◇計画停電五日目。今日は停電なし。 ― 2011年03月20日 04時58分10秒
2011年3月19日土曜日 計画停電五日目。
週末でどれだけ電気が使われるかということを試すためなのか、今日は停電がなかった。
一般にも節電の意識が浸透したのと、鉄道などが本数を減らしたりして協力した賜物らしい。
それに、今日は風は強かったけど暖かかったので、暖房器具などの使用も減ったことが原因らしい。
YOMIURI Online (2011年3月18日12時52分 読売新聞)
東電計画停電5日目、第1・第2の2回目見送り
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110318-OYT1T00164.htm
午後からバスと電車に乗って、市の中心地にある歯医者に行った。
町中はいつもと変わらず人がたくさん行き来し、ファストフード店もデパートも普通に営業している。
違うのは、コンビニの店内の電気が消えていて暗いのと、家電量販店の店内とその周辺が静かだということ。
それと、いつもなら駅前広場で演説しているのは政治家なのだが、今日いたのは震災募金の人たちだった。
意外だったのは、街頭でポケットティッシュを配っていたことだ。
前日に米を買ったスーパーTでは、ポケットティッシュもお一人様一個限りだった。価格もいつもよりもずっと高い設定だった。
でも、街頭で配るティッシュがあるなら、それをまとめて被災地に送ればいいのにと思ったりする。
地震前だと、自分からティッシュをもらいに行く人もいるのだが、今日は受け取る人も少なかった。
歯医者の予約時間まで、旦那と大手家電量販店で時間つぶしをしていたのだが、混雑していたのは携帯電話売り場と、自転車売り場。
そして何故か、ケーブルテレビの加入カウンターに人だかりができていた。連日放送されるニュースに嫌気がさして、娯楽番組を見るためだろうか。
すかすかだったのは、カメラや家電の売り場。
それでも全体的に見ると、いつも週末よりは圧倒的に人が少ない。
電池やラジオはここでも完売で、携帯電話の電池式充電器などが品薄状態らしい。
歯医者も、停電期間に予約が入っていた人への措置のための診療のためか、それほど混雑していないかったが、スタッフが足りないようでばたばたしていた。
歯医者の器具は、ほとんどが電気で動いている。
昔みたいに、手でちまちまと虫歯をほじられることを考えると、嫌な音でもキューンと一気にやっつけてもらった方がいい。
幸い私は虫歯治療ではなく、歯のメンテナンスに来ているので、キューンを聞かなくてもいいのだが。
停電が続くと、歯医者も大打撃だ。
いつも車で移動するので、今日はいつもはほとんど行かない近所の駅に行って、新しくできたショッピングモールを見てくることにした。
しかし、まだテナントもうまっていなくて、ちょっと期待はずれな感じ。
一階にあるスーパーは価格も安い設定で、どこにもなかった納豆があったので、一つ購入した。
その他、豆腐一丁と魚肉ハムを二個買って378円。会計を聞いてびっくりした。
前日には、インフレか?と思えるような体験をしたので、会計ミスではないかと思ったのだ。
(魚肉ハムは、スパムおむすびのスパムの代わりに利用する。旦那は弁当持参なので、食材が豊富でない今は大変なのだ)
店内にある100円ショップでは、100円じゃないけどティッシュの5箱セットや、湯たんぽ、不織布マスクなどが、適正価格で個数制限なしで売られており、あるところではちゃんと販売をされているのだと、ちょっと安堵した。
駅前のバス停に行くと、大きな月が昇ってきて、赤い月暈をまとっている。
今日はスーパームーンの満月の日だ。
久しぶりにバスや電車で動いて少し疲れたが、車を持っていなかった頃は、これが普通だったのだと思い出す。
停電になるとバスや電車が止まってしまうので移動に困るが、普通に稼動していることをありがたく思う。
夜にニュースで、個人でも避難者受け入れを受け付ける自治体があるというので、
「うちでも受け入れできないかな」と旦那に言うと、
「我が家は朝が早いし、夜は場合によっては徹夜になることもあるし、食事時間も普通の家と違うので、来た人も自分たちも落ち着かないだろう」と反対された。
通常、朝は5時起きで、私はそれより早く弁当を作っている。
仕事のあるときは、家事よりも仕事優先になり、徹夜することも多い。
夜は夜で、食事の時間は8時を過ぎることも多いので、普通の家庭とは生活する時間帯が大きく違うらしい。
マンションなので、避難者のプライベートを完全に確保することも難しい。
せっかく来てもらっても、落ち着いた生活を送ってもらえないのなら仕方ないと、諦めた。
もっと違う方法で、私に何ができるか考えようと思う。
明日も停電はないらしい。
ゆっくり洗濯をして、掃除機もゆっくりかけたい。
週末でどれだけ電気が使われるかということを試すためなのか、今日は停電がなかった。
一般にも節電の意識が浸透したのと、鉄道などが本数を減らしたりして協力した賜物らしい。
それに、今日は風は強かったけど暖かかったので、暖房器具などの使用も減ったことが原因らしい。
YOMIURI Online (2011年3月18日12時52分 読売新聞)
東電計画停電5日目、第1・第2の2回目見送り
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110318-OYT1T00164.htm
午後からバスと電車に乗って、市の中心地にある歯医者に行った。
町中はいつもと変わらず人がたくさん行き来し、ファストフード店もデパートも普通に営業している。
違うのは、コンビニの店内の電気が消えていて暗いのと、家電量販店の店内とその周辺が静かだということ。
それと、いつもなら駅前広場で演説しているのは政治家なのだが、今日いたのは震災募金の人たちだった。
意外だったのは、街頭でポケットティッシュを配っていたことだ。
前日に米を買ったスーパーTでは、ポケットティッシュもお一人様一個限りだった。価格もいつもよりもずっと高い設定だった。
でも、街頭で配るティッシュがあるなら、それをまとめて被災地に送ればいいのにと思ったりする。
地震前だと、自分からティッシュをもらいに行く人もいるのだが、今日は受け取る人も少なかった。
歯医者の予約時間まで、旦那と大手家電量販店で時間つぶしをしていたのだが、混雑していたのは携帯電話売り場と、自転車売り場。
そして何故か、ケーブルテレビの加入カウンターに人だかりができていた。連日放送されるニュースに嫌気がさして、娯楽番組を見るためだろうか。
すかすかだったのは、カメラや家電の売り場。
それでも全体的に見ると、いつも週末よりは圧倒的に人が少ない。
電池やラジオはここでも完売で、携帯電話の電池式充電器などが品薄状態らしい。
歯医者も、停電期間に予約が入っていた人への措置のための診療のためか、それほど混雑していないかったが、スタッフが足りないようでばたばたしていた。
歯医者の器具は、ほとんどが電気で動いている。
昔みたいに、手でちまちまと虫歯をほじられることを考えると、嫌な音でもキューンと一気にやっつけてもらった方がいい。
幸い私は虫歯治療ではなく、歯のメンテナンスに来ているので、キューンを聞かなくてもいいのだが。
停電が続くと、歯医者も大打撃だ。
いつも車で移動するので、今日はいつもはほとんど行かない近所の駅に行って、新しくできたショッピングモールを見てくることにした。
しかし、まだテナントもうまっていなくて、ちょっと期待はずれな感じ。
一階にあるスーパーは価格も安い設定で、どこにもなかった納豆があったので、一つ購入した。
その他、豆腐一丁と魚肉ハムを二個買って378円。会計を聞いてびっくりした。
前日には、インフレか?と思えるような体験をしたので、会計ミスではないかと思ったのだ。
(魚肉ハムは、スパムおむすびのスパムの代わりに利用する。旦那は弁当持参なので、食材が豊富でない今は大変なのだ)
店内にある100円ショップでは、100円じゃないけどティッシュの5箱セットや、湯たんぽ、不織布マスクなどが、適正価格で個数制限なしで売られており、あるところではちゃんと販売をされているのだと、ちょっと安堵した。
駅前のバス停に行くと、大きな月が昇ってきて、赤い月暈をまとっている。
今日はスーパームーンの満月の日だ。
久しぶりにバスや電車で動いて少し疲れたが、車を持っていなかった頃は、これが普通だったのだと思い出す。
停電になるとバスや電車が止まってしまうので移動に困るが、普通に稼動していることをありがたく思う。
夜にニュースで、個人でも避難者受け入れを受け付ける自治体があるというので、
「うちでも受け入れできないかな」と旦那に言うと、
「我が家は朝が早いし、夜は場合によっては徹夜になることもあるし、食事時間も普通の家と違うので、来た人も自分たちも落ち着かないだろう」と反対された。
通常、朝は5時起きで、私はそれより早く弁当を作っている。
仕事のあるときは、家事よりも仕事優先になり、徹夜することも多い。
夜は夜で、食事の時間は8時を過ぎることも多いので、普通の家庭とは生活する時間帯が大きく違うらしい。
マンションなので、避難者のプライベートを完全に確保することも難しい。
せっかく来てもらっても、落ち着いた生活を送ってもらえないのなら仕方ないと、諦めた。
もっと違う方法で、私に何ができるか考えようと思う。
明日も停電はないらしい。
ゆっくり洗濯をして、掃除機もゆっくりかけたい。
◇月齢14.3 今日も月暈 ― 2011年03月20日 05時32分03秒
◇孤立する茨城県北部と福島県南部の避難所のニュースを見て ― 2011年03月20日 05時47分32秒
その中で、その友人が今回の地震で家にひびが入るという大きな被害を受け、友人の実家でも津波の被害を受けた中で、近所や親戚の協力で井戸水を分けてもらえたり、自家発電装置を持っていたことで、ライフラインが回復するまでの間も、悲惨な状況をある程度回避することができたという内容である。
また、その友人とは11年前の東海村の原子力施設の事故の際、現場から40kmあるつくば市で動けない状況にいた。
この記事を書いてから、少し誤解を生む内容であるように思えた。
連絡をくれたくだんの友人からも、少し修正してほしいとの連絡をもらった。
日記なので、その全てを削除することがためらわれたため、二度にわたって書き直しをし、その旨補足で説明をしてきたが、改めて新しい記事として書いたほうがいいと判断し、この記事を書いている。
改めて言い訳すると、この記事で茨城県の全ての人が井戸を持っているとか、自家発電装置を持っており、「被災してもみんなたいしたことがなかったのだろう」という誤解が生じないことを願う。
友人のいた環境は不幸中の幸いで、全ての人がそのような恩恵を受けたわけではない。
また、友人自身も、(私から見て)茨城らしいエピソードを紹介してくれはしたが、被害が小さかったわけではない。
地震のときに家から飛び出した場所に瓦が落ちてきて、あと一歩のところで大怪我するところだったり、一時は死を覚悟した瞬間もあったそうだ。
加えて言えば、茨城県内では、今でも避難所で物流もない状況の中で助けを待っている人たちがいる。
茨城県は南北でその被害に大きな差があり、内陸と海側でも被害に差がある。
すでにライフラインが完全に復活している地域もあれば、食糧も水も燃料も底をつきそうな場所にいる人たちもいる。
たまたま大きな被害を受けた地域の中では、一番首都圏に近く、県内で被害に大きな差があるため、被害が少なかった地域を基準にすると、被害のあった他の県と比較するとたいしたことがないように思われがちなようだ。
「計画停電二日目」の記事でも書いたが、私が茨城にいた間、茨城県は地震の多い地域で、研究所や火力発電所、原子力施設などもあるため、防災意識も高く、小さなことではあまり動じない「たくましさ」、「のんきさ」を、地元人たちに感じていた。
そして、この土地の生産性の高さと強さを、誇りにしている人がとても多かった。
物流が途絶えている理由の一つに、茨城県北部と福島県南部は、福島の原子力発電所の事故現場に近いため、放射能の危険があるという疑いをもたれているらしい。
政府は、この地域はまだ放射能の直接的影響はないとしている。
現場で活動している消防庁の人たちも、現場から半径30kmのところに作業拠点を設けているが、その理由として放射能の防御の必要がないとされる地域であるからとしている。
11年前の東海村の原子力施設の事故のとき、私たちは事故現場から40kmという微妙な距離にあるつくば市にいた。
ほとんど正確な情報が入らない中で、そこを離れられない状態にいた。
離れようと思えばできただろうが、少なくとも私の周辺にいた地元の人たちは、必要以上にあわてる様子はなかった。
最初はパニックになっていた私も、地元の人たちがあまりにも「のんき」にしているので、一人であわてているのがばからしくなったのを覚えている。
東海村の原子力事故のレベルは4で、今回の福島の事故はレベル5。
東海村の事故だって、6人の死者を出し、楽観視できるような事態ではなかったのだ。
事故の間、私たちはつくば市で、ある催しのスタッフをしていた。
ロシアから催しのメインを招いていたため、ニュースが入ったときには、彼らにチェルノブイリを連想させ、パニックが起こる恐れがあった。
