も多い。
甘い味付けのお赤飯に追い討ちをかけるような甘納豆の応酬に、閉口することもあった。
今から考えれば、あそこまで甘くする必要はどこにあったのだろうと思うが、いま食べたら「懐かしい」と思うのかもしれない。
豚肉ソーセージがアメリカンで、魚肉ソーセージはフレンチというのは、かなり無理やりだが多少は納得できるものでもある。
私はコッペパンを縦に割いて、そこに豚肉ソーセージとキャベツやレタスなどの野菜をはさんだのが「アメリカンドック」で、ソーセージの種類は別にしてソーセージを衣で全体をくるんで油で揚げたものが「フレンチドック」だと思っていた。
夜店ではフレンチドックが主流で、アメリカンドックを売るお店は当時はなかったはず。
私の思う「アメリカンドック」に、さすがの帯広の人でも砂糖をぶちまけて食べる人は少ないだろうと思うが、実際のところはどうなのだろうか。
だいたい、魚肉ソーセージ単体を食べるときには砂糖はつけないのに、何故フレンチドックになると砂糖なんだろう。
なんとなくだが、アメリカンドックは「食事」と「おやつ」の中間みたいな感じで、「フレンチドック」はあくまで「おやつ」な感じだからだろうか。
あくまで推測だが、この答えはみんなが子供の頃食べていた、ホットケーキミックスの揚げドーナツにヒントがあるような気がする。
まだ帯広にファーストフードのお店がなかった頃、改装前の昔の帯広の駅ビルの地下に、スタンド方式で軽食を供してくれるお店があった。
そこのアメリカンドックはコッペパンを縦に割いて、そこにキャベツの千切りを入れてマヨネーズをのせ、その上にソーセージをせてオーブントースターで軽く焼き、ケチャップとマスタードをのせてくれるというものだった。
当時マヨネーズとケチャップを一緒に食べるという発想がなく、しかもマヨネーズを温めて食べるという発想もなかったので、衝撃的に美味しかったのを覚えている。
帯広の古い駅がなくなる前に、大人になってから一度食べてみたが、その時は最初の感動が不思議に思うようなものだった。
当時はなんとなく、洋風なものがかっこよく美味しいと思い込んでいた。
上京当時に他県の人たちと喧嘩してからは、料理をしても砂糖を使うことは少なかったが、今は隠し味や味にふくらみを出すために常備している。
さとうきびの砂糖、黒糖、砂糖大根のてんさい糖と常備し、用途ごとに使い分けている。
しかし、作ったものに砂糖をまぶして食べることは、やはりすることはない。
逆に、ケチャップもマヨネーズもうちの冷蔵庫にはない。いつの間にか使わなくなったので、買うのを辞めたからだ。
食材の幅が広がったせいで、マヨネーズもケチャップも、私にとっては心躍るものではなくなってしまった。
今もしフレンチドックを食べるとしたら、フレンチマスタードだけたっぷりつけて、まっきっきにして食べるだろうと思う。
北海道では7割の家庭で北海道新聞をとっているらしいが、道内では唯一十勝でだけはトップシェアをうばえないでいるらしい(Wikipedia「十勝毎日新聞」より)。
その十勝毎日新聞では、道外在住者でも登録すれば十勝の主要記事を閲覧でき、メールでお知らせしてくれる「十勝メール」というサービスを行なっている。
http://www.tokachimail.com/
見たい地域のニュースを一覧にしてくれているので、「ああ、今地元ではこんなニュースがあるのだな」とか、「お祭りが終ったのだな」とか、地元のニュースに触れることができる。
先日届いたニュースの中に、こんなニュースがあった。
以下「十勝メール」帯広版より抜粋-----------
http://www.tokachimail.com/obihiro/
2012年8月15日の記事
フレンチドッグは砂糖?ケチャップ?
