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◇三途の川の渡し賃2006年06月05日 01時01分53秒

去年の夏の終わりに、入院したときのことだ。
同じ病室に、私よりいくつか年下の女性が、私と同じ症状で入院していた。
6人部屋のその中で、ベッドも向かい合わせということもあり、仲良くなりよく話をした。
それでも、プライベートなことはあまり話したくない様子だったので、私もあえて彼女自身のことや彼女の家族についてのことなどは聞かないようにしていた。
最近病気がちで、何度か入院したことがあるらしく、そんな中でも入院中にこんなに話して楽しく思える人はいなかったと言ってもらえ、私も同じように思っていたので嬉しかった。

ある日彼女は、少し考えてためらいつつも、自分は宗教とかそういうものを信仰したりはしていないという前置きをした上で、以前別な病院で薬のショックで死にかけたというを話しはじめた。
そのときに、彼女は三途の川を渡りそうになったのだという。
花畑が一面に広がるところを歩いていくと、川があり、船頭が船に乗る人を待っているのだそうだ。
彼女はその船に乗りたいと思ったのだが、その時の手持ちが300円しかなく、船頭が「それじゃあ乗せられないね」と言って去っていったというのだ。
船頭に乗船を拒否されると、なにかの力で引き戻され目が覚めたのだという。
目が覚めると家族の顔がそこにあり、後からそのとき死にかけていたことを知らされたのだそうだ。

彼女は変な冗談をいうタイプの人ではなかったし、そういう話を人に言うことを今までためらっていたが、初めて人に話したというようなことを言っていたので、私は彼女がうそを言っているようには思えなかった。

死んだ人の棺に三途の川の渡し賃として六文銭を入れるというのはよく聞くが、三途の川も現在の貨幣価値としては300円では渡れないらしい。
なぜ入院中の彼女の手持ちが300円だったのか、彼女があとで考えて気づいたのは、死にかけた病院に入院する前に行った神社(寺?)のお賽銭が300円だったということだった。
いずれにしても、三途の川では現在渡し賃は300円では足りないということが、彼女が死にかけたという事実とは裏腹に、不謹慎にも興味深く思えた。
彼女が参拝した神社のお賽銭が渡し賃に何か関係があるのかということも、興味をひいた。
また、一般的にあの世への道は花畑を見るという話もよく聞くが、彼女もその例にもれないということも、なんとなく確信的なものを感じた。

その話から数日して、私は退院した。
そのときも私は自分のメールアドレスと携帯番号だけ知らせ、気が向いたら連絡してほしいとだけ伝えたため、私は彼女の連絡先を知らないまま退院してしまった。

なかなか連絡がないのでもう会えないのかと思っていたが、その次の外来で一度会うことができた。
見た目は元気そうだったが、つきそいで一緒に来ていたお母さんの話では、家では元気がなくいつも寝てばかりいて心配だと言っていた。
入院中は、私との話がとても楽しく元気をもらえた気がしたと話していたらしく、とても感謝しているとも話してくださった。

帰り際に、良くなったらおいしいものを食べにいきましょうと約束をし、連絡を待っている旨伝えて別れたが、結局はそれっきりになってしまった。

その後、彼女が元気でいることを願っています。

◇今日は人間ドック2006年06月05日 13時50分34秒

今日は1年に一度の人間ドックだった。
現在の土地に越してきてから行っていた近所の医療センターは、超音波診断機を操る技師さんの腕が悪いのか、機械が悪いのか、脂肪の多い私の腹が悪いのか、腹部エコーの結果がいつも出ないので、今年は隣町の別な病院で受けることにした。
今年は画像を自分でも見ることができ、無事に腹部エコーの結果を得ることができた。

いつも普通の検診に子宮がんと乳がん検診を追加している。
たいていの病院では、乳がん検診には触診とX線でのマンモグラフィー検診か超音波での検診になる。いつもの病院は乳がん検診がマンモグラフィーだけで、超音波での検診は追加料金がかかることが多いため、いつもはマンモグラフィーで検診をしていた。
マンモグラフィーは乳房を押しつぶして平たくしてX線を撮る方法なのだが、これが大変痛い。思わずさけぶほど痛いのだ。
私の友人はぺちゃぱいなので、マンモグラフィーをするときにつぶす+ひっぱるという作業が伴うため、「地獄の所業だ」となげいていた。
今年の病院は超音波での検診も追加料金なしで受けることができたので、とても楽でラッキーであった。