私が気づいたときには、どういう経路からか、すでにロシア人は事故のことを知っていた。
ロシア語ができるスタッフでなんとかそのような最悪の事態ではないことを説明し、彼らも納得し、落ち着いて催しを成功に導いてくれた。
地元のボランティアスタッフの全てが、特にあわてる様子もなく、ふつうに行動していたからだ。
しかし、ロシア人も外から来たスタッフも、そしてもちろん地元のボランティアスタッフも、全ての人が、できればその場から逃げ出したかっただろうと思う。
催しに招待していた著名人の一人が、つくばに向かう道中「本当に行きたくない」と、自身のHPの掲示板に書き込みをしていたのを、後で見てショックを受けた。
誰一人として現場で口に出さなかったことを、公の場でこっそり言っていたからだ。
(当時、携帯でHPなどが容易に見られる環境でなかったことを幸いに思う。)
実際その人がつくばに到着したのは、催しが始まるぎりぎりの時間だった。
来たくなければそう連絡をくれればよかったのに、と思った。
到着が遅れていたので、途中で何度か携帯で連絡をとっていたからだ。
事故を理由に欠席したところで、誰もその招待客を非難することはなかっただろう。
それでも招待客が催しに来てくれたことに、地元のスタッフはみんな感謝していた。
スタッフ統括をしていた私は、つくば市よりももっと東海村に近い地域から手伝いに来てくれているスタッフもいる中で、招待客からこんなことを書かれて申し訳なく思った。
そして、こういう状況のときに何もしてあげられず、逆に地元スタッフの「のんきさ」に力づけてもらったことを、今でも感謝している。
私たちがあの時つくばで、どの程度の被爆をしたか、はっきりした数値は今もわからない。
ただ少なくとも、今回首都圏で計測された放射線量が、人体に今直接どうこう影響のある数値でないことは、その後原子力関係の研究者から話を聞くことができた私たちは、何も知らない人よりはちょっとは理解できる(別に詳しいわけではない)。
首都圏で被爆の影響がもしあるなら、政府機関の全てを東京から違う場所へ移管するだろう。
そして何より、「福島に近づくと被爆する」という風評で、物流の途絶えた茨城北部や福島南部にいる被災者の人たちの方が、首都圏にいる人たちよりもずっと不安に思っているに違いない。
福島県南部のいわき市周辺で孤立している人たちは、本当に逃げたくても逃げられないのだ。あのあたりも、ちょうど福島原発事故現場から、40kmかあるいはもう少し離れた場所だろう。
私たちは、つくばで東海村の事故を体験して、今もなんともない。
その直後から、地元の野菜をずっと食べていたが、放射能が影響するような病気にはなっていない。
私の茨城の友達はみんな生きているし、私よりもずっと健康だ。
茨城産・福島産の農産物は、首都圏だけでなく、北海道やその他の地域にも流通していた。それが直接の原因で病気になった人が、今までにどれだけいるのだろうか。
ただ単に、過去にそういう経験をしたからといって、今回が東海村と同じとは限らないかもしれない。
しかし、今は政府が発表する数値と安全基準を、信じるしかない。
そして地図で確認してもらいたい。
東海村は、福島の原発よりもずっと東京に近いということを。
今、茨城と福島南部の避難所にいて孤立して不安に思っている人たちも、できればこの「助け合い」と「のんきさ」を発揮していてほしいと思う。
そして一刻も早く、今の状況から少しでも好転することを、願ってやまない。
☆2011年03月24日補足
この記事を書いたときは、福島と茨城の野菜に放射性物質が含まれているということや、首都圏各地の水に放射性物質が検出されたということは、まだ問題になる前だった。
今は、福島・茨城の農産物が、市場から姿を消した状態である。
こういう状況で、福島・茨城の農産物を無理に食べましょうと言っているわけではないことを、ご理解いただきたい。
東海村の事故の時にも、野菜や水に放射性物質の影響は出たが、当時は避難勧告を出された地域も、野菜や水に危険があるとされた地域の範囲もずっと狭かった。
東海村と今回は事故の規模が違い、事故が続いている期間も違うので、今後も水や野菜の被害の地域や状況は、刻々と変化していくものと思う。
特に水の被害は、雨に関係してくるため、その状況の変化はとても早い。
今回政府から発表された勧告や、識者の見識は是非とも注意を払ってほしいと思う。
しばらく続くであろうこの状況の中で、多くの小さな子供が、安全に食糧や水分を摂取できるような配慮を、全ての大人に協力してほしいと願うばかりだ。
小さな子供をかかえた私の友人をはじめ、福島・茨城、そして首都圏に住む全てのお母さんにエールを送ります。
また、その友人とは11年前の東海村の原子力施設の事故の際、現場から40kmあるつくば市で動けない状況にいた。
この記事を書いてから、少し誤解を生む内容であるように思えた。
連絡をくれたくだんの友人からも、少し修正してほしいとの連絡をもらった。
日記なので、その全てを削除することがためらわれたため、二度にわたって書き直しをし、その旨補足で説明をしてきたが、改めて新しい記事として書いたほうがいいと判断し、この記事を書いている。
改めて言い訳すると、この記事で茨城県の全ての人が井戸を持っているとか、自家発電装置を持っており、「被災してもみんなたいしたことがなかったのだろう」という誤解が生じないことを願う。
友人のいた環境は不幸中の幸いで、全ての人がそのような恩恵を受けたわけではない。
また、友人自身も、(私から見て)茨城らしいエピソードを紹介してくれはしたが、被害が小さかったわけではない。
地震のときに家から飛び出した場所に瓦が落ちてきて、あと一歩のところで大怪我するところだったり、一時は死を覚悟した瞬間もあったそうだ。
加えて言えば、茨城県内では、今でも避難所で物流もない状況の中で助けを待っている人たちがいる。
茨城県は南北でその被害に大きな差があり、内陸と海側でも被害に差がある。
すでにライフラインが完全に復活している地域もあれば、食糧も水も燃料も底をつきそうな場所にいる人たちもいる。
たまたま大きな被害を受けた地域の中では、一番首都圏に近く、県内で被害に大きな差があるため、被害が少なかった地域を基準にすると、被害のあった他の県と比較するとたいしたことがないように思われがちなようだ。
「計画停電二日目」の記事でも書いたが、私が茨城にいた間、茨城県は地震の多い地域で、研究所や火力発電所、原子力施設などもあるため、防災意識も高く、小さなことではあまり動じない「たくましさ」、「のんきさ」を、地元人たちに感じていた。
そして、この土地の生産性の高さと強さを、誇りにしている人がとても多かった。
物流が途絶えている理由の一つに、茨城県北部と福島県南部は、福島の原子力発電所の事故現場に近いため、放射能の危険があるという疑いをもたれているらしい。
政府は、この地域はまだ放射能の直接的影響はないとしている。
現場で活動している消防庁の人たちも、現場から半径30kmのところに作業拠点を設けているが、その理由として放射能の防御の必要がないとされる地域であるからとしている。
11年前の東海村の原子力施設の事故のとき、私たちは事故現場から40kmという微妙な距離にあるつくば市にいた。
ほとんど正確な情報が入らない中で、そこを離れられない状態にいた。
離れようと思えばできただろうが、少なくとも私の周辺にいた地元の人たちは、必要以上にあわてる様子はなかった。
最初はパニックになっていた私も、地元の人たちがあまりにも「のんき」にしているので、一人であわてているのがばからしくなったのを覚えている。
東海村の原子力事故のレベルは4で、今回の福島の事故はレベル5。
東海村の事故だって、6人の死者を出し、楽観視できるような事態ではなかったのだ。
事故の間、私たちはつくば市で、ある催しのスタッフをしていた。
ロシアから催しのメインを招いていたため、ニュースが入ったときには、彼らにチェルノブイリを連想させ、パニックが起こる恐れがあった。
私が気づいたときには、どういう経路からか、すでにロシア人は事故のことを知っていた。
ロシア語ができるスタッフでなんとかそのような最悪の事態ではないことを説明し、彼らも納得し、落ち着いて催しを成功に導いてくれた。
地元のボランティアスタッフの全てが、特にあわてる様子もなく、ふつうに行動していたからだ。
しかし、ロシア人も外から来たスタッフも、そしてもちろん地元のボランティアスタッフも、全ての人が、できればその場から逃げ出したかっただろうと思う。
催しに招待していた著名人の一人が、つくばに向かう道中「本当に行きたくない」と、自身のHPの掲示板に書き込みをしていたのを、後で見てショックを受けた。
誰一人として現場で口に出さなかったことを、公の場でこっそり言っていたからだ。
(当時、携帯でHPなどが容易に見られる環境でなかったことを幸いに思う。)
実際その人がつくばに到着したのは、催しが始まるぎりぎりの時間だった。
来たくなければそう連絡をくれればよかったのに、と思った。
到着が遅れていたので、途中で何度か携帯で連絡をとっていたからだ。
事故を理由に欠席したところで、誰もその招待客を非難することはなかっただろう。
それでも招待客が催しに来てくれたことに、地元のスタッフはみんな感謝していた。
スタッフ統括をしていた私は、つくば市よりももっと東海村に近い地域から手伝いに来てくれているスタッフもいる中で、招待客からこんなことを書かれて申し訳なく思った。
そして、こういう状況のときに何もしてあげられず、逆に地元スタッフの「のんきさ」に力づけてもらったことを、今でも感謝している。
私たちがあの時つくばで、どの程度の被爆をしたか、はっきりした数値は今もわからない。
ただ少なくとも、今回首都圏で計測された放射線量が、人体に今直接どうこう影響のある数値でないことは、その後原子力関係の研究者から話を聞くことができた私たちは、何も知らない人よりはちょっとは理解できる(別に詳しいわけではない)。
首都圏で被爆の影響がもしあるなら、政府機関の全てを東京から違う場所へ移管するだろう。
そして何より、「福島に近づくと被爆する」という風評で、物流の途絶えた茨城北部や福島南部にいる被災者の人たちの方が、首都圏にいる人たちよりもずっと不安に思っているに違いない。
福島県南部のいわき市周辺で孤立している人たちは、本当に逃げたくても逃げられないのだ。あのあたりも、ちょうど福島原発事故現場から、40kmかあるいはもう少し離れた場所だろう。
私たちは、つくばで東海村の事故を体験して、今もなんともない。
その直後から、地元の野菜をずっと食べていたが、放射能が影響するような病気にはなっていない。
私の茨城の友達はみんな生きているし、私よりもずっと健康だ。
茨城産・福島産の農産物は、首都圏だけでなく、北海道やその他の地域にも流通していた。それが直接の原因で病気になった人が、今までにどれだけいるのだろうか。
ただ単に、過去にそういう経験をしたからといって、今回が東海村と同じとは限らないかもしれない。
しかし、今は政府が発表する数値と安全基準を、信じるしかない。
そして地図で確認してもらいたい。
東海村は、福島の原発よりもずっと東京に近いということを。
今、茨城と福島南部の避難所にいて孤立して不安に思っている人たちも、できればこの「助け合い」と「のんきさ」を発揮していてほしいと思う。
そして一刻も早く、今の状況から少しでも好転することを、願ってやまない。
☆2011年03月24日補足
この記事を書いたときは、福島と茨城の野菜に放射性物質が含まれているということや、首都圏各地の水に放射性物質が検出されたということは、まだ問題になる前だった。
今は、福島・茨城の農産物が、市場から姿を消した状態である。
こういう状況で、福島・茨城の農産物を無理に食べましょうと言っているわけではないことを、ご理解いただきたい。
東海村の事故の時にも、野菜や水に放射性物質の影響は出たが、当時は避難勧告を出された地域も、野菜や水に危険があるとされた地域の範囲もずっと狭かった。
東海村と今回は事故の規模が違い、事故が続いている期間も違うので、今後も水や野菜の被害の地域や状況は、刻々と変化していくものと思う。
特に水の被害は、雨に関係してくるため、その状況の変化はとても早い。
今回政府から発表された勧告や、識者の見識は是非とも注意を払ってほしいと思う。
しばらく続くであろうこの状況の中で、多くの小さな子供が、安全に食糧や水分を摂取できるような配慮を、全ての大人に協力してほしいと願うばかりだ。
小さな子供をかかえた私の友人をはじめ、福島・茨城、そして首都圏に住む全てのお母さんにエールを送ります。
◇計画停電六日目。近所のスーパーの閉店に行く。 ― 2011年03月21日 01時35分10秒
2011年3月20日日曜日 計画停電は、今日で六日目。
今日も全面的に停電は中止された。
近所にあったスーパーSが、今年の初めに本部の決定で閉店することが決まり、今日はその最後の営業日だった。
以前はいつもここで買い物をしていたが、地震があってからはなんとなく別なところで買い物する機会が多く、一度も足を運んでいなかったが、最後ということで行ってみた。
規模もこじんまりとしていて、品物も生鮮食料は地元と近郊もの、日用品は自社ブランド中心。エコや添加物などに配慮した品物が多く、とても気に入っていた。