お祭りの露店などでつい食べたくなるのがフレンチドッグ。十勝では砂糖を付けて食べる人が大半だが、実は全国的には「アメリカンドッグ」の名でケチャップやマスタードを付けて食べるのが一般的だ。砂糖を付ける“風習”も主に道東圏のようだが、実際はどうなのか探ってみた。
親の代からフレンチドッグを扱って約40年という北海道街商協同組合の泉聖一理事長代理補佐(50)=美唄市=によると、砂糖を付けるのは十勝をはじめ釧路、根室など主に道東。この地域では8割近くが砂糖で、妻の美雪さん(54)は「1日で1キロ以上は使う」という。
なぜ道東圏で砂糖が多いかについては定かではないが、「十勝はお菓子が豊富だから。(釧路、根室など)浜の人は甘い物を好むからと聞いた」と美雪さん。しかし、港があっても苫小牧や小樽、稚内などで砂糖文化はないという。
(中略)
アメリカンとフレンチ。いずれもソーセージに小麦粉ベースのミックスを付けて揚げるものだが、同組合十勝帯広地区の村田絹枝代表によると魚肉ソーセージがフレンチで、豚肉などのソーセージがアメリカン。全道に魚肉ソーセージをフレンチ用として出荷する小樽市の玉屋食品でも「創業者の代から半世紀以上そう扱ってきている」という。
起源は定かではないものの、十勝など道東で根強い砂糖のフレンチドッグ。あなたは砂糖派? ケチャップ派? (高田敦史)
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すでに帯広から離れて暮す年数が、帯広で生活した年数を超えたが、フレンチドックの摂取に関しては、帯広で生活していた時期の方が多いと断言する。
しかし、私は砂糖をつけて食べるのは初めて聞いて、ショックを受けた。
しかも、それが帯広や釧路など、道東の定番であるとまで書いてあるのだ。
いや、初めてではないかもしれない。
幼い頃から「夜店のフレンチドックにはケチャップ」が当り前であると思っていた私の中に、平原祭りでフレンチドックの屋台の店頭に、紙箱に盛られた砂糖がおいてあるのを記憶しているからだ。
当然ケチャップと思っているところに、当然のように砂糖をぴっしりまぶされて、泣いて母親に抗議したような記憶がフラッシュパックのようによみがえるが、今私の頭の中で作り上げたものかもしれないし、真偽は定かではないが、なんとなくそんな記憶があるようなないような。
ああ、そういえばケチャップは当時高級品だったので、夜店ではおいていない店も多く、砂糖以外の選択肢がないと「なにもつけない」フレンチドックを食べることになっていた。
私は砂糖はありえなかったので、いつも何もついていない寂しいフレンチドックを食べていたような気がする。
ケチャップが普通に夜店に常備されたのは1970年代に入ってからのことで、それでもからしはフレンチマスタードではなく練った和辛子だったから、ケチャップに非常にあわなくていやだった記憶がある。
フレンチドック自体それほど大昔からある食べ物ではなく(いや、十分大昔だろうけど、100年とかそういう年月ではないという意味で)、家庭で簡単にドーナツが作れるような時代の産物であろうから、最初の頃は夜店で買っても「砂糖つけますか?」と聞かれたのであろうと思う。
砂糖が“常識”ではなく、砂糖という選択肢があり、ケチャップの登場まではそれが基本形だったということか?
何もついていない寂しいフレンチドックの当時、母はホットケーキミックスにプロセスチーズを入れて、丸いドーナツに揚げたおやつをよく作ってくれた。
大通りに住んでいた頃も、西二条の帯広千秋庵(現在の六花亭)の喫茶室でこっそりピザを食べるような母であった。
まだ1960年代後半頃の話であるので、母は非常に新し物好きであったのであろうと思う。
よその家で似たようなドーナツを食べたとき、中に何も入っておらず、周囲に砂糖がびっしりとまぶされたものが出されて、非常に違和感を持った。
当時のホットケーキミックスは、いまのものよりもずっと甘い味がついていたので、いつもは甘い生地にしょっぱいチーズの味が定番だった私には、甘いだけのドーナツは考えられなかった。
まして、生地が甘いのに、さらにそこに砂糖を加えるのが不思議だった。