骨密度も腰の骨に弱いX線をあてる最新式の方法で受けることができた。
以前、簡易式の機械でかかとの骨で骨密度を測ったところ、骨密度40%という結果でて大変落胆したが、病院できちんと測ったら110%という結果でて、この差はいったいなんなんだろうと思ったことがあった。

結果もその日のうちに聞くことができ、最後の問診で「体重と体脂肪以外は健康体。あんたの体格で血中脂肪やコレステロールが正常値なのは奇跡だ」とまで言われた。
ちなみに、うちの旦那は痩せ型だが、コレステロールが高いといわれたらしい。
隠れて何かうまいものを食べているのだろうか。

去年までのバリウムはバニラっぽい味だったが、今年のバリウムはラムネっぽい味だった。
バリウムも数年前に比べたら劇的に飲みやすくなっていて、胃カメラも大腸カメラも経験済みの私にしてみれば、こんなものを怖がる人の気が知れないと思ったりした。

◇犬の恐怖体験2006年06月08日 20時53分00秒

昔は犬が嫌いだった。
小学生の頃そろばん教室に通っていたのだが、そこの周辺に野蛮で有名な野良犬がいた。
近所の子供が追い掛け回されたという話を何度も聞き、親からは「犬にかまれると狂犬病になって気が狂って死ぬ」と言われたので、その恐怖は絶大なものだった。
ある日そろばん教室に行ったとき、同じクラスの友達Kが「さぼって遊ぼう」と言う。
つい口車にのせられて遊びに行こうとすると、例の野良犬がおいかけてきた。
泣きながら友人Kと二人で走ってにげようとするが、友人Kはクラスでも1、2を争う足の速さで、とうてい私はおいつけない。
あたりまえのように私は野良犬のターゲットになり、いきおいあまって前のめりに転んだところを、犬が背中にのって顔の匂いをくんくんかいだ時の恐怖は、口では言い表せないものだった。

それから犬が嫌いになった

十数年前に、神奈川県の大山に行ったときのこと。
行きはケーブルカーで行き、帰りは山道をてくてく歩いて下ったときのことだ。
後ろにでかいブルドックを連れてハイキングに来ている家族連れがいた。
それを見たとき、山道で疲れていたこと、犬がでかかったこと、うしろにぴったりとついてきていることなどから、小学校の時の野良犬に襲われたことを思い出してしまった。
最初はこわごわ歩いていたが、ブルドックが私の足に鼻をつけたのをきっかけに、恐怖は最高潮に達してしまった。
大の大人が泣きながら、「怖いよ〜」と叫びつつ、山道を走り降りたのだ。

ブルドックの飼い主は笑いながら、「ごめんなさいね」と謝ってきたが、たぶん私の所業は大変おかしかったに違いない。
今思うと顔から火が出るほどはずかしいが、怖いものは怖いのだ。

現在は、友人に犬を飼っている人が多く、家に遊びに行くと襲われる(犬にしてみれば、遊ぼうと思ってなついてくるのだろうが)ので、とても「嫌いだ」とはいえなくなってしまった。
そして、そのうちに犬に接するということだけはなれてしまった。

◇頼むから一発できめてくれ2006年06月08日 21時05分51秒

私は注射が嫌いだ。
皮下注射なら、注射をしているときの痛みさえこらえればいいのだが、血管注射となるとそうはいかない。
私の血管は細くて、つるつるしていて、しかも中にうまっているので、大変探しづらいのだと採血する人は必ず言う。
中にうまっているので、皮膚から針を入れた後、下手な人は必ず中で針を動かして血管をさぐるのだが、これが痛い。
動くなと言われても、痛みによる条件反射で逃げてしまう。