品物自体も必要なものはそろっていたが、余計なものはあまりおいてなかったので、つい買いすぎるということがないのもよかった。
働いているスタッフも気さくでまじめな人が多く、バイトの学生さんも含めて好感がもてた。
それなのになくなってしまうのは、不便になると同時に、心情的にもとても寂しい。
最後の日ということで、買占め騒動は抜きにして、棚にはほとんど商品がなかった。
ここのブランドの商品を少し買い、レジでおつりをもらうときに「おつかれさまでした」と、顔なじみのバイトの女の子に声をかけると、彼女はちょっと涙ぐんでいた。私も寂しくて涙がでた。
今日は旦那は、バイクにガソリンを入れることができた。
一時期よりも落ち着いたのか、ガソリン行列もそれほど長くなく給油できたらしい。
ついでに私の原付に給油することもできるくらい、余裕があったらしい。
ガソリンスタンド自体は、相変わらず「いつ行っても給油できます」という状態ではなく、ガソリンがなくなるとスタッフは店を閉めて帰ってしまうのだが、平日で2kmの行列で4時間待ちとかいう狂気の状態でなかったのは確からしい。
公共交通機関がこのあたりはまだ安定していないし、計画停電の最中は運行自体がストップしてしまうので、旦那はバイクで通勤できないことはかなり辛い。
ガソリンが確保できて、少なくとも明日からの一週間はいつもの通りに通勤できるようだ。
私は原付にガソリンが入ったが、できるだけ近所でことをすませるようにしようと思う。
明日の計画停電、第1グループは停電中止らしい。
しかし、午後から予定のグループは、まだはっきり決まっていないとのこと。
計画停電の情報も、テレビ局各局のデータ放送や余白の情報で、最初の頃よりはずっと入手しやすくなった。
私の地域の自治体の広報車は、だいたい毎日6時頃には次の日の予定を伝えてまわってくれる。
広報車の放送がはじまると、周囲が静かになって、車も必要に応じて止まって聞き入るのを見ることもある。
停電予定の時間帯の中の3時間ということで、予定時間帯に入るといつ停電になるのかわからずドキドキするが、少なくとも予定時間帯から外れて停電になることがないだけ、まだ余裕をもって行動できる。
予定時間が近づいたら、部屋のブレーカーを落としてしまう。
うちは各部屋ごとにわかれたブレーカーと、部屋全体のブレーカーとがあるので、通電中でも必要のない部屋のブレーカーは落としたままにしている。
抜けるコンセントは抜いているが、場所の関係でどうしても抜けないコンセントがあるので、コンセントを抜くよりはブレーカーを落としてしまった方が楽だ。
今日も全面的に停電は中止された。
近所にあったスーパーSが、今年の初めに本部の決定で閉店することが決まり、今日はその最後の営業日だった。
以前はいつもここで買い物をしていたが、地震があってからはなんとなく別なところで買い物する機会が多く、一度も足を運んでいなかったが、最後ということで行ってみた。
規模もこじんまりとしていて、品物も生鮮食料は地元と近郊もの、日用品は自社ブランド中心。エコや添加物などに配慮した品物が多く、とても気に入っていた。
品物自体も必要なものはそろっていたが、余計なものはあまりおいてなかったので、つい買いすぎるということがないのもよかった。
働いているスタッフも気さくでまじめな人が多く、バイトの学生さんも含めて好感がもてた。
それなのになくなってしまうのは、不便になると同時に、心情的にもとても寂しい。
最後の日ということで、買占め騒動は抜きにして、棚にはほとんど商品がなかった。
ここのブランドの商品を少し買い、レジでおつりをもらうときに「おつかれさまでした」と、顔なじみのバイトの女の子に声をかけると、彼女はちょっと涙ぐんでいた。私も寂しくて涙がでた。
今日は旦那は、バイクにガソリンを入れることができた。
一時期よりも落ち着いたのか、ガソリン行列もそれほど長くなく給油できたらしい。
ついでに私の原付に給油することもできるくらい、余裕があったらしい。
ガソリンスタンド自体は、相変わらず「いつ行っても給油できます」という状態ではなく、ガソリンがなくなるとスタッフは店を閉めて帰ってしまうのだが、平日で2kmの行列で4時間待ちとかいう狂気の状態でなかったのは確からしい。
公共交通機関がこのあたりはまだ安定していないし、計画停電の最中は運行自体がストップしてしまうので、旦那はバイクで通勤できないことはかなり辛い。
ガソリンが確保できて、少なくとも明日からの一週間はいつもの通りに通勤できるようだ。
私は原付にガソリンが入ったが、できるだけ近所でことをすませるようにしようと思う。
明日の計画停電、第1グループは停電中止らしい。
しかし、午後から予定のグループは、まだはっきり決まっていないとのこと。
計画停電の情報も、テレビ局各局のデータ放送や余白の情報で、最初の頃よりはずっと入手しやすくなった。
私の地域の自治体の広報車は、だいたい毎日6時頃には次の日の予定を伝えてまわってくれる。
広報車の放送がはじまると、周囲が静かになって、車も必要に応じて止まって聞き入るのを見ることもある。
停電予定の時間帯の中の3時間ということで、予定時間帯に入るといつ停電になるのかわからずドキドキするが、少なくとも予定時間帯から外れて停電になることがないだけ、まだ余裕をもって行動できる。
予定時間が近づいたら、部屋のブレーカーを落としてしまう。
うちは各部屋ごとにわかれたブレーカーと、部屋全体のブレーカーとがあるので、通電中でも必要のない部屋のブレーカーは落としたままにしている。
抜けるコンセントは抜いているが、場所の関係でどうしても抜けないコンセントがあるので、コンセントを抜くよりはブレーカーを落としてしまった方が楽だ。
◇計画停電八日目。愚痴ぐらい言わせてほしい。 ― 2011年03月23日 02時14分36秒
2011年3月22日火曜日 計画停電八日目。
七日目の昨日月曜日は春分の日で、停電は一日中止。
22日の今日は、第1グループの私の地区は午前中9時20分から13時の停電だった。
午前に停電がある日は、一日に二回停電がある場合もあるが、今日は停電は一回だけだった。
今日の停電日記は、首都圏住民の今の生活を吐露した愚痴だから、見たくない人は文末の停電スケジュールだけ見て、あとはスルーしてほしい。
でも、首都圏の一市民が、困惑しながら生活していることも、ちょっとは知ってほしいのだけど。
昨日から少し体調が悪く、身体を暖めたいが、停電中は暖房が使えない。
給湯も電気を使うので、お風呂にも入れない。
このままだと、救急ではこばれるような状況になる危険が高まるので(冷えの症状がすすむと、腸閉塞を起こしやすくなる。今までそれで数回入院している。持病ではなく体質なので仕方がない)、カイロを使うがなかなか身体が暖まらない。
具合悪いし布団に入っているのが一番だ、と思っていたら夕方まで寝てしまった。
「今の自分に何ができるだろう」ということを考えすぎて、停電のことや物が思うように買えないことなど、思った以上にストレスになっている。
具合が悪いときは気にしなければいいのだろうが、節電を意識するとストーブすらなかなか使えない。
義援金は送ったけど、被災地に行っても私みたいな病人は足手まといになるだけだ。
「私はなんにもできない」という無力感が、心をいっぱいにする。
友達のブログを見ると、そんなことを考えているのは私だけではない様子。
文句をいっても仕方ないし、ライフラインも確保でき自宅で普通に生活している私たちは、多少被災したとはいっても「被災者」ではない。
被災したけど被災者ではない私たちは、「なんちゃって被災者」かなと思う。
もちろん、みんな計画停電に協力したり、節電したり、物を買いすぎないということは実践している。
でも、そんなことはやって当然で、この「当然」以外のことを何かしなければならないのではと、気持ちがあせってしまう。
避難所にいる人たちや、大きな被害を受けた人は、もっと辛い思いをしていると思うと、私たちが受けている不自由などたいしたことではないと思わないといけないと思わないといけないと思わないといけない……
私もそのうちの一人だ。
買い物をしていても「買占めするな」と怒号がどこからか聞こえて、たくさんかごに物を入れているお母さんが困惑している。彼女の家は大家族なので、普段の買い物もかごにいっぱいになる。たまにこうして誤解されるのが困るらしい。
うちでも旦那に「早く帰ってきてね」と言ったら、ふだんはやさしいイケダンなのに「毎日そう思って努力しているだろ」と怒られた。
地震前なら慣用句だが、余震も続いているし、停電もあるし、会社に行くお父さんは家のことが気になるらしい。
「じゃあ、毎日お土産買ってきてって言って買ってこなかったら、罪悪感感じるの?」と聞いたら、それはまったく感じないらしい(勝手な話である)。
なんとなく、街中がギスギスしている感じ。
油断していると泣いてしまう。
通勤に片道50キロを移動する旦那は、21日の春分の日も出勤だった(もともとそういう会社)。
停電のなかった昨日の帰り道、道はまるで深夜のように車が走っていなかったようだ。
家にいても、ここ数日昼間も車の音は少なく、たまに米軍の輸送機がゆっくり移動していく音が上空で聞こえる。
帰り道、家々に灯っているはずの灯りもまばらで、まるで人がいないようだったと旦那は言う。
今まで人のいない部屋でも電気がついていたり、玄関の外灯をつけていた家庭も、今は電気を消している。
この時期に出没する、夜中に爆音たてて前の道をチキンレースする馬鹿野郎達も、さすがにこの状況では車で遊ぼうとは思わないらしい。
「なんちゃって被災者」の私たちも、みんなそうしてがんばっているけれど、被災地の人が「がんばって」と言わないでという気持ちが、私たちにもちょっとだけわかる。
ただ、「なんちゃって被災者」の私たちが、おおっぴらに愚痴ったりするのもはばかられるような雰囲気がどこかにあって、なんとなく窮屈な気がしてならないのは、たぶん私だけではないと思う。
東電では26日から、5グループから25グループに区域をわけると言っている。
東電で発表している現在の区割りはかなり大雑把で、各自治体が発表している詳細な区割りも丁目ごとではあっても、その中に工場と住宅地が同じ区割り内にあったりする。
同一グループ内でも、ガスや石油の製油所などがある地域は、停電地域でも除外されていたりして、当然その周辺区域も停電しない恩恵を受けていたりする。
同じグループなのに、隣の町内は停電しないのにうちの町内は停電している、ということが実際に起きている。
25グループに分けるというのは、そういう地域格差がないように細分化するということなのだろうか。
官公庁やオフィスが集中しているからという理由で、東京23区のほとんどの地区が停電対象外なら、他県の自治体やオフィス、工場地帯がストップするのはOKなのか。
茨城県、千葉県などは、被災地域なのに停電対象区域に指定されている。未だに断水が続いている地域だってあるのに。
そういう不平等さがあるから、「みんなが納得してやっている」感がどこかで、「でもなんとなくずるいよな」って気持ちにすり変わって、それがさらに罪悪感につながるような気がして、またさらにいやな気持ちになる。
東京23区内の停電指定区域じゃない人たちの中にも、自主的に節電に協力してくれている人がたくさんいることも、ちゃっとわかっていてもだ。
茨城・福島県の農産物が現在出荷できない状況で、千葉県、埼玉県、神奈川県で生産活動ができない方が、経済活動には打撃が大きいんじゃないかと思う。少しでも地産地消で、被災地にも産物を回すくらいの活動が必要なのではないのか。
今までどれだけ首都圏が、茨城・福島産の農産物に助けてもらっていたのか、みんな知らないわけではないだろう。それは、首都圏だけの話じゃないと思う。
今の段階で、多少食べるものがあるからって、政府で指定しない地域の農産物の受け入れも拒否されたという話もある。
そんなことしていたら、本当に首都圏に食べるものがなくなってしまう。
心配な気持ちは理解できるし、政府やテレビに出てる専門家が言うことが信じられないというのもわかるが、それを疑うなら何を信じればいいのか。
東京都内で千代田区や新宿区が停電対象外なのは理解できるが、オフィスは別に東京都だけにあるわけではない。
各自治体だって、被災者の受け入れや援助品の受け入れ発送、地元住民への対応などで、ふだんよりも忙しい状況がある。
これで1ゲームに1家庭で何日分もの電気を使う東京ドームや神宮球場が野球の試合をはじめたら、いったいどうなってしまうのか。
避難所に使うんじゃないなら、スタジアムの電気はずっと使えない状態にしてほしいとさえ思ってしまうのは、計画停電にいらついている人のヒガミなのか。
野球をやって被災地の人を元気付けるなら、しばらく関東・東北以外でゲームしてテレビ中継すればいいことだ。
球場の儲けを、どこかで考えているのが見え見えなのが腹立たしい。
テレビだって、深夜の放送を自粛して、夜は音声だけのラジオ放送にすればいいと思う。
たくさんの国民が亡くなったんだから、それくらいしてもいいと思う。
グループ分けをするなら、関東の各地域で生産活動が円滑に行えるよう、再調査して停電計画を練ってほしいと思う。
夏場までこの調子だったら、計画停電指定区域で暴動が起きてもおかしくないように思うのは、私だけか?