あんぱんもあんドーナツは嫌いだったし、なんでも砂糖をつけるということに小さい頃から抵抗があった記憶があるので、この記事は非常に衝撃をもって読んだのだ。
この文化が帯広から釧路など道東に集中したものであることから、「浜の人は甘いものが好きだから」と、この取材された人は分析しているようだが、十勝は砂糖の生産もある土地なので、砂糖をつける文化はそこからきたのではないだろうかと私は推測する。
十勝は西隣が日高山脈でさえぎられているため、日高山脈を境に文化の断絶がしばしば見られる。
帯広名物と言われる豚丼だって、ほんの数十年前までは札幌の人に聞いても「なに?それ、しらな~い」としか言われなかった。
内陸の帯広は、海のものはおのずと釧路や根室と交流をもつことになる。
しかし釧路で砂糖を作る文化はあまり聞かないので、帯広独自のものであると私は感じる。十勝で産出された砂糖が、浜で働く人の身体を温めるためそのまま定着したと考えるほうが自然だろう。
同じ道内でも官庁が違い、距離としては帯広から東京~仙台ほどの距離のある稚内生まれの私の旦那は、たぶん100%の確率で「えー(;゚д゚)」と言うだろう。
もしかしたら「気持ち悪い」「浜とか一緒にしないでほしい(゚ε゚)」とさえ言うかもしれない。
昔は砂糖は高級品だったし、その高級品の砂糖をたっぷりつけて食べる外国文化の象徴のようなフレンチドックは、なんとなく豊かな文化に見えたのではないだろうか。その名残なのか、帯広にはそういう風習がけっこう多い。
上京した当初、他県出身の友人と集まって食事をする機会のときに、煮物や鍋の味付けで大喧嘩したことも何度かある。
我が家は比較的甘くない味付けであったが、それでも他県の人間には甘く感じたらしい。青森や秋田出身の友人でも、甘すぎると言われてショックだった。
特に十勝の人が甘いもの好きであるというのは、地元を離れて初めて痛感したものである。煮物でもすきやきでも、ラーメンのスープでも、十勝の食べ物は甘い味付けのものが多いようにも思う。
冬は零下20℃以上になることも頻繁にあったし、夏は30℃超えもしばしばあったから、砂糖の甘みは生命線であったのだろう。
しかし、今はそうでもないが、砂糖大根(ビート)からとった砂糖は、当時は上白糖とグラニュー糖では、その味わいに雲泥の差があった。
上白糖は今よりもべったりと重く、胸が焼けるように強烈に甘かった。グラニュー糖は上品な甘さだったが高級品だった。
子供のおやつにチーズドーナツを食べさせるような母でも、家ではコーヒーにグラニュー糖ではなく上白糖を入れて飲んでいた。喫茶店ではグラニュー糖が普通においてあるので、なぜグラニュー糖にしないのかと聞いたら、「高いから」という答えが返ってきたのを覚えている。
かわいい砂糖壷に上白糖が普通に入っている家庭も多く、よその家で紅茶などを出されて、喫茶店のような感覚でスプーンに2つ砂糖を入れると、喫茶店の紅茶よりも格段に甘くなっていやだった。
単純に砂糖の量を減らしても、上白糖の味とグラニュー糖の味はまったく別物だったので、紅茶も当然別な飲み物になっていた。
今の上白糖は昔のと比較しても、甘さがかなり軽減されている。べったりした食感も少なくなっている。グラニュー糖にいたっては、甘みがさっぱりしすぎているくらい。
料理研究家の人の中では、きびの砂糖よりもてんさい糖は甘さが控えめとか言う人もいるくらいだ。
この記事の写真の砂糖は、今のグラニュー糖がたっぷりまぶっている。
これも昔は上白糖だったはずだから、今のものと昔のものとでは味が違うのだろうと推測する。
砂糖の甘さは変わってきているけど、砂糖をつけて食べるという行為だけは定着して残ったということなのだろう。
それにしても、今はそうでもないが、昔は十勝のおはぎは甘すぎて嫌いだった。どこの家庭でも上白糖や三温糖が大量に使用されていて、べったりと甘くて胸が焼ける。
当時は、帯広名物の甘納豆も甘すぎて嫌いだった。
北海道のお赤飯は、ささげのかわりに甘納豆を入れる家庭も多い。
甘い味付けのお赤飯に追い討ちをかけるような甘納豆の応酬に、閉口することもあった。