だいたい一発で血管に入ったことなど稀で、たいてい両腕両方とも針を刺されることが多い。
いつも同じ場所で採血するので、私の皮膚の血管位置には無数の針痕が残っている。
一度の採血で失敗した数としては、今までで最高は10回だった。
右腕3回、左腕3回、左手首2回、右手首1回でもだめで、最終的には手の甲になる。手の甲はさすがに皮膚が薄いので、激痛が走る。

数年前救急車で運ばれた私のレントゲン写真を、当直のインターンの医者は、あろうことか左右見間違え、あとでえらいめにあったことがあるが、なんの因果かその医者が外来スタッフに入ったときに、私の担当医になったのだ。
ある年入院した際に、病室で採血したのだが、10回の最高記録を作ったのもその医者だった。
腹が痛くて入院したのだが、腹の痛みも耐えかねる上にその所業に、私はベッドの上でのたうち回り、「頼むからもう辞めてくれ」と病室で叫んでしまった。

あきらめたその医者は、自分の上司に報告し、後に上司医者が病室にやってきた。
「S先生より上手でないといやです」と言う私に、「あいつよりはキャリアがあるからずっと上手だよ」と笑いながら言った。
たしかにS医師よりは上手だったが、その医者も3回失敗し4回目でやっと成功した。

◇「紙芝居の絵の町で」〜劇団唐組〜2006年06月13日 05時49分18秒

「紙芝居の絵の町で」ポスター
公演当日、紅テントの前にあった公演ポスター

6月10日土曜日の新宿花園神社で行われた、唐組の「紙芝居の絵の町で」を見に行った。
天気はあいにくの雨模様。
17時頃花園神社に到着し、チケットを整理券と交換する。
時間まで食事をし、18時30分に花園神社に戻ると、すでに整理券順の行列ができていた。
私達は最後の列に並ぶことになった。

テントに入り、舞台右側の後ろの方に座る。
唐組の公演は、赤いテントの中で行われ、座席は地べたにござをひいたものなので、いつも座ぶとんを持参する。
観ている途中で足と腰が痛くなるため、「もう少しつめてください」という劇団員の案内を他所に、申し訳ないけれど多少身動きができるスペースを確保してしまう。

今年の題材は紙芝居である。
紙芝居の絵描きと、ある紙芝居の絵に固執するコンタクトレンズの販売員、弁当屋の店員、映画の看板描きなどが登場し、幾重にも織り成されるエピソードの中で話が展開されていく。
今年のポイントは「眼」のようだ。

話が4分の1ほど進んだ頃、唐十郎の登場である。
いつも唐十郎は、突拍子のない形で登場するが、今年は竹の子の上に寝ての登場であった。
いつもと違っていたのは、登場するときのBGMに口琴が使用されていたことだった。

今回観た舞台はいつも年より登場人物が多く、コンタクトレンズの販売員“牧村真吾(稲荷卓央)”と、女装の紙芝居の絵描き“情夜涙子(辻孝彦)”、そして弁当屋の店員“染井るいこ(藤井由紀)”によるエピソードと、映画の看板描き“群青疾風(丸山厚人)”と“名雲ひとみ(赤松由美)”のエピソードが、現実と非現実の世界の中で入り交じりながら絡んでいく。
それぞれの話のキーマンになるのが、介護会社の男“味夜(鳥山昌克)”だ。

話の内容はいつも難解で、意味があるのかないのかさえ判らない。
ただ、壮絶なまでのテンポで話はどんどん突き進んでいく。
今年は登場人物が多く、二つの話の中で主演もそれぞれ男女一人づついるような形になっており、9年唐組の舞台に通っている中でこういう展開はめずらしいのではないかと思った。

稲荷・藤井の主演の話が多かった中で、2~3年前から重要な役を勤めるようになってきた丸山・赤松のコンビが良い味を出している。
ルックスも稲荷・藤井がどちらかというとさっぱり系なのに対し、丸山・赤松のコンビは大変濃い印象がある。
丸山を舞台で最初に見たときは、ずいぶんと顔も演技も存在感も濃い人が出てきたなあと思ったが、2004年の「津波」ではコミカルな演技も見せ、ふだん背中に何か暗いものを背負って苦悩しているような役が多かっただけに驚かされた。