明日の停電の予定は、
第1グループ 午前6時20分から午前10時まで 中止の予定
第2グループ 午前9時20分から午後1時まで 中止の予定
第3グループ 午後0時20分から午後4時まで 23日午前中に発表
第4グループ 午後3時20分から午後7時まで 時間内3時間程度停電実施
第5グループ 午後6時20分から午後10時まで 時間内3時間程度停電実施
追加停電
第1グループ 午後1時50分から午後5時30分まで 23日午前中に発表
第2グループ 午後4時50分から午後8時30分まで 23日午前中に発表
23日午前中に発表って、せめて前日に決めてくれよな。
ああ、また愚痴だ…。
七日目の昨日月曜日は春分の日で、停電は一日中止。
22日の今日は、第1グループの私の地区は午前中9時20分から13時の停電だった。
午前に停電がある日は、一日に二回停電がある場合もあるが、今日は停電は一回だけだった。
今日の停電日記は、首都圏住民の今の生活を吐露した愚痴だから、見たくない人は文末の停電スケジュールだけ見て、あとはスルーしてほしい。
でも、首都圏の一市民が、困惑しながら生活していることも、ちょっとは知ってほしいのだけど。
昨日から少し体調が悪く、身体を暖めたいが、停電中は暖房が使えない。
給湯も電気を使うので、お風呂にも入れない。
このままだと、救急ではこばれるような状況になる危険が高まるので(冷えの症状がすすむと、腸閉塞を起こしやすくなる。今までそれで数回入院している。持病ではなく体質なので仕方がない)、カイロを使うがなかなか身体が暖まらない。
具合悪いし布団に入っているのが一番だ、と思っていたら夕方まで寝てしまった。
「今の自分に何ができるだろう」ということを考えすぎて、停電のことや物が思うように買えないことなど、思った以上にストレスになっている。
具合が悪いときは気にしなければいいのだろうが、節電を意識するとストーブすらなかなか使えない。
義援金は送ったけど、被災地に行っても私みたいな病人は足手まといになるだけだ。
「私はなんにもできない」という無力感が、心をいっぱいにする。
友達のブログを見ると、そんなことを考えているのは私だけではない様子。
文句をいっても仕方ないし、ライフラインも確保でき自宅で普通に生活している私たちは、多少被災したとはいっても「被災者」ではない。
被災したけど被災者ではない私たちは、「なんちゃって被災者」かなと思う。
もちろん、みんな計画停電に協力したり、節電したり、物を買いすぎないということは実践している。
でも、そんなことはやって当然で、この「当然」以外のことを何かしなければならないのではと、気持ちがあせってしまう。
避難所にいる人たちや、大きな被害を受けた人は、もっと辛い思いをしていると思うと、私たちが受けている不自由などたいしたことではないと思わないといけないと思わないといけないと思わないといけない……
私もそのうちの一人だ。
買い物をしていても「買占めするな」と怒号がどこからか聞こえて、たくさんかごに物を入れているお母さんが困惑している。彼女の家は大家族なので、普段の買い物もかごにいっぱいになる。たまにこうして誤解されるのが困るらしい。
うちでも旦那に「早く帰ってきてね」と言ったら、ふだんはやさしいイケダンなのに「毎日そう思って努力しているだろ」と怒られた。
地震前なら慣用句だが、余震も続いているし、停電もあるし、会社に行くお父さんは家のことが気になるらしい。
「じゃあ、毎日お土産買ってきてって言って買ってこなかったら、罪悪感感じるの?」と聞いたら、それはまったく感じないらしい(勝手な話である)。
なんとなく、街中がギスギスしている感じ。
油断していると泣いてしまう。
通勤に片道50キロを移動する旦那は、21日の春分の日も出勤だった(もともとそういう会社)。
停電のなかった昨日の帰り道、道はまるで深夜のように車が走っていなかったようだ。
家にいても、ここ数日昼間も車の音は少なく、たまに米軍の輸送機がゆっくり移動していく音が上空で聞こえる。
帰り道、家々に灯っているはずの灯りもまばらで、まるで人がいないようだったと旦那は言う。
今まで人のいない部屋でも電気がついていたり、玄関の外灯をつけていた家庭も、今は電気を消している。
この時期に出没する、夜中に爆音たてて前の道をチキンレースする馬鹿野郎達も、さすがにこの状況では車で遊ぼうとは思わないらしい。
「なんちゃって被災者」の私たちも、みんなそうしてがんばっているけれど、被災地の人が「がんばって」と言わないでという気持ちが、私たちにもちょっとだけわかる。
ただ、「なんちゃって被災者」の私たちが、おおっぴらに愚痴ったりするのもはばかられるような雰囲気がどこかにあって、なんとなく窮屈な気がしてならないのは、たぶん私だけではないと思う。
東電では26日から、5グループから25グループに区域をわけると言っている。
東電で発表している現在の区割りはかなり大雑把で、各自治体が発表している詳細な区割りも丁目ごとではあっても、その中に工場と住宅地が同じ区割り内にあったりする。
同一グループ内でも、ガスや石油の製油所などがある地域は、停電地域でも除外されていたりして、当然その周辺区域も停電しない恩恵を受けていたりする。
同じグループなのに、隣の町内は停電しないのにうちの町内は停電している、ということが実際に起きている。
25グループに分けるというのは、そういう地域格差がないように細分化するということなのだろうか。
官公庁やオフィスが集中しているからという理由で、東京23区のほとんどの地区が停電対象外なら、他県の自治体やオフィス、工場地帯がストップするのはOKなのか。
茨城県、千葉県などは、被災地域なのに停電対象区域に指定されている。未だに断水が続いている地域だってあるのに。
そういう不平等さがあるから、「みんなが納得してやっている」感がどこかで、「でもなんとなくずるいよな」って気持ちにすり変わって、それがさらに罪悪感につながるような気がして、またさらにいやな気持ちになる。
東京23区内の停電指定区域じゃない人たちの中にも、自主的に節電に協力してくれている人がたくさんいることも、ちゃっとわかっていてもだ。
茨城・福島県の農産物が現在出荷できない状況で、千葉県、埼玉県、神奈川県で生産活動ができない方が、経済活動には打撃が大きいんじゃないかと思う。少しでも地産地消で、被災地にも産物を回すくらいの活動が必要なのではないのか。
今までどれだけ首都圏が、茨城・福島産の農産物に助けてもらっていたのか、みんな知らないわけではないだろう。それは、首都圏だけの話じゃないと思う。
今の段階で、多少食べるものがあるからって、政府で指定しない地域の農産物の受け入れも拒否されたという話もある。
そんなことしていたら、本当に首都圏に食べるものがなくなってしまう。
心配な気持ちは理解できるし、政府やテレビに出てる専門家が言うことが信じられないというのもわかるが、それを疑うなら何を信じればいいのか。
東京都内で千代田区や新宿区が停電対象外なのは理解できるが、オフィスは別に東京都だけにあるわけではない。
各自治体だって、被災者の受け入れや援助品の受け入れ発送、地元住民への対応などで、ふだんよりも忙しい状況がある。
これで1ゲームに1家庭で何日分もの電気を使う東京ドームや神宮球場が野球の試合をはじめたら、いったいどうなってしまうのか。
避難所に使うんじゃないなら、スタジアムの電気はずっと使えない状態にしてほしいとさえ思ってしまうのは、計画停電にいらついている人のヒガミなのか。
野球をやって被災地の人を元気付けるなら、しばらく関東・東北以外でゲームしてテレビ中継すればいいことだ。
球場の儲けを、どこかで考えているのが見え見えなのが腹立たしい。
テレビだって、深夜の放送を自粛して、夜は音声だけのラジオ放送にすればいいと思う。
たくさんの国民が亡くなったんだから、それくらいしてもいいと思う。
グループ分けをするなら、関東の各地域で生産活動が円滑に行えるよう、再調査して停電計画を練ってほしいと思う。
夏場までこの調子だったら、計画停電指定区域で暴動が起きてもおかしくないように思うのは、私だけか?
明日の停電の予定は、
第1グループ 午前6時20分から午前10時まで 中止の予定
第2グループ 午前9時20分から午後1時まで 中止の予定
第3グループ 午後0時20分から午後4時まで 23日午前中に発表
第4グループ 午後3時20分から午後7時まで 時間内3時間程度停電実施
第5グループ 午後6時20分から午後10時まで 時間内3時間程度停電実施
追加停電
第1グループ 午後1時50分から午後5時30分まで 23日午前中に発表
第2グループ 午後4時50分から午後8時30分まで 23日午前中に発表
23日午前中に発表って、せめて前日に決めてくれよな。
ああ、また愚痴だ…。
◇計画停電九日目。街の中が暗い。 ― 2011年03月24日 01時50分17秒
2011年3月23日水曜日 計画停電九日目。
第1グループは、今日は朝一の午前6時20分から午前10時までの予定が前日に中止になり、午後からの二回目の予定がどうなるのかと気にしていたが、結局中止になったようだ。
みずほ銀行のシステムダウンで、月中に自動引き落としの予定だったものが落ちているのかどうかわからず、今日落ちる予定のものがもし落ちなかった場合にどうするのか、各社に電話をかけて聞いてみた。
今日引き落とし予定日のAは、「みんなが知っていることだから、ご安心ください。今月落ちなかった場合は、来月一緒にご請求させていただきます」と言ってくれた。
ガスと携帯が気になったが、ガスは地元のプロパンガスで、みずほのことを知っているのか知らないのかは判らなかったが、「あー、わかりましたー」と軽く言われた。
ついでに今後のガスの供給のことを聞いたら、「そのあたりはご心配いらないです」と逆に心強い返事が返ってきた。
携帯会社のカスタマサービスは、だいたい混んでいても電話はつながって待たされるパターンが多いが、この日は最初からお話中で、携帯からも家電からもつながらなかった。
最後にみずほにかけてみたところ、口座引き落とし先の企業にみずほからアナウンスをしているのかどうかは、本部では判りかねるとの返答。
電話を取引のある支店に回され、最初からまた同じことを質問する。
そこでわかったことは、「もし口座振込みの指定をしたものが落ちずに延滞金などが発生した場合は、みずほが全て責任持ちます」とのこと。
しかし、25日前後は給料の振込み日で、口座に給料が振り込まれなければ口座にお金も用意できないわけで、その後の自動引き落としに関してはどうするのかなど詳しく聞いていたら、話の途中で電話を保留にされ、突然えらい男性にかわった。
そんなに難しいことを聞いていたのだろうか。しかも話の途中でって、すごく失礼じゃないのか?。しかも、また最初から聞きなおさなければならずすごく面倒だった。
えらい人はさすがに、全ての質問の返答に言い訳が混じっていて、肝心の答えが遠まわしにされる。
結局わかったことは、「なんかあったらみずほが責任持つよ」ってことだけだったが、それがどこまでの範囲なのかは煙にまかれてしまった。
ずっと家にいてくさくさするので、夕食は外に行きたいと旦那に懇願する。
歩いていける距離のお店で、野菜をたくさん食べたいので、リンガーハットに行く。外食で野菜をがっつり食べるなら、リンガーハットだ。
外は雨が降り始めていて小雨になっている。春分も過ぎたというのに、とても寒い。
通りに出ると、いつもよりも薄暗い。
外灯が2つおきに1つしかついておらず、コンビニもマクドナルドも外看板の電気を消している。
リンガーハットも、遠くから見たら営業していないみたいだ。
道には車がまばらでまるで深夜のよう。
道を歩いていて、もしかしたら今までも普段からこのくらいでも十分だったのではないだろうかと、ちょっと思う。
今まで電気を使うために自然エネルギーに頼ろうとしていたのが地震前で、今は電気をいかに使わないかが東日本のテーマになっている。こういう取り組みは、復興後も全国に定着するといいのにと思う(阪神淡路のときにも、そう思った記憶があるような気がするが)。
ただ、通りが暗いと犯罪も多くなるという懸念もある。
ちゃんぽんをすすっている間にも、消防車とパトカーが巡回しているのが見えた。
帰りは雨がちょっとみぞれに変わっていた。
被災地も明日は冷えるらしい。
放射能が各地に影響をあたえているのも心配だが、原発の作業がすすむことが解決の第一歩だ。
現場の事故なく、進展があるといいと祈るばかり。
海江田万里経済産業相は、今日の会見で、今後東京23区も計画停電の区域に入れる方針を明らかにしたらしい。
<計画停電>夏場は東京23区の住宅地でも…経産相
Yahooニュース 毎日新聞 3月23日(水)23時53分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110323-00000146-mai-bus_all
信号や交通が入り組んでいるので、今まで実施に踏み切らなかったということだが、信号停止に伴う交通整理業務を警備会社に委託するとか、急ぎの書類や物の移動などに自転車便やバイク便などを利用するなどできないのだろうか。
交通整理業務は法律の関係などがありそうだが、通信は携帯電話やスマートフォンなどで代用できそうだし、書類や物の移動であれば、自分が動けなければ代理で届けてもらうシステムを利用すればいいと思う。
少なくとも、20年くらいまではバイク便はごく一般的に利用されていた、物流システムの一つだった。
今どのような利用がされているのかは知らないが、まだまだ需要はあると聞くし、自転車で移動するシステムも存在すると聞く。
メールなどの普及で、書類の移動がスピーディに行われるのが一般的になりつつあるのかもしれないが、本当にそんなに早く書類を届ける必要があのかどうかを見直すいい機会だろうと思う(送ったって、受け取った人が見なければ意味ないのだし)。
警備会社やバイク便の会社は新しい仕事ができるので、経済活性にもなると思うのだが、勝手な妄想だろうか。
ニュースをつらつら見ていたら、エリザベス・テイラーが死亡したというニュースが飛び込んできた。
エリザベス・テイラーさん、79歳で死去 8回の結婚と2度のアカデミー賞の大女優 エイズの活動家も
Yahooニュース シネマトゥデイ 3月24日(木)0時30分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110324-00000001-flix-movi.view-000