今から考えれば、あそこまで甘くする必要はどこにあったのだろうと思うが、いま食べたら「懐かしい」と思うのかもしれない。
豚肉ソーセージがアメリカンで、魚肉ソーセージはフレンチというのは、かなり無理やりだが多少は納得できるものでもある。
私はコッペパンを縦に割いて、そこに豚肉ソーセージとキャベツやレタスなどの野菜をはさんだのが「アメリカンドック」で、ソーセージの種類は別にしてソーセージを衣で全体をくるんで油で揚げたものが「フレンチドック」だと思っていた。
夜店ではフレンチドックが主流で、アメリカンドックを売るお店は当時はなかったはず。
私の思う「アメリカンドック」に、さすがの帯広の人でも砂糖をぶちまけて食べる人は少ないだろうと思うが、実際のところはどうなのだろうか。
だいたい、魚肉ソーセージ単体を食べるときには砂糖はつけないのに、何故フレンチドックになると砂糖なんだろう。
なんとなくだが、アメリカンドックは「食事」と「おやつ」の中間みたいな感じで、「フレンチドック」はあくまで「おやつ」な感じだからだろうか。
あくまで推測だが、この答えはみんなが子供の頃食べていた、ホットケーキミックスの揚げドーナツにヒントがあるような気がする。
まだ帯広にファーストフードのお店がなかった頃、改装前の昔の帯広の駅ビルの地下に、スタンド方式で軽食を供してくれるお店があった。
そこのアメリカンドックはコッペパンを縦に割いて、そこにキャベツの千切りを入れてマヨネーズをのせ、その上にソーセージをせてオーブントースターで軽く焼き、ケチャップとマスタードをのせてくれるというものだった。
当時マヨネーズとケチャップを一緒に食べるという発想がなく、しかもマヨネーズを温めて食べるという発想もなかったので、衝撃的に美味しかったのを覚えている。
帯広の古い駅がなくなる前に、大人になってから一度食べてみたが、その時は最初の感動が不思議に思うようなものだった。
当時はなんとなく、洋風なものがかっこよく美味しいと思い込んでいた。
上京当時に他県の人たちと喧嘩してからは、料理をしても砂糖を使うことは少なかったが、今は隠し味や味にふくらみを出すために常備している。
さとうきびの砂糖、黒糖、砂糖大根のてんさい糖と常備し、用途ごとに使い分けている。
しかし、作ったものに砂糖をまぶして食べることは、やはりすることはない。
逆に、ケチャップもマヨネーズもうちの冷蔵庫にはない。いつの間にか使わなくなったので、買うのを辞めたからだ。
食材の幅が広がったせいで、マヨネーズもケチャップも、私にとっては心躍るものではなくなってしまった。
今もしフレンチドックを食べるとしたら、フレンチマスタードだけたっぷりつけて、まっきっきにして食べるだろうと思う。
◇新横浜ラーメン博物館 ― 2011年03月07日 00時51分54秒
新横浜にあるラーメン博物館には、定期的に足を運んでいる。
ラーメンが好きというのもあるが、この博物館の目玉のひとつである「昭和30年代の街並み」の雰囲気が好きなのだ。
ここでは昭和30年代となっているが、昭和40年代の地方都市の街並みもだいたいこんな雰囲気だった。
2歳~3歳当時、帯広市の大通りにあった弧線橋の近くに住んでいたので、たまに母に連れられて歩いて街に行くことがあった。
夕暮れ時の帯広駅前の北側の、当時駅前のシンボル的建物だった十勝バスの本社ビルのあたりは、なんとなくこういう雰囲気があったように記憶している。
子供の頃のことなので記憶に錯綜があるかもしれないが、最初のここに来たときにそう感じたのだ。
ここは日本全国の特徴のあるラーメンを、ひとつの場所で楽しめるというところだか、オープン当時とは少し仕様がかわっている。
当時は「ラーメン博物館」の名前に恥じないくらいの展示があり、日本のラーメンの歴史を、現在の一階の売店がある場所で観ることができた。
発売当初のチキンラーメンや、チャルメラなども展示されていた。
地下のレストラン街も、ラーメン店以外に駄菓子屋や、焼き鳥屋、カフェなどもあり、人ごみに疲れた中で、ちょっとラーメンから離れる空間もちゃんと確保されていた。
しかし、ある時期からそのような空間がなくなってしまい、中央広場に露店などが出てお酒や軽食はそちらで食べるようになった。