実を言うと、今年は公演に行くのを見合わせようと思っていた。
唐組の公演は、関東ではいつもゴールデンウィークの次の週あたりから 始まるのだが、ちょうどその頃は都合がつかず、6月に入ると天気の悪い日が続くので、テントの中での観劇はちょっときついと思ったからだ。
しかし、世の中は唐十郎を見直す動きを見せているようで、5月7日日曜日TBSの「情熱大陸」という番組で唐十郎の特集をやっていたのだ。
状況劇場から唐組に至る簡単なストーリーから、今回の公演での稽古、そして大阪の公演に至るまでのドキュメンタリー。
アングラとメジャーを行き来する唐十郎の元で、ひたすらアングラの中で唐十郎の世界を表現しようとする劇団員の話は、大変興味深かった。
そして、急遽まだ間に合う6月の公演のチケットをとることにしたのだ。

これまで観た唐組の話の中では、今回のストーリーは比較的解りやすかったように思うが、唐組の魅力である壮絶なテンポは、どんどんとヒートアップしているようにさえ感じ、今年も観に来てよかったと思ったのだった。



唐組公認ファンサイト「唐ファン」

http://homepage3.nifty.com/shibai/

◇重曹で匂い取り2006年06月14日 03時27分39秒

重曹で食器洗いをはじめてから、町に出ると重曹を利用術みたいなものが目につくようになった。
横浜そごうにあるLOFTでは、重曹で化粧品などを自作するというグッズが販売されていて、その小冊子が無料でおかれていたので、グッズは買わないけれど小冊子だけいただいてきた。
書籍はいくつか出ているようだけど、内容はどれも似たりよったり。
一冊立ち読みしてみると、重曹は匂い取りにもなるという。
小袋に入れて靴に入れるとか、トイレに置いておくとかの利用方法が書かれていた。

我が家は色々な事情から、猫のトイレが居間にある。
ちょっとトイレの砂替えをさぼると、匂いが部屋中に充満してしまうので、なかなか辛いものがある。
数年前にエアコンを新調したときに、シャープのプラズマクラスター付きのものにしたところ、匂いがしなくなったのでこれはいいと思ったが、数年たってエアコンの機能が落ちてくると、以前のような効果は期待できなくなってきている。

我が家は、猫の砂におからを再利用したものを使用している。
これ自体匂いの吸収は他の砂よりも良いように思うが、おしっこの量が多いとねばねばとしてきて、スコップで砂をすくうときにあちこちくっついてしまうのが玉に瑕だ。

匂いだけでも取れればと思い、おからの猫砂に重曹をまぜてみることにした。
これは効果絶大だった。匂いがあまりこもらなくなったので、猫の砂替えも楽になったような気がする。
重曹自体水分をある程度吸収してくれるので、砂のねばねば防止にもなる。
おからの砂は、少量ならトイレにそのまま流すことができるのだが、重曹もそのまま一緒に流しても安心なので、最近では砂替えの度に重曹をまぶして、砂にまぜてしまっている。
重曹自体は、人間にもペットにも害はないということで、安心して使用できるのも魅力だ。

これから梅雨に入り、下駄箱やクローゼットなどの中にも置いておこうかと画策している。

◇昼間のスーパー銭湯2006年06月14日 03時41分49秒

うちの近くに2年ほど前にスーパー銭湯ができた。
風呂のほかに、バーバー、足つぼ・マッサージ、あかすり、エステ、食堂などがある。
風呂もサウナや泡風呂など数種類あり、盛りだくさんで楽しい。

ただ、バーバーなどの施設は安いせいかいつも混雑していて、休日の夜などは1時間ほど待たなければならないことが多いのが難点だ。
それに、この時間帯は家族連れが多く、子供が走り回っていたり、浴槽の中で子供が泳いでいたりと、とてものんびりする気分にはなれない。
最近のお母さんたちは、そういう子供を叱るということをあまりせず、元気な姿を見ておばあさんと一緒に喜んでいたりするのだ。
乳児が脱衣所の床にそのまま寝かされていて、あやうく踏んでしまいそうになったこともある。