彼女の映画を観たのは、「ジャイアンツ」くらいだろうか。
長谷川町子の漫画によく登場していたのは、覚えている(逃げたサルの名前が「リズ」だったとか)。
母の世代の人たちには、とてもなじみのある女優さんかもしれない。
記事のクレオパトラの写真は、すごく美しくて圧倒される。
明日の計画停電の予定は
第1グループ 午後6時20分から午後10時まで 24日昼までに発表
第2グループ 午前6時20分から午前10時まで 中止の予定
第3グループ 午前9時20分から午後1時まで 中止の予定
第4グループ 午後0時20分から午後4時まで 中止の予定
第5グループ 午後3時20分から午後7時まで 24日昼までに発表
追加停電
第2グループ 午後1時50分から午後5時30分まで 中止の予定
第3グループ 午後4時50分から午後8時30分まで 中止の予定
▽午後6時20分から午後10時までの第1グループについては、地震の影響で停止していた川崎市の火力発電所が、24日から順調に稼働することを確認したうえで、昼までに停電を実施するかどうかを発表することにしています。
(NHKニュースより引用)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110324/t10014865421000.html
第1グループは、今日は朝一の午前6時20分から午前10時までの予定が前日に中止になり、午後からの二回目の予定がどうなるのかと気にしていたが、結局中止になったようだ。
みずほ銀行のシステムダウンで、月中に自動引き落としの予定だったものが落ちているのかどうかわからず、今日落ちる予定のものがもし落ちなかった場合にどうするのか、各社に電話をかけて聞いてみた。
今日引き落とし予定日のAは、「みんなが知っていることだから、ご安心ください。今月落ちなかった場合は、来月一緒にご請求させていただきます」と言ってくれた。
ガスと携帯が気になったが、ガスは地元のプロパンガスで、みずほのことを知っているのか知らないのかは判らなかったが、「あー、わかりましたー」と軽く言われた。
ついでに今後のガスの供給のことを聞いたら、「そのあたりはご心配いらないです」と逆に心強い返事が返ってきた。
携帯会社のカスタマサービスは、だいたい混んでいても電話はつながって待たされるパターンが多いが、この日は最初からお話中で、携帯からも家電からもつながらなかった。
最後にみずほにかけてみたところ、口座引き落とし先の企業にみずほからアナウンスをしているのかどうかは、本部では判りかねるとの返答。
電話を取引のある支店に回され、最初からまた同じことを質問する。
そこでわかったことは、「もし口座振込みの指定をしたものが落ちずに延滞金などが発生した場合は、みずほが全て責任持ちます」とのこと。
しかし、25日前後は給料の振込み日で、口座に給料が振り込まれなければ口座にお金も用意できないわけで、その後の自動引き落としに関してはどうするのかなど詳しく聞いていたら、話の途中で電話を保留にされ、突然えらい男性にかわった。
そんなに難しいことを聞いていたのだろうか。しかも話の途中でって、すごく失礼じゃないのか?。しかも、また最初から聞きなおさなければならずすごく面倒だった。
えらい人はさすがに、全ての質問の返答に言い訳が混じっていて、肝心の答えが遠まわしにされる。
結局わかったことは、「なんかあったらみずほが責任持つよ」ってことだけだったが、それがどこまでの範囲なのかは煙にまかれてしまった。
ずっと家にいてくさくさするので、夕食は外に行きたいと旦那に懇願する。
歩いていける距離のお店で、野菜をたくさん食べたいので、リンガーハットに行く。外食で野菜をがっつり食べるなら、リンガーハットだ。
外は雨が降り始めていて小雨になっている。春分も過ぎたというのに、とても寒い。
通りに出ると、いつもよりも薄暗い。
外灯が2つおきに1つしかついておらず、コンビニもマクドナルドも外看板の電気を消している。
リンガーハットも、遠くから見たら営業していないみたいだ。
道には車がまばらでまるで深夜のよう。
道を歩いていて、もしかしたら今までも普段からこのくらいでも十分だったのではないだろうかと、ちょっと思う。
今まで電気を使うために自然エネルギーに頼ろうとしていたのが地震前で、今は電気をいかに使わないかが東日本のテーマになっている。こういう取り組みは、復興後も全国に定着するといいのにと思う(阪神淡路のときにも、そう思った記憶があるような気がするが)。
ただ、通りが暗いと犯罪も多くなるという懸念もある。
ちゃんぽんをすすっている間にも、消防車とパトカーが巡回しているのが見えた。
帰りは雨がちょっとみぞれに変わっていた。
被災地も明日は冷えるらしい。
放射能が各地に影響をあたえているのも心配だが、原発の作業がすすむことが解決の第一歩だ。
現場の事故なく、進展があるといいと祈るばかり。
海江田万里経済産業相は、今日の会見で、今後東京23区も計画停電の区域に入れる方針を明らかにしたらしい。
<計画停電>夏場は東京23区の住宅地でも…経産相
Yahooニュース 毎日新聞 3月23日(水)23時53分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110323-00000146-mai-bus_all
信号や交通が入り組んでいるので、今まで実施に踏み切らなかったということだが、信号停止に伴う交通整理業務を警備会社に委託するとか、急ぎの書類や物の移動などに自転車便やバイク便などを利用するなどできないのだろうか。
交通整理業務は法律の関係などがありそうだが、通信は携帯電話やスマートフォンなどで代用できそうだし、書類や物の移動であれば、自分が動けなければ代理で届けてもらうシステムを利用すればいいと思う。
少なくとも、20年くらいまではバイク便はごく一般的に利用されていた、物流システムの一つだった。
今どのような利用がされているのかは知らないが、まだまだ需要はあると聞くし、自転車で移動するシステムも存在すると聞く。
メールなどの普及で、書類の移動がスピーディに行われるのが一般的になりつつあるのかもしれないが、本当にそんなに早く書類を届ける必要があのかどうかを見直すいい機会だろうと思う(送ったって、受け取った人が見なければ意味ないのだし)。
警備会社やバイク便の会社は新しい仕事ができるので、経済活性にもなると思うのだが、勝手な妄想だろうか。
ニュースをつらつら見ていたら、エリザベス・テイラーが死亡したというニュースが飛び込んできた。
エリザベス・テイラーさん、79歳で死去 8回の結婚と2度のアカデミー賞の大女優 エイズの活動家も
Yahooニュース シネマトゥデイ 3月24日(木)0時30分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110324-00000001-flix-movi.view-000
彼女の映画を観たのは、「ジャイアンツ」くらいだろうか。
長谷川町子の漫画によく登場していたのは、覚えている(逃げたサルの名前が「リズ」だったとか)。
母の世代の人たちには、とてもなじみのある女優さんかもしれない。
記事のクレオパトラの写真は、すごく美しくて圧倒される。
明日の計画停電の予定は
第1グループ 午後6時20分から午後10時まで 24日昼までに発表
第2グループ 午前6時20分から午前10時まで 中止の予定
第3グループ 午前9時20分から午後1時まで 中止の予定
第4グループ 午後0時20分から午後4時まで 中止の予定
第5グループ 午後3時20分から午後7時まで 24日昼までに発表
追加停電
第2グループ 午後1時50分から午後5時30分まで 中止の予定
第3グループ 午後4時50分から午後8時30分まで 中止の予定
▽午後6時20分から午後10時までの第1グループについては、地震の影響で停止していた川崎市の火力発電所が、24日から順調に稼働することを確認したうえで、昼までに停電を実施するかどうかを発表することにしています。
(NHKニュースより引用)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110324/t10014865421000.html
◇計画停電十日目。ガスコンロが壊れた。 ― 2011年03月24日 23時59分09秒
2011年3月24日木曜日 計画停電十日目。
今日は第1グループのみ停電が行われる。朝から夕方までのグループは中止になった。
これは明日も同じで、午後6時20分から10時までの第2グループのみ実施の予定らしい。
夕方からの停電にそなえて、ご飯はお昼にたいておいたので、おかずと明日の弁当を作っておこうとしたが、気がついたときには5時過ぎていた。
夕食は暗闇の中でとることになるだろうから、きゅうりのキムチサラダと味噌汁だけ作って、簡単にレトルトの中華丼にすることにした。
お弁当は、魚肉ハムとアスパラやきゅうりなどをスパムおむすび風にしたもの。魚肉ハムは一応火を通しておく。
停電はだいたいx時20分からとかになっているが、実際に停電が始まるのは正時前後だ。午後6時20分からの予定の場合は、午後7時前後から始まる場合が多い。
今日は冷えるので、事前にやかんを火にかけて部屋の温度を上げておき、10分間だけエアコンの暖房を入れる。
一日中暖房を切っているので、部屋の中が冷え切っているので、停電になると冷えた部屋がさらに冷えるような気がする。
旦那がまだ帰宅せず一人っきりなので、冷え切った暗い部屋でひとりでいるのは切ない。ちょっとでも暖かければまだ気分も違うので、少しだけ暖める。
部屋が暖まり始めたのが6時30分頃。停電はまだ始まらないので、落とせるブレーカーだけ落とし(うちは、部屋とエアコンごとにブレーカーが独立している)、ラジオの準備をし、懐中電灯をエプロンのポケットに入れ、いつ停電がきてもいいように備える。
考えれば、一人で夜に停電を迎えるのは初めてなのだ。
最初の頃は、旦那は停電に合わせて帰宅していたので、停電の間は一人ではなかった。
ちょうど7時頃全ての電気が消えて、停電が始まった。
毛布をかぶって、ラジオを聴いて過ごす。
ラジオは古いので、チューニングがなかなか合わず、NHK第1がやっと入る。
被災地域の様子を伝えるニュースが続いていたが、「被災した地域をなぐさめるために、音楽をお届けします」という番組が入って、私もなぐさめられる。
仮面ライダーなんとかのテーマ曲や、氷川きよしの曲が流れるのを聞く。氷川きよしの曲は名前は忘れたが、なんとなく松山千春の曲っぽいなと思った。
8時30分頃旦那が帰宅した瞬間、突然電気が点く。
予定よりも一時間半も早い終了。この後、また突然電気が消えるのではないかと、ちょっと心配しながら過ごした。
しかし、電気はそのまま消えることはなかった。
食事の準備をしているときにブレーカーをもどしたりしていたら、味噌汁がふいてコンロが立ち消えしてしまった。
それを最後に、コンロはエラーメッセージがでて点火しなくなった。
去年買い換えたばかりの、電子コンロだ。
取扱説明書を見ると、電子部品の故障と書いてある。
小口のコンロで立ち消えしたのに、全てのコンロがつかえない。
前の旧式のコンロだったら、立ち消えしても石がかわけばまたすぐに使えたのに…。
新式のものは機能は便利だけど、いざというときに役に立たない。
しかも、こんな時期に故障だなんて。
すでに時間外かと思いつつメーカーのお客様窓口に電話をすると、人がでて「修理の受付だけになりますが、お受けできます」と言ってくれた。
それでも、明日はたぶん一日コンロが使えないだろう。
土曜日に修理に来てもらえるとありがたいのだが。
セリーグの開幕がパリーグと同時開催になり、ドームでの4月中のゲームも中止になった。
セ・リーグが開幕延期、パと同日4・12に…巨人は4月までの東京ドーム開催中止
Yahooニュース スポーツ報知 3月24日(木)16時2分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110324-00000156-sph-base
いろいろあったけど、こうすることで野球ファンも選手も一安心だろう。ネットを見ていると、「自分がこのままジャイアンツファンでいいのか悩む」という書き込みを見て、野球にまったく興味のない私にはわからない苦悩をかかえた人もいるのだと知る。
野球ファンではない計画停電エリア内の市井の私も、この英断には感謝したい。
明日の計画停電の予定は
第2グループ 午後6時20分から午後10時まで 実施予定
その他のグループは、中止の予定。
今日から川崎の東扇島火力発電所が復旧して、夏場の消費電力が多くなる頃までは、計画停電もしなくてすむようになるかもしれないとのこと。
24日午前は計画停電なし 川崎の火力発電所も復旧へ
asahi.com 2011年3月24日0時14分
http://www.asahi.com/national/update/0323/TKY201103230476.html
柏崎刈羽原子力発電所のサポートを去年までしていた横須賀の火力発電所も、再び復旧される見通しなので、このまま夏場まで停電のない日々が続くかもしれないが、停電がないからといってみんなが今までのような生活に戻ると、きっとまた計画停電に逆戻りするだろう。
節電の気持ちはこのまま続けていきたいと思う。
今日は第1グループのみ停電が行われる。朝から夕方までのグループは中止になった。
これは明日も同じで、午後6時20分から10時までの第2グループのみ実施の予定らしい。
夕方からの停電にそなえて、ご飯はお昼にたいておいたので、おかずと明日の弁当を作っておこうとしたが、気がついたときには5時過ぎていた。
夕食は暗闇の中でとることになるだろうから、きゅうりのキムチサラダと味噌汁だけ作って、簡単にレトルトの中華丼にすることにした。
お弁当は、魚肉ハムとアスパラやきゅうりなどをスパムおむすび風にしたもの。魚肉ハムは一応火を通しておく。
停電はだいたいx時20分からとかになっているが、実際に停電が始まるのは正時前後だ。午後6時20分からの予定の場合は、午後7時前後から始まる場合が多い。
今日は冷えるので、事前にやかんを火にかけて部屋の温度を上げておき、10分間だけエアコンの暖房を入れる。
一日中暖房を切っているので、部屋の中が冷え切っているので、停電になると冷えた部屋がさらに冷えるような気がする。