ここは一番ラーメン店が集中してるところで、あちこちで行列ができている雑踏の中にずっといることになり、ちょっとゆっくりという雰囲気ではない。
人ごみが嫌いな人には、かなりきつい場所だ。
かといって一度外に出てしまうと、せっかくの雰囲気が興ざめしてしまう。
ここにいる間は、十分に昔の日本の雰囲気の中にいたいと思ってしまう。
ラーメンが好きというのもあるが、この博物館の目玉のひとつである「昭和30年代の街並み」の雰囲気が好きなのだ。
ここでは昭和30年代となっているが、昭和40年代の地方都市の街並みもだいたいこんな雰囲気だった。
2歳~3歳当時、帯広市の大通りにあった弧線橋の近くに住んでいたので、たまに母に連れられて歩いて街に行くことがあった。
夕暮れ時の帯広駅前の北側の、当時駅前のシンボル的建物だった十勝バスの本社ビルのあたりは、なんとなくこういう雰囲気があったように記憶している。
子供の頃のことなので記憶に錯綜があるかもしれないが、最初のここに来たときにそう感じたのだ。
ここは日本全国の特徴のあるラーメンを、ひとつの場所で楽しめるというところだか、オープン当時とは少し仕様がかわっている。
当時は「ラーメン博物館」の名前に恥じないくらいの展示があり、日本のラーメンの歴史を、現在の一階の売店がある場所で観ることができた。
発売当初のチキンラーメンや、チャルメラなども展示されていた。
地下のレストラン街も、ラーメン店以外に駄菓子屋や、焼き鳥屋、カフェなどもあり、人ごみに疲れた中で、ちょっとラーメンから離れる空間もちゃんと確保されていた。
しかし、ある時期からそのような空間がなくなってしまい、中央広場に露店などが出てお酒や軽食はそちらで食べるようになった。
ここは一番ラーメン店が集中してるところで、あちこちで行列ができている雑踏の中にずっといることになり、ちょっとゆっくりという雰囲気ではない。
人ごみが嫌いな人には、かなりきつい場所だ。
かといって一度外に出てしまうと、せっかくの雰囲気が興ざめしてしまう。
ここにいる間は、十分に昔の日本の雰囲気の中にいたいと思ってしまう。
新オープンのカフェの看板。
ソフトクリームは濃厚ミルク味でおいしかった。
ここにカフェがなくなって久しかったのが、今日行ってみると「本日オープン」という喫茶&スナックが、交番横に登場していた。
中に入ると、赤い電球色の照明に、赤いソファで、昔のスナックの雰囲気。
女給さんも和服でいい雰囲気だ。
メニューにはカクテルなどのアルコールもあるが、看板にもなっている北海道濃厚ミルクのソフトクリームと、コーヒーが嬉しい。
この日は、ラーメン好きのドイツ在住友人夫妻と一緒だったので、特に「食後には甘いもの」は必須だ。
さっそくソフトクリームとコーヒーを注文する。
コーヒーにはクッキーが一枚づつついていて、コーヒースプーンは桜の形だった。
ソフトクリームは濃厚ミルク味でおいしかった。
ここにカフェがなくなって久しかったのが、今日行ってみると「本日オープン」という喫茶&スナックが、交番横に登場していた。
中に入ると、赤い電球色の照明に、赤いソファで、昔のスナックの雰囲気。
女給さんも和服でいい雰囲気だ。
メニューにはカクテルなどのアルコールもあるが、看板にもなっている北海道濃厚ミルクのソフトクリームと、コーヒーが嬉しい。
この日は、ラーメン好きのドイツ在住友人夫妻と一緒だったので、特に「食後には甘いもの」は必須だ。
さっそくソフトクリームとコーヒーを注文する。
コーヒーにはクッキーが一枚づつついていて、コーヒースプーンは桜の形だった。
ところで、同行の友人夫妻の旦那様はドイツの方だが、彼の目から見ると、昭和30年代の雰囲気を表現したこの街並みは、今の日本もあまり変わらないように見えるらしい。
確かに今でも、建物自体は小さくこまごましていて、神奈川の住宅地では細い路地が多いし、終戦後の昭和の古い住宅も未だ健在で残っている。
街並みの全体像をあまり考慮せずに街を作っているので、いろいろなタイプの建物がひしめいているし、表側に生活臭のある商店もめずらしくはない。
横浜の伊勢崎町付近の繁華街は、今でもこんな雰囲気のある街並みだったりもする。