また、最近は銭湯慣れしない人も多く、シャワーを周囲に思い切り飛びちらしている人や、カランの長時間の場所取り、かけ湯をしないで湯舟にいきなり入る人が多く見られる。
子供の頃から自宅に風呂のあった若い人なら理解もできるが、マナーの悪い人の多くは中年の人が多い。
いつだったかは、低温のソルトサウナの中で中学生くらいの子を連れたおばさんが入浴中に生理になり、「あら、生理きちゃった」と言って自分の座っていたところの後始末もせずにその場を去り、そのまま別な風呂に入っていたこともある。

マナーの悪い客と一緒だと、せっかくの大きなお風呂もゆっくりできない。
顔剃りは自分でやればいいのだが、バーバーでのさっぱりした顔剃りは一度やるとやみつきになる。
そこで、思い切って昼間の早い時間に行ってみた。
朝10時頃行ったところ、すでにバーバーにはおじさんが数人順番待ちをしている。
それでも、15分くらいで順番は周ってきた。

顔剃りとクレンジングマッサージをしたのだが、夜だと人待ちがいっぱいなので、あまり丁寧とはいえない仕上がりになる(それでも自分でやるよりはまし)。
でも、この日は耳の際まで丁寧に剃ってくれ(普通のバーバーではしてくれるところもあるが、ここではいつもそこまではしない)、クレンジングも念入りだった。
お店の人も、のんびりした時間帯なので、作業に余裕があるように感じた。

お肌もつるつるになったので、風呂に入ると、年輩の人から若い人まで結構人がいる。
それでも、子連れの人が少ないし、湯船にもそれぞれゆっくりつかれる程度の人数なので、気分的にものんびりする。

「ぬる湯」という体温程度の温度の風呂が新登場したので、そこで30分ほどつかっていると、気持ちもほぐれて爽快になった。

風呂だけだと550円。
旦那には悪いが、この手の施設は昼間に来るのが一番いいと思い、これからもちょくちょく行こうと思う。

◇子育てところ変われば2006年06月19日 02時58分28秒

子供の頃は、叔母が近くに住んでいたので、従兄弟の子守りをよくさせられた。
今でも覚えているのが、従兄弟がまだ腰も座っていない頃、頭を触ると叱られた。
「赤ちゃんの頭はやわらかいので、赤ちゃんの頭を触ると形が変わる」というのがその理由だった。
かわいいものには“なでなで”するというのが普通だと思っていたので、それは子供心に衝撃だった。

ところが、最近台湾で妊娠した人のブログを読むと、台湾では赤ちゃんの頭をなでさすり、形を整えるという文化があるらしい。
その人も実際にやってみると、頭の形が徐々に綺麗になってきたらしい。
もちろん、お母さん以外の人がやたらとなでさするのを、台湾でよしとされているかどうかはわからないが、少なくとも私の叔母たちは、できるだけ子供の頭に自分も触らないようにしていたように思う。

逆に、日本では寝ているときの姿勢や、まくらなどに気を使うような傾向にあるように思う。
一時期はやったうつぶせ寝や(その後、呼吸をさまたげ突然死の原因にもなるということで、現在は否定されているらしい)、ドーナツまくらなど、“触らず整える”という方法が一般的なように思うが、私は子供を育てたことがないので、現在はどういう方法が一般的なのかはわからない。

台湾と日本は距離的にも近いし、文化的に日本の文化が台湾に強烈に影響を与えた時期もあるのに、子供の育て方でもこんなにちがうのだなあと、またちょっと衝撃を覚えてしまった。

「台湾文化生活密着レポート」
http://taiwan.asablo.jp/blog/2006/05/23/376693

話は違うが、トルコ人と結婚した漫画家 高橋 由佳利の「トルコで私も考えた」というコミックスの中で、トルコのお姑さんが、まだ離乳食そこそこの孫に、蜂蜜のたっぷり入ったお菓子を食べさせるというエピソードがあるが、これも衝撃を受けた。

日本では、一歳以下の幼児には免疫の関係で蜂蜜を食べさせてはいけないと言われる。
でも、日常的に蜂蜜を常食しているトルコの人たちの間では、普通のことなのだろうか。それとも、このお姑さんの個性なのだろうか。
この本を読んだ当時、トルコ人の留学生の友人がいたので聞いてみたが、返事は「わからない」とのことだった。



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