旦那がまだ帰宅せず一人っきりなので、冷え切った暗い部屋でひとりでいるのは切ない。ちょっとでも暖かければまだ気分も違うので、少しだけ暖める。
部屋が暖まり始めたのが6時30分頃。停電はまだ始まらないので、落とせるブレーカーだけ落とし(うちは、部屋とエアコンごとにブレーカーが独立している)、ラジオの準備をし、懐中電灯をエプロンのポケットに入れ、いつ停電がきてもいいように備える。
考えれば、一人で夜に停電を迎えるのは初めてなのだ。
最初の頃は、旦那は停電に合わせて帰宅していたので、停電の間は一人ではなかった。
ちょうど7時頃全ての電気が消えて、停電が始まった。
毛布をかぶって、ラジオを聴いて過ごす。
ラジオは古いので、チューニングがなかなか合わず、NHK第1がやっと入る。
被災地域の様子を伝えるニュースが続いていたが、「被災した地域をなぐさめるために、音楽をお届けします」という番組が入って、私もなぐさめられる。
仮面ライダーなんとかのテーマ曲や、氷川きよしの曲が流れるのを聞く。氷川きよしの曲は名前は忘れたが、なんとなく松山千春の曲っぽいなと思った。
8時30分頃旦那が帰宅した瞬間、突然電気が点く。
予定よりも一時間半も早い終了。この後、また突然電気が消えるのではないかと、ちょっと心配しながら過ごした。
しかし、電気はそのまま消えることはなかった。
食事の準備をしているときにブレーカーをもどしたりしていたら、味噌汁がふいてコンロが立ち消えしてしまった。
それを最後に、コンロはエラーメッセージがでて点火しなくなった。
去年買い換えたばかりの、電子コンロだ。
取扱説明書を見ると、電子部品の故障と書いてある。
小口のコンロで立ち消えしたのに、全てのコンロがつかえない。
前の旧式のコンロだったら、立ち消えしても石がかわけばまたすぐに使えたのに…。
新式のものは機能は便利だけど、いざというときに役に立たない。
しかも、こんな時期に故障だなんて。
すでに時間外かと思いつつメーカーのお客様窓口に電話をすると、人がでて「修理の受付だけになりますが、お受けできます」と言ってくれた。
それでも、明日はたぶん一日コンロが使えないだろう。
土曜日に修理に来てもらえるとありがたいのだが。
セリーグの開幕がパリーグと同時開催になり、ドームでの4月中のゲームも中止になった。
セ・リーグが開幕延期、パと同日4・12に…巨人は4月までの東京ドーム開催中止
Yahooニュース スポーツ報知 3月24日(木)16時2分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110324-00000156-sph-base
いろいろあったけど、こうすることで野球ファンも選手も一安心だろう。ネットを見ていると、「自分がこのままジャイアンツファンでいいのか悩む」という書き込みを見て、野球にまったく興味のない私にはわからない苦悩をかかえた人もいるのだと知る。
野球ファンではない計画停電エリア内の市井の私も、この英断には感謝したい。
明日の計画停電の予定は
第2グループ 午後6時20分から午後10時まで 実施予定
その他のグループは、中止の予定。
今日から川崎の東扇島火力発電所が復旧して、夏場の消費電力が多くなる頃までは、計画停電もしなくてすむようになるかもしれないとのこと。
24日午前は計画停電なし 川崎の火力発電所も復旧へ
asahi.com 2011年3月24日0時14分
http://www.asahi.com/national/update/0323/TKY201103230476.html
柏崎刈羽原子力発電所のサポートを去年までしていた横須賀の火力発電所も、再び復旧される見通しなので、このまま夏場まで停電のない日々が続くかもしれないが、停電がないからといってみんなが今までのような生活に戻ると、きっとまた計画停電に逆戻りするだろう。
節電の気持ちはこのまま続けていきたいと思う。
◇計画停電十一日目。ガスコンロの修理屋さんが来る。 ― 2011年03月27日 01時22分31秒
2011年3月25日金曜日 計画停電十一日目。
今日は、午前中から昼にかけて、病院の日。
病院は自転車やバイクで来ている人が多くなったせいか、駐輪場がいっぱい。やっと隙間を見つけて、原付を停める。
ガソリンは入ったけど減らしたくないので、バスで病院に来ることも考えたが、3時にガスの修理の電話が入るかもしれないので、原付で移動。
病院の中は、節電で受付ロビーも廊下も薄暗く、やはりいつもよりも人が少ない。
今日は一日停電がない日なので、病院のシステムもちゃんと動いて、精算もこないだ払えなかった分まで払うことができた。
いつも行く処方箋薬局は、ドラックストアの中にある。
入り口から入って正面の棚が、いつもは商品が山積みしているのに、今日はスカスカだ。
紙おむつとティッシュとトイレットペーパーとキッチンペーパーの棚。
それでも、トイレットペーパーは棚の半分くらい商品があり、ティッシュも少し残りがある。
ないのは紙おむつとキッチンペーパー。
それでも、大きい子用のパンツ型は、少しあまっていた。
夕方ガスコンロの修理の人から電話をもらい、「今日、夕方ちょっと遅くなるけどうかがいます」と言ってくれた。
修理屋さんが夕方6時頃来て、ガスをつけたら火が着く。
「今朝までは電子部品のエラーが出て点かなかったんです」と告げると、修理の人はコンロを開いて味噌汁で茶色く変色した電子部品を見つけ、「これか」と言って取り出した。
「危ないから取り替えておきますね」と言い、購入してまだ一年経っていないことを保証書を見せて告げると、修理代は部品こみでも無料にしてくれた。
ガスコンロの修理屋さんも、計画停電はかなり困っている様子で、「修理先が停電中だと、夕方からはだいたい仕事にならない」と言っていた。
修理をしている間に、25日に発表される予定だった新しい停電の区割りグループをテレビでやってて、修理の手も止まって二人でテレビを見入っていた。
放送が終わった頃、自治体の有線放送で「第1グループは明日土曜日ととあさって日曜日の停電は、中止になりました」と放送していて、それも修理屋さんと二人で外に出て聞いた。
コンロが修理できたので、その日の夕食はきちんと料理をして食べることができたが、トウチの代わりに納豆(今は品薄で貴重品)を入れたマーボ豆腐は、旦那にはちょっと不評だった。
今日は食パンも買えた。
地震の前日にずっと悩んでいて思い切って買ったカルピスバターで、食パンを食べるのをずっと楽しみにしていたが、食パンがなかなか手に入らず保留になっていた。
土曜日の朝は、やっと念願のカルピスバターのトーストを食べることができて幸せだった。
これも、地震の後では、ものすごい贅沢なことだ。
茨城県では、納豆の出荷が再開された模様。
『納豆出荷を再開 資材不足なお』
asahi.com 2011年03月26日
http://mytown.asahi.com/ibaraki/news.php?k_id=08000001103260001
つくばにいたとき、職場の女子職員の昼食の話題で、納豆について語られることが非常に多かった。東京でも神奈川でも派遣などで長く仕事をしていたが、茨城以外で納豆が昼食の話題に上ることはなかった。
納豆はどこのメーカーの何が好みか、どうやって食べるのが好きかなど、いろいろな人にいろいろと聞かれた。つくばに行くまで、納豆のブランドにこだわることなどなかったので、この話題はなかなか面白かった。
私の周辺にいた人の多くは、くめ納豆のファンが多かった。
くめ納豆が2009年にミツカンに事業譲渡されたときも、くめ納豆のブランドが保持されるかどうかで、茨城の友達と話題を共有した。
私の中では、茨城の人は本当に納豆を愛しているのだと、痛感したのだ。
つくばにいる間に、私もくめ納豆のファンになった。
今回の震災で、納豆が市場から消えたことを残念に思っている人は多いだろうが、一番困っているのはやはり茨城県の人だろう。
農家では、今でも自作するところもあるようだが、ほとんどの場合は自分のお気に入りのメーカーのを購入している。
茨城県内のお店では、茨城県にしかおいていない納豆もたくさん存在していた。
今いる神奈川では、神奈川県産や他の地域で作られた納豆も多く見かける。しかし、どこで作られた納豆でも、今は店頭から姿を消している状態が続いているのだ。
今回一部の納豆工場が再開し、出荷が再開したというニュースは本当に喜ばしいが、ニュースの内容をみると状況はかなり厳しい様子。
納豆好きの多くの人たちのために、早く状況が良くなることを祈るばかりだ。
○今後の計画停電の予定。
東電の3月25日のプレスリリースでは、26日土曜日と27日日曜日の停電は、全てのグループで中止の予定。
28日月曜日からは、今までの5グループから25グループに細分化されたエリアで実施するとのこと。
住所による細分化されたグループ分けは、地域別グループ一覧から知ることができたが、別紙の週間計画停電の予定表を見ると、今までの5グループからどう変わったのかがわからない。
27日までに発表になるのか?
東京電力プレスリリース 3月25日
http://www.tepco.co.jp/cc/press/11032509-j.html
東電内計画停電情報 エリアを調べる
http://keikakuteiden.tepco.co.jp/KT/
週間計画停電予定表 3月25日発表分
http://www.tepco.co.jp/images/week_schedule.pdf
※更新された場合、新しいpdfに変更になっている可能性があります。
今日は、午前中から昼にかけて、病院の日。
病院は自転車やバイクで来ている人が多くなったせいか、駐輪場がいっぱい。やっと隙間を見つけて、原付を停める。
ガソリンは入ったけど減らしたくないので、バスで病院に来ることも考えたが、3時にガスの修理の電話が入るかもしれないので、原付で移動。
病院の中は、節電で受付ロビーも廊下も薄暗く、やはりいつもよりも人が少ない。
今日は一日停電がない日なので、病院のシステムもちゃんと動いて、精算もこないだ払えなかった分まで払うことができた。
いつも行く処方箋薬局は、ドラックストアの中にある。
入り口から入って正面の棚が、いつもは商品が山積みしているのに、今日はスカスカだ。
紙おむつとティッシュとトイレットペーパーとキッチンペーパーの棚。
それでも、トイレットペーパーは棚の半分くらい商品があり、ティッシュも少し残りがある。
ないのは紙おむつとキッチンペーパー。
それでも、大きい子用のパンツ型は、少しあまっていた。
夕方ガスコンロの修理の人から電話をもらい、「今日、夕方ちょっと遅くなるけどうかがいます」と言ってくれた。
修理屋さんが夕方6時頃来て、ガスをつけたら火が着く。
「今朝までは電子部品のエラーが出て点かなかったんです」と告げると、修理の人はコンロを開いて味噌汁で茶色く変色した電子部品を見つけ、「これか」と言って取り出した。
「危ないから取り替えておきますね」と言い、購入してまだ一年経っていないことを保証書を見せて告げると、修理代は部品こみでも無料にしてくれた。
ガスコンロの修理屋さんも、計画停電はかなり困っている様子で、「修理先が停電中だと、夕方からはだいたい仕事にならない」と言っていた。
修理をしている間に、25日に発表される予定だった新しい停電の区割りグループをテレビでやってて、修理の手も止まって二人でテレビを見入っていた。
放送が終わった頃、自治体の有線放送で「第1グループは明日土曜日ととあさって日曜日の停電は、中止になりました」と放送していて、それも修理屋さんと二人で外に出て聞いた。
コンロが修理できたので、その日の夕食はきちんと料理をして食べることができたが、トウチの代わりに納豆(今は品薄で貴重品)を入れたマーボ豆腐は、旦那にはちょっと不評だった。
今日は食パンも買えた。
地震の前日にずっと悩んでいて思い切って買ったカルピスバターで、食パンを食べるのをずっと楽しみにしていたが、食パンがなかなか手に入らず保留になっていた。
土曜日の朝は、やっと念願のカルピスバターのトーストを食べることができて幸せだった。
これも、地震の後では、ものすごい贅沢なことだ。
茨城県では、納豆の出荷が再開された模様。
『納豆出荷を再開 資材不足なお』
asahi.com 2011年03月26日
http://mytown.asahi.com/ibaraki/news.php?k_id=08000001103260001
つくばにいたとき、職場の女子職員の昼食の話題で、納豆について語られることが非常に多かった。東京でも神奈川でも派遣などで長く仕事をしていたが、茨城以外で納豆が昼食の話題に上ることはなかった。
納豆はどこのメーカーの何が好みか、どうやって食べるのが好きかなど、いろいろな人にいろいろと聞かれた。つくばに行くまで、納豆のブランドにこだわることなどなかったので、この話題はなかなか面白かった。
私の周辺にいた人の多くは、くめ納豆のファンが多かった。
くめ納豆が2009年にミツカンに事業譲渡されたときも、くめ納豆のブランドが保持されるかどうかで、茨城の友達と話題を共有した。
私の中では、茨城の人は本当に納豆を愛しているのだと、痛感したのだ。
つくばにいる間に、私もくめ納豆のファンになった。
今回の震災で、納豆が市場から消えたことを残念に思っている人は多いだろうが、一番困っているのはやはり茨城県の人だろう。
農家では、今でも自作するところもあるようだが、ほとんどの場合は自分のお気に入りのメーカーのを購入している。
茨城県内のお店では、茨城県にしかおいていない納豆もたくさん存在していた。
今いる神奈川では、神奈川県産や他の地域で作られた納豆も多く見かける。しかし、どこで作られた納豆でも、今は店頭から姿を消している状態が続いているのだ。
今回一部の納豆工場が再開し、出荷が再開したというニュースは本当に喜ばしいが、ニュースの内容をみると状況はかなり厳しい様子。
納豆好きの多くの人たちのために、早く状況が良くなることを祈るばかりだ。
○今後の計画停電の予定。
東電の3月25日のプレスリリースでは、26日土曜日と27日日曜日の停電は、全てのグループで中止の予定。
28日月曜日からは、今までの5グループから25グループに細分化されたエリアで実施するとのこと。
住所による細分化されたグループ分けは、地域別グループ一覧から知ることができたが、別紙の週間計画停電の予定表を見ると、今までの5グループからどう変わったのかがわからない。
27日までに発表になるのか?