私たちからすると、特徴的なそば屋ののれんや、病院のドア、飲み屋街の路地の看板の雰囲気など、ポイントポイントで雰囲気を楽しめるが、そういうポイントがない人には、今も昔もあまり変化を感じられないのかもしれないと思う。
ごみごみしたお客さんの中からは、中国語や韓国語など、外国からの観光客とおぼしき人の声も聞こえてくる。
ドイツ人の友人の感じたことと、日本の昔をいろいろな形で知識として知っているであろう近隣諸国の観光客の感じたことが、同じなのか違うのか。
この日の博物館内は、昭和33年3月6日であった。
写真は体感ゾーン入り口にある駅の駅長さん。
それ以前に、高度成長期の入り口である昭和30年代の街並みの中で、まだまだ生活に不安があったであろう戦後の日本人と、ここにも戻れず先にもいけない今の私たち日本人は、やっぱりそんなにかわらないのか、もしかしたらもっと複雑な袋小路に押し込まれているのではないかと思ってしまった。
家に戻ってテレビを見ていると、前の日までは「職務まっとう」と言っていた外務大臣が、数万円の不正な政治資金のために辞任したというニュースが流れてきて、なんだかこのとき感じた袋小路がさらに現実味を帯びてきたような気がしてならなかった。
写真は体感ゾーン入り口にある駅の駅長さん。
それ以前に、高度成長期の入り口である昭和30年代の街並みの中で、まだまだ生活に不安があったであろう戦後の日本人と、ここにも戻れず先にもいけない今の私たち日本人は、やっぱりそんなにかわらないのか、もしかしたらもっと複雑な袋小路に押し込まれているのではないかと思ってしまった。
家に戻ってテレビを見ていると、前の日までは「職務まっとう」と言っていた外務大臣が、数万円の不正な政治資金のために辞任したというニュースが流れてきて、なんだかこのとき感じた袋小路がさらに現実味を帯びてきたような気がしてならなかった。
◇2月10日は豚丼の日 ― 2011年02月09日 23時34分40秒
今月から新聞をとることにした。
久しぶりにチラシチェックをしていると、イトーヨーカ堂のチラシにでかでかと書かれてある文字を見て驚いた。
2月10日は豚丼の日
今日は「豚丼の日」らしい。
いつ決まったのかと気にすると、今年かららしい。
帯広の豚丼は、つい20年ほど前までは、同じ道内でも帯広以外の人は、まったくその存在を知らない人の方が多かった。
札幌の人などに「帯広の豚丼」と言っても、「何それ?」と言われた。
一時期、アメリカ牛の輸入規制で、牛丼屋から牛丼が消えたときに、豚肉を牛丼の肉のように煮たものを「豚丼」として販売されていたことがあったが、あれは帯広出身者からすると“まがいもの”以外の何物でもなかった。
それが、テレビでご当地グルメとして取り上げられ、美味しい豚丼の専門店などが観光の名所となってから、帯広の豚丼は全国区になった。
十勝毎日新聞社ニュース 2月4日
2月10日は「豚丼の日」
十勝毎日新聞社の記事を読むと、2月10日を豚丼の日と制定したのは、芦別に本社のあるソラチという会社のようだ。
豚丼が全国区となって、帯広市内でも昔から豚丼を出していなかったお店でも豚丼を供して活性化を図る一方、帯広以外の会社の帯広進出もあって、ソラチはその一番手の会社のようだ。
内地のスーパーなどで開催される北海道物産展でも、帯広の六花亭のお菓子などと並んで、豚丼は人気商品になっている。
ソラチの豚丼のタレは、もとからあったジャンの豚丼のタレやジンギスカンのタレなどに並んで、こちらのスーパーでも見かけることもある。
こういう取り組みが、なぜ地元帯広の企業などで行われていないのかなど、いろいろと思うところはあるのだが、これが帯広活性化のきっかけの一つになればいいと思う。
久しぶりにチラシチェックをしていると、イトーヨーカ堂のチラシにでかでかと書かれてある文字を見て驚いた。
2月10日は豚丼の日
今日は「豚丼の日」らしい。
いつ決まったのかと気にすると、今年かららしい。
帯広の豚丼は、つい20年ほど前までは、同じ道内でも帯広以外の人は、まったくその存在を知らない人の方が多かった。
札幌の人などに「帯広の豚丼」と言っても、「何それ?」と言われた。