東京電力プレスリリース 3月25日
http://www.tepco.co.jp/cc/press/11032509-j.html
東電内計画停電情報 エリアを調べる
http://keikakuteiden.tepco.co.jp/KT/
週間計画停電予定表 3月25日発表分
http://www.tepco.co.jp/images/week_schedule.pdf
※更新された場合、新しいpdfに変更になっている可能性があります。
◇計画停電十四日目。情報の整理をしないとおかしくなりそうだ。 ― 2011年03月29日 02時40分32秒
2011年3月28日月曜日 計画停電十四日目。
週末の26日土曜日と27日日曜日は、一日停電なし。
そして、今日も第1グループは停電なしだった。
25日に発表された新しいグループ分けの、今日は初日だったのだが、気温がだんだんと春らしくなってきて、暖房利用が減っているためか、今日は第2グループだけの予定だった。
テレビで埼玉の魚市場の様子が放映され、今日の停電が一時間ほどで終了したとニュースで言っていて、それだったら停電自体しなくてもよかったのではと思った。
この日の第2グループは午前9時20分からの開始予定だったが、テレビでは9時20分すぎにはすでに停電がはじまっていて、私たちの住んでいるあたりでは、予定時間は20分からでも、実際に始まる時間は次の正時前後からのことが多く、開始時間がグループによってまちまちなのだということを知った。
この計画停電、5グループの区分けだった時期に一番停電が多かったのが、第1グループだったらしい。しかも、私の住む地域では、第1グループの中でも宇都宮市などと同じく、最多エリアだったらしい。ネットでは「負け組み地域」と書いてあったが、何が勝ちで何が負けなんだか…。
ただ、先々週に続いて先週末も停電はなかったし、あると言っていてもなかったり、あっても短時間だったりと、停電の感覚が次第に小さくなっていっているのは確かだ。
停電になる回数なんかどうでもよく、負担なのは、実施されるかどうかが当日にならないとわからなかったり、実施されても時間が短かったり長かったり(私のところでは、「予定より長かった」ということは一度もなかったが)というのが、ちょっと困るのだ。
病院に行きたくても、停電だと休診になったり、受付時間が変わったりする。
地震や原発の話で忘れられがちだが、関東地方は今は花粉のシーズンのピークだ。
23日に関東地方で「黄色い雨が降った」と大騒ぎになり、放射線物質が降って来たのかと問い合わせが殺到したらしいが、黄色い物体は花粉だったという笑えない話もあるくらいだ。
『「黄色い雨」騒動、花粉だった 関東周辺から気象庁に問い合わせ殺到』
産経ニュース 2011.3.24 12:46
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110324/trd11032412470013-n1.htm
東電は、「みなさんの節電のおかげと、暖房器具が使われなくなった傾向で…」と停電自体がストップしている現状を説明しているが、停電に対する不公平感のために不満が紛糾していることや、原発事故作業がなかなか進展しないことなどから、なんとなく遠慮がちになっているのではないかと勘ぐってしまう。
週末に、都内に設置されているライブカメラを見てみた。
うちの近所は、住宅地だろうが商業地域だろうが、夜は田舎の田んぼ道のように真っ暗で、住宅の明かりもぽつぽつとしか灯っていない。道路も静かで、大通りの街頭も半分以上は消えている。
しかし、多摩川から田園調布方面を見たカメラでは、夜半過ぎというのに住宅の明かりが煌々としていて、地震前の懐かしい風景が広がっていた。
うちは東京からは離れているので解らなかったが、これでは停電している人たちが憤るのも無理はないと感じた。
逆に、高速道路から見た渋谷駅前などの風景は、こちらもどこの田舎町かと思うくらい暗かった。かえって都心の商業地域の方が、節電に対する意識がはっきり確認できるのだなと思った。
今日の夜のニュースで、東電が新たに土壌からプルトニウムを検出したと発表した。
プルトニウムは、今までネットでその存在が発表されないことで、デマや風評含めていろんな発言があり、それでも東電と政府は触れてこなかった。
場合によっては本当に検出されていないのか、それとも隠蔽しているのか。一部報道では、「検査すらしていない」というものも。
今日の夜になって、東電はその存在を報告をしたようだ。
『福島原発の土壌からプルトニウム 東電発表「ごく微量」 』
日本経済新聞 2011/3/29 1:25
http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C9C81E2E2E3E2E2E2E78DE0EAE2E1E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;at=DGXZZO0195579008122009000000
プルトニウムがなんなのかは、あちこちで説明がされているので、ここでは触れない。今まで登場してきた放射線物質とは違う、新たな放射線物質が検出されたということだ。
東電が発表した数値と人体への影響を、信じるか疑うかは、自分次第だと思う。
関東から逃げ出す人も多いと聞くが、逃げられる人は逃げた方がいいと正直に思う。
特に小さな子供がいる家庭で気になる人は、安全面というよりは精神的な面から、できるなら関東にいない方がいいのではないかとさえ思う。
かといって、原発から半径20km以上の区域の人たちは、避難の移動に関しては一部を除いては自己責任だ。
そんな中でも、いろいろな理由で逃げられない人も多く、「逃げない」という選択をする人もいる。
原発の避難指示の出ている地域の人でも、内緒で自宅に戻って注意されている人もいる。
「逃げない」のなら、今は信じるしかないのではないかと、個人的には思う。
東電の発表も、政府の放射性物質の水や農産物への影響について、疑問や言いたいことは山ほどあるが、疑ったからといって状況がよくなるわけでもない。
ただ、東電の報告が明らかにおかしかったり、政府の措置が正しくないと思うことに対しては、声を上げるべきだと感じている。
東電の記者会見などの報道機関の質問などを聞いていても、ちゃんとあらかじめ勉強してきてるのか?と疑いたくなるような内容のものも多く、報道自体も憶測の域をでないものや、大手新聞でさえ風評とどこが違うのかと思うような内容もたくさんある。
それに加えて、いろんな人がいろんな知識と憶測を交えた意見が、ネットに氾濫している。
その人の知識量によって、不安と疑問の量も違うだろうから、検索をしてヒットして、それらしいことを書いている人の意見にとびついてしまうのも理解できるが、報道機関の情報も含めて、自分が接している情報が本当に正しい知識のもと発しているものなのかは、自分の中でちゃんと精査することが大切だと思うし、パニックを避ける方法だとも思う。
必要であれば、自分で信頼できる報道機関を決めて、それ以外の情報には触れないようにするのも一つの方法かもしれない。
私自身、11年前の東海村の体験談なども書いたが、それ自体風評になるような気がして、ずっと気がかりだった。自分では「過剰な反応をしないでほしい」という意見を体験と共に書いたつもりだったが、受け取る人によってはそう受け取らないのではないかとも思ったりした。
こうして毎日書いている停電日記さえ、何を書いても風評の後押しをしているような気がして、ちょっとおかしくなりそうだった。
しかし、今回の事故によって、東海村での臨界事故を思い出したけど、あの時の状況を思い出して少し落ち着いたというメールもいただき、記事を削除するとこをやめた。
東海村のときは、住んでいたつくば市でどの程度の放射能が観測されたのか、この情報が氾濫した時代に今もってわからない。
野菜などに影響が出たのは覚えているのだが、水が危ないと給水制限があった記憶はない。
でも、あの時にわからない方がよかったのか、知っていたほうがよかったのかも、私にはわからない。
少なくとも、事故の規模も期間も違うので比較はできないが、情報の量は東海村の事故よりも格段に多いと感じている。
情報の量になれている現代人でも、意識せずに入ってくる情報の量はいつもの倍以上に感じる。普通の人だったら、この情報の量の多さだけでまいってしまうような気がする。
自分の知りたい情報を、自分が処理できる量でとどめるというのも、このあふれる情報の中で翻弄されない一つの方法ではないかと、今は感じている。
○3月29日火曜日の計画停電の予定
29日火曜日は、全区域で停電がないそうだ。
また、細分化した地域の中で、東京都稲城市を「第4グループのC」としていたが、「第4グループのD」の誤りだったと訂正したらしい。
30日以降の予定は不明。
『計画停電、29日は終日見送り…細分地域訂正も』
(2011年3月28日19時01分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110328-OYT1T00828.htm
週末の26日土曜日と27日日曜日は、一日停電なし。
そして、今日も第1グループは停電なしだった。
25日に発表された新しいグループ分けの、今日は初日だったのだが、気温がだんだんと春らしくなってきて、暖房利用が減っているためか、今日は第2グループだけの予定だった。
テレビで埼玉の魚市場の様子が放映され、今日の停電が一時間ほどで終了したとニュースで言っていて、それだったら停電自体しなくてもよかったのではと思った。
この日の第2グループは午前9時20分からの開始予定だったが、テレビでは9時20分すぎにはすでに停電がはじまっていて、私たちの住んでいるあたりでは、予定時間は20分からでも、実際に始まる時間は次の正時前後からのことが多く、開始時間がグループによってまちまちなのだということを知った。
この計画停電、5グループの区分けだった時期に一番停電が多かったのが、第1グループだったらしい。しかも、私の住む地域では、第1グループの中でも宇都宮市などと同じく、最多エリアだったらしい。ネットでは「負け組み地域」と書いてあったが、何が勝ちで何が負けなんだか…。
ただ、先々週に続いて先週末も停電はなかったし、あると言っていてもなかったり、あっても短時間だったりと、停電の感覚が次第に小さくなっていっているのは確かだ。
停電になる回数なんかどうでもよく、負担なのは、実施されるかどうかが当日にならないとわからなかったり、実施されても時間が短かったり長かったり(私のところでは、「予定より長かった」ということは一度もなかったが)というのが、ちょっと困るのだ。
病院に行きたくても、停電だと休診になったり、受付時間が変わったりする。
地震や原発の話で忘れられがちだが、関東地方は今は花粉のシーズンのピークだ。
23日に関東地方で「黄色い雨が降った」と大騒ぎになり、放射線物質が降って来たのかと問い合わせが殺到したらしいが、黄色い物体は花粉だったという笑えない話もあるくらいだ。
『「黄色い雨」騒動、花粉だった 関東周辺から気象庁に問い合わせ殺到』
産経ニュース 2011.3.24 12:46
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110324/trd11032412470013-n1.htm
東電は、「みなさんの節電のおかげと、暖房器具が使われなくなった傾向で…」と停電自体がストップしている現状を説明しているが、停電に対する不公平感のために不満が紛糾していることや、原発事故作業がなかなか進展しないことなどから、なんとなく遠慮がちになっているのではないかと勘ぐってしまう。
週末に、都内に設置されているライブカメラを見てみた。
うちの近所は、住宅地だろうが商業地域だろうが、夜は田舎の田んぼ道のように真っ暗で、住宅の明かりもぽつぽつとしか灯っていない。道路も静かで、大通りの街頭も半分以上は消えている。
しかし、多摩川から田園調布方面を見たカメラでは、夜半過ぎというのに住宅の明かりが煌々としていて、地震前の懐かしい風景が広がっていた。
うちは東京からは離れているので解らなかったが、これでは停電している人たちが憤るのも無理はないと感じた。
逆に、高速道路から見た渋谷駅前などの風景は、こちらもどこの田舎町かと思うくらい暗かった。かえって都心の商業地域の方が、節電に対する意識がはっきり確認できるのだなと思った。
今日の夜のニュースで、東電が新たに土壌からプルトニウムを検出したと発表した。
プルトニウムは、今までネットでその存在が発表されないことで、デマや風評含めていろんな発言があり、それでも東電と政府は触れてこなかった。
場合によっては本当に検出されていないのか、それとも隠蔽しているのか。一部報道では、「検査すらしていない」というものも。
今日の夜になって、東電はその存在を報告をしたようだ。
『福島原発の土壌からプルトニウム 東電発表「ごく微量」 』
日本経済新聞 2011/3/29 1:25
http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C9C81E2E2E3E2E2E2E78DE0EAE2E1E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;at=DGXZZO0195579008122009000000
プルトニウムがなんなのかは、あちこちで説明がされているので、ここでは触れない。今まで登場してきた放射線物質とは違う、新たな放射線物質が検出されたということだ。
東電が発表した数値と人体への影響を、信じるか疑うかは、自分次第だと思う。
関東から逃げ出す人も多いと聞くが、逃げられる人は逃げた方がいいと正直に思う。
特に小さな子供がいる家庭で気になる人は、安全面というよりは精神的な面から、できるなら関東にいない方がいいのではないかとさえ思う。
かといって、原発から半径20km以上の区域の人たちは、避難の移動に関しては一部を除いては自己責任だ。
そんな中でも、いろいろな理由で逃げられない人も多く、「逃げない」という選択をする人もいる。
原発の避難指示の出ている地域の人でも、内緒で自宅に戻って注意されている人もいる。
「逃げない」のなら、今は信じるしかないのではないかと、個人的には思う。
東電の発表も、政府の放射性物質の水や農産物への影響について、疑問や言いたいことは山ほどあるが、疑ったからといって状況がよくなるわけでもない。
ただ、東電の報告が明らかにおかしかったり、政府の措置が正しくないと思うことに対しては、声を上げるべきだと感じている。
東電の記者会見などの報道機関の質問などを聞いていても、ちゃんとあらかじめ勉強してきてるのか?と疑いたくなるような内容のものも多く、報道自体も憶測の域をでないものや、大手新聞でさえ風評とどこが違うのかと思うような内容もたくさんある。
それに加えて、いろんな人がいろんな知識と憶測を交えた意見が、ネットに氾濫している。
その人の知識量によって、不安と疑問の量も違うだろうから、検索をしてヒットして、それらしいことを書いている人の意見にとびついてしまうのも理解できるが、報道機関の情報も含めて、自分が接している情報が本当に正しい知識のもと発しているものなのかは、自分の中でちゃんと精査することが大切だと思うし、パニックを避ける方法だとも思う。
必要であれば、自分で信頼できる報道機関を決めて、それ以外の情報には触れないようにするのも一つの方法かもしれない。
私自身、11年前の東海村の体験談なども書いたが、それ自体風評になるような気がして、ずっと気がかりだった。自分では「過剰な反応をしないでほしい」という意見を体験と共に書いたつもりだったが、受け取る人によってはそう受け取らないのではないかとも思ったりした。
こうして毎日書いている停電日記さえ、何を書いても風評の後押しをしているような気がして、ちょっとおかしくなりそうだった。
しかし、今回の事故によって、東海村での臨界事故を思い出したけど、あの時の状況を思い出して少し落ち着いたというメールもいただき、記事を削除するとこをやめた。
東海村のときは、住んでいたつくば市でどの程度の放射能が観測されたのか、この情報が氾濫した時代に今もってわからない。
野菜などに影響が出たのは覚えているのだが、水が危ないと給水制限があった記憶はない。
でも、あの時にわからない方がよかったのか、知っていたほうがよかったのかも、私にはわからない。
少なくとも、事故の規模も期間も違うので比較はできないが、情報の量は東海村の事故よりも格段に多いと感じている。
情報の量になれている現代人でも、意識せずに入ってくる情報の量はいつもの倍以上に感じる。普通の人だったら、この情報の量の多さだけでまいってしまうような気がする。
自分の知りたい情報を、自分が処理できる量でとどめるというのも、このあふれる情報の中で翻弄されない一つの方法ではないかと、今は感じている。
○3月29日火曜日の計画停電の予定
29日火曜日は、全区域で停電がないそうだ。
また、細分化した地域の中で、東京都稲城市を「第4グループのC」としていたが、「第4グループのD」の誤りだったと訂正したらしい。
30日以降の予定は不明。
『計画停電、29日は終日見送り…細分地域訂正も』
(2011年3月28日19時01分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110328-OYT1T00828.htm
◇治療薬がなくなりそう。 ― 2011年03月29日 04時05分16秒
※ディナゲストの供給情報については、下記リンクに詳しく書きました。
ご参照ください。
◇ディナゲストの供給についての情報 ―
金曜日は婦人科と呼吸器科の検診と、先々週検査した心臓検査の結果を聞きに行く日だった。
心臓検査は「どこも異常なし」と、いつも無愛想な循環器科の担当医が太鼓判を押してくれ、呼吸器の薬での副作用も否定的な意見だった。
呼吸器科でその話を報告したら、「何か心配事でもあるのかな」と呼吸器科の担当医が聞いてきたが、「ないとはいわないが、ごく一般的なことばかりで」と言うと、「そういうのが一番心に負担があるから、うまくつきあわないとね」と言われた。
そして婦人科では、大変ショックな事実を告げられた。
子宮内膜症の薬として2008年に発売された新薬「ディナゲスト」が、震災による工場の被災により、供給の見通しがたたなくなったとのことだった。
『持田 震災で工場被害 再開の目処立たず ディナゲストの在庫は1か月程度』
ミクスOnline 公開日時 2011/03/18 05:00
http://www.mixonline.jp/Article/tabid/55/artid/40501/Default.aspx
それまで、子宮内膜症と子宮筋腫の治療として、低容量ピルや偽閉経療法などで治療を続けていたが、いまいち症状が落ち着かず、偽閉経療法は半年に一度しか薬が使えない上に副作用も強く、10年以上の長い治療の中でやっと落ち着いた症状を得ることができた薬が「ディナゲスト」だった。
子宮内膜症は、重度になると日常生活に支障をきたす場合もあるのに、それまでは「病気」として認知されてこなかった。理由は「死ぬような要素がないから」ということらしい(私は当時、そのように婦人科医から説明を受けた)。
ほおっておくと不妊症につながる場合もある。しかし、生理痛が重いことなど誰にでも起こりうることだと、女性はみんな我慢してきた。
子宮内膜症は必ず子宮にできるとは限らず、腸や肺に症状が出る人もいる。
私の場合は小腸で、一番ひどいときには、生理のタイミングで毎月腸閉塞を起こすという状況だった。
手術で直す方法もあるらしいが、私は体質的に癒着しやすいため、内膜症を解消したとしても癒着で同じような症状になる可能性の方が大きく、内膜症だけで手術をすることは難しいといわれた。
しかし、そんな症状を「病気」として治療することができる薬が「ディナゲスト」だった。
新薬で代替薬がなく、保険適用でも一ヶ月分の患者負担が一万円近いのでかなりの痛手だが、それで生活が安定して送れるならと、医師の提案を受け入れて3年。
それまで頻繁だった腸閉塞の症状は、半年~1年に一度程度になり、症状次第では自分で対処できるくらいになった。
同時に子宮筋腫と卵巣脳腫も、成長が控えめで、一時期は5cmを越える手術ぎりぎりの大きさだったのが、ここ数年は2.5cm~3cmくらいで治まっている。
年齢が上がるにしたがって、副作用でもある更年期障害の症状は見られたが、自分で認識できている分まだ楽だった。
それまでは、何か得たいの知れない中で、いつくるかわからない症状に恐怖していたのが、薬を飲んで症状が緩和されている実感とともに、精神的な安心感も得られていた。
しかし、薬の供給がなくなるということは、今受けている治療自体が成り立たないということ。 この不安はかなりきつい。
婦人科の担当医は、「秋くらいまでは大丈夫だと思うんだけど…」と言っていたが、今日かかりつけの薬剤師さんから連絡があり、「発注を出していたのが入荷がなかく、今後のこともわからない」と告げられた。
ネットで調べたところ、在庫は一ヶ月程度とのこと。
東北にある多くの工場が壊滅的被害を受けたところも多く、精密機器の部品や、商品包装など、さまざまなところに経済影響が出ている。
海外に部品を出している企業では、代替品として日本以外の製品を使用されることで、シェアを失う可能性もある。
しかし、医薬品は人の命と健康を維持するのに、大切な役目をもっているので、その影響はもっと深刻なように思う。
薬だけでなく、医薬品の製造をしている工場も、今回被災した地域に多くあり、そのうちその工場でしか製造されていなかったものもあるようだ。
『製薬各社の業務、供給にも影響』
ミクスOnline 公開日時 2011/03/15 05:00
http://www.mixonline.jp/Article/tabid/55/artid/40485/Default.aspx
これらの中には、ないと命にかかわるものも少なくない。
そんな製品が、日本中で一つの地区だけで製造していたというのもちょっと信じがたいが、現実に代替品がなければ、医療の現場が深刻な状況に陥る。
少なくとも、「死ぬような要素」のない病気でも、たった一つの薬で日常の平常が保たれている人間もいるのだ。
持田製薬を始めとする、被災した多くの工場や産業が、早く復旧することを祈ると同時に、各製薬会社には、早急の対策をお願いしたい。
※2011年4月21日補足
この話題については、やはり同じ病気をかかえている人の反応が非常に高かった。コメントよりもメールをいただく率が多かったし、検索ワードでも上位に入ってきていた。
こももさんのコメントをいただいて、持田製薬のニュースリリースを確認したところ、4月19日にディナゲストの供給について、正式発表がなされていたので、ここにそのリンクを貼る。
持田製薬株式会社 2011年ニュースリリース一覧
http://www.mochida.co.jp/news/index.html
持田製薬株式会社
東日本大震災の影響に関するお知らせ(第四報)
-子宮内膜症治療剤「ディナゲスト」の供給について-
(平成23年4月19日発表) (PDF/88KB)
http://www.mochida.co.jp/news/2011/pdf/0419.pdf
本文のリンク先はPDFファイルでの閲覧になるので、PDFが使用できない人は、新しい情報が発表された旨の記事を書いて、そこに内容を一部抜粋したので、そちらを見ていただければ幸いです。
げきだんしらかば
◇ディナゲストの供給についての情報 ―
2011年04月22日 02時17分12秒
http://makura.asablo.jp/blog/2011/04/22/5819729
ご参照ください。
◇ディナゲストの供給についての情報 ―
金曜日は婦人科と呼吸器科の検診と、先々週検査した心臓検査の結果を聞きに行く日だった。
心臓検査は「どこも異常なし」と、いつも無愛想な循環器科の担当医が太鼓判を押してくれ、呼吸器の薬での副作用も否定的な意見だった。
呼吸器科でその話を報告したら、「何か心配事でもあるのかな」と呼吸器科の担当医が聞いてきたが、「ないとはいわないが、ごく一般的なことばかりで」と言うと、「そういうのが一番心に負担があるから、うまくつきあわないとね」と言われた。
そして婦人科では、大変ショックな事実を告げられた。
子宮内膜症の薬として2008年に発売された新薬「ディナゲスト」が、震災による工場の被災により、供給の見通しがたたなくなったとのことだった。
『持田 震災で工場被害 再開の目処立たず ディナゲストの在庫は1か月程度』
ミクスOnline 公開日時 2011/03/18 05:00
http://www.mixonline.jp/Article/tabid/55/artid/40501/Default.aspx
それまで、子宮内膜症と子宮筋腫の治療として、低容量ピルや偽閉経療法などで治療を続けていたが、いまいち症状が落ち着かず、偽閉経療法は半年に一度しか薬が使えない上に副作用も強く、10年以上の長い治療の中でやっと落ち着いた症状を得ることができた薬が「ディナゲスト」だった。
子宮内膜症は、重度になると日常生活に支障をきたす場合もあるのに、それまでは「病気」として認知されてこなかった。理由は「死ぬような要素がないから」ということらしい(私は当時、そのように婦人科医から説明を受けた)。
ほおっておくと不妊症につながる場合もある。しかし、生理痛が重いことなど誰にでも起こりうることだと、女性はみんな我慢してきた。
子宮内膜症は必ず子宮にできるとは限らず、腸や肺に症状が出る人もいる。
私の場合は小腸で、一番ひどいときには、生理のタイミングで毎月腸閉塞を起こすという状況だった。
手術で直す方法もあるらしいが、私は体質的に癒着しやすいため、内膜症を解消したとしても癒着で同じような症状になる可能性の方が大きく、内膜症だけで手術をすることは難しいといわれた。
しかし、そんな症状を「病気」として治療することができる薬が「ディナゲスト」だった。
新薬で代替薬がなく、保険適用でも一ヶ月分の患者負担が一万円近いのでかなりの痛手だが、それで生活が安定して送れるならと、医師の提案を受け入れて3年。
それまで頻繁だった腸閉塞の症状は、半年~1年に一度程度になり、症状次第では自分で対処できるくらいになった。
同時に子宮筋腫と卵巣脳腫も、成長が控えめで、一時期は5cmを越える手術ぎりぎりの大きさだったのが、ここ数年は2.5cm~3cmくらいで治まっている。
年齢が上がるにしたがって、副作用でもある更年期障害の症状は見られたが、自分で認識できている分まだ楽だった。
それまでは、何か得たいの知れない中で、いつくるかわからない症状に恐怖していたのが、薬を飲んで症状が緩和されている実感とともに、精神的な安心感も得られていた。
しかし、薬の供給がなくなるということは、今受けている治療自体が成り立たないということ。 この不安はかなりきつい。
婦人科の担当医は、「秋くらいまでは大丈夫だと思うんだけど…」と言っていたが、今日かかりつけの薬剤師さんから連絡があり、「発注を出していたのが入荷がなかく、今後のこともわからない」と告げられた。
ネットで調べたところ、在庫は一ヶ月程度とのこと。
東北にある多くの工場が壊滅的被害を受けたところも多く、精密機器の部品や、商品包装など、さまざまなところに経済影響が出ている。
海外に部品を出している企業では、代替品として日本以外の製品を使用されることで、シェアを失う可能性もある。
しかし、医薬品は人の命と健康を維持するのに、大切な役目をもっているので、その影響はもっと深刻なように思う。
薬だけでなく、医薬品の製造をしている工場も、今回被災した地域に多くあり、そのうちその工場でしか製造されていなかったものもあるようだ。
『製薬各社の業務、供給にも影響』
ミクスOnline 公開日時 2011/03/15 05:00
http://www.mixonline.jp/Article/tabid/55/artid/40485/Default.aspx
これらの中には、ないと命にかかわるものも少なくない。
そんな製品が、日本中で一つの地区だけで製造していたというのもちょっと信じがたいが、現実に代替品がなければ、医療の現場が深刻な状況に陥る。
少なくとも、「死ぬような要素」のない病気でも、たった一つの薬で日常の平常が保たれている人間もいるのだ。
持田製薬を始めとする、被災した多くの工場や産業が、早く復旧することを祈ると同時に、各製薬会社には、早急の対策をお願いしたい。
※2011年4月21日補足
この話題については、やはり同じ病気をかかえている人の反応が非常に高かった。コメントよりもメールをいただく率が多かったし、検索ワードでも上位に入ってきていた。
こももさんのコメントをいただいて、持田製薬のニュースリリースを確認したところ、4月19日にディナゲストの供給について、正式発表がなされていたので、ここにそのリンクを貼る。
持田製薬株式会社 2011年ニュースリリース一覧
http://www.mochida.co.jp/news/index.html
持田製薬株式会社
東日本大震災の影響に関するお知らせ(第四報)
-子宮内膜症治療剤「ディナゲスト」の供給について-
(平成23年4月19日発表) (PDF/88KB)
http://www.mochida.co.jp/news/2011/pdf/0419.pdf
本文のリンク先はPDFファイルでの閲覧になるので、PDFが使用できない人は、新しい情報が発表された旨の記事を書いて、そこに内容を一部抜粋したので、そちらを見ていただければ幸いです。
げきだんしらかば
◇ディナゲストの供給についての情報 ―
2011年04月22日 02時17分12秒
http://makura.asablo.jp/blog/2011/04/22/5819729



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