一時期、アメリカ牛の輸入規制で、牛丼屋から牛丼が消えたときに、豚肉を牛丼の肉のように煮たものを「豚丼」として販売されていたことがあったが、あれは帯広出身者からすると“まがいもの”以外の何物でもなかった。
それが、テレビでご当地グルメとして取り上げられ、美味しい豚丼の専門店などが観光の名所となってから、帯広の豚丼は全国区になった。
十勝毎日新聞社ニュース 2月4日
2月10日は「豚丼の日」
十勝毎日新聞社の記事を読むと、2月10日を豚丼の日と制定したのは、芦別に本社のあるソラチという会社のようだ。
豚丼が全国区となって、帯広市内でも昔から豚丼を出していなかったお店でも豚丼を供して活性化を図る一方、帯広以外の会社の帯広進出もあって、ソラチはその一番手の会社のようだ。
内地のスーパーなどで開催される北海道物産展でも、帯広の六花亭のお菓子などと並んで、豚丼は人気商品になっている。
ソラチの豚丼のタレは、もとからあったジャンの豚丼のタレやジンギスカンのタレなどに並んで、こちらのスーパーでも見かけることもある。
こういう取り組みが、なぜ地元帯広の企業などで行われていないのかなど、いろいろと思うところはあるのだが、これが帯広活性化のきっかけの一つになればいいと思う。
◇旦那のラーメン2011 ― 2011年01月06日 00時27分01秒
去年の正月に、旦那がラーメンを作ってくれた。麺は自作しなかったが、ダシは自分でとった醤油ラーメンだった。(「旦那のラーメン」2010年01月04日)
今年は塩味に挑戦すると、年末から麺を購入して用意していた。
塩味宣言は去年からしていたのだが、今年はメンマラーメンが食べたいとリクエストを出し、中華街で塩漬けメンマを購入して、塩抜きするところから始めた。
ダシは鶏がらと昆布と煮干。具は、小松菜と煮た豚肉とわかめと海苔とメンマ。
メンマは、醤油とみりんで味付けした。
私はただ、できたスープをどんぶりによそうことだけ手伝った。
スープは去年のとはまたちょっと違ったダシで、塩味によくあう。こってりだけどさっぱりのバランスがいい。
麺は今年は普通の麺だけだったが、ゆで加減もちょうど良くてとても美味しかった。
ありがとう、旦那。
あまったスープは、しょうが、にんにく、鶏肉をさっと炒め、にんじん、じゃがいも、レンコンを1cm角に切ったものを入れて、ご飯の上にかけて、その上から香菜をたっぷりかけて食べた。フォーのスープをご飯にかけた感じ。
おかずは、賞味期限ぎりぎりのかまぼこをメンマを、ラー油で炒めたものと、ダシをとった干ししいたけのグリル焼き。
やはり、自分でとったダシは美味しい。
麺は今年は普通の麺だけだったが、ゆで加減もちょうど良くてとても美味しかった。
ありがとう、旦那。
あまったスープは、しょうが、にんにく、鶏肉をさっと炒め、にんじん、じゃがいも、レンコンを1cm角に切ったものを入れて、ご飯の上にかけて、その上から香菜をたっぷりかけて食べた。フォーのスープをご飯にかけた感じ。
おかずは、賞味期限ぎりぎりのかまぼこをメンマを、ラー油で炒めたものと、ダシをとった干ししいたけのグリル焼き。
やはり、自分でとったダシは美味しい。
◇鰆のホイル焼きとサルサ・ヴェルデ:レシピ ― 2010年05月10日 07時15分40秒
鰆のホイル焼きと、サルサ・ヴェルデ
我が家のいわしの塩漬け製作者のだんなが、塩漬けを使ったちょっとこった料理を作ってみたいと言い出し、自分で調べて「サルサ・ヴェルデ」というものを作ることにした
サルサ・ヴェルデは、「緑のソース」の意味。イタリアン・パセリをふんだんに使用し、味付けをアンチョビなどでするものらしい。
しかし、イタリアン・パセリをそんなにふんだんに使用すると、値段がものすごいことになってしまう。
スーパーに行くと普通のパセリが良心的な値段で売られていたので、それを一袋購入して使用することにする。
作ったソースは、豚肉のローストなんかにつけるとおいしいらしいが、ここのところ肉料理ばかり続いていたので、旬の鰆をホイル焼きにすることにした。
■材料
●サルサ・ヴェルデ
パセリ……1袋
にんにく……1片
いわしの塩漬け(アンチョビ)……2匹
ケパー……大さじ2
くるみ……5個くらい
固ゆで卵……1個
エキストラバージンオイル……適量
コショウ……適量
●鰆のホイル焼き
鰆……2切れ
にんじん……1/4本
長ネギ……1/4本くらい
エキストラバージンオイル……小さじ1
塩、コショウ……適量
■手順
●サルサ・ヴェルデ
1.すりばちでにんにくをすりおろす。
2.いわしの塩漬け、ケパー、固ゆでたまご、くるみを入れて、さらにすりばちですり潰す。
3.適当な大きさにちぎったパセリを加えて、さらにすり潰す。
4.全体がペースト状になってきたら、オリーブオイルを少しづつ加えながら、さらにすり潰す。
5.コショウで味を調え、味見をして塩味がたりないようであれば塩を足して調節する。
6.容器に移しておく。
●鰆のホイル焼き
1.鰆の切り身に、ワインをふって5分ほどおいておく。
2.鰆に軽く塩、コショウをする。
3.ホイルの上に、スライスしたにんじんと、5センチほどの長さに切った長ネギをしいて、その上に二つに切った鰆を乗せ、ホイルで包んで閉じる。
4.コンロの魚焼きグリルか、オーブントースターに入れて、様子を見ながら10分ほど蒸し焼きにする。
イタリアン・パセリだとまた違った風味が楽しめるのであろうが、普通のパセリでも十分においしかった。
いわしの塩漬けが、にんにくとくるみの風味とマッチしている。
最初、鰆はグリルかソテーにするつもりだったが、ソースの味が濃厚なので、さっぱりとホイル焼きにしてみた。
次の日パンにつけて食べても美味しかった。
ただし生のにんにくを使っているので、お出かけする朝に食べるのは要注意。
我が家のいわしの塩漬け製作者のだんなが、塩漬けを使ったちょっとこった料理を作ってみたいと言い出し、自分で調べて「サルサ・ヴェルデ」というものを作ることにした
サルサ・ヴェルデは、「緑のソース」の意味。イタリアン・パセリをふんだんに使用し、味付けをアンチョビなどでするものらしい。
しかし、イタリアン・パセリをそんなにふんだんに使用すると、値段がものすごいことになってしまう。
スーパーに行くと普通のパセリが良心的な値段で売られていたので、それを一袋購入して使用することにする。
作ったソースは、豚肉のローストなんかにつけるとおいしいらしいが、ここのところ肉料理ばかり続いていたので、旬の鰆をホイル焼きにすることにした。
■材料
●サルサ・ヴェルデ
パセリ……1袋
にんにく……1片
いわしの塩漬け(アンチョビ)……2匹
ケパー……大さじ2
くるみ……5個くらい
固ゆで卵……1個
エキストラバージンオイル……適量
コショウ……適量
●鰆のホイル焼き
鰆……2切れ
にんじん……1/4本
長ネギ……1/4本くらい
エキストラバージンオイル……小さじ1
塩、コショウ……適量
■手順
●サルサ・ヴェルデ
1.すりばちでにんにくをすりおろす。
2.いわしの塩漬け、ケパー、固ゆでたまご、くるみを入れて、さらにすりばちですり潰す。
3.適当な大きさにちぎったパセリを加えて、さらにすり潰す。
4.全体がペースト状になってきたら、オリーブオイルを少しづつ加えながら、さらにすり潰す。
5.コショウで味を調え、味見をして塩味がたりないようであれば塩を足して調節する。
6.容器に移しておく。
●鰆のホイル焼き
1.鰆の切り身に、ワインをふって5分ほどおいておく。
2.鰆に軽く塩、コショウをする。
3.ホイルの上に、スライスしたにんじんと、5センチほどの長さに切った長ネギをしいて、その上に二つに切った鰆を乗せ、ホイルで包んで閉じる。
4.コンロの魚焼きグリルか、オーブントースターに入れて、様子を見ながら10分ほど蒸し焼きにする。
イタリアン・パセリだとまた違った風味が楽しめるのであろうが、普通のパセリでも十分においしかった。
いわしの塩漬けが、にんにくとくるみの風味とマッチしている。
最初、鰆はグリルかソテーにするつもりだったが、ソースの味が濃厚なので、さっぱりとホイル焼きにしてみた。
次の日パンにつけて食べても美味しかった。
ただし生のにんにくを使っているので、お出かけする朝に食べるのは要注意。